下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

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カテゴリ:牧師館で暮らす( 77 )
大人のお年玉
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元旦に持っていってもらった筑前煮が、
大きな卵焼きになって帰ってきた。
タッパーは空で返してね、と念を押したのだけど、
それでは、粋、と言えないのだとか。
これも江戸っ子気質のひとつかしらん。
でも、そんな粋なら嬉しい、嬉しい。
素直に喜んでいただいた。
おかえしのおかえしのおかえし・・・
こんな風に延々と続いていく絵本があったなぁ、なんて思い出しながら。
確かタヌキとキツネの奥さんたちが、
最後は家まで取り替えて、
ええと、どうなったんだっけ?

結婚当初は、同じ通りに住む夫の母から、
おかずをひと品、はい、と渡されることがあって大いに助かった。
でも、後で毎回悩むのだ。
空になったこのタッパーに入れるべきか、入れざるべきか。
転勤族の核家族で育ったから、
こういうお付き合いの仕方を学習する機会に乏しかった。
我ながら下手だなぁ、と思う。
でも、あの頃に比べれば、
かなりいただき上手になったかな。
それとも、ずうずうしくなって、
おかえしに気を揉まなくなっただけかもしれない。

さて、またしてもいただきもの。
新年が始まったばかりだからか、食べ物が続く。
家計は大助かりである。
中でも、びっくりプレゼントだったのは、
特大のキングサーモンである。まさに大人のお年玉だ。
教会のTさんが、朝、ひょいと顔を見せて持って来て下さった。
仕事関係の新年会で一等賞を当てたそうだ。
新年早々一等とは、おめでたい。
でも、Tさんにとっては万々歳ではないらしく、
忙しくて料理するのも億劫だからどうぞ、なんて言う。

じっと見る。
大きい。迫力満点だ。
さて、どうしてくれよう。
ここはやはり、厚めの筒切りにして、
塩、こしょう、オリーブ油でシンプルに焼くのが最善か。
頭に浮かぶのは、シズラーのサーモングリル。
何かしらハーブを使っていたはずなのだけど思い出せない。
結局、夫の出番となってうまく切り分けてもらい、
最初の志に従い、
にんにく、塩、こしょうでシンプルに味つけをし、
オリーブ油でじゅっと焼いた。(これも夫の仕事)
いただく際には、マヨネーズを少しだけソース代わりにつけると、
あら、おいしい。
尻尾の部分にはよく脂がのっていて、
これは石狩鍋にしないとね、なんて二人で話す。
残りは冷凍保存にする。
あの人とあの人にあげようかな、なんて思いめぐらしながら。
今度もまた、おかえしはなしね、と言って渡さないと。


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by Annes_Tea | 2010-01-14 22:39 | 牧師館で暮らす
新しい年、集う朝
一年のごあいさつ&年末年始の過ごし方

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元旦の朝。
初詣のメッカとも言える下町で、
道行く人たちが、教会の中にも人が集まっているのを見て、
あれ、という顔をして通り過ぎていった。
道行く人たちは、何に祈るのかな?

元旦礼拝はしめやかに、
その後のお雑煮タイムはなごやかに過ぎた。
ひとしきりおしゃべりをした後で、
それぞれの家庭に戻るべく解散。
今朝は人数も小粒なので、
ひと家族の車にみんなで乗り込んで、送ってもらったようだ。
帰り際、
ひとり暮らしの方には、
前夜に煮た筑前煮に、厚切りの玉子焼きと
ついでにおいなりさんも添えて、はい、と手渡す。
ひとり身の○○さんは来なかったなぁ、とちょっと心配になりながら。

血のつながった家族でも、
集う、ということには難しさを感じることがあるけれど、
まして教会の家族となればなおさら。
でも、こうして集いを続けてきて、
みんなずいぶんと楽しく交わることが上手になってきたな、と思う。

午後、わたしたちはメルざんまい。
荒川河川敷はまさにボーダーコリー日和で、
快晴、そして強風。
メルはずっと笑っていた。
今年はカレンダーの具合で、旅はなし。
でも、やけにリフレッシュしていると思ったら、
めずらしく年賀状を書き終わっていたのでした。
(いつも、1月に入って書いているもので・・・)

明日はカレーかなぁ。


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元旦に荒川から見えた東京タワー。どんどん育ってます。
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by Annes_Tea | 2010-01-01 23:25 | 牧師館で暮らす
来年の漢字はなあに?
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今年も家族に感謝。
というわけで、年末は家族との食事が続きました。
金婚式を迎えた仲良しの叔母とは従妹を誘って中華、
両親とはイタリアン、そして夫とは千駄木でイタリアン。
ああ、でもメインのついた高い方のランチはすでに終わっていて、
パスタランチになってしまいました。
お礼をかねて、お肉をごちそうするつもりで誘ったのですけど。
写真はその後、谷中散歩で立ち寄ったCOUZT CAFEです。
カフェ好きですが、撮影許可をとるのが億劫で、
めったに写真をとりません。
でも、今回は別のお客さんが撮影の可否をきいていたのに便乗しちゃいました。
自転車は古いプジョーとラーレーです。販売もしてるようでした。
今年もたくさんのカフェとも出会いました。




今年もお疲れさま。
そんな気分で、
気のおけない友人たちと知人のカフェに集まって、
2009年のあれやこれやを振り返った。
そこで話題になったのが、世相を表す「今年の漢字」である。
2000年からざっと並べてみるとこんな具合だ。
金、戦、帰、虎、災、愛、命、偽、変。
そして今年が「新」となる。
2年前が「偽」だったことを思えば、
かなり前向きかな?

役者のMちゃんは、
年初に自分だけの「今年の漢字」を決めるのだという。
2009年に志を抱いた漢字は、「進」。
うんうん、Mちゃんらしい。
今年は実際、いろんな役を演じていたものね。
役者として進む、人間として進む、
きっと信仰者としても一歩一歩進んでいるに違いない。

一方、わたしは?
すぐさま思い浮かんだのは、
「集」という文字だ。
どこでどう示されたのだっけ。
とにかく、今年はいろんな集いを開いてみようと思ったのは確かだ。
女性集会、声なき者たち、カフェにアートイベント、
子どもたちとの工作教室、
その他もろもろと小さな集いの多い年だった。
教会だけではなく、
個人的にも高校時代の友だちと成人式以来の集まりを開いたり、
年賀状だけの付き合いとなっていた友だちと
一緒に美術館に出かけたり。
再会の集いの年でもあった。

昨日は今年最後の祈り会だったので、
そこでも1年をふり返った。
Mさんは、友だちの間で「顔が変わった」
と評判になるほど明るくなったと言われたらしい。
うれしいなぁ、そういう話。
Yさんは、人のことばでぐしゃぐしゃ悩んでも、
以前のように穴の中に落ち込んでいくことはほとんどなくて、
あ、そうだ、祈ろう、祈ろう、
とイエスさまの方に心を向けられるようになってきたという。
ある日突然、がらりと変身するのがわたしたちの歩みではなく、
一歩、一歩。ふと気づくと、あれ、変わった? 
という具合だ。みんな、一歩、一歩、乗り越えてきたものね。

めずらしく祈り会にいらしたSさんが、
「年だから、と言うのは止めることにしました」
と決意表明。
それはいいですねぇ、と一同で共感する。
告白にはプラスでもマイナスでも力があるから、
年だ、と言った時点で年齢にも自分にも負けてしまうのだ。
否定的なことばをいっさい捨て去りなさい、と聖書にはある。
これは単純そうでいて、
じつはよく生きるための最高の極意である。
わたしたちの口から、
否定的なことばが消え去ったら、
世界はどんなに光で満ちるだろう。

今日は一日、やり残した掃除と洗濯と庭の掃除。
筑前煮を煮たり、明日の元旦礼拝の準備、
相変わらずのどたばたの最中、
ぴんぽん、と鳴って子どもたちが遊びに来た。
うそ、大晦日にも遊びに来るかね、
と一瞬、うろたえてしまった。
ゴエモン先生と遊べる?
うーん、今、ちょっと難しいかなぁ、とかなんとか。
元旦礼拝の後、お雑煮出すからおいで、と言ってドアを閉める。
ごめんね、明日来たら、遊んであげるから。
でも、きっといつも「今」どうかかわるかが重要なんだよね。
なんて、今年最後の反省である。

さて、2010年の私の漢字はというと、
すでにしばらく前から示され続けている文字がある。
それは「門」という漢字だ。
新しい門が開かれるのか、
それとも門をたたくのか、
新しい年が始まってみなければわからないが、
期待にあふれるイメージである。

みなさんの一年は、どのような漢字が当てはまりますか?
そして、2010年はどのような漢字にしてみたいですか?

新しい年もまた、ブログでお目にかかりましょう!


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近くまで行ったので、根津教会に立ち寄りました。登録文化財ということもあり、会堂内の大改造が行なわれて話題になりました。1月に大改造記念コンサートが開かれるそうなので、参加されれば内部が見られますよ。(と、勝手に宣伝)。
じつは、この改造を手がけたのは、わたしたちの教会のリノベーションでお世話になった冨士土地さんです。今年は教会のエクステリアをお願いする予定でしたが、根津教会の改造が手間取って、わたしたちの方は2010年に延期になったのでした。というわけで、新しい年には、教会にも現実の新しい門ができるかな?

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by Annes_Tea | 2009-12-31 18:58 | 牧師館で暮らす
変わること、変わらないこと


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ウエルカムフラワーとして、とうがらしの寄せ植えを作ってみました。




来週はいよいよ「声なき者たちの声」のイベントである。
講師のスージさんは今、アフリカ滞在中らしい。
先週は、参加者集めに奔走したが、
今週は、どうにか内容のために集中するゆとりが出てきた。
スージさんの窓口になっているプラメナさんと、
プログラムの流れについて、メールでやりとりを重ねる。
ハワイにいる彼女とは、スージさんと同じく面識がないのだが、
あまりに達者な日本語でメールをいただくうちに、
ついこちらに甘えが出て、
ただの用件で済ませるつもりが、長文になっては反省しきり。

「プラメナ」という名前になじみがないせいか、
いまだに正しく覚えられないでいる。
「プリメラ」だったか、「プリメナ」だったか、
えーと、ええと、とメールを書くたびに確認する始末。
当日、失礼のないようにと思って、
何度か口ずさんで予行練習をする。

プラメナさんも、日本の知り合いに、
メールでイベントのお知らせを各方面に転送してくれたようである。
転送に次ぐ転送、そして、口こみ。
とはいえ、爆発的に申し込みが増えるということはない。
それでも、
思わぬところから参加の申し込みをいただいたり、
久しぶりの再会が実現しそうになったりしている。
このイベントを通して、
疎遠だった関係が新しく結び合わされ、
あるいは、これまでの関係が深められ、
新しい出会いもたくさん与えられている。

そんな中、
ああ、こういうの好きだったな、とふと懐かしい感覚にとらわれた。
じつは大学時代に、
スポーツ系サークルのほかに
講演会やコンサートを企画する文化系のサークルにも入っていた。
考えてみれば、昔から同じようなことをやっていたわけである。
活躍する女性文化人たち数名を招いてシンポジウムを開くなんてものを
学園祭で企画したこともあったっけ。
なにしろ大昔のことだもの、すっかり忘れていた。
そのゲストの一人に、吉田ルイ子さんというフォトジャーナリストがいた。
彼女はハーレムの子どもたちを撮影して歩き、作品を発表していた。
スージさんの働きが琴線に触れたのも、
こんなところに動機の根っこがあるのかもしれない。

変わらないこと、変わること。
結局、人間の心が向かう方向なんて、
そうそう変わらないものなのかもしれない。

学生時代に企画したこのシンポジウムで、
一緒に動き回って労苦をともにした後輩とも、最近、思わぬ再会があった。
エキサイトブログつながりである。
しばらく連絡を取り合っていなかったのだが、
同じエキサイト利用者同士と知り、
リンクをはって久しぶりにメールのやりとり。
彼女は編集の仕事を経て、
今は自宅に工房を開いてパティシエをしている。

いろんな懐かしさが押し寄せてきて、
当時の写真を引っ張り出してみて驚愕した。
わたし、ものすごいロングのソバージュではないの。
いやあ、こんな頭で学生をしていたとは。

少なくとも、髪型の好みだけは大きく変わったようだ。



みなさんをお出迎えするのに、教会の花壇があんまりだったので、近所のMさんと草むしり&植え替えミッションを敢行しました。
(左)インパチェンスで花がついているのは、これが最後のひと鉢です。地植えにしたものは、今年は早々にだめになってしまいました。天候のせいですかね。いつもは12月近くまで花を咲かせるのですけど。
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(右)仕事帰りにいつものお花屋さんをのぞいたら、パンダスミレに出会いました。花びらの二色づかいからつけられた名前だそうです。早くパンダ姿を見たいものです。

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(左) ヒューケラがバッタに食べられて哀れだったので、玄関に移動させました。(右)台風で倒れたコリウスを植え替えた翌日、なんと枯れてしまいました。このカラフルな種類だけは元気に生き延びています。花のない季節に便利な植物です。

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(左)これ、名前は何でしたっけ? 何年も前から植えっぱなしです。(右)つい、アイビーに頼りがち。

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あとひと息! 
イベントの詳細の記事はここをクリックしてください。
→http://AnnesTea.exblog.jp/d2009-09-09
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朗読をしてくださる役者さんが、イベントを前にした思いなど書いてくださいました。
こちらから読めます。↓

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by Annes_Tea | 2009-10-17 00:19 | 牧師館で暮らす
「叫ぶ牧師夫人の会」
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イベントが終わったら、ゆっくりお茶します。
これは夏の終わりに行った倉敷のカフェ。



台風一過、快晴である。
まだ油断は禁物だけど、とにかく突風は過ぎ去った。
これ、先週の私の状態のこと。
まさに天気と同じように歩んだ一週間だった。

前回のブログを読んでくださった方々から、
温かい励ましをいただいた。
すごいなぁ、ブログって。
実際には一度も会ったことはないのに、
ことばを通して出会い、何かが通じ合うだけではなく、
コメントやメールといったツールを通して、
コミュニケーションまでとれるのだもの。

そして何よりも、
だれかがわたしたちのために祈ってくれているという、
その支えが嬉しかった。
ここ数日、
「遠くて参加できないけど、祈ってます」
ということばを、
それはそれはたくさんいただいた。

「大切なものは目に見えないんだよ」
ほんとだね、星の王子さま。
思い出してしまった、この台詞を。
少しだけチグハグになっていたスタッフの心が、
集まって祈り、
最初の思いに戻ることで再びひとつになった。

台風の前日、隣の区に住む牧師夫人と北千住で落ち合った。
彼女もチラシを配ってくれるというので、
受け渡しを兼ねて、1時間のお茶会の約束である。
わたしは仕事に行く直前で、
彼女は荒川河川敷で炊き出しを終えた帰りだった。
外は雨。レインコート姿で現われた彼女は、
大きな荷物を肩にかけ、まさに今、労働が終わった、
という雰囲気で小走りに店内へ入ってきた。

牧師である彼女のお父さんから始まった炊き出しの働きは、
週に一度、ほぼ休むことなく続けられ、今年で13年目になるという。
わたしも手伝わせてもらったことがある。
食事の準備は前日から始まり、
運搬、配給、
ホームレスの人たちのケア(医者のボランティア、美容師、精神的ケアなど多岐にわたる)、
そして、後片付け云々。
平均して300食、
炊き出しの拠点が激減している最近では、500人が集まる日もあるという。
これを毎週行なっているかと思うと、ただもう頭が下がるばかりだ。
食事をとったホームレスたちから向けられることばは
「なんだよ、また同じおかずか」なんていうのはよくあること。
(わたしも言われた)

感謝なんて期待できないし、もちろんしていない。
でも、河川敷で孤独死する直前に、
この炊き出しを通して教会に導かれ、
その後、
屋根のあるところで家族に看取られたというケースもあるのだ。
たとえそれが1000人に一人いるかいないかにしても、
すべての苦労が吹き飛ぶ嬉しさに違いない。

ひとりひとりに
その人ならではの使命というのがあるものだな、と思う。

話をお茶会に戻すと、
久しぶりに会う同労者同士のおしゃべりとあって、
しゃべる、しゃべる。
わたしが牧師のおかみさんになりたてのころ、
「叫ぶ牧師夫人の会」というのを結成したことがある。
一同に会して絶叫するとかいう恐ろしい集まりでなく、
ただ、そんな名前をつけて面白がっていただけである。
「叫ぶ牧師夫人の会」と口にするだけで、
なんだかおかしくなって、元気が出るのだった。

ありがとう。
イベントを企画するということは、
つまり、プロセスが大切ということ。
彼女との時間を通して、あらためて教えられてる。

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by Annes_Tea | 2009-10-11 00:39 | 牧師館で暮らす
心が揺れたあとに

犬は外飼いがいいものかと思っていた当初、
メルはこんなインターロッキングの上で暮らしていました。
今は、玄関の内側が居場所です。

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先週は、久しぶりに平らな心を失って、ぐらりぐらり。
やること、書くこと、あらゆる締め切りが迫ってきて、
おまけに22日のイベントのため、
人集めをしてくれているはずの助っ人が、
思わぬ困難にぶつかっていたことを知ってさらなる打撃。
この忙しさの中で、
結局、人集めにも私がうんと動かなくてはならなくなった。

どれだけ動揺していたかというと、
反対方向の地下鉄に乗ったままぼんやりとして、
仕事に15分も遅刻してしまったり、
教会の人が入院するので、
体の不自由なその人に代わって入院に必要な書類を代筆していたら、
いつの間にか自分の住所を書いていたり、
とまあ、そんな具合である。

さて、イベントの人集めのために動いてみてわかったことは、
「声なき者たちの声」は届きにくいということだ。
大切な働きだと思うけれど、
人身取引や児童売春の話はあまりに辛くて聞けない、
という声に何度もぶつかった。
あ、そうかぁ。うん、そうかもしれないな。
わたしも、「闇の子どもたち」の映画を観るまでに、
ものすごく勇気を必要としたもの。
でも、じつはこのイベントは希望につながる構成になっているのだけど、
ちらしではそこまでは伝わらないのが残念だ。

わたしがこうして揺れている間、
チャリティーコンサートのお世話役たちも、
同じように困難にぶつかっていることがわかった。
お互いにメールやら携帯やらで励まし合って、
それで余計に動揺するなんてこともありつつ、
1週間ほどそんなふうにぐらついていたら、土曜日辺りから、ぱっと霧が晴れた。
きっかけは、一本の電話だった。
数少ない牧師夫人の友だちが、久しぶりに電話をくれたのだ。
「元気?」から始まって、
あまり元気とは言えない現状を話し出したら止まらなくなり、
ついでに朝から涙まで流してしまった。
いやあ、よほど煮詰まっていたらしい。
人集めに不安を感じていたわたしに、
「まだ数名ではなく、もう数名も集まっているってことだよね。
その人たちは、本当に聞きたいと思っている人たちだよね。
そういう人たちがすでにいることは、すごいことじゃない?」
ああ、そうだ、そうだ。
海を越え、山を越え、
いくつもの困難を乗り越えてきた彼女が言うと説得力が違う。
そうして話しているうちに、
数の論理(つまり多いことはいいことだ)からぽっちりだけ解放されていた。

不思議なもので、その日の午後に行った、
画家のマコト・フジムラさんのアーティストトークの集まりで、
イベントのアナウンスをする機会をいただいてしまった。
そして、数十人のアート関連の人たちに関心を持ってもらい、
何人かからは参加してくれそうな感触を得た。
英語のサイトから、
gender-based injusticeに関係するものを集めて、
自分のブログにリンク集を作ったというイギリス人女性にも出会うことができた。

夜、3人の女性たちからメールが届いた。
それぞれに、人集めのサポーターになってくれるという申し出だった。
まだ、実際の申し込み者は数名のままだけど、
こういった人集めの過程を通して、
新しい人間関係を与えられているのかもしれないと気づいたら、
あら、感謝だわ。
単純すぎる? でも、それがいちばんかも。


e0165236_23153547.jpg忙しいといいながらブログを書いているのは、書くことでバランスをとってるのでしょうね。
同じように、忙しいと言いながら、庭作りも進行中。といっても、先は長い。まずは、今は使っていないメルのハウスを移動しました。夫の作品ですが、あまりに立派なため、処分しようね、とはとても言えない。庭の飾りにします。(それにしても大きい)















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by Annes_Tea | 2009-10-04 23:31 | 牧師館で暮らす
髪を切って、少しだけエコ?
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↑最近見た、びっくりしたもの。ビクター犬にも、いろんな表情があるのですね。



髪を切った。
ロングからミディアムにした。
20センチは切ったのだが、
前から見た雰囲気があまり変わらないせいか、
「あれ? もっと切るのかと思った」と夫に言われた。
新婚時代は、美容院から帰ると
「かわいくなったね」とほめてくれる優秀な夫だったのに。
日曜日、教会の人もだれも気づかなかった。
4年生のクラスでも何も言われなかった。

いえ、なにも自意識過剰というわけではなく、
5年生の反応があまりにも対照的だったので、
ちょっと書いてみたくなっただけなのだ。
教室に入ったとたん、
「あれー、先生変わったー」と、男の子の半分くらいが騒ぐ。
女の子たちは、
「髪切ったー」と繰り返す。
「変わった、変わった」と10回くらい叫んでいたクラス一のやんちゃ君が、
しまいには
「おまえ、うるさい」
とほかの男子たちにたしなめられていた。
ひと騒ぎすると、みんな気分があたたまったのか、
いつもより楽しそうに授業に向かった。
帰り際、チョークで落書きするのが大好きなNちゃんが、
わたしの新しい髪型を黒板に書いてくれた。
ちゃんとミディアム、毛先もくるんと巻いてある。ありがとう。

おもしろいなぁ。
このクラスに限らず,5年生は人の服装やら、髪型やら、
なんだかんだと意見をしてくる。
(ちなみに柄物、モノトーンは評判が悪い。
みんなが好きなのは、きれいなピンクかブルーである)
でも、年齢だけは聞いてこないから、
そのあたりを心得ているところもおもしろい。

髪を切ったのは、気分転換というよりも、
時間の節約をしたくなったからだ。
人生に費やすシャンプーとブローの時間ときたら。
手ぐしで完成するスタイルにしてもらったので、
劇的といっていいほど楽になった。
スタイリングの身軽さは、気持ちも軽くする。

ところが、ひとつ問題が起きた。
ブローをしてから時間が経つと、右側にいやなうねりが出る。
新しい美容師さんは、
懇切丁寧にブローのコツを教えてくださった。
つまり悪いのはわたしの腕である。
困ったな、と思っていたところに、
その美容師さんからはがきが届いた。
お店のサービスとして、
カットしてから10日以内ならば無償で相談に応じる、
と書いてあるではないか。
んま、なんてよいお店なの。
ふだんのわたしならば、面倒でそこまではしないのだが、
この秋は、なんと言うか前向きなのだ。

先日、通りかがったついでに、駆け込んでみた。
「カットは気に入っているんです。問題はわたしのブロー」
と訴えると、
ふんふんと聞いていた美容師さんが、
ドライヤーをさあっと当てて、あっという間に、
右側のうねりをサラ髪にしてしまった。
そして、わたしに実践してみるように促す。
ドライヤーを手渡されて、美容師さん自らレクチャーを受けるのは人生で初めてだ。
さて、やると見るとでは大違い。
自分の不器用さに涙が出る思いだった。
それでも、何度か手ぐしを続けていくうちにコツがつかめてきた。
毛先を指に巻き付けてくるんとするスタイリングも、
くるん、の方向が逆なのでへんな風にはねることがわかった。
納得してみると、とても簡単。
10分足らずで悩みは解決した。
はがきに書いてあった通り、すべて無償だった。

お礼を言うと、店長も出てきて
「よかったですね」と笑顔。
別の美容師さんが、
「困ったときはいつでも立ち寄ってくださいね」と言う。
ありがとう。
みなさん、本当にありがとう。

今年の春に開店したばかりのこの美容院は、
同じお店で働いていた仲間たちと志をひとつにして独立したらしい。
秋の出会い、うれしいな。
ようやく、美容院ジプシーとさよならできそうだ。

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by Annes_Tea | 2009-09-13 21:38 | 牧師館で暮らす
秋、知ることから始まる

       今日は重めの話なので、
       この夏、旅先で出会った「光」を感じる写真を紹介してみます。

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Excite エキサイト : 社会ニュース

今週、初の性犯罪の裁判員判決が出た。
裁判員の一人が、実名で報道に応じている中で、
被害者の心の傷の深さと、犯人の更正を願う気持ちから、
思わず涙ぐむ様子が心に残った。

新聞を読んで、その裁判員の職業は牧師だと知った。
「聴く」という仕事のプロである牧師ですら、
事件の詳細を聞くことに辛さを感じているのだから、
まして、
人の苦しみに対峙することに不慣れな人にとっては、
事件の詳細を聞かなくてならないことには、
相当な覚悟と負担が必要だろう。

わたしも被害者支援の一端にかかわる者として、
性犯罪の被害の詳細を聞く機会がある。
一度聞かせてもらった話は、決して忘れることはできない。
性犯罪はその性質として、
一人の人間の人格を、一瞬にして、まるごと殺すような残酷なものだ。
人間がこれほどまでにひどいことができるものかと、
その恐ろしさに打ち震えることもある。

同じ被害者の立場として考えると、
性犯罪に裁判員制度を導入することは、まだ勇み足のように思う。
それでも、一般の人たちが、
一人の女性の苦しみと向き合うことの意味は大きい。
関わる人たちはきっと、
痛みや怒りといった感情に気持ちが揺さぶられ、
今まで関心のなかった問題に個人的に心を向けるようになるだろう。
もしかすると、それが、
小さな行動を踏み出すきっかけになるかもしれない。

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始まりは、知ることから。
そして、つながってゆくこと。
これは、いつも考えていることだ。
今、新しく知ろうとしているのは、児童労働や児童売春についてである。
昨年、pray&hopeプロジェクトという働きを発足したころから、
人身売買というキーワードが、すとん、と心に入ってきた。
気になってしかたないのだ。
ただ、問題があまりにも深刻であり、
なおかつ犯罪組織と関係することなので、
何からどう手をつけてよいものかわからないでいた。
でもね、とここでいつもの調子に戻るならば、
まずは知ることからだと思いを深め、
少しずつ、ネットで検索したり、
講演会などに出かけることを続けている。

先週は、児童労働の問題に取り組むNPO法人・ACE
が月に一度開催している「Cafe ACE」に参加した。
「友だちとカフェでおしゃべりするように、
児童労働について自分たちができることを気軽に語り合う」
という趣旨がよいなぁ、と思って、申し込みをしたのだ。
学生の集まりから始まったというこのグループは、
思った通りさわやかで、スタッフたちの笑顔が心地よく、
応援したくなる雰囲気を持っていた。
ふだんは、数名の参加だそうだが、
今回は、ガーナで進行中の子どもたちを学校に行かせるための
ブロジェクトの報告会を兼ねた内容のせいか、
30人ほどの大所帯の集まりだった。

思いを持って動いていると、必要な出会いは与えられる。
これが、神さまと歩む者の楽しさだ。
この10月には、
「声なき者達のための声」というキャンペーンを展開している
スージ・チルダーズさんが、
ハワイから来日して、講演会やワークショップを開いてくださることになっている。
スージさんは、写真家として世界中を回り、
声なき女性や子どもたちの話を聴き、
ポートレートを撮り、それを伝える働きを続けている。
一週間の滞在中、一日はこの教会に来てくださる。

というわけで、開催まで2か月をきった今、
やや焦りながら動いている最中だ。
夫にお願いをして、
チラシのレイアウトをしてもらったのだが、
その途中で、Susiさんの名前をカタカナにすると、
「スージー」なのか「スージ」なのかわからなくなって、
しばし、作業を中断してもらうはめに。
手元にある印刷物を見ると「スジ」なっている。
でも、Susiがスジ? なんだか心配だ。
協力してくれているカナダ人のランダさんに相談をしてみると、
「どれでもダイジョウブですよ」と言う。
そんなものなのかな。
結局、「スージ」に落ち着いて、
ようやく昨日、ちらしが出来上がったところ。よかった、よかった。

このブログでも、近々、お知らせをアップする予定なので、
みなさん、知ってください。聴いてください。
そして、秋、新しくつながっていきましょう。

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        中国銀行倉敷支店の建物です。大原美術館と同じ設計者によるもの。
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by Annes_Tea | 2009-09-05 16:40 | 牧師館で暮らす
秋、新しくする


メルのガールフレンドが教会の庭まで遊びに来てくれました。人間たちは、ガーデンチェアに座って、お茶を飲みながら、ほっこり。念願のドッグカフェ開催と言えるのかな?
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ただいま、と言うのもおかしいのだけど、そんな気分なのである。
ようやくブログに戻ってきた。
暮らしの時間のねじをまき、
自己流のサマータイムで過ごした8月だった。
新しい月に入って、それも終わり。
今週から再びふだん通りの暮らしが始まった。
でも、夫の学校の仕事はこれからなので、
わがやにはまだ、夏休みの余韻がうっすらと漂っている。
みなさんは、いかがですか?

8月から始めたピラティスが、毎日続いている。
夜、体のすみずみまで動かしてから眠りにつく。
そのせいだろうか。寝覚めがいいのだ、このところ。
ゆるいのに、整っていく、この感じが合っているのかな。
と言っても、教室に通うほどの気概はなく、
DVDを見ながら行う「おうちピラティス」なんですけどね。
固まっていたからだのパーツが、少しずつほぐれて、
体の中心軸がしっかりしていくような感覚なのだ。
ピラティス用語では、「コア」を鍛えると言うらしい。
ヨガとは違って、
あくまで身体のトレーニングであるところも安心材料だ。
ただし、ダイエット効果のほどは、まだまだ。
目で見て結果がわかるまでには、しぱらく時間がかかりそうだ。

日増しに深まる秋の気配のせいか、
意図したわけでもないのに、
何かを始めたり、何かを変えてみたり、ということが続いている。
たとえば、美容院を変える。
10年使い続けてきた化粧品を変える。
クリーニング屋を変える(つもり)。
あるいは、新しい歯医者を見つけたり。
こんなささやかなことでも、
それぞれになんとなくしっくりしない思いが降り積もっていくと、
暮らしの「コア」がずれていくような不自由さがある。
なるべく地元の商店を応援したいと思ってはいる。
でも、いざ見つけようとすると難しい。
共感できる思いと信頼できる技術を求めてみると、
値段に問題があったりする。
なにより、続けられるものでなくては、どんなものでも結果は出ないわけだし。

そういえば、
聖書を読むときに使うデボーションのノートも新調した。
朝、聖書を楽しんで(これが大切)読み、
夜、ピラティスで締めくくる。(もちろんお祈りも!)
まずはこのサイクルを新たな気持ちで続けていき、
内外ともに「コア」を鍛えるのが課題となりそうな秋だ。
そうそう、メルの散歩にも真面目に行かないとね。


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この夏は、あちこちでカメに出会いました。カメと目が合う!
これはメアリー・ブレア展に行くついでに立ち寄った清澄白河庭園のカメです。以前行ったときよりも、カメがものすごく増えていたような。大丈夫かな?

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深川では案山子にも会いました。この秋、深川商店街にアートな案山子がずらりと並ぶそうですよ。

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こちらは倉敷のアイビースクエアに生息しているカメです。倉敷の美観地区に流れる時間のゆるさは、この夏のわたしの気分にしっくりきました。

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by Annes_Tea | 2009-09-02 12:19 | 牧師館で暮らす
「扉をたたく人」になってみる
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コンサートが終わってみると、看板に思わぬお客さんがいました。


土曜日のコンサートが終わり、
お客さん続きの7月から新しい月へと変わった。

8月はいつもと生活時間を少し変えて、
準備してきたインタビューや学びを集中して行う予定でいる。
でも、走り出すにしては、やや疲れぎみなのだ。
まずはからだもこころものびをしてからかなぁ。
そんなぐうたらした気持ちでいたら、
音楽療法士の先生と話す機会に恵まれた。
おしゃべりだけのつもりだったのに、
先生の仕事道具であるアフリカンなドラムに目がとまり、
「たたいてみたい」
というわたしのつぶやきまで聞き入れていただいた。
その場にいたもうひとりの女性を巻き込んでの、ドラムセッションである。
あぐらをかき、ドラムを抱えて膝に固定する。
抱えてみると、ほかの二人とはドラムの向きが逆になっている。
子どものころに直された左利きの構えだ。

パ、パ、パン。パ、パ、パン。
先生が軽快な3拍子をたたき、わたしたちも真似をする。
わたしは、左手でパ、パ、右手でパン。
みんなは、右手でパ、パ、左手でパン。
パ、パ、パン。パ、パ、パン。

ふだんドラムをたたくなんて、もちろんない。
たたくといえば、手だ。
教会で礼拝をするようになってから、
とにかく手拍子だけは日常的にたたいている。
そのせいだろうか。
それとも、日ごろ小学生との付き合いが多く、
オーバーアクションになれているせいだろうか。
たたくことには何の照れもなく、すぐにその気になってしまう。

先生の音に合わせたり、追いかけたり、逃げてみたり。
だんだん頭で拍子を考えるのやめていく。
自分以外の人がたたく音を聞いていると、
手が勝手に動いてくれる。
自分の音を聞くと、とたんに自分のリズムが崩れる。
なんでだろう?
クレッシェンドでさんざん高揚した後、
何の合図もないのに音は終息に向かい、
最後はドラムの表面を指先でなでるようにとんとんとん、
そして、ストン、と突然終わった。

これがいわゆるミュージックセラピーのひとつらしい。
ほんの数分のことだったけれど、
頭が冴えて、からだのこりもほぐれてような。
ストレスを発散したという感想ではなくて、
昼下がりのセミの合唱さながら、
その場に腰を据えてたたき、共鳴し合った気持ちよさだ。

そもそもドラムをたたくことになったのは、
先生が最近観た映画、『扉をたたく人』の話をしてくれたからだ。
妻を失い惰性の日々を送る大学教授が、
移民の青年とアフリカン・ドラムを通して交流を深め、
自らの心のトビラを開いていく、というような物語らしい。
たたいて、開く。この関係は、
聖書の中にもよく出てくるので、気になったのだ。

岩渕さんがコンサートの中で、こんな話をしてくれた。
昔から内省的で暗かったのだが、
ミュージシャンの小坂忠さん(今は牧師でもある)たちと音楽を通して交流を深めていく中で、
心のトビラが開かれたという。
あるコンサートで歌っていたときに、
うわ、神さまは生きておられるんだと、突然わかったのだ。
うれしくて、うれしくて、
思わず奥さんに電話をして、びっくりされたそうである。
そうして得たものは、
自分が地球の真ん中にしっかり立っているという確信だった。
由美子さんいわく、
「暗かった夫が、ふと笑顔を見せたり、目の奥がきらりと光っていたり、
 外から見てもその変化がわかった」のだとか。

なんだか、わかる。
わたしも聖書を読むようになってから、
自分がどこに向かって歩んでいるのかということを、
はっきりとつかむようになったひとりである。
久しぶりに行った吉祥寺の紅茶屋さんで、
「あれ、なにか感じが変わりましたね」
と言われてびっくりしたこともある。

岩渕さんは、クリスチャンになってからも大きなチャレンジに何度か遭っている。
7歳の娘さんを脳腫瘍で天国へと先に送り、数年前には由美子さんが大病をした。
当然、悩み苦しむのだけど、
その中で、不思議と新しい音楽が生まれてきたという。
『父の涙』は聴く人の心を動かす名曲だ。
父とは、十字架にひとり子イエスを架けた父、創造主なる神さま。
その父の涙である。
娘さんを天に送った体験を通してこの曲も生まれた。

たたくと開かれる。
これはまさに体験学習なのだ。
もっと正確に言えば、たたき続けるということかな。
いつものようにごねごね考えているうちに、すっかり元気がわいてきた。
さて、始めよう。

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セミの夕べが、続いてます。
毎夜、脱皮する場所を求めて、あちこちよじ登ってます。

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by Annes_Tea | 2009-08-05 23:20 | 牧師館で暮らす


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