下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

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被害者裁判参加制度に思う
Excite エキサイト : 社会ニュース


e0165236_2374845.jpg内容的には最初の一歩かもしれないけれど、本当に貴重な一歩だと思う。おめでとう、そしてお疲れさま、と言いたい相手はたくさんいる。でもいちばんに伝えたいのは、やはり犯罪被害者の会の代表、岡村弁護士にかな。

2000年1月、世間はミレニアムで浮かれ騒いでいる年に、この会は結成された。わたしも創設当時からのメンバーとして、最初のシンポジウムに参加した。わたしが事件にあったのはもう少し前なので、まだ「犯罪被害者」ということばも、まして「被害者支援」や「被害者の権利」といった概念も、世間にはほとんどなかったころだと思う。当時の気分と言えば、いつまでもいつまでも井戸の底に座って、遠い空を眺めているような感じだった。なんて出口は遠いんだろう。もう2度と出られないかもしれない・・・。そんなとき、犯罪被害者の会が始まるかもしれないというニュースを耳にして連絡をとったのが岡村弁護士だった。

わたしが体験した事件は、明け方近く、窓を破って見知らぬ男が侵入し、ナイフで殺されそうになる、という内容である。最初からナイフの奪い合いに終始し、結局、自分で持ってきたナイフで怪我をした犯人は、階下の家に逃げ込み、その間に近所の人がしてくれた通報で、犯人はすぐさま逮捕となった。わずか30分足らずの出来事だったのだが、それまで生きてきた時間のすべてが覆される体験だった。本当に、人生とはもろい。でも、今こうして牧師の奥さんとしてたくましく生きている自分を見ると、人生とはしなやかだ、とも言える。

犯人の罪状は、家宅侵入罪、銃刀法違反、そして強姦未遂、である。この最後の4文字は、粗悪品のレッテルを貼られたようで、ものすごく悩んだことのひとつである。後で考えると、ナイフで殺されそうになったことがいちばん怖かったのだが、でも、そのナイフがあったことによって、犯人の目的が大きく崩されたのは幸いだったわけだ。殺人未遂か、強盗未遂か、それとも、というところで、決め手になったのが、犯人が「やらせろー」と繰り返し叫んでいたというわたしの証言である。このことは、警察に何度も質問された。

刑事事件なので裁判があると東京地検の検事から説明された時、自分のための裁判なのだと思っていた。法律とは無縁できたのだから、そうなんだ、とただ単純に考えていた。でも、それが犯人のための裁判であり、その人のために証人として出廷を求められているとわかって、なんだかなぁ、という気分になった。担当した検事が女性だったこともあり、その当時にしては多少の配慮があったのだろう。犯人と顔を合わさずに行なう期日外公判というものにしてもらえた。

でも、それを説明するときの検事の台詞はいただけなかった。「女性が襲われる事件の傍聴は、マニアがいて人気があるんですよね」と言う。人気かぁ。被害者の心情を司法関係者が考慮するようになったのは、ずっと後のことである。彼女は、「男性になど頼って生きていく必要はない」というようなことも言い(プライベートで何かあったのですかね?)、さらに、実際に性犯罪被害にあった女性たちの事例をあげ、「本当にあなたは何もされなくてよかった」と言って励まそうとしたのも、まずかった。こちらは尋常ではない心理状態である。見知らぬ女性たちのリアルな災難は、そのまま自分のこととして、わたしの心に恐怖の感情を伴って、その映像イメージが入り込んできた。自分の記憶ではない記憶と折り合いをつけるべく、相当苦しい思いをした。いまでも、その彼女たち(もちろん面識はない)はどうしているかしらと、ふと、辛くなることがある。

期日外公判は、家裁のような場所を利用して、私が証言するだけの短いものだった。確かに小さい部屋だったが、入ってみるとずらっと若い人たちがわたしの席を取り囲むように座っている。後でわかったのだが、彼らは司法修習生だったらしい。事前にこちらへの承諾は必要ないの? なんだかな。

わたしの事件の場合、犯人は前科6犯であり、面識もない上、こちらには何の落ち度もなかったので、本来ならば、わざわざわたしが証言する必要もないはずだったらしい。それを、国選弁護人がややこしくしたらしく、出廷となったようだ。本当に、その国選弁護人は的外れなことばかり尋ねるので、裁判官にも途中で遮られていた。たしかに裁判での体験はいやなものだったが、たとえ証人尋問の一貫だったにせよ、自分の気持ちまで話すことができたのは、ナイフと同様、結果的には幸いだったのかもしれない。

被害者裁判参加制度が始まると、被害者はまた新たな苦しみを負うことになるかもしれない、というようなことをある識者の意見として読んだ。その通りだろう。内容も限られている上、そもそも裁判とは被告の人権を守るというスタンスで行なわれるものだから、被害者側に立つ弁護士登録も滞っていると聞いている。それでも、このために長年働きを続けてきた人たちのことを思うと、やっぱりおめでとう、と言いたい。

裁判の後、数日して、裁判所から封書が届いた。それには、期日外公判に出向いたときの交通費の明細と小銭が同封されていた。手紙も何もなし。それはそうだろうけれど、以来、日比谷公園の前にある東京地検に行くこともないし、あの女性検事から連絡が来ることもない。そんなもの、なのである。

それにしても、あの時、よくぞ犯人とナイフの奪い合いなどという大胆なことをしたものだ。じつは、その夜、サラ・パレツキーの女探偵が派手に戦う推理小説を読んでから寝たのだ。わたしには滅多にない選書だった。ハイヒールで悪い男を蹴り上げる、そんな映像を抱いたまま、眠りに落ちた。わたしが戦い抜けたのは、読書の力、少しはそれがあったように思う。


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↑(左)メル1歳半、わがやに来たばかりのころの姿です。難しい性格なので、里親が見つからず、兄弟犬たちの中でただ一匹残っていたところをわたしたちと出会いました。(右)こちらは最近のメル。わたしちと一緒だとよく笑ようになりました。確実な変化、です。いい方向に。大切なのはhope!
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by Annes_Tea | 2009-01-25 23:14 | 牧師館で暮らす
消火器詐欺ふたたび

前回に引き続き、ひつじです。
ひつじという生き物は、視野は狭くはないのに、
目の前のことしかよく見えないそうです。
わたしたちは?
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今年も消火器詐欺の電話がきた。受話器を取ると、とびきりの明るい声が言う。「消火器の点検時期が来ましたので、うかがわせていただきます ! 」
最後のビックリマークは、本当についていたのだ。さあ、これからすぐに行くぞ、というふうに。その確信に満ちた言い方を聞くと、あ、教会の消火器のことね、点検が必要なのね、などとつい思ってしまいそうになる。でも、だまされないぞ。まったく同じ内容の電話が、去年もあったのだから。

去年は初めてのことでもあり、妙に納得した気持ちになって、ふんふんと最後まで話を聞いてしまった。でも、わたしが決めることでもないので、担当者(つまり夫)が不在なのでわからない、と答えて正解だった。後日再びかかってきたときは、幸いにも夫が出た。電話を終えると、「あれは詐欺だよ」と涼しい顔で言う。教会の人たちにもこんな電話があったのだと話すと、あはは、ヨウコさん、それは詐欺だよ、とみんなに笑われた。そうなんだ。何事もなかったにせよ、本物だと思ったのだから、気持ちの上ではすでにだまされていたのと同じだ。やられたなぁ。悔しいなぁ。

悔しいので、その後、賢いグーグルさんで検索をして、世渡りの知恵をつけることにした。「消火器 詐欺」と入力をするや、被害事例がどっさり出てくる。点検に応じると、消火器の薬剤を入れ換えたものを持って来て、法外な額を請求されるというパターンが多いらしい。クーリングオフできるはずなのだが、あるはずの会社がなくて連絡がとれなかったり、コワイ筋かもしれないという恐ろしさから、結局、言いなりになってしまうのだとか。

今回は2度目なので、その電話が詐欺だとすぐにわかった。でも、返答についてはまったく考えていなかったせいか、一瞬、わたしは無言になる。この人、こんな詐欺を続けて自分の人生を傷つけていくんだなぁ、などとよけいなことを考えたりして。それで、消火器の点検の時期がきたという台詞に対して、わたしがようやく口にしたことばと言えば、「そんなことはないと思います」だった。間の抜けたこの返答に対して、相手もまた一瞬の空白。とは言え、立ち直りは早く、かけてきた時と同じテンションで「そうでしたか ! 」と、またもやビックリマークを文末につける。そうして、その詐欺師は静かに電話を切った。意外とあっさりしたものである。

本日の教訓は? みなさん、文末に「 ! 」のつくほど明るい口調の人には、くれぐれも気をつけてくださいね、ということで。
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by Annes_Tea | 2009-01-22 01:05 | 牧師館で暮らす
インフルエンザ騒動



↓実家に帰ると、テレビの前に「だいちゃん」が座っていました。コザクラインコのクーちゃん亡き後、何か飼うのかな? と思っていたところ、なんと新住人は、母が最近始めた腹話術の相棒でした。
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↓思わず、ひつじだ、ひつじ! と大騒ぎをするわたし。ひつじアイテム好きなんです。母いわく、世界でいちばん売れている腹話術人形がこれなのだとか。わがやに連れて帰ってきてしまいました。
e0165236_23172213.jpge0165236_23173630.jpg←口の動きがいい味を出すんですよね。練習してみようかな。



e0165236_23203615.jpgちょっと熱っぽいと言っていた夫が、早めに治すつもりで行った病院で、軽いインフルエンザだと言われて帰ってきた。さあ、たいへん。熱が下がるまでに3日。高校の仕事は休ませてもらった。そして日曜日。やはりここは夫に代わってわたしが礼拝メッセージをするしかないということになった。ふだんわたしは自分の教会で日曜礼拝のメッセージをすることはほとんどない。昨年、アメリカ出張中の夫の代役をつとめたのが最後だ。そのときは、メッセージをした直後、まさに抜け殻状態となり、夫の仕事のたいへんさを身をもって体験した。

「ホタルのだめ」ならぬ、またあれをするのね。覚悟を決める。部屋の明かりを消して、まずはお祈り(別に消さなくてもいいんですけど)。水を飲みにリビングに降りてきた夫が、真っ暗な部屋にわたしがいるので何事かと驚く。明かりをつけると、今度は大きな食卓に、日本語や英語やギリシャ語の聖書やら、何冊もの注解書やら、重い重いギリシャ語の辞書にいたるまで、ありとあらゆる資料を広げる。この食卓は、わたしにとってはいわばマルチデスクなのだ。テーマと聖書の箇所を決めたり調べたりするのも時間がかかるが、でも、本当に大変なのは、みんなの心を導くという責任の方だ。もしかすると、人生で生まれて始めて教会に来る人だって出席するとも限らないのだし。

牧師の妻とひと口に言っても、神学校を出ている人もいるし、出ていない人もいる。妻に徹している人もいるし、牧師と同じ働きをしている人もいる。わたしは結婚してから必要を感じて3年間、神学校に通った。たぶんこれが、人生で最も勉強をした時期だったと思う。昨年、久しぶりに会った高校時代の友だちに、「ってことは、『大草原の小さな家』のオルデン牧師みたいにみんなの前で話をするわけ?」と驚かれた。その昔見たテレビシリーズでのオルデン牧師は、本当にいい人だった。考えてみれば、同労者になるだなんて、人生って不思議だ。「頼まれれば結婚式やお葬式の司式もやるよ」とわたしが言うと、友だちはますます驚いていた。と言ったものの、ふだん夫の仕事を傍らで見ている者として、わたしには司式など無理だろうなぁ、と思っている。神学校で説教学の試験は、葬儀のメッセージを割り当てられて、本当に苦労したっけ。

日曜日前夜、夜中過ぎまでメッセージ作りに格闘したものの、なんとなく話がまとまらず、結局、当日の朝4時に起きて、もう一度見直した。いやあ、やっぱり大変な仕事だ。でも、たまにこうして夫の代打をつとめることで、夫の働きに対する敬意と感謝が生まれるのはよいことかな? 日曜日は、教会のだれひとり遅刻する人はなく、というか、いつもより30分以上も早くみんなが集まってくれた。礼拝が始まるまでとりなして祈る人たち、わたしの代わりに落ち葉を掃く人たち、なんだかものすごい連帯感だ。差し入れのおいしい和菓子まで持ってきてくれた人もいた。インフルエンザはいやだけど、結果として、役にも立ってくれたというわけだ。

さて、メッセージの方は?
とにかく、今夜はゆっくり眠れます。



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←こちらは、神戸の六甲山牧場のひつじたちです。ひつじって、そばで見ると、かなり汚れた生き物なんですよね。犬と違い、何を感じているのかさっぱりつかめなくて、本物のひつじは少々苦手です。
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by Annes_Tea | 2009-01-18 23:25 | 牧師館で暮らす
続・ある日、家がなくなったら?


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←寒くなってきましたね。朝、わがやの柱時計がよく止まります。手巻きの柱時計って、気温が10度を下回ると、動くのを止めてしまうことがあるのだとか。本当ですか? 機械とは会話をしないとね、と言いながら、忙しい朝の時間にせっせと夫がねじを巻いています。



e0165236_0293426.jpg年越し派遣村の働きが、少しずつでも進んでいるようですね。すごい、すごい。専門知識と志のある人たちが集まってひとつになる時、状況を動かす力が発揮されるものなんだな、とあらためて。ただ、“最後の一人まで”となると、本当に大変なことだと思う。今回の働きの中心をになう「自立生活サポートセンター・もやい」については、わたしも昨年ネットで調べたことがある。いよいよ相談に行こうかしらと思っていたところ、事態が急展開をして行かずに済んだ、という話を少し。長いのですが、おつきあいください。

ことの発端は、「どうしよう、家がなくなっちゃう」というSさんのひと言だった。いつものように朗らかな雰囲気で祈り会に来たSさんだったが、分かち合いをしている時に、こんな発言が飛び出したのだ。個人的なことなので、詳しくは話せないが、要点はこうだ。都営住宅の更新時期がきたので、いつものように手続きに行ったところ、窓口の人が書類をあれこれ見たあげく、ひと月以内に部屋を明け渡すようにと、突然、勧告されたという。えっ、そんなことあるの? ひとり身のSさんは、終の住処として15年ほど前から都営住宅で暮らし続けてきたのに。

今でも時々仕事をしている元気なSさんだが、さすがに80歳近いので、話の筋がこんがらがって、今ひとつ状況と問題点がつかめない。翌週、再び祈り会に来たSさんに状況を尋ねてみると、立ち退き期限が刻一刻と迫る中、どうしていいのかさっぱりわからずにいるだけのようだった。おせっかいを焼かせてもらっていい? Sさんとも話し合って、まずは都営住宅の仕組みからネットで勉強してみることにした。同時に、都営住宅に詳しい人を探す。このあたりは、だれかが困った時に奮起するクリスチャンの特性のうれしいところ。良きサマリヤ人ならぬ、良きおせっかい人がたくさんいるのですね。ほどなく専門知識を持つ人と連絡がとれ、おかげでSさんの状況がだんだんと見えてきた。

簡単に言うと、使用継承権にからんだことだった。名義変更をすれば住み続けられる可能性はありそうだったが、それにしても手続きやら書類やら、複雑過ぎてわたしの頭でもなかなか理解できない。まして、高齢のSさんが、窓口で通りいっぺんの説明を受けてもわかるはずがない。Sさんは経済的な理由から新聞をとっていないし、テレビもない。インターネットなんてもちろんない。派遣村に来た人たちは、新聞やネットで情報を知ったとインタビューで答えていた。でも、高齢者の場合、そういった現代のライフラインを持たないことも多いのだから、よくわからないまま突然家を失うこともありうるわけだ。

ある時から、都営住宅の使用継承の基準がとても厳しくなり、母子家庭などは窮地に立たされているらしい。ただし、特例があり、Sさんは高齢者ということで使用継承権を獲得できそうなこともわかってきた。どうする? とにかく二人で一緒に窓口に出かけることにした。それにしても、わたしたちの関係を聞かれたらどう答えようか。Sさんは「教会の牧師夫人です」と答えると言う。たぶんそれって何よ、と言われるのがおちだろう。本当のこと、つまりわたしたちは友だちなのだと言えばいいよね。

e0165236_0303450.jpgどう見てもでこぼこコンビの二人が都営住宅の窓口に行くと、怪訝そうな顔をされた。そうして、Sさんを見るや、「退去でしたよね。今日は手続きですよね」と言う。そうじゃなくて、住み続けたいので来ました、と私が言うと、相手はますますわたしを不審そうに見る。でも、関係までは聞かれずにすんだ。Sさんと立てた作戦はこうだ。ことばを控えること(うるさがられないように)。でも、住み続けたいということ、他にはどこにも行く場所がないということだけは、力強く、きちんと伝えること。もうひとつ、窓口の相手に対して、感謝を示すこと。最後の一つは、ヘンテコな作戦だけど、係の人に親身にかかわって助けてもらわなければ、わたしたちの半端な知識ではどうにもならないからだ。

最初、窓口の人たちとのやりとりは難航をきわめたのだが、とにかくこの作戦を忍耐強く続けていくうちに、なんと、風向きがあるところで変わり始めた。要するに住み続けたいわけですね、とか何とか言い出したのだ。なんで気が変わったのかな? そうして、結果を言うならば、大団円でめでたし、めでたし、である。結局、この日から2か月近くかかって、Sさんは使用継承を認められた。

でも、この日の窓口で思い知らされたのは、係の人たちは、住宅に困っている人のために存在しているわけではないということだった。こちらからしつこく尋ねなければ、住み続けるための方法を教えてもらえなかったし、たとえその方法を聞いても、高齢者には内容を理解することがとても難しい。わたしの隣で話を聞いていたSさんに後で聞くと、ちんぷんかんぷんで、さっぱりだったと言っていた。そうよねぇ。本当に難しい話だったよね。それに、「わたしたちは○○さんが住み続けられるように勧めているわけではありませんからね。ただ情報を伝えているだけです」なぁんて、念を押されたし。都営住宅って、いったいどんな志で存在しているんだろう。まあ、相手が何と言おうと、とにかくわたしたちの作戦を完遂すべく、最後は、しつこくしつこく係の人にお礼を言って、二人で手をとりあって喜んで見せた。もちろん本気で安心したのだけど、ちょっと大げさだったかな。

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今日、そのSさんと久しぶりに会った。本物の終の住処となって、今年は部屋の大掃除にはりきっている毎日なのだとか。幼稚園からもらったアップライトのピアノがあるというので、きれいに片付いたらピアノを弾きに行かせてね、とわたし。今年はSさんの家でお茶会ができそうだ。楽しみ。



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↑メルの第二のおうちは車の中。車の中にいると安心する様子です。わたしは中学時代、車の中だと暗記がはかどるので、期末試験前、車にこもったこともありました。変ですかね。
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by Annes_Tea | 2009-01-15 00:41 | 牧師館で暮らす
犬旅ゆるり


↓新春の房総は、水仙と菜の花でいっぱい。晴天続きでメルもほっこり笑顔。

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e0165236_23301639.jpgメルと暮らすようになってから、新年は犬連れで旅に出る。その年最初の日曜礼拝を終えると、メルと自転車を車に積む。年末、カモメ整骨院の先生に行き先を聞かれて、キャンプ場に行くのだと言うとびっくりされた。どうやら先生は、この寒空の下、テントを張って過ごすのだと思ったらしい。まさか。場所はキャンプ場でも、泊まるのはコテージやログハウスだ。メルだけ車中泊ということも多い。メルにとって車の中は、第二のわがやらしく、後部座席のドアが開くのを心待ちにしてしっぽを振る。シダーの香るいつものマットを車の最後部に入れてあげれば、夜、安心して眠る。

犬連れだと何かと周りに気をつかう。対応がおおらかで寛げるのは、何と言っても教会関連のキャンプ施設だ。一般には開放していないところもあるので、それほど知られていないが、全国各地にこの手のキャンプ場がある。三箇日が過ぎれば、年末年始の企画を無事に終えて、各施設ともちょうどほっとしているころだ。ほかに客がいるとしても、わたしたちと同じような牧師家族がひと組くらい。運がよければ貸し切りのこともある。キャンプ場のディレクターたちはほんどが牧師でもあり、青少年キャンプの働きをしている夫にとっては、親しい人たちばかりだ。わたしにとっては初対面でも、やはりどこか仲間に会いに行くような気楽さがある。

二人ともとりわけ好きなのは、大島にあるキャンプ場だ。牧師のH先生ご夫妻と夫とは、夫が10代の時からの付き合いであり、よきバイクの友でもある(師匠かな?)。今、夫がいちばんよく乗っているバイクも、1年ほど前、大島から渡ってきたものだ(わたしも後ろによく乗ってます)。国立公園内にあるそのキャンプ場は、何にもない、テレビもない、携帯もつながるかどうか、でも山と海とキョンはいっぱい、という場所だ。H先生とは結婚式で初めてお会いした。わたしの母教会で開いた披露パーティの終わり、手にしていた小さな縦笛をひゅうっと鳴らしてみせてくれた。あ、この先生も「ヨセフの一族」かな、と思ったことを覚えている。(ヨセフは旧約聖書に出てくる人物。でも、そうではなくて、詳しくは赤毛のアンの4巻『アンの夢の家』をどうぞ)。

大島へも犬旅をしようと思ったことがある。竹芝から出る東海汽船を調べると、手荷物扱いで乗せられそうなことがわかった。やれやれ、動物病院のホテルに預けずにすんでよかった。ところが、直前になってもう一度調べ直してみると、つまりかばんに入れて手で下げることができる大きさの犬のみ、ということだった。一度、ショッピンクセンターで、カートの中にボーダーコリーを入れている人を見たことがあるが、ダックスやトイプードルではあるまいし、さすがにぎょっとするような光景だった。無理だなぁ、22㎏もあるボーダーをかばんに入れて手に持つのは。結局、その時は犬旅を断念して、人間だけの旅になった。メルがキョンが出会ったら、どんな顔をするのだろう。ちょっと興味があったので残念。いつか犬との船旅が実現する日はくるかしら。



e0165236_22142317.jpg←海、好きです。その昔、結婚したら海の見える場所で暮らしたいと思っていました。これも『赤毛のアン』の影響かもしれません。アンがギルバートと新婚時代を過ごすのが、岬にある全室オーシャンビューの小さな古いすまいです。子ども時代を神戸で過ごしたこともあって、いつか水辺のそばに戻りたいという願いは大人になっても持ち続けていました。まさかそれが隅田川と荒川になるとは・・・。


↓その土地に根ざした素敵なカフェに一件でも出会えれば、旅は成功だと思っているくちです。今は情報がネットてすぐ手に入りますが、情報をたどるだけの旅にはしたくないので、あまり調べすぎないのが新鮮な出会いのコツかもしれません。
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↓館山の山の上で、コンセットハットを彷彿とさせる建物に出会いました。わたしたちの教会の建物と屋根の感じが少し似ているので、嬉々として入ると、そこはピアノの旋律が静かに流れるハーブいっぱいのカフェでした。ダージリンもアッサムも、やわらかくてオーガニックかな、と思わせる味。店内の雰囲気にぴったりの味でした。
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↑このカフェは建物の造りからすると、何かの工房だったのでしょうか?「grass-B」という店名からすると、ガラス工房かしら、と想像していますが。

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by Annes_Tea | 2009-01-09 23:56 | まちを歩く
新春の下町犬さんぽ


                 A Happy New Year !

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新しい年になりましたね。みなさんは、どのようなお正月を過ごしていますか?
今年もブログをゆるゆると続けていこうと思いますので、お気軽に遊びにおいでください。
(挨拶をかねて、今日はです、ます調)

1月1日、教会では新年礼拝が行なわれました。
今年最初の聖書のことばは、


        「起きよ。光を放て。
         あなたの光が来て、
         主の栄光があなたの上に輝いているからだ。
         見よ。やみが地をおおい、
         暗やみが諸国の民をおおっている。
         しかし、あなたの上には主が輝き、
         その栄光があなたの上に現われる。
         国々はあなたの光のうちに歩み、
         王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。」

                   イザヤ書60章1〜3節


本当に、闇がいよいよ濃くなっている世の中ですが、だからこそ、たとえ小さな光で
あっても、周りを灯すことができますよね。内にいただいた光を携えて、新しい年を歩みたいなぁ、とあらためて思わされました。

礼拝の後は、恒例のお雑煮大会です。年末、牧師が鴨肉をハナマサで調達して、元旦の朝、みんなのためにこれまた牧師が作ります。なんだか好きなんですよね、夫はこういうことが。今回はゆずを買い忘れた上、みつ葉を買おうにも、高過ぎて断念。でも、美味しいだしが出ていて、みんなは大満足。教会にはひとり暮らしの人や、奥さんが帰省中の人など、お正月と言ってもお雑煮と縁のない方々もいますので、ここがムーミン一家の食卓もつとめるわけです。
帰省中のUさんファミリーとも再会し、お互いの近況報告でしばし盛り上がっていました。いつもよりみんなが長居をきめこんでいたのは、会堂が明るくなったおかげかな。



みんなが帰った後は、ゆっくりと犬の散歩。
今年最初の犬散歩は、いつも通り荒川河川敷です。散歩気分をお裾分けします。

e0165236_1823318.jpge0165236_1824581.jpg↓不況のせいか、あるいはマンションラッシュで人口が増えているせいか、いつになく新年から荒川土手に多くの人出。凧あげをする家族の姿も目立ちました。この凧、どうなるのやら。
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←メルが落ちているものををかじろうとしたので慌ててストップ! 毎日見ている看板のついた木は、くるみの木だったのですね。
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e0165236_18241460.jpge0165236_18243554.jpge0165236_18245194.jpg←昔からの家もまだたくさんがんばっています。でも、こんな通りも、ある日突然、更地になったかと思うと、一夜にして駐車場に変身しているのが最近の下町です。


e0165236_18254985.jpge0165236_18261282.jpge0165236_18255956.jpg←この町にはどう見ても高すぎるマンションが、次々と建てられています。風景が一変して、残念。


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→駅から続く鐘ケ淵通り。この通りにはメルの天敵がたくさんいるので、うかつに散歩できません。シャッター通りになりつつありますが、押上にできる第二東京タワーの影響で、少しはこちらもにぎやかになるといいですね。
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by Annes_Tea | 2009-01-03 21:00 | まちを歩く


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