下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

『赤毛のアン』の講演や読書会ワークショップ、執筆依頼などは、下記のメールにてご連絡ください。







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アン、新しい季節へ。ブログ引っ越します

メルとの暮らしを終え、新しい季節の始まりを公私ともに感じています。
そこで、2008年に始まったこのブログを、ひと区切りつけようと思います。
とはいえ、新しいブログも名前はそのまま、「牧師館のお茶会2」。
リンクをはっておきます。→牧師館のお茶会2

こちらで書いた記事は、今のところこのままにしておきます。
新しいブログは、デザインなどを少しずつ整えていくつもりですが、
あくまでもシンプルに。
これまで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。
新しい牧師館のお茶会にも、ぜひ遊びにおいでください。

はからずも、このブログの最初の記事は、村岡花子さんのことでした。
まさかその6年後に、村岡さんの人生が朝ドラになり、
そのうえ、私がアンの本を書くことになろうとは。
人生というものはフシギの連続です。
「好き」を大切にして生きていくと、
ときどきは、こんな楽しいことが向こうの方から声をかけてくれます。
アンから始まったブログですから、
最後もやはりアンで締めくくろうと考えて、
先日のアン・ブックスを読む読書会の写真をアップしておきます。

10年間続ける思いで始めたアン・ブックスの読書会は、
今年はようやくの2回目。課題図書は『アンの青春』でした。
牧師夫人の先輩である美智子さんが、
それはもう素敵なお茶会をご用意くださいました。
アンの憧れの作家、モーガン夫人のお茶会に敬意を表して、
イギリス仕込みのレモンパイとこっくりミルクティーのほかに、
ティーサンドやクッキーやらと、食べきれないほど。
会場としてお借りした美智子さんの仕える教会は、
写真に撮ってみると、グリン・ゲイブルズを彷彿とさせるような。
新しい出会いがたくさん、笑顔もたくさんのお茶会となりました。

さて、次の道の曲がり角には、
どんな出会いが待っているでしょうか ?

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ほら、ね、どことなくアンの世界。
会場となった貫井南町キリスト教会は、前庭が芝生で青々と美しく、
聖書にちなんだ植物が上手に配されていました。
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壁をつたうぶどう。
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美智子さんの手作りのウエルカムボード。
気持ちがあがります。
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このレモンパイが運ばれてきた途端、歓声が !
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なんと2種類ものレモンパイを焼いて用意してくださいました。
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美智子さんの盛り付けはいつも端正。人柄が表れてますね。
下段のプレートの縁を飾っているのは、プロセスチーズをひし形に切って、
トースターでカリッと焼いたもの。芸が細かいです。
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イギリス製のティーポットもアンの世界風。
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こちらも美智子さんが焼いてくださいました。

Thank you !


こころに届くことばたち。好評発売中のエッセイです。



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# by Annes_Tea | 2015-08-31 23:35 | 赤毛のアン | Trackback | Comments(0)
2015年度『赤毛のアン』10年読書会とアンのお茶会のお知らせ
この夏もアンの読書会を開きます。
10年でアン・ブックスを読み切ろうという気の長い企画です。
私の読書会ブログの方に詳細がありますので、リンクからご覧ください。
今回は2回目となり、『アンの青春」を読みます。
お菓子はイギリス仕込みのレモンパイですよ。
すでにご応募をいただいておりますが、
今回は、初心者からアン好きさんまで、
幅広く多勢に来ていただこうということになり、
こちらでも募集のお知らせです。

『赤毛のアン』10年読書会とお茶会第2回目募集中 !

10月には世田谷の教会で、12月には花子さんの故郷の甲府の教会で、
アンの講演会にお招きいただきました。
各地のアン好きさんにお会いできる機会をいただき感謝です。

8月にアンでお目にかかりましょう。ご応募をお待ちしております。


こころに届くことばたち。好評発売中のエッセイです。



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# by Annes_Tea | 2015-07-27 00:21 | 赤毛のアン | Trackback | Comments(0)
犬を見送る♯4 ペットロスにならないために必要なグリーフ・ワーク

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夫とメルの姿を撮ることは、
11年間のライフワークでした。
さて、次はどうしましょう。


今年はすっかりさぼっていたブログだが、
こうして一気にメルとの別れを書いているのも、
一種のグリーフ・ワークだと思っている。

グリーフ・ワークとは、
喪失を経験した人が、
悲しみなどの感情を表に出していくなかで、
その痛みがいやされていくプロセスを言う。

話すことは、離すこと。
いえ、悲しみと離れるのではなく、悲しみを健全に放つこと。
そうしてやがて、悲しみは手放されていく。
私にとって書くことには、話すこと以上の力がある。

「悲しみや寂しさは消えなくとも、それにまさる慰めがある」
と教えてくれたのは、
2年前に犬を亡くした知り合いだ。
もしもこれが12歳の人間を失ったのであれば、
打ちのめされて簡単には立ち上がれないと思うが、
相手は犬。そこのところは、混ぜこぜにしてはいない。

けれども、悲しみの感受性はひとりひとりまったく違う。
たとえ犬であろうとも、
失ったものの大きさにたじろいでしまう場合だってある。
前述の犬を亡くした方のお連れ合いから、
一時期、まさかのペットロスになったとうかがった。
毎日毎日、ひたすら草むしりをしてたような状態だったという。

グリーフ・ワークについては特別に関心がある。
教会の大切な働きのひとつでもあるので、
これまでも機会を見つけては学んできた。
死生学で著名なイエズス会司祭のアルフォンス・デーケン先生や、
2年ほど前に亡くなられた精神科医の平山正実先生の講義からは、
とくにたくさんの示唆をいただいた。

じつは、この4月から思うところがあり、
再びキリスト教カウンセリングを学んでいる。
最低でも2年間は通うことになるため、
かなり悩んだ末に、決断した。
人が難しくなっている。日々、痛感する現場にいる中で、
もう一度、心について、支援について、
体系的に学ぶようにと押し出されたかっこうとなった。

メルの病気がわかったころ、
ちょうどグリーフ・ワークについて学んだところだった。
悲嘆するのは人間として自然のことだ。
そのプロセスで「怒り」の表出がいちばん重要だとも言われている。
例えば、なぜ死んだのかという問い。

メルについては、
あまりにも死までが短期間であることには驚いたが、
なぜ、どうして、という問いはまったく浮かんでこなかった。
むしろ、メルが次に進んでいいよ、
とサインを出してくれた気がしていた。
じつは昨年後半ごろから、ひとつのひっかかりがあった。
これから新しくやっていこうと考えているいくつかのことに、
老犬となっていくメル、
しかも、ちょっと難しい気質のメルは、
果たして変化に適応できるだろうか。
新しいことにとりかかる時期や方法を祈っていたのだ。

メルが重い病気だと知ってからしばらくして、
ああ、人生のひとつのシーズンが締めくくられるのだ、
と妙に納得したところがあった。
そうして、今、メルの死を消化していくグリーフ・ワークは、
「進め」に行く前の準備期間だと受け取っている。
いいんだね、進んでいくよ。
神さまから与えられた思いをよく確かめて、
一歩一歩進んでいくからね。
ときどき心の中で、メルにこう話しかける。

前回のブログにも書いたことだが、
メルの病気を通して、
たくさんの方々から、
思いやりと慈しみを注いでいただき、
感激することの多い日々だった。
あるいは、夫の優しさを、新鮮な思いで見直すことも多かった。

人の心の難しさを学び直している中で、
ときどき人って(もちろん自分も含め )メンドウだ、
と叫びたくなるようなときもある。
でも、やっぱり人って、すごいな、
カミノカタチに創られたことだけのことはあるんだ、と思う。

犬を知っている人、
犬を愛している人、
たくさんの人たちがことばや品物や祈りで、
私たちに思いを届けてくださった。
どちらかというと励まされるよりも、
ふだんは励ます役割を担っているので、
これらはとても貴重な体験だった。

何時間もかけてメルに会いに来てくれた大学生。

あるいは、祈りの友。
体調が悪いにも関わらず、
メルが危ないと知るや、
隅田川の向こうから自転車を飛ばして応援グッズを山ほど持ってきてくれた。
脱水症状改善の特別な水や、
食欲のない時の必殺おやつだとか。
彼女は、メルの死の前日にも、
マリー・ビスケットを持ってきてくれた。
彼女の経験によると、
どんな犬でもマリー・ビスケットは喜んで食べるらしい。
メルには人間の食べ物をあげたことはなかったのだが、
喜ぶならばと差し出してみると、
かりかりと小気味良い音を立てて食べきった。
犬人生最初で最後のマリー・ビスケットだった。

立ち話でメルの死を知って、
一緒に涙ぐんでくれたおばあさん。
この方とは、メルの散歩の際、
挨拶だけの仲だったのだが、
私たちを励まそうとして、
たくさんたくさんご自分の話をしてくださった。

近所のボーダー・コリーもそうだ。
いつも素通りするボーダーさんなのに、
メルが死んだ日やりきれなくて、
道路に面した花壇の整備に精を出していた私の横に来ると、
そのまま静かに座ったのだ。
飼い主さんにメルのことを知らせ、
少し立ち話をしている間も、
私の横を去ろうとはせず、
ふわふわした胸のあたりまで触らせてくれた。

メルがサヨナラしたと知るや、
多くの人たちが花を届けてくださった。
いちばん驚いたのは、
荒川河川敷で犬の散歩で会うだけの方が、
教会まで花かごを持って来てくださったことだった。
犬の散歩で会う人とは、
お互いに犬の名前しか知らない。
私たちは教会暮らしなので、
どこのだれかと知られていることが多いが、
私たちの方では、相手のことをほんど知らないにも関わらず。
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動物病院から届いたのにはびっくりしました。
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バーニーズ・マウンテンドッグの飼い主さんから。
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夫の幼馴染が、朝早く訪ねてくださり、
メルに、と白いバラの包みをそっと。
こういうの、すてきだな、と思いました。
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百合、百合、百合だらけなんです。
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復活と永遠の希望の香り。


今も花はリビングを明るく彩っている。
「まるで花屋さんだね」と夫が言う。
美術教師をしていた夫が、
高校の美術展のために描いたメルの絵を飾り、
いただいた花を周りに配した。
メルの火葬時にいただいたカサブランカは、
一本ずつ花開き、一本ずつ枯れ、
それでも強烈な甘い香りを放っている。

もう何年も会っていないという夫の友人から、
お見舞いとして紅茶が届いた。
マリアージュ・フレールのマルコポーロだ。
メルが死んだ日、
私はいつも以上にていねいに紅茶を入れた。
沸かしたての湯、丸いポットの中で跳ね回る茶葉。
内側の真っ白なボーンチャイナのティーカップに注ぎ、
夫と静かなお茶の時間を持った。
いい香りだね、と夫が言う。
ほんと、いい香り。

これからきっと、マリアージュ・フレールの紅茶を飲む度に、
メルのことを思い出すのだろう。
紅茶とメル。
私の大好きなふたつが、はからずも結びついた瞬間だった。

今もふと、電車に乗ったときに、涙が浮かぶ。
電車の中では、だれもがだれでもない他人となるせいか、
心の深いところから思いが自然とせり上がってくるようなのだ。
改札から人の群れに流されて歩いているときにも、
夜の献立を考えている頭の一方で、
ああ、メルに会いたい、とつぶいやいていたりする。
あるいは、土間に続く扉を開けたときに、
いるはずのメルがいないとわかったときのほうけたような気持ち。

でも、悲しいというよりも、
11年半の日々をいっしょに生ききった楽しさの方が強く、
つい狭くなりやすい私の心が、
優しい力で押し広げられたような解放感がある。

犬はもういいや、とはいっこうに思うことがなく、
犬のいない生活なんて、と思っている自分に驚いている。
いつか、そのうちに。

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これで、メルとの別れの話はおしまいです。
読んでくださったみなさん、ありがとうございます。



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# by Annes_Tea | 2015-07-05 20:44 | ボーダーコリーのメル | Trackback | Comments(4)
犬を見送る♯3 犬の火葬をどうするか
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いつだって車が大好きだったメル。


メルが死んだらどうしよう。
気持ちの問題ではなく、火葬の話だ。
メルが血管肉腫だとわかってから、
メルの骨をどうすればいいのかを考え始めた。

いやしてくださいと祈っているのに、
夫に尋ねるのは申し訳なくも思ったが、
死んだときのことを考えておくのは、
プレ・グリーフワークとして私には必要だった。
家族の一員がいなくなることを、
少しずつ受け入れていく。
実際に死を迎えたときに慌てないように、
後でこうすればよかったと後悔しないためにも、
きちんと考えておこうと思っていた。

犬は「死ぬ」のか「亡くなる」のか。
微妙なことばの使い分けにも戸惑った。
犬は犬。犬という家族。家族だけど犬。
少々クールかもしれないが、
私のスタンスはこれだった。
だからあえて「死ぬ」ということばを使うようにした。
でも、周りはクリスチャンが多いので、
「犬が召される」と表現する人も少なくなかった。
日本語の正誤はともかく、
そういう気遣いに私はひそかに感謝した。

飼い犬の死を体験したことがある ?
会う人ごとに尋ねてみると、
子どものころに経験した人が少なからずいて、
そのときの衝撃が忘れられず、
もう二度と犬は飼わないと決めている人が多かった。
庭に埋めた人、
保健所にお願いした人、
動物霊園や寺にお願いした人と、
選択肢は十人十色だ。

問題は骨のようだった。
焼いた骨を手元に置きたいかどうか。
もしも必要ないならば、保健所がいちばん安上がりだ。
公共の焼き場で、
ペットを受け入れている自治体を探すのも難しくない。
ただし、市町村によっては、
住民以外が依頼するのは無理だったり、
値段が何倍も高くなる。
骨を戻してもらうならば、
東京近郊、少し遠くの方まで足を運ぶ必要がありそうだった。

墨田区民は昔から、
両国にある回向院に持ち込む人が多いらしい。
メルがお世話になった動物病院でも、
回向院と多摩動物霊園を教えてくれた。
どちらも寺。そうだよね、寺。
調べてみると、読経代だとか、卒塔婆代だとか、
仏教用語が飛び交っていた。
立会い葬儀、合同葬儀、などとあり、
犬に「葬儀」ということばを使う感覚が私にはなじまない。
それに、値段の高いこと。当然、商売なのだ。

メルの名前は本当はメルキゼデクだ。
旧約聖書に一箇所だけ出てくる王さまの名前で、
キリストの雛形だと言われている。
平和の王とも呼ばれている。
教会の犬だもの、読経ではかわいそうだし、葬儀もいらない。
そもそも、葬儀というものは、
死者への敬意とともに、
生きている人たちのグリーフワークの意味合いが強い。

私たちの教会は、
千葉の印西にあるキリスト教墓地にお墓を持っている。
入りたい人は、教会員ならばだれでも入れることになっている。
教会には通わなかったけれど、
亡くなる前日に洗礼を受けて、
教会のお墓に入っている方もおられる。
お墓といっても復活と希望の象徴の場所だから、
十字架の並ぶその地は穏やかで明るく、
ピクニック気分で年に一、二度はみんなで出かける。

さすがは犬好きの教会だけあって、
メルも教会のお墓に入れればいいよ、
と教会の役員が言う。
家族の一員だった動物たちが、
ともにお墓に収まるのも面白いかもしれない。
その寛容なアイデアに微笑んで、
ありがとうございます、と私は答えた。
入れるにしても、
だれか人間が入るときのついでになるだろう。
あるいは、私たちが入るときかもしれないし。
そのころには、いろんな人でお墓の中は賑わっているだろうか。
いえ、賑わっているのは天国でなければ。

犬も天国に行けるのだろうか。
神学的な論議をしても仕方のない問いなので、
聖書に書いていない疑問は、
神さまの領域としてお任せすることにしている。
私はヨブ記38章にある、神さまがヨブに答えるこの表現が好きだ。

「ここまでは来てもよい。
 しかし、これ以上はいけない。
 あなたの高ぶる波はここでとどまれ」

ヨブ記の最終章で、
ヨブの方はこんなふうに神さまに言っている。

「知識もなくて、摂理をおおい隠した者は、
 だれでしょう。
 まことに、私は、
 自分で悟りえないことを告げました」

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話を戻すと、火葬のことだった。
餅は餅屋だ。
キリスト教専門葬儀社に尋ねることにした。
もちろん人間専門の葬儀社だ。
懇意にしている方に連絡をすると、
奥さまが大の犬好きだとわかり、
丁寧に応対してくださった。
自分の家の犬が苦しまずに最期を迎えられるようにと、
毎回、断食して祈るという。
いったいこれまで何匹の犬を見送ったのだろう。
メルにも「そのとき」が来たら、
笠間にある焼き場まで運び、
後日、骨を届けてくださるとまで申し出てくださった。
笠間の焼き場は、良心的な民間の施設だという。
笠間は焼き物のまち。
煎茶道を学んでいた関係で何度か訪れた。
少しはゆかりのあるまちだ。

「そのとき」の算段がつき、人間たちはほっとした。
メルの状態と言えば、
寝たきりというでもなく小康状態が続いていたが、
長くはないのだとどこかでわかっていた。
それでも、神さまからのプレゼントは続き、
火葬の見通しがついてから「そのとき」まで、
1週間はいっしょに過ごすことができた。

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薬を嫌がるので、こういったおやつにくるんであげました。


「そのとき」が来る前日、
メルがごはんを食べなくなった。
薬を砕いて、チーズや好物の牛タンのおやつに混ぜ、
あの手この手と試してみたが、
食べるということに、力尽きているようだった。
あのメルが、食べない。
いつだっておやつを欲しがっていたメルが。
いまや、お腹は膨れ上がっていた。
かわいそうに。血管が破れ、血液であふれているのだろう。
ひどい貧血状態なのかもしれなかった。

病気になってから、
メルの声を聞くことはほとんどなかった。
それが、この日、例の「ぴよぴよ」を
か細い声で繰り返した。
私たちのどちらかが駆けつけると、
安心して鳴き止んだ。
一日中、そんなことが続いた。
後で思えば、きっと不安だったのだろう。

後日、獣医さんが教えてくれた。
犬は自分が死ぬ時をちゃんとわかってるのだと。
犬は今を生きている動物だから、
明日どうなるかと不安になるわけではない。
今、ここにいるよ、とメルが言っているような気がしていた。
わかった、わかった。
私たちも、今、ここにいるよ。

「そのとき」はあっけなかった。
土間に続く夫の部屋のドアを開け、
いつでも異変に気付くようにしていた。
もしかして、息をしてない ?
慌ててふたりで駆けつけて、
メル、メル、と呼びかけた。
メルは大きく2回息をしようとしたのだが、
そのまま呼吸が止まってしまった。

びょおびょお泣いた話は、
このブログにすでに書いたので、
火葬の話に再び戻る。
夫は用意してあった2枚のダンボールを使って、
メルを運ぶ棺を作った。
特大のおしっこシートを敷き詰めて、
メルをきれいに拭いてから中に入れた。
おしりも、おなかも、私の好きな耳の後ろも、
みんなまだ温かかった。
そのぬくもりに、泣けて泣けてしかたなかった。

私は人間の葬儀のときに朗読する黙示録を開いた。
夫は感謝のお祈りをした。
メルを与えられたこと、
その時間のすべてが感謝だった。

「見よ。神の幕屋が人ともにある。
 神はかれらとともに住み、
 彼らはその民となる。
 また、神ご自身が彼らとともにおられて、
 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。
 もはや死もなく。
 悲しみ、苦しみもない。
 なぜなら、
 以前のものが、
 もはや過ぎ去ったからである。」(黙示録21:5-4 )

「そのとき」が来たので、
葬儀社の知人に連絡をすると、
翌日、私たちが茨城の結城市まで届けることになった。
1日半の間メルを保冷しなくては。
ありったけの保冷剤をジプロックに詰めて、
ダンボール棺の隙間に入れた。
もちろんそれでは足りないので、
ドライアイスを買いに行くことにした。
墨田には適当なところが見つからず、
浅草の氷屋に電話をして予約した。
ドライアイスは、換気さえ注意すれば24時間持つ。
バイクを飛ばし、夫は3㎏のドライアイスを持ち帰ってきた。
店といっても小さな倉庫のような建物で、
何度も呼ぶとようやくおばあさんが出てきたという。

ダンボール棺の中に横たわるメルは、
眠っているようにしか見えなかった。
メルの顔の部分だけを扉のようにダンボールに細工し、
私も夫も、扉を開けては、何度も何度もメルの顔をのぞいた。

翌朝、メルを届けるドライブとなった。
その前に、白い花を棺に入れようと近くの花屋にふたりで行った。
店頭には菊と榊ばかり。下町の花屋だ。
いえ、白い菊ではなく。
あとはトルコキキョウと白百合しかなかった。
どちらもメルのイメージでない。
こういう時は、夫の好きな花にすればよいと思って、
ビタミンカラーのガーベラを提案した。
明るくて、楽しくて、メルらしい。
夫も賛成すると、黄色いガーベラを10本選んだ。

本当に車の好きな犬だった。
病院に行った最後の日、
降りたくないそぶりを見せて、
いつまでもシートの上に伏せっていたことを思い出し、
そんなひとつひとつが車に乗っていても、
涙につながった。

結城のまちは遠い。
本当なら、この日は常磐道を通って
教職者研修のため、メルも乗せて塩原まで行っていたはずだ。
それがメルの棺を運ぶ旅になろうとは、
2週間前までは、思いもよらないことだった。
今を大切に生きなくては。
メルが手渡してくれたメッセージだった。

外の風景がどこまでも水田に変わった。
約束した場所で、犬好きの奥さんが待っていた。
メルを彼女の車に移し替え、本当にお別れとなった。
彼女が、大きなカサブランカを抱えきれないほど手渡してくれた。
イースターには、百合の香りに慰められる。
そんなことを書いた昔のエッセイを覚えていてくださったのだ。
人の優しさに、涙が出る。

帰りの車の中にメルはいなかったけれど、
代わりに百合の香りが満ち満ちていた。
復活、永遠の希望の香りだ。
そしてこのブログを書いている今も、
リビングは百合の香りであふれている。

犬という家族を失ったと同時に、
たくさんの人たちから愛を与えられた。
失うと得る。
これが神さまの愛の特性なのだと、
メルが残していったメッセージがここにもある。

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メルの耳が好きで、よくこの後ろ姿を撮っていました。
車の窓を開けると、顔を出して眺めるのが好きでした。
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これも同じアングル。
ボーダーらしく、耳をぴっと立ち上げて周りを観察します。
歩くと耳がふんふんと揺れ、
私は天使の羽のようだと思っていました。
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さよなら、メル。


こころに届くことばたち。好評発売中のエッセイです。



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# by Annes_Tea | 2015-07-03 21:01 | ボーダーコリーのメル | Trackback | Comments(0)
犬を見送る♯2 病名がわかるまで

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病気がわかってからは、毎晩メルを担架のようなものに乗せて運び、
土間からリビングに移して夜をいっしょに過ごしました。
それでも、寝るときは土間に帰りたがるのは、
決まった場所にこだわるボーダー気質のせいでしょうか。


5月29、朝の散歩から帰る途中、
メルがへたり込んでしまった。
畳屋の前で腰が抜けたようになり、
身動きできなくなった。
夫は慌てて私の携帯に連絡したが、
間が悪いことに、私は朝シャン中だった。
朝風呂の習慣はないのだが、
こういうときにかぎって、いつもと違うことをしていたりするものだ。
夫が21kgあるメルを抱きかかえて帰宅したとき、
私はのん気にドライヤーをかけていた。
後で携帯を見ると、夫から着信が2度入っていた。

ちょっとこれ、尋常じゃない。
心臓発作かもしれない。
私はとにかくドライヤーのバワーを全開にして髪を乾かし、
その日の予定をすべてキャンセルすると、
車で動物病院へ連れていくことになった。

この日は、早朝から職人さんが来て、
会堂の屋根のペンキを塗っていた。
7年ぶりの作業、やはりこんなときにかぎって。
車を使うためには、
大型車を二台動かしてもらわなければならなかった。

木曜日の朝、平日にも関わらず、
動物病院の待合室は人と犬と猫とであふれていた。
メルは病院が嫌いだ。
吠えはしないが、待合室でぴよぴよと鳴く。
平安時代、犬は「ひよ」と鳴き、それから「びよ」となり、
江戸時代に「わん」となったと聞いたことがある。
ならば、メルの鳴き声は、室町時代あたりだろうか。
なだめてもすかしても、いっこうにぴよぴよを止めない。
私たちはダメ飼い主のように顔を真っ赤にして、
すみません、と周りに謝るのがいつものパターンだった。

ところがこの日、メルは文字通り、うんともすんとも言わない。
へたりこんだまま、息が浅い。
確かにただごとではない。
緊急性を受付に訴え続けたものの、
結局、3時間待つことになった。
ようやく「石川メルちゃん」と呼ばれて診察室に入ると、
虚脱状態だと判断され、すぐに酸素室に入れられた。
検査の結果がわかるまでに、さらに2時間必要とした。
犬を飼うとことの大変さを、11年目にして知ったわけだ。

症状から心臓疾患かと思われたが、
心電図では異常がなかった。
血液検査でも問題が見当たらない。
X線検査、超音波、 CRP検査と、
ひと通りの検査を受けることになった。
いずれも臓器の数値にひっかかるところはなく、
「椎間板ヘルニア」の可能性を指摘された。
骨のレントゲンに黒ずんだところが少しだけあり、
どこかにぶつけた古い傷ではないかという。
そういえば荒川のサッカーゴールに体当たりしたことがあったけ。
私たちはまだ気軽な気持ちで説明を聞いていた。

この日、ステロイドとビタミンを処方され、
ようやく病院から解放された。
診療費明細を見て、軽くたまげる。
大変だねぇ、痛くて息もできないほどだったんだね、
早くよくなるんだよ、とメルに言ってきかせる。
あんたは車が大好きだから、
腰にきちゃったかしらね。
私もヘルニアを患った経験があるので、
同士のような気持ちで話しかけた。

2、3日は近くの公園までゆっくり歩く程度の散歩に切り替えて、
おとなしく過ごした。
それが、1週間もすると病気の症状が消え、
荒川河川敷まで行けるようになった。
いつのころからか、
平日は、近くをメルと一周するのが私の担当で、
朝の長い散歩はさぼりがちだった。
ごめんね、メル。
気持ちをしゃんとし直して、
毎朝、2人と一匹で出かけるようにした。
家族みんなでの散歩こそ、
メルが犬人生でいちばん愛していることだもの。
再診時、院長がメルの満ち足りた表情を見て、
薬が効いたようですね、と嬉しそうに励ましてくれた。
よかったね。
人間も犬も、幸せなひとときだった。

6月12日、ふたたび散歩中にメルが歩けなくなった。
原因をより精密に探すため、
専門の施設で MRIの検査をするかどうかと問われたが、
全身麻酔をすると聞いて断った。
12歳なのだ。人間で言えば天国に近付いている年だ。
無理に全身麻酔をしたり、切ったり開いたりする気にはなれなかった。
おまけに費用が高過ぎた。

私たちの判断を聞いて、
院長はふたたび血液検査と超音波検査を行った。
その日、私は小学校の仕事があったので、
後は夫に任せて1日を過ごした。
昼休みにメールでメルの安否を夫に尋ねると、
「よくはないです。帰ってきたら説明します」という一文が返ってきた。
その文面を見た瞬間、なぜだか予感した。
ああ、メルとの別れがもうすぐなんだと。
悲しいというよりも、
不思議な気持ちだった。
こんなに長くいっしょに暮らしてきた犬と、
別れるときが本当に来るなんて。

夕方、帰宅すると、
食卓につくようにと夫に促された。
聞きたくない気持ちが心の奥底にあったのか、
まずはひと息ついてから、お茶を飲んでから、
などとだらだらしようとする私を、
夫は理解しかねたようだった。
大切なことなんだよ、と真顔で言う。
うんうん、わかってる。
だから、ちょっと待って、という気持ちだった。

超音波の検査で、今回は膵臓に腫瘍が見つかった。
どうやらそこから出血しているらしい。
肝臓にも影がある。
12歳という年齢、そして膵臓という部位を考えると、
膵臓を摘出しても、よくなるかは疑わしいという。
止血剤を注射して、経過観察することになった。
がんだった。
メルの最初の友だちだったゴールデンが、
がんとわかってお腹を開いたら、
手の施しようがなく、
病院で、しかも飼い主さんのいない手術台で、
そのまま息を引き取ったことを思い出していた。
手術はしない、させたくない。

6月15日は、夫がメルを病院に連れて行った。
再度、血液検査をしてもらうと、
数字は驚くほど悪くなっていた。
あまりにも進行が早い。
リンパ腫かもしれないという。
もしも「血管肉腫」ならば、
手の着けようがないと、最初の段階で聞かされていた。
組織検査の結果、
そのまさかの「血管肉腫」だと判明した。
大型種に多い原因不明の病気で、
ひじょうに恐いものだという。
数日で脳にまでがんが広がり痛みに苦しむようになる。
今の医療にできるのは、
痛みをコントロールすることくらいだ。

「あと数日」。
夫の声が震え、テュッシュで目をぬぐった。
私は悲しみよりも、
現実感を失って、ぼんやりしてしまった。
20代のころ、立て続けに親しい人を突然亡くしたことがある。
その時と同じだった。
水槽の中に自分がいて、
厚いガラスの外で話している夫の声が、
くぐもって聞こえているような感覚だ。

「なんでも好きなものを食べさせて、
行きたいところに行って、
できるかぎりいっしょに過ごすようにと言われた」
と夫は続けた。
あと少しなんだ。与えられた時間は少し。

いつものように土間にいるメルは、
いつものようにおまんじゅうのように丸まっている。
頭をなでると、私の心を閉じ込めていた厚いガラスが砕け散り、
涙があふれ、止まらなくなった。

その日を境に、
メルが大好きだった荒川河川敷までの散歩はできなくなり、
教会の庭で用を足すのが精一杯だった。
残りの時間をできるだけいっしょに過ごすこと。
教職者研修に泊りがけで行く予定だったので、
かえって何も用事を入れていなかった。
事情を話して二人とも研修はキャンセルし、
メルとの時間を優先した。

おなかに血がたまっていく病気なので、
下手に動かすのもよくない。
血管が破れて、さらにそれを手立てとしてがんが広がるらしい。
貧血なのか、熱があるのか、息が荒い。
それでも、私たちといる時間がいつもより多いせいか、
メルはすこぶるご機嫌な笑顔を見せ続けた。
熱のせいか、きらきらと光る瞳。
ふだん一週間で食べきる袋入りのおやつを、
一日一袋食べる王子さまのような待遇に、
メルは嬉しくてたまらなかったに違いない。

いやしてください、と私たちは祈った。
苦しまないようにしてください、とも祈った。
私たちの教会は、犬を飼っている人たちが多く、
メルの病気はみんなの祈りの課題となった。
フェイスブックでメルの病状を友人たちに知らせると、
祈っているとのメッセージが続々と届いた。

日曜日、ひときわ犬好きのフィリピン人のSさんとJさんが、
礼拝の後でメルのために祈りたいと申し出てくれた。
メルがひょこひょこと機嫌よく庭まで歩いてくるのを見た途端、
Sさんが大きな声を上げて泣き出した。
彼女も昨年、自分の犬を見送ったのだ。
ぐしゃぐしゃに泣いている私たちの勢いに、
ボーダーコリーらしく目線を外してよそ見する。
泣いて祈る大人の女性たちと、
女性たちに取り囲まれて困り顔の犬と。
側から見れば、さぞ奇妙な場面だったろう。

神さまの小さなプレゼントだったのか、
メルはしばらく小康状態が続き、
「数日」は引き伸ばされているように見えた。
庭まで自分で歩き、自力で用を足した。
上手に薬だけ選り分けてしまうので、
犬用のチーズに包んでそっとごはんに忍ばせると、
はぐはぐと喜んで食べてくれた。

次の日曜日、
「メルに会いたい人がいれば牧師館にどうぞ」
とアナウンスした。
11年前、同じような時期に犬を飼い始めたご家族が、
ひと目合わせてね、と真っ先に声をかけてくれた。

私たちと出会うまで、
メルは人とも犬とも触れ合いのほとんどない生い立ちだったせいか、
しつけがきちんと入るまで、トラブルの連続だった。
少しでも相手が緊張を見せると、
メルの顔は能面のようにこわばり、
羊飼いの本性を剥き出してにして、相手の足に牙を当てる。
噛み付くことはなく、威嚇するだけなのだが、
大きい犬なのでかなり迫力がある。
じつは、このご家族は、メルの牧羊犬根性の犠牲者でもあった。

久しぶりの対面だった。
土間でクロワッサンのような姿で寝ているメルは、
彼らが声をかけても顔を上げなかった。
もちろん威嚇することもなく、静かに横たわっていた。
メル、メルちゃん、おばちゃんですよ、
と犬好きの彼女は何度も声をかけた。
あの強い姿を見せていたメルはどこにもいなく、
みんなが涙ぐんでいた。

諦めて立ち去ろうとしたその時、
メルがふと見返り美人のようなぐあいに振り返って、
彼女をじっと見た。
数秒のことだった。
見たね、うんうん、見た。
それがメルには精一杯のサヨナラだったのだろう。

その次の日曜日には、
メルが死んだことをアナウンスすることになった。
あの時会えて本当によかった、と彼女は再び涙ぐんで言った。

e0165236_00414766.jpg
メルがわが家に来たころの写真。
目は虚ろで、尻尾は毛が抜け落ち、体重は14㎏。
栄養失調だと獣医から診断されました。
初めの愛を忘れないようにしようと思い、
この11年間ずっと冷蔵庫に貼ってあったものです。
e0165236_00411975.jpg
がんだとわかった夜。元気そうで、病気には見えません。
この夜は、私とたくさん記念撮影をしました。


こころに届くことばたち。好評発売中のエッセイです。



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# by Annes_Tea | 2015-07-02 00:57 | ボーダーコリーのメル | Trackback | Comments(2)


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