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下町すみだ牧師館暮らし牧師の奥さん&文筆家・宮葉子のブログ             
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん


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墨田区のふたつの拠点を中心に、子どもの本のロングセラーを読むゆるやかなサードプレイス。幅広い年代が参加されています。


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犬を見送る♯1 ボーダーコリーのメルが死んだ日
犬を見送る♯1 ボーダーコリーのメルが死んだ日_e0165236_17242687.jpg

6月25日12時45分、メルが死んだ。
病名がわかってから2週間弱、
闘病というにはあまりに短い時間だった。

1歳半で処分寸前のところを引き取り、
11年間を牧師館でともに暮らした。
私専用の裏口の土間がメルの居場所だった。
築70年は経とうとする古家だから、
壁のしっくいはところどころ剥げ落ち、
お世辞にもすてきだとは言えない場所なのだが、
犬というものは文句ひとつ言わない。
置きっ放しのガーデニングブーツをかじるでもなく、
ふだんは夫がこしらえたパイン材のすのこの上で、
おまんじゅうのごとくまんまるになって満足していた。
いつでもどんなときでも、
「おやつ」と「おさんぽ」のふた言を心待ちにして、
私たちふたりといっしょにいる時間を、
おやつ以上に愛している犬だった。

メルの犬人生は、12歳と半年だった。
ボーダーコリーの寿命は、
13歳から16歳くらいが平均だと聞いていたから、
納得のいく年数だったのがせめてもの慰めだ。
そうはいっても、
あまりにも急なことだったので、
病名を聞いてからは、悲しくて悲しくてしかたなかった。

最後、大きく2回、息を吸おうとしてかなわず、
ブルーアイ側の目だけを見開いて息を引き取った。
「ぼくの好きな方の目を見せてくれているのかな」と夫が言った。
顔をそっと上げてみると、ブラウンアイの方は眠ったように閉じていた。
完全に寝たきりになったのは死の前日だけで、
その前の日まではおやつも食べた。
しかも、1週間分のおやつを1日で食べるような勢いで。
「好きなものを好きなだけ食べさせてあげて、
思うぞんぶんかわいがってあげてください」
と獣医に言われていたので、
ふだんはおやつの量に厳格な私も、
甘々、めろめろな人格に変貌して、
2週間、メルの気がすむまでおやつをあげた。

メルが息を引き取ったとわかった瞬間、
夫と私は何度もメルを呼んだ。
メル、メル、戻ってきて。
ああ、もうだめだ。
そう悟ったときに出てきたことばは、
「ありがとう」、ただこればかりだった。
メル、ありがとう。
うちに来てくれてありがとう。
犬が与えてくれた豊かな時間が、
かたまりのように一気に私の心に流れてきて、
ありがとうということば以外、何も浮かばなかった。

メルの病名がわかったとき、
最初にメルの顔を見たときも同じような気持ちになった。
何を考えるでもなく、「ありがとう」ということばが出てきた。
不思議なくらい、何度でも、何度でも、
自分の口が言っているのだ。

そして、私は泣いた。
メルが死んで、私は「びょおびょお」泣いた。
どういうわけか「びょおびょお」という擬声語が、
遠い記憶の中から立ち上がって、私の頭に浮かんだのだ。
江國香織の『デューク』という作品にある表現で、
愛犬を亡くした21歳の主人公が、
幼い子どものように「びょおびょお」泣く。
これを読んだのはものすごく昔のことだから、
いったいどんな回路でつながったのか本人にもさっぱりなのだが、
電車の中で泣いている主人公のことまで思い出していた。
読んだ当時の私は、結婚もしていなかったし、
まして犬とは挨拶すらしたことがなかった。
犬という存在は、例えばグリーランドという土地と同じくらい、
遠くて未知で知らない相手だった。

メルはまず助からない。
こう知ってから、私はありのまま悲しもう、
泣きたければ泣こう、と決めていた。
気持ちを抑え込んだり、我慢するのはやめよう。
ほとんど決意に近い気持ちだった。
悲しいときにじゅうぶん悲しめば、
心は健全に回復するのだから。

夫はびょおびょおとは泣かなかった。
男の人は、ちょっと違うのかもしれない。
ちょっと違うけれど、私が初めて見る泣き方ではあった。
このうえなく優しさにあふれた涙で、
そんな夫の姿を見せてくれたメルに、
やっぱりありがとうと言いたくなった。

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メルの好きな場所は、夫の足の上。
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死の3日前。私にやたらとくっつきたがりました。
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よく笑う犬でした。人間もメルも大好きだった軽井沢で。

こころに届くことばたち。好評発売中のエッセイです。



by Annes_Tea | 2015-07-01 17:31 | ボーダーコリーのメル
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