下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

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カテゴリ:牧師館で暮らす( 77 )
消火器詐欺ふたたび

前回に引き続き、ひつじです。
ひつじという生き物は、視野は狭くはないのに、
目の前のことしかよく見えないそうです。
わたしたちは?
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今年も消火器詐欺の電話がきた。受話器を取ると、とびきりの明るい声が言う。「消火器の点検時期が来ましたので、うかがわせていただきます ! 」
最後のビックリマークは、本当についていたのだ。さあ、これからすぐに行くぞ、というふうに。その確信に満ちた言い方を聞くと、あ、教会の消火器のことね、点検が必要なのね、などとつい思ってしまいそうになる。でも、だまされないぞ。まったく同じ内容の電話が、去年もあったのだから。

去年は初めてのことでもあり、妙に納得した気持ちになって、ふんふんと最後まで話を聞いてしまった。でも、わたしが決めることでもないので、担当者(つまり夫)が不在なのでわからない、と答えて正解だった。後日再びかかってきたときは、幸いにも夫が出た。電話を終えると、「あれは詐欺だよ」と涼しい顔で言う。教会の人たちにもこんな電話があったのだと話すと、あはは、ヨウコさん、それは詐欺だよ、とみんなに笑われた。そうなんだ。何事もなかったにせよ、本物だと思ったのだから、気持ちの上ではすでにだまされていたのと同じだ。やられたなぁ。悔しいなぁ。

悔しいので、その後、賢いグーグルさんで検索をして、世渡りの知恵をつけることにした。「消火器 詐欺」と入力をするや、被害事例がどっさり出てくる。点検に応じると、消火器の薬剤を入れ換えたものを持って来て、法外な額を請求されるというパターンが多いらしい。クーリングオフできるはずなのだが、あるはずの会社がなくて連絡がとれなかったり、コワイ筋かもしれないという恐ろしさから、結局、言いなりになってしまうのだとか。

今回は2度目なので、その電話が詐欺だとすぐにわかった。でも、返答についてはまったく考えていなかったせいか、一瞬、わたしは無言になる。この人、こんな詐欺を続けて自分の人生を傷つけていくんだなぁ、などとよけいなことを考えたりして。それで、消火器の点検の時期がきたという台詞に対して、わたしがようやく口にしたことばと言えば、「そんなことはないと思います」だった。間の抜けたこの返答に対して、相手もまた一瞬の空白。とは言え、立ち直りは早く、かけてきた時と同じテンションで「そうでしたか ! 」と、またもやビックリマークを文末につける。そうして、その詐欺師は静かに電話を切った。意外とあっさりしたものである。

本日の教訓は? みなさん、文末に「 ! 」のつくほど明るい口調の人には、くれぐれも気をつけてくださいね、ということで。
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by Annes_Tea | 2009-01-22 01:05 | 牧師館で暮らす
インフルエンザ騒動



↓実家に帰ると、テレビの前に「だいちゃん」が座っていました。コザクラインコのクーちゃん亡き後、何か飼うのかな? と思っていたところ、なんと新住人は、母が最近始めた腹話術の相棒でした。
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↓思わず、ひつじだ、ひつじ! と大騒ぎをするわたし。ひつじアイテム好きなんです。母いわく、世界でいちばん売れている腹話術人形がこれなのだとか。わがやに連れて帰ってきてしまいました。
e0165236_23172213.jpge0165236_23173630.jpg←口の動きがいい味を出すんですよね。練習してみようかな。



e0165236_23203615.jpgちょっと熱っぽいと言っていた夫が、早めに治すつもりで行った病院で、軽いインフルエンザだと言われて帰ってきた。さあ、たいへん。熱が下がるまでに3日。高校の仕事は休ませてもらった。そして日曜日。やはりここは夫に代わってわたしが礼拝メッセージをするしかないということになった。ふだんわたしは自分の教会で日曜礼拝のメッセージをすることはほとんどない。昨年、アメリカ出張中の夫の代役をつとめたのが最後だ。そのときは、メッセージをした直後、まさに抜け殻状態となり、夫の仕事のたいへんさを身をもって体験した。

「ホタルのだめ」ならぬ、またあれをするのね。覚悟を決める。部屋の明かりを消して、まずはお祈り(別に消さなくてもいいんですけど)。水を飲みにリビングに降りてきた夫が、真っ暗な部屋にわたしがいるので何事かと驚く。明かりをつけると、今度は大きな食卓に、日本語や英語やギリシャ語の聖書やら、何冊もの注解書やら、重い重いギリシャ語の辞書にいたるまで、ありとあらゆる資料を広げる。この食卓は、わたしにとってはいわばマルチデスクなのだ。テーマと聖書の箇所を決めたり調べたりするのも時間がかかるが、でも、本当に大変なのは、みんなの心を導くという責任の方だ。もしかすると、人生で生まれて始めて教会に来る人だって出席するとも限らないのだし。

牧師の妻とひと口に言っても、神学校を出ている人もいるし、出ていない人もいる。妻に徹している人もいるし、牧師と同じ働きをしている人もいる。わたしは結婚してから必要を感じて3年間、神学校に通った。たぶんこれが、人生で最も勉強をした時期だったと思う。昨年、久しぶりに会った高校時代の友だちに、「ってことは、『大草原の小さな家』のオルデン牧師みたいにみんなの前で話をするわけ?」と驚かれた。その昔見たテレビシリーズでのオルデン牧師は、本当にいい人だった。考えてみれば、同労者になるだなんて、人生って不思議だ。「頼まれれば結婚式やお葬式の司式もやるよ」とわたしが言うと、友だちはますます驚いていた。と言ったものの、ふだん夫の仕事を傍らで見ている者として、わたしには司式など無理だろうなぁ、と思っている。神学校で説教学の試験は、葬儀のメッセージを割り当てられて、本当に苦労したっけ。

日曜日前夜、夜中過ぎまでメッセージ作りに格闘したものの、なんとなく話がまとまらず、結局、当日の朝4時に起きて、もう一度見直した。いやあ、やっぱり大変な仕事だ。でも、たまにこうして夫の代打をつとめることで、夫の働きに対する敬意と感謝が生まれるのはよいことかな? 日曜日は、教会のだれひとり遅刻する人はなく、というか、いつもより30分以上も早くみんなが集まってくれた。礼拝が始まるまでとりなして祈る人たち、わたしの代わりに落ち葉を掃く人たち、なんだかものすごい連帯感だ。差し入れのおいしい和菓子まで持ってきてくれた人もいた。インフルエンザはいやだけど、結果として、役にも立ってくれたというわけだ。

さて、メッセージの方は?
とにかく、今夜はゆっくり眠れます。



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←こちらは、神戸の六甲山牧場のひつじたちです。ひつじって、そばで見ると、かなり汚れた生き物なんですよね。犬と違い、何を感じているのかさっぱりつかめなくて、本物のひつじは少々苦手です。
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by Annes_Tea | 2009-01-18 23:25 | 牧師館で暮らす
続・ある日、家がなくなったら?


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←寒くなってきましたね。朝、わがやの柱時計がよく止まります。手巻きの柱時計って、気温が10度を下回ると、動くのを止めてしまうことがあるのだとか。本当ですか? 機械とは会話をしないとね、と言いながら、忙しい朝の時間にせっせと夫がねじを巻いています。



e0165236_0293426.jpg年越し派遣村の働きが、少しずつでも進んでいるようですね。すごい、すごい。専門知識と志のある人たちが集まってひとつになる時、状況を動かす力が発揮されるものなんだな、とあらためて。ただ、“最後の一人まで”となると、本当に大変なことだと思う。今回の働きの中心をになう「自立生活サポートセンター・もやい」については、わたしも昨年ネットで調べたことがある。いよいよ相談に行こうかしらと思っていたところ、事態が急展開をして行かずに済んだ、という話を少し。長いのですが、おつきあいください。

ことの発端は、「どうしよう、家がなくなっちゃう」というSさんのひと言だった。いつものように朗らかな雰囲気で祈り会に来たSさんだったが、分かち合いをしている時に、こんな発言が飛び出したのだ。個人的なことなので、詳しくは話せないが、要点はこうだ。都営住宅の更新時期がきたので、いつものように手続きに行ったところ、窓口の人が書類をあれこれ見たあげく、ひと月以内に部屋を明け渡すようにと、突然、勧告されたという。えっ、そんなことあるの? ひとり身のSさんは、終の住処として15年ほど前から都営住宅で暮らし続けてきたのに。

今でも時々仕事をしている元気なSさんだが、さすがに80歳近いので、話の筋がこんがらがって、今ひとつ状況と問題点がつかめない。翌週、再び祈り会に来たSさんに状況を尋ねてみると、立ち退き期限が刻一刻と迫る中、どうしていいのかさっぱりわからずにいるだけのようだった。おせっかいを焼かせてもらっていい? Sさんとも話し合って、まずは都営住宅の仕組みからネットで勉強してみることにした。同時に、都営住宅に詳しい人を探す。このあたりは、だれかが困った時に奮起するクリスチャンの特性のうれしいところ。良きサマリヤ人ならぬ、良きおせっかい人がたくさんいるのですね。ほどなく専門知識を持つ人と連絡がとれ、おかげでSさんの状況がだんだんと見えてきた。

簡単に言うと、使用継承権にからんだことだった。名義変更をすれば住み続けられる可能性はありそうだったが、それにしても手続きやら書類やら、複雑過ぎてわたしの頭でもなかなか理解できない。まして、高齢のSさんが、窓口で通りいっぺんの説明を受けてもわかるはずがない。Sさんは経済的な理由から新聞をとっていないし、テレビもない。インターネットなんてもちろんない。派遣村に来た人たちは、新聞やネットで情報を知ったとインタビューで答えていた。でも、高齢者の場合、そういった現代のライフラインを持たないことも多いのだから、よくわからないまま突然家を失うこともありうるわけだ。

ある時から、都営住宅の使用継承の基準がとても厳しくなり、母子家庭などは窮地に立たされているらしい。ただし、特例があり、Sさんは高齢者ということで使用継承権を獲得できそうなこともわかってきた。どうする? とにかく二人で一緒に窓口に出かけることにした。それにしても、わたしたちの関係を聞かれたらどう答えようか。Sさんは「教会の牧師夫人です」と答えると言う。たぶんそれって何よ、と言われるのがおちだろう。本当のこと、つまりわたしたちは友だちなのだと言えばいいよね。

e0165236_0303450.jpgどう見てもでこぼこコンビの二人が都営住宅の窓口に行くと、怪訝そうな顔をされた。そうして、Sさんを見るや、「退去でしたよね。今日は手続きですよね」と言う。そうじゃなくて、住み続けたいので来ました、と私が言うと、相手はますますわたしを不審そうに見る。でも、関係までは聞かれずにすんだ。Sさんと立てた作戦はこうだ。ことばを控えること(うるさがられないように)。でも、住み続けたいということ、他にはどこにも行く場所がないということだけは、力強く、きちんと伝えること。もうひとつ、窓口の相手に対して、感謝を示すこと。最後の一つは、ヘンテコな作戦だけど、係の人に親身にかかわって助けてもらわなければ、わたしたちの半端な知識ではどうにもならないからだ。

最初、窓口の人たちとのやりとりは難航をきわめたのだが、とにかくこの作戦を忍耐強く続けていくうちに、なんと、風向きがあるところで変わり始めた。要するに住み続けたいわけですね、とか何とか言い出したのだ。なんで気が変わったのかな? そうして、結果を言うならば、大団円でめでたし、めでたし、である。結局、この日から2か月近くかかって、Sさんは使用継承を認められた。

でも、この日の窓口で思い知らされたのは、係の人たちは、住宅に困っている人のために存在しているわけではないということだった。こちらからしつこく尋ねなければ、住み続けるための方法を教えてもらえなかったし、たとえその方法を聞いても、高齢者には内容を理解することがとても難しい。わたしの隣で話を聞いていたSさんに後で聞くと、ちんぷんかんぷんで、さっぱりだったと言っていた。そうよねぇ。本当に難しい話だったよね。それに、「わたしたちは○○さんが住み続けられるように勧めているわけではありませんからね。ただ情報を伝えているだけです」なぁんて、念を押されたし。都営住宅って、いったいどんな志で存在しているんだろう。まあ、相手が何と言おうと、とにかくわたしたちの作戦を完遂すべく、最後は、しつこくしつこく係の人にお礼を言って、二人で手をとりあって喜んで見せた。もちろん本気で安心したのだけど、ちょっと大げさだったかな。

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今日、そのSさんと久しぶりに会った。本物の終の住処となって、今年は部屋の大掃除にはりきっている毎日なのだとか。幼稚園からもらったアップライトのピアノがあるというので、きれいに片付いたらピアノを弾きに行かせてね、とわたし。今年はSさんの家でお茶会ができそうだ。楽しみ。



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↑メルの第二のおうちは車の中。車の中にいると安心する様子です。わたしは中学時代、車の中だと暗記がはかどるので、期末試験前、車にこもったこともありました。変ですかね。
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by Annes_Tea | 2009-01-15 00:41 | 牧師館で暮らす
ある日、家がなくなったら?


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ほぼ毎日、荒川土手までメルといっしょに行くので、ほぼ毎日、ホームレスの人たちと出会う。師走に入ってから、不況や解雇のニュースと連動するかのように、なんだか増えているのだ、河川敷のおうちが。ホームレスのおうち、と言うと、矛盾した表現だけど、やっぱりおうち、としか言いようがない。寒さが厳しくなったせいもあるのか、おうちの構造も、日増しに頑丈になっているような気がする。


教会暮らしなので、ホームレスの人たちとのお付き合いもたまぁにある。ブザーの音に出てみると、食べ物をください、と言って男の人が立っていることも珍しくない。わがやの方針として、お金は基本的に渡さない。となりが酒屋なので、その足でワンカップを買って飲んでしまうからだ。それに、渡したくても、わたしは現金をいつもあまり持っていない。ぜんぜん自慢にならないが、新聞の集金に来られると、すみませんまた明日来てください、と頭を下げてお引き取り願うことが多い。お金があると使ってしまうだめなところがあるので、とにかくリスクを避ける意味でも、現金をあまり持たないで行動する。翌日にはちゃんとお金を用意して新聞代を支払います、ちなみに。


河川敷のホームレスの人たちは、食事の配給には慣れている人が多く、バナナなんかを渡そうものなら、なんだ、バナナかよ、と言われてしまう。きっと温かいものがいいんだろうなぁ、とは思うのだけど、なぜだか彼らはわたしたちの食事が終わってすっからかんのころに来るのだ。浅草にほど近い教会の牧師夫人が、とにかくジャーに入っている白いご飯をぎゅう詰めにしてお腹をいっぱいにさせてあげるといいわよ、とアドバイスしてくれたが、そのおうちには育ち盛りの男の子が二人もいるので、ジャーのごはんが成立するのだ。わがやは二人だし、メタボ対策もあって余分に作らないようにしている。ごはんは解凍しなければならないし、すぐに渡せるのはパンかなぁ。パンにはバターの他にジャムをぬった方がうれしいのかしら。でも、もしもマーマレードジャムが嫌いだったどうしよう・・・。もちろん、わたしの逡巡など、彼らはひとつも知らない。というか、教会に頼みに来ることイコールわがや、とはだれも思わないのだろうから。


ところが、今年は少し様子が違った。初めて若い人が訪ねてきたのだ。解雇されて1週間、すまいを失い、とにかく河川敷で雨風をしのいで、就職活動をしているという。幸い、パンもバナナもハムもチーズも作りたてのポテトサラダもあったので、ピクニック風に包んで赤い紙袋に入れ、ついでにイケアのナプキンを添えて渡す。その日は金曜日だったので、あさって来ればもっと大勢の人たちが相談に乗ってくれるからぜひ、と伝えて。でも、やっぱり来なかった。いつもそうなのだ。


わたしたちと同じグループの教会では、「ドリームハウスミニストリー」と名付けて、ホームレスから信仰を持った人たちと共同生活をしている牧師夫妻がいる。すごいなぁ。本当にこういうことは特別な使命感がないとぜったいにできない(というか続かない)。定員は限られている上、結局、ある意味で屋外での自由な生活を忘れられなくて、自ら出ていってしまう人の方が多いらしい。でも、確実に、何人かはイエスさまといっしょに人生をやり直している。久しぶりに会う度に、顔つきが変わっているのだ。柔らかい、とでも言うのかな。屋外で亡くなるところを、屋内で、また人々に見送られて亡くなったというだけでも、人間らしい最期でよかったな、と思うケースもある。


宣教師のサンディーさんから最近聞いたのだが、おもにホームレスのために、3か月3000円で借りられるすまいの提供を、どこだか公の機関が始めたらしい。でも、どこだか、では役に立ちませんよね。これまでなかなか手が回らなかったのだけど、来年は、NPOや公の支援のこともよく調べて、今年来たような若い人が実際的な面でも立ち直れるように、連携できる情報ソースを持っておきたいと思っている。
精神的な支援の方は、来年も引き続き、みなさんのお手伝いをさせてくださいね。


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ちゃぶ台も出現? 最近、ものすごくバージョンアップしたおうちのひとつを撮影させてもらいました。ニューヨーク育ちの少年J君が、初めて日本のブルーシートハウスを見たとき、わぉ、日本のホームレスは、ホームがあるんだねぇ。なんてまぁ、アーティスティック! と言って驚いていました。
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by Annes_Tea | 2008-12-28 00:02 | 牧師館で暮らす
何にもしたくない日



e0165236_21121470.jpge0165236_21122756.jpg←メル+二人で久しぶりにのんびり荒川土手を散歩。きーんと寒い冬の晴天、冷たい風がびゅうびゅう吹いて、まさにボーダー・コリー日和でした。おかげで、いつまでも遊びたがって、こちらはへとへと。
e0165236_21124079.jpgクリスマスイブの翌日の牧師館はとても静かだ。何にもしたくない日。出したりしまったり、忙しかったねぇ、としみじみ振り返りながらお茶をいただく日。キャンドルサービスで使ったキャンドルも、日曜日にみんなで片付ければいいよね。

クリスマスやらバザーやら、教会で大きなイベントが続いた後、牧師の妻のメンタルケアには要注意だ。ほっとして力が抜けるせいか、気持ちがどん、と落ちることがある。わたしも牧師の妻になりたてのころは、メンタルケアがうまくできなくて、これはもう旅に出るしかない、などと思いつめたこともあった。でもね、いまやかなり太くなって、心配ない。バンザイの姿勢をとって、肩のコリをぐりぐり。

とはいえ、連日、教会にべったりいたので、気分転換は必要だ。簡単なのは、ここから脱出すること。さて、どこに行く?

おいしいもの、だよね。夫と意見が一致して、浅草に行くことに決めた。日ごろから夫にはあんまりにもお世話になっているので、今日はわたしがごちそうすることにする。大多福でおでんもいいけど、夜からの営業だから、予算オーバーかな。ランチ、ランチ、とつぶやいて思い出したのがなぜかどじょう。駒形どじょうに、まだ一度も行ってなかったっけ。こんな寒い日には、甘い味噌味のうなぎ鍋で、体のしんからあたたまろう。いざ、浅草へ。どじょうへ。



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←師走の浅草をぶらぶら歩いていると、なぞの物体に出くわしました。正体は? 群馬の物産館(グットぐんまだったか?)の前に置かれたこんにゃくいもでした。


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→浅草松屋でトップスのチョコレートケーキを義母へのお土産に買って、帰り道にある夫の実家へ立ち寄りました。いつものように、通りに面したガラス戸から声をかけると、ちょうど揚げ物の最中でした。キッチンペーパーでくるっとひと巻きしたエビフライを、はい、と手渡され、あちちっ。おかげで夕飯、助かりました。なんか、下町ですよね。

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by Annes_Tea | 2008-12-26 21:32 | 牧師館で暮らす
牧師館とは?

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「牧師館」なとど言えば、たいそうな建物のように聞こえるが、実際にわたしたちが暮らしているのは、年期の入った木造モルタル家屋である。
この建物は、戦後の物のない時代、民家の廃材をリサイクルした物件なので、会堂よりもさらに年上だ。もしかすると80歳以上?
わたしが入居する前、床のリフォームの見積もりをしてもらう際、「一刻も早く建て替えることをおすすめします」と工務店の社長から真顔で言われた。


その社長を仰天させたのは、2階のベランダに後から建てられた鉄骨の建物だった。
鉄骨の重みが、古い木造家屋を上からたえず押しつぶしている状態だという。なんでまた、木造の上に鉄骨でできたものを建てたのだろう。当時を知っている人は教会に一人もいないので、このなぞは今もって不明である。
さすがに、すぐさま撤去することになった。


撤去して出現したのは、広いベランダだった。でも、木造家屋の耐久性を考えると、置けるのは物干し台がせいぜいらしい。
場所はあるのに使えないのは残念だが、洗濯物を干すときには広々としてストレスがないのはうれしい。屋根伝いにやって来る猫にも人気のスポットだ。昼下がり、ベランダの窓をざっと開けると、猫が四方八方に散っていく。


牧師館というのは、いわば社宅のようなものである。
牧師と結婚したので、教会に併設された牧師館に住むことになったわけなのだが、これはいわばオールドスタイルだ。最近では、教会とすまいは別々の場所という牧師家庭も増えているし、新会堂建築の際には工夫が凝らされて、牧師も公私のけじめがつけやすくなっているところも多い。


ただし、私たちのように小さな教会の場合は、会堂の管理も兼ねた牧師館暮らしだから、別々にしてはかえって面倒ではある。
一応、納得して暮らし始めたのだが、サラリーマン家庭で育ったわたしが、職住隣接の暮らしに慣れるまでにはずいぶん時間がかかった。

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赤毛のアンの作者・モンゴメリーも、牧師夫人としていくつかの牧師館で暮らしたようである。アンシリーズの多くは、カナダのオリンタリオ州リークスデールの牧師館で執筆されている。
英語で牧師館をmanseという。ローマ帝国時代、国教でもあったカトリックの聖職者が、教区に持っていた大きな不動産を意味していた。英語のmanseであるモンゴメリーの暮らした邸宅と、わたしが暮らしている現・牧師館とは、似ても似つかないものに違いない。それでも、同じ「牧師館」に暮らした女性として、不思議と同労の思いを抱いてしまう。


何かで読んだエピソードに、彼女は牧師館の調度や庭作りはに並々ならぬ情熱注いだとあった。いわば社宅、しかも、たえず誰が来るかわからないような半分パブリックな場所を、どうやったら自分のホームにできるのか。このあたりの彼女の気持ちはわかるような気がする。
モンゴメリーは晩年、念願のマイホームを手に入れて、「旅路の果て荘」という名までつけている。牧師である夫が、途中、学生時代に悩まされたうつを再発したために、作家人生以外ではかなり苦労したようなので、最後のマイホームにはずいぶん慰められたのかな、とこれまた勝手な想像だけど。


今、将来のすまいの展望を問われても何もない。でもきっと、気に入った雰囲気のところに暮らしているはずだという妙な確信だけはある。
あまりにも楽天的? でも、わたしの周りにはグットサンプルの牧師夫人がたくさんいるので、そのおかげだろう。マザー・テレサのごとく、神にも隣人にも仕えてきた先輩牧師夫人たちを見ると、わたしの知るかぎりではみな幸せな晩年を送っている。
お金はなくとも、なんとかなるさ。こんな発想は、牧師館で暮らすまで、わたしにはないものだった。
成長したのか、のんきになったのか?
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by Annes_Tea | 2008-11-24 21:59 | 牧師館で暮らす
牧師館の住人(自己紹介)
e0165236_1473210.jpgprofile  yoko miya  宮 葉子

牧師の奥さん+文筆家



東京・国立市に生まれる。神戸で育ち、中央線沿線に生息後、牧師と結婚し、以来、東京・墨田にある教会の牧師館で暮らす。

立教大学卒業。会社員、出版社勤めを経て、フリーランスに。女性雑誌を中心に、ルポやインタビューを執筆、料理誌の編集にも携わる。結婚後は、牧師の奥さん活動に励みつつ、聖契神学校を卒業。2008年、女性の心を支援する「pray&hopeプロジェクト」を立ち上げる。

現在はおもに下町暮らし、教会暮らしに材をとったエッセイや、子どもの本をテーマに執筆。「向島こひつじ書房」の名で、文章指導、子どもの本のワークショップなども行う。墨東まち見世、ひきふね図書館パートナーズ、コミニュティカフェ「玉ノ井カフェ」でウクレレ教室のファシリテーターなど、まちづくりにゆるゆると関わっている。
まちと人をつなぎ、人とことばをつなぐ活動中。

「大人のための子どもの本の読書会」をこすみ図書とともに主宰。
http://d.hatena.ne.jp/kohitsuji_kosumi/
趣味はアン活動、カフェ&紅茶&煎茶道活動。庭仕事。
「自転車部」のカフェ隊長。
日本紅茶協会認定ティーインストラクター。

著書
「料理研究家たち」(NHK出版)
「料理を作る仕事につきたい」(同文書院)
「こころのごはん」(いのちのことば社)
「アンが愛した聖書のことば『赤毛のアン』を大人読み」
(いのちのことば社)


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牧師館のある私たちの教会




かまぼこ型兵舎を利用した建物です。戦後すぐ物資のない時代に、アメリカ人宣教師たちがこの地に建てました。今では建物見学者があるほどレトロになりました。新会堂建設時の楽しみにと言って、敷地のどこかに当時の宣教師が埋めたタイムカプセルが隠されています。いったいどこに? 中身は何? 早く新会堂を建てて発見してあげないといけませんね。

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by Annes_Tea | 2008-11-24 21:48 | 牧師館で暮らす


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