下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

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被害者裁判参加制度に思う
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e0165236_2374845.jpg内容的には最初の一歩かもしれないけれど、本当に貴重な一歩だと思う。おめでとう、そしてお疲れさま、と言いたい相手はたくさんいる。でもいちばんに伝えたいのは、やはり犯罪被害者の会の代表、岡村弁護士にかな。

2000年1月、世間はミレニアムで浮かれ騒いでいる年に、この会は結成された。わたしも創設当時からのメンバーとして、最初のシンポジウムに参加した。わたしが事件にあったのはもう少し前なので、まだ「犯罪被害者」ということばも、まして「被害者支援」や「被害者の権利」といった概念も、世間にはほとんどなかったころだと思う。当時の気分と言えば、いつまでもいつまでも井戸の底に座って、遠い空を眺めているような感じだった。なんて出口は遠いんだろう。もう2度と出られないかもしれない・・・。そんなとき、犯罪被害者の会が始まるかもしれないというニュースを耳にして連絡をとったのが岡村弁護士だった。

わたしが体験した事件は、明け方近く、窓を破って見知らぬ男が侵入し、ナイフで殺されそうになる、という内容である。最初からナイフの奪い合いに終始し、結局、自分で持ってきたナイフで怪我をした犯人は、階下の家に逃げ込み、その間に近所の人がしてくれた通報で、犯人はすぐさま逮捕となった。わずか30分足らずの出来事だったのだが、それまで生きてきた時間のすべてが覆される体験だった。本当に、人生とはもろい。でも、今こうして牧師の奥さんとしてたくましく生きている自分を見ると、人生とはしなやかだ、とも言える。

犯人の罪状は、家宅侵入罪、銃刀法違反、そして強姦未遂、である。この最後の4文字は、粗悪品のレッテルを貼られたようで、ものすごく悩んだことのひとつである。後で考えると、ナイフで殺されそうになったことがいちばん怖かったのだが、でも、そのナイフがあったことによって、犯人の目的が大きく崩されたのは幸いだったわけだ。殺人未遂か、強盗未遂か、それとも、というところで、決め手になったのが、犯人が「やらせろー」と繰り返し叫んでいたというわたしの証言である。このことは、警察に何度も質問された。

刑事事件なので裁判があると東京地検の検事から説明された時、自分のための裁判なのだと思っていた。法律とは無縁できたのだから、そうなんだ、とただ単純に考えていた。でも、それが犯人のための裁判であり、その人のために証人として出廷を求められているとわかって、なんだかなぁ、という気分になった。担当した検事が女性だったこともあり、その当時にしては多少の配慮があったのだろう。犯人と顔を合わさずに行なう期日外公判というものにしてもらえた。

でも、それを説明するときの検事の台詞はいただけなかった。「女性が襲われる事件の傍聴は、マニアがいて人気があるんですよね」と言う。人気かぁ。被害者の心情を司法関係者が考慮するようになったのは、ずっと後のことである。彼女は、「男性になど頼って生きていく必要はない」というようなことも言い(プライベートで何かあったのですかね?)、さらに、実際に性犯罪被害にあった女性たちの事例をあげ、「本当にあなたは何もされなくてよかった」と言って励まそうとしたのも、まずかった。こちらは尋常ではない心理状態である。見知らぬ女性たちのリアルな災難は、そのまま自分のこととして、わたしの心に恐怖の感情を伴って、その映像イメージが入り込んできた。自分の記憶ではない記憶と折り合いをつけるべく、相当苦しい思いをした。いまでも、その彼女たち(もちろん面識はない)はどうしているかしらと、ふと、辛くなることがある。

期日外公判は、家裁のような場所を利用して、私が証言するだけの短いものだった。確かに小さい部屋だったが、入ってみるとずらっと若い人たちがわたしの席を取り囲むように座っている。後でわかったのだが、彼らは司法修習生だったらしい。事前にこちらへの承諾は必要ないの? なんだかな。

わたしの事件の場合、犯人は前科6犯であり、面識もない上、こちらには何の落ち度もなかったので、本来ならば、わざわざわたしが証言する必要もないはずだったらしい。それを、国選弁護人がややこしくしたらしく、出廷となったようだ。本当に、その国選弁護人は的外れなことばかり尋ねるので、裁判官にも途中で遮られていた。たしかに裁判での体験はいやなものだったが、たとえ証人尋問の一貫だったにせよ、自分の気持ちまで話すことができたのは、ナイフと同様、結果的には幸いだったのかもしれない。

被害者裁判参加制度が始まると、被害者はまた新たな苦しみを負うことになるかもしれない、というようなことをある識者の意見として読んだ。その通りだろう。内容も限られている上、そもそも裁判とは被告の人権を守るというスタンスで行なわれるものだから、被害者側に立つ弁護士登録も滞っていると聞いている。それでも、このために長年働きを続けてきた人たちのことを思うと、やっぱりおめでとう、と言いたい。

裁判の後、数日して、裁判所から封書が届いた。それには、期日外公判に出向いたときの交通費の明細と小銭が同封されていた。手紙も何もなし。それはそうだろうけれど、以来、日比谷公園の前にある東京地検に行くこともないし、あの女性検事から連絡が来ることもない。そんなもの、なのである。

それにしても、あの時、よくぞ犯人とナイフの奪い合いなどという大胆なことをしたものだ。じつは、その夜、サラ・パレツキーの女探偵が派手に戦う推理小説を読んでから寝たのだ。わたしには滅多にない選書だった。ハイヒールで悪い男を蹴り上げる、そんな映像を抱いたまま、眠りに落ちた。わたしが戦い抜けたのは、読書の力、少しはそれがあったように思う。


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↑(左)メル1歳半、わがやに来たばかりのころの姿です。難しい性格なので、里親が見つからず、兄弟犬たちの中でただ一匹残っていたところをわたしたちと出会いました。(右)こちらは最近のメル。わたしちと一緒だとよく笑ようになりました。確実な変化、です。いい方向に。大切なのはhope!
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by Annes_Tea | 2009-01-25 23:14 | 牧師館で暮らす
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