下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

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2015年 07月 02日 ( 1 )
犬を見送る♯2 病名がわかるまで

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病気がわかってからは、毎晩メルを担架のようなものに乗せて運び、
土間からリビングに移して夜をいっしょに過ごしました。
それでも、寝るときは土間に帰りたがるのは、
決まった場所にこだわるボーダー気質のせいでしょうか。


5月29、朝の散歩から帰る途中、
メルがへたり込んでしまった。
畳屋の前で腰が抜けたようになり、
身動きできなくなった。
夫は慌てて私の携帯に連絡したが、
間が悪いことに、私は朝シャン中だった。
朝風呂の習慣はないのだが、
こういうときにかぎって、いつもと違うことをしていたりするものだ。
夫が21kgあるメルを抱きかかえて帰宅したとき、
私はのん気にドライヤーをかけていた。
後で携帯を見ると、夫から着信が2度入っていた。

ちょっとこれ、尋常じゃない。
心臓発作かもしれない。
私はとにかくドライヤーのバワーを全開にして髪を乾かし、
その日の予定をすべてキャンセルすると、
車で動物病院へ連れていくことになった。

この日は、早朝から職人さんが来て、
会堂の屋根のペンキを塗っていた。
7年ぶりの作業、やはりこんなときにかぎって。
車を使うためには、
大型車を二台動かしてもらわなければならなかった。

木曜日の朝、平日にも関わらず、
動物病院の待合室は人と犬と猫とであふれていた。
メルは病院が嫌いだ。
吠えはしないが、待合室でぴよぴよと鳴く。
平安時代、犬は「ひよ」と鳴き、それから「びよ」となり、
江戸時代に「わん」となったと聞いたことがある。
ならば、メルの鳴き声は、室町時代あたりだろうか。
なだめてもすかしても、いっこうにぴよぴよを止めない。
私たちはダメ飼い主のように顔を真っ赤にして、
すみません、と周りに謝るのがいつものパターンだった。

ところがこの日、メルは文字通り、うんともすんとも言わない。
へたりこんだまま、息が浅い。
確かにただごとではない。
緊急性を受付に訴え続けたものの、
結局、3時間待つことになった。
ようやく「石川メルちゃん」と呼ばれて診察室に入ると、
虚脱状態だと判断され、すぐに酸素室に入れられた。
検査の結果がわかるまでに、さらに2時間必要とした。
犬を飼うとことの大変さを、11年目にして知ったわけだ。

症状から心臓疾患かと思われたが、
心電図では異常がなかった。
血液検査でも問題が見当たらない。
X線検査、超音波、 CRP検査と、
ひと通りの検査を受けることになった。
いずれも臓器の数値にひっかかるところはなく、
「椎間板ヘルニア」の可能性を指摘された。
骨のレントゲンに黒ずんだところが少しだけあり、
どこかにぶつけた古い傷ではないかという。
そういえば荒川のサッカーゴールに体当たりしたことがあったけ。
私たちはまだ気軽な気持ちで説明を聞いていた。

この日、ステロイドとビタミンを処方され、
ようやく病院から解放された。
診療費明細を見て、軽くたまげる。
大変だねぇ、痛くて息もできないほどだったんだね、
早くよくなるんだよ、とメルに言ってきかせる。
あんたは車が大好きだから、
腰にきちゃったかしらね。
私もヘルニアを患った経験があるので、
同士のような気持ちで話しかけた。

2、3日は近くの公園までゆっくり歩く程度の散歩に切り替えて、
おとなしく過ごした。
それが、1週間もすると病気の症状が消え、
荒川河川敷まで行けるようになった。
いつのころからか、
平日は、近くをメルと一周するのが私の担当で、
朝の長い散歩はさぼりがちだった。
ごめんね、メル。
気持ちをしゃんとし直して、
毎朝、2人と一匹で出かけるようにした。
家族みんなでの散歩こそ、
メルが犬人生でいちばん愛していることだもの。
再診時、院長がメルの満ち足りた表情を見て、
薬が効いたようですね、と嬉しそうに励ましてくれた。
よかったね。
人間も犬も、幸せなひとときだった。

6月12日、ふたたび散歩中にメルが歩けなくなった。
原因をより精密に探すため、
専門の施設で MRIの検査をするかどうかと問われたが、
全身麻酔をすると聞いて断った。
12歳なのだ。人間で言えば天国に近付いている年だ。
無理に全身麻酔をしたり、切ったり開いたりする気にはなれなかった。
おまけに費用が高過ぎた。

私たちの判断を聞いて、
院長はふたたび血液検査と超音波検査を行った。
その日、私は小学校の仕事があったので、
後は夫に任せて1日を過ごした。
昼休みにメールでメルの安否を夫に尋ねると、
「よくはないです。帰ってきたら説明します」という一文が返ってきた。
その文面を見た瞬間、なぜだか予感した。
ああ、メルとの別れがもうすぐなんだと。
悲しいというよりも、
不思議な気持ちだった。
こんなに長くいっしょに暮らしてきた犬と、
別れるときが本当に来るなんて。

夕方、帰宅すると、
食卓につくようにと夫に促された。
聞きたくない気持ちが心の奥底にあったのか、
まずはひと息ついてから、お茶を飲んでから、
などとだらだらしようとする私を、
夫は理解しかねたようだった。
大切なことなんだよ、と真顔で言う。
うんうん、わかってる。
だから、ちょっと待って、という気持ちだった。

超音波の検査で、今回は膵臓に腫瘍が見つかった。
どうやらそこから出血しているらしい。
肝臓にも影がある。
12歳という年齢、そして膵臓という部位を考えると、
膵臓を摘出しても、よくなるかは疑わしいという。
止血剤を注射して、経過観察することになった。
がんだった。
メルの最初の友だちだったゴールデンが、
がんとわかってお腹を開いたら、
手の施しようがなく、
病院で、しかも飼い主さんのいない手術台で、
そのまま息を引き取ったことを思い出していた。
手術はしない、させたくない。

6月15日は、夫がメルを病院に連れて行った。
再度、血液検査をしてもらうと、
数字は驚くほど悪くなっていた。
あまりにも進行が早い。
リンパ腫かもしれないという。
もしも「血管肉腫」ならば、
手の着けようがないと、最初の段階で聞かされていた。
組織検査の結果、
そのまさかの「血管肉腫」だと判明した。
大型種に多い原因不明の病気で、
ひじょうに恐いものだという。
数日で脳にまでがんが広がり痛みに苦しむようになる。
今の医療にできるのは、
痛みをコントロールすることくらいだ。

「あと数日」。
夫の声が震え、テュッシュで目をぬぐった。
私は悲しみよりも、
現実感を失って、ぼんやりしてしまった。
20代のころ、立て続けに親しい人を突然亡くしたことがある。
その時と同じだった。
水槽の中に自分がいて、
厚いガラスの外で話している夫の声が、
くぐもって聞こえているような感覚だ。

「なんでも好きなものを食べさせて、
行きたいところに行って、
できるかぎりいっしょに過ごすようにと言われた」
と夫は続けた。
あと少しなんだ。与えられた時間は少し。

いつものように土間にいるメルは、
いつものようにおまんじゅうのように丸まっている。
頭をなでると、私の心を閉じ込めていた厚いガラスが砕け散り、
涙があふれ、止まらなくなった。

その日を境に、
メルが大好きだった荒川河川敷までの散歩はできなくなり、
教会の庭で用を足すのが精一杯だった。
残りの時間をできるだけいっしょに過ごすこと。
教職者研修に泊りがけで行く予定だったので、
かえって何も用事を入れていなかった。
事情を話して二人とも研修はキャンセルし、
メルとの時間を優先した。

おなかに血がたまっていく病気なので、
下手に動かすのもよくない。
血管が破れて、さらにそれを手立てとしてがんが広がるらしい。
貧血なのか、熱があるのか、息が荒い。
それでも、私たちといる時間がいつもより多いせいか、
メルはすこぶるご機嫌な笑顔を見せ続けた。
熱のせいか、きらきらと光る瞳。
ふだん一週間で食べきる袋入りのおやつを、
一日一袋食べる王子さまのような待遇に、
メルは嬉しくてたまらなかったに違いない。

いやしてください、と私たちは祈った。
苦しまないようにしてください、とも祈った。
私たちの教会は、犬を飼っている人たちが多く、
メルの病気はみんなの祈りの課題となった。
フェイスブックでメルの病状を友人たちに知らせると、
祈っているとのメッセージが続々と届いた。

日曜日、ひときわ犬好きのフィリピン人のSさんとJさんが、
礼拝の後でメルのために祈りたいと申し出てくれた。
メルがひょこひょこと機嫌よく庭まで歩いてくるのを見た途端、
Sさんが大きな声を上げて泣き出した。
彼女も昨年、自分の犬を見送ったのだ。
ぐしゃぐしゃに泣いている私たちの勢いに、
ボーダーコリーらしく目線を外してよそ見する。
泣いて祈る大人の女性たちと、
女性たちに取り囲まれて困り顔の犬と。
側から見れば、さぞ奇妙な場面だったろう。

神さまの小さなプレゼントだったのか、
メルはしばらく小康状態が続き、
「数日」は引き伸ばされているように見えた。
庭まで自分で歩き、自力で用を足した。
上手に薬だけ選り分けてしまうので、
犬用のチーズに包んでそっとごはんに忍ばせると、
はぐはぐと喜んで食べてくれた。

次の日曜日、
「メルに会いたい人がいれば牧師館にどうぞ」
とアナウンスした。
11年前、同じような時期に犬を飼い始めたご家族が、
ひと目合わせてね、と真っ先に声をかけてくれた。

私たちと出会うまで、
メルは人とも犬とも触れ合いのほとんどない生い立ちだったせいか、
しつけがきちんと入るまで、トラブルの連続だった。
少しでも相手が緊張を見せると、
メルの顔は能面のようにこわばり、
羊飼いの本性を剥き出してにして、相手の足に牙を当てる。
噛み付くことはなく、威嚇するだけなのだが、
大きい犬なのでかなり迫力がある。
じつは、このご家族は、メルの牧羊犬根性の犠牲者でもあった。

久しぶりの対面だった。
土間でクロワッサンのような姿で寝ているメルは、
彼らが声をかけても顔を上げなかった。
もちろん威嚇することもなく、静かに横たわっていた。
メル、メルちゃん、おばちゃんですよ、
と犬好きの彼女は何度も声をかけた。
あの強い姿を見せていたメルはどこにもいなく、
みんなが涙ぐんでいた。

諦めて立ち去ろうとしたその時、
メルがふと見返り美人のようなぐあいに振り返って、
彼女をじっと見た。
数秒のことだった。
見たね、うんうん、見た。
それがメルには精一杯のサヨナラだったのだろう。

その次の日曜日には、
メルが死んだことをアナウンスすることになった。
あの時会えて本当によかった、と彼女は再び涙ぐんで言った。

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メルがわが家に来たころの写真。
目は虚ろで、尻尾は毛が抜け落ち、体重は14㎏。
栄養失調だと獣医から診断されました。
初めの愛を忘れないようにしようと思い、
この11年間ずっと冷蔵庫に貼ってあったものです。
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がんだとわかった夜。元気そうで、病気には見えません。
この夜は、私とたくさん記念撮影をしました。


こころに届くことばたち。好評発売中のエッセイです。



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by Annes_Tea | 2015-07-02 00:57 | ボーダーコリーのメル


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