下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

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選挙事務所で働いたあのころ
e0165236_23453536.jpgゴーヤの花はまだまだ咲き続けています。これは雄花。でも、実は2個だけ。雌花が見当たらないのはなぜでしょうね。


忙しい1週間。よく歩き、よく話した。

メルとは夜の散歩が多く、
おかげでひとつ発見した。
東京スカイツリーのすり鉢状の部分に、
明かりが灯るようになっていた。
第一展望台だと聞いているが、
これは単なる実験?
あるいは工事のオフィスでも入ったのかな?
地元のケーブルテレビではよくスカイツリー特集をやっているが、
毎日本物を見ているので、
かえってニュースを素通りしてしまう。
スカート部分ができる以前は、
どう見ても巨大な煙突にしか見えなかった。
でも、あれは千住にあったお化け煙突へのオマージュなのだと知って、
なるほど、と思った次第。
やはりときどきは、地元民として知ろうとすることは必要ですね。

さて。
書こうと思ったのは、少し違う話。
選挙ですね、と言いたくなったのだ。
日曜日なので礼拝の前に投票を済ませて来る人が多い。
わがやは日曜日の夕方に、
さて行きましょう、というのがいつものパターン。

政権放送を見ていると、
これまでの政治がどれほどだめかと聞かされることが多い。
そんなにもだめな政党、だめな政治家、だめな首相なのね。
聞いていると暗澹たる気持ちになる。
よくないなあ。
勝つために相手の揚げ足取りというのはいただけない。
心に満ちているものを口が話す、と聖書にある。
みなさん、まず心の内側を成熟させて下さいよね。
内輪もめすれば国はすたれる。
これも聖書のことば。
このままではすたれる一方かな。

菅直人という政治家のことは、
昔からなんとなく気にしてきた。
厚生大臣になって薬害エイズ事件で説明責任を果たしたときは、
やったね、がんばれ、なんて思っていた。
でも、時が経ち、
年金問題で失敗をして、
お遍路さんで禊ぎという発想にはがっかりした。
でもまあ。
ここ最近の首相に比べれば、
国のリーダーのために祈ろう
という気持ちにはさせてくれる。

大学時代、菅直人事務所で選挙のバイトをしたことがある。
社民連時代だから、ああなんて昔のこと。
菅直人に心酔して、とか、
政治に関心があって、とか
そんな志のある学生ではなく、本当にたまたま。
吉祥寺のバイト先の若社長から、
手伝ってあげてよ、と軽く頼まれたのだ。
「自民党に比べると時給は安いんだけどね」という前置きつきで、
「でも、市民のために働いてくれる人物だから」
というようなことを言われたっけ。
そのときのわたしと言えば、
人物像のことよりも、
自民党のバイトはそんなにも時給がよいのかと思ったことを覚えている。
本当に浮わついた学生だったのです。はは。

うぐいす嬢のような華やかな仕事ではなく
(でもあれ、日焼け対策が大変そうでした)
事務所で電話をかけて、
「菅直人をよろしくお願いします」なんて言っていた。
事務局長だったか秘書だったか立場は忘れたけれど、
マスコミを辞めてまで手伝っているという若い女性がいた。
鼻息荒く働いている女性を見たのはあれが人生で最初だったかも。
どうしているのだろう? 
願った通り政治家になっているといいけれど。
菅さんは市川房枝の手伝いから始まった人で、
市民運動出身ということもあり、
おばさまたちに人気が高かった。
おばさまたちがおにぎりなんかを差し入れして大勢出入りしていた。

当選した祝杯は、
三鷹の居酒屋のような場所だったと記憶している。
私たち大学生は少し見に行っただけで席にも着かなかった。
酔って(あるいは日焼け?)赤い顔をした菅さんが、
「ありがとう」
とわたしたちぽやぽやした学生に手を差し出した。
握手したかどうかは忘れてしまったけれど。

あの頃の志を持ち続けていればいいな、と思う。
とにかくみなさん、
内輪もめだけはやめましょう。
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by Annes_Tea | 2010-07-09 23:52 | 牧師館で暮らす
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