下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

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今、時間がないので
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散歩、行かないの?
 


気ぜわしい日々が続いている。
連日外にも出るが、来客も多いので、
家にいるときはどこかしら掃除をしている有様だ。
教会ではついにダイソンを買った。
見たこともないようなゴミを次々と吸い込んで悦に入る。
でも、これ、重いのなんの。
そのうえ、取り外し部分のプラスチックが意外に華奢なのだ。
慎重にならざるをえず、また時間がかかる。
もしかすると、こんなふうにハラハラしながら扱うぐらいで、
粗雑なわたしにはちょうどいいのかもしれない。

忙しいところにきて、雨である。
1週間前に盛りだったビワは、爆弾のように落ち続け、
つぶれたところに雨が流れ込んでそれはもう。
昨日、ついに意を決して、地面にこびりついたビワを全部拾って片づけた。
雑草を抜いて、伸びきった草花に手を入れているうちに、2時間が経っていた。

さて、この忙しさのとっばっちりをくうのは、いつだってメルである。
基本的に、メルの散歩は夫の仕事だ。
だからいいかという甘えた気持ち、そうして雨と時間のなさを理由に、
ほとんど散歩には付き合わないでいたら、
ついにメルがわたしから目をそらすようになった。

いけない、いけない。
朝は晴れ。
仕事へ行く前に、たまった洗濯物を一気に洗い、メルの散歩へと出る。
教会には、朝から牧師先生たちが会議のために集まっている。
コーヒーを入れて、お茶菓子を用意して、
よし出発だと機嫌よく出てみると、メルがいつになくリードを引っ張る。
たぶん、たまりにたまったストレスのせいだ。
メルが気持ちを切り替えるまで、
「あとへ、ついて」と根気よく道ばたで繰り返していたら、
「トレーニング?」と声をかけられた。
この日の会議のために、わざわざ関西からいらした牧師先生だった。
2年ぶりにお会いするのが、こんな場面とは。

忙しいときにかぎって、電話もさまざまにかかってくる。
小さくても教会だから、見ず知らずの人からの場合もある。
何だか困っているようなので、よくよく話を聞いてみると、
結局、お金の無心だったりする。
面白いと思うのは、
「その教会まで行くお金がないから、○○駅まで持ってきてほしい」
という人が少なからずいることだ。
相手の話が本当かどうかは聞いていればわかる。
でも、教会というのは、
基本的に相手の話を信じて受け入れるところから始まるから、
その話が正しいか正しくないかというジャッジは脇におく。
わたしたちが試されるのは、
その受け答えが愛か愛でないかという一点である。
とはいえ、まだまだ未熟者。
「今、時間がないので」と言ってやりとりを終わらせてしまってから、
後で反省することもある。

もちろん、本当に困っている方からも電話はくる。
(ただ話を聞いてくれませんか?)
という場合もたまにある。
牧師館暮らしは、職住隣接、つまり家内工業のようなもの。
わたしの暮らしの延長に電話がかかってくるという内情である。
忙しいときには、このような電話こそ自分自身を試される。
わたしができることは、話を聞いて、祈ること。
祈るということは、
わたしにとって神さまからの最高の贈り物だと思っている。

知らない人のために、電話で祈る。
考えてみると、ちょっと変わった仕事だ。
お金や食べ物を渡すことよりも、
わたしが行なうことは、まず祈りなのだと思っている。
カウンセリングスキルも必要にはなる。
ただ、それを越えた力が働くのが、祈りの世界である。
実際に、そうして祈らせてもらった人が、
後日、教会を訪ねてくることもある。

先日の朝には、こんな電話がきた。
「歯が痛くて、何も食べられないの。もう死にたいような気持ち」
これはもちろん知らない人ではなくて高齢のSさんだった。
ここ何ヶ月か、歯の不具合のために一緒に祈ってきたから、
すぐにどうすればいいのかひらめいた。
「クリスチャンの歯医者さんのところに行きましょう」と提案する。
Sさんが長年通ってきた歯医者の話を聞いていると、
どうも様子がおかしいのだ。
お金の話ばかり言い出して、診察をしようとしない。
1か月後まで診られないけれど、
3000円を出せば1週間後に診るだとか、
そんなおかしなこと、あるはずがない。
前々から、歯医者を変わるようにすすめていた。

すぐに、以前別件でお世話になった歯医者さんへ電話をする。
牧師の妻であることを告げ、受け付けの女性に事情を話す。
とても親身だ。その日の午後一番に予約を入れてくれた。
夫には、Sさんを車で歯医者まで送り届けてもらう。
みんなが力を出し合えば、物事はこんなふうに進んでいく。
後で聞いたところによると、
Sさんはこの日、天国と地獄を一日で味わったらしい。
死にたくなるほどの痛みと悔しさは、
初対面の先生の優しい対応にほろほろとほどけ、
存分に話を聞いてもらった嬉しさ、
そうして痛みが消えて、物を食べられる幸せに、心から感謝したという。
「時間がないので、とは絶対に言わないで、最後まで聞いてくれたのよ」
どんなに忙しくても相手のペースに合わせられるのは、先生の謙遜さの表れだろう。
Sさんの話を聞きながら思う。
わたしももっとゆったりと、心ののりしろを持って相手と接したいな、なんて。

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梅雨の時期、インパチェンスには、毎年助けられています。今年は白を選びました。放ったらかしでも、たくましく増える花です。
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by Annes_Tea | 2009-06-30 00:38 | 牧師館で暮らす
下町ビワづきあい
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教会の「父の日」のお祝いは、焼きそばパーティと決まっている。
この季節、うなぎの寝床のような奥行きばかりの庭に、桑が心地よい木陰を作ってくれる。
その下にバーベキュー場をしつらえて、みんなで集まる。
父以外の人には、
「肉っぽいものを持ってくるように」というお達しを出すのだが、これも毎度のこと。みな心得ている。
それでも不思議とジュースやお菓子なんかも集まって、ちょうどよいだけの食事会となる。
教会はホーム、キリストをリーダーとしたひとつの家族である。
家族の恒例行事というものは、だんだんに形作られて、おさまりがよくなっていく。

でも、今朝はあいにくの雨だった。
鉄板も炭火も諦めて、会堂で焼きそばをいただくことになった。
食後はビワ狩りの予定だったが、それも中止せざるをえない。
しかたない。二、三日前に収穫したビワをふるまう。
このビワは古く、いまでは大木となって、道路にせり出している。
6月に入ると次々と実をつけるのものの、あまりの大木で手が届かず、
おいしい思いをするのはカラスだけである。
ぼたぼたと落ちて割れたビワは道を汚し、無惨な姿になる。
それを見て、「もったいない」と、通りがかる人が言う。
よかったら自由に取ってくださいとすすめてみるが、そこまでしようとする人もいない。
それが今年、みんなで食べられるほど収穫できたのは、
ささやかなご近所づきあいのおかげだ。

数日まえのことだ。
夕方、(ほんと、もったいない)とひとりごちて、ビワの木を見上げていると、声をかけられた。
「おいしそうだねぇ」
ご近所さんだった。
これまで交わしたのは何年も、
ただ「こんにちは」というあいさつだけだったから、ほんの少し驚いた。
二人で見上げながら話を続けているうちに、
「うちのはさみ、貸してあげるよ」ということになった。
どうやら「高枝ばさみ」を持っているようなのだ。
いっしょになってご近所さんの家まで行くと、
玄関を開けてすぐのところから、私よりもうんと長身のはさみを取り出した。
やや、これはテレビショッピングでよく見るあれではないの。

テレビショッピングの売り文句にウソはなかった。
面白いように高いところの枝がらくらくと切れる。
枝をはさんだままの状態を保てるので、実が落ちてしまうこともない。
ご近所さんは、横でタバコをくゆらせながら、見物している。通販のデモをしてる気分だ。
実の多い一枝を差し出して、
「召し上がります?」と尋ねると、にやっと笑って受け取った。
「すごいでしょ、このはさみ」と満面の笑み。

ビワの枝を切っていると、不思議なほど道行く人が足を止める。
ほお、と木を見上げて、「おいしそうだねぇ」と言うのだ。
一枝すすめると、「あ、いいの?」と言って、必ず受け取る。
おあにいさん風の人、小さな子ども、おばあさん、犬の散歩の人と、
みんな話したこともない見知らぬご近所さんたちだ。
この日、数えてみると、祈とう会前までの短い間に、8人もの人たちが受け取っていった。
スーパーの帰りだというおばあさんは、ビワが大好物とかで、何枝もほしがる。
それで、こちらも張り切って狙いを定めて切り落とす。
枝を渡す度に、何度も何度も「ありがとう」と言う。
教会の先にある銭湯からの帰り道に、このビワの木を見上げては、
(食べたいなぁ)と願っていたそうである。
おばあさんにとってビワは、ただの果物というよりは子ども時代の思い出と深く重なるものらしい。
自転車のかごをいっぱいにしてペダルをこぐ後ろ姿を、こちらもほくほくした気持ちで見送る。

本当を言うと、うちの家族はみな、ビワをあまり好まない。
むしろ、庭仕事をする身としては、やっかい者とさえ思っている。
実も葉も落ちて、庭を汚すうえ、かまぼこ兵舎の雰囲気と合わないからだ。
でも、こんなにみんなに喜ばれる木だもの、植木職人さんがすすめてくれた通り、
そう簡単に切り倒してはいけないかもしれない。

朝落ちたビワの実や葉を拾う仕事とともに、
下町ご近所さんとのビワづきあいは、もうしばらく続きそうだ。


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by Annes_Tea | 2009-06-21 22:06 | 日々の庭と花
この犬、なんで目の色がちがうの?
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今日のタイトルは、
メルを見た子どもたちが必ずする質問のひとつだ。
メルは「バイアイ」と言って、左右の目の色が違う。
右目はテディベアのような深いブラウン、左目は透き通ったブルー。
初めてメルと会ったときに、
あれ、なんだかへんな感じがすると思ったのは
この目の色のせいだった。
横顔の印象が、左右でこんなにも大きく違う犬を、
これまで見たことがなかったのだ。

子どもたちはブラウンアイには驚かない。
でも、ブルーアイというのは珍しいようだ。
「この犬、病気なの?」
と聞いてくることもある。
そういうときは、
「シベリアンハスキーは知ってる? あの犬の目もブルーだよね」
と言うと、犬を少しは知っている子どもならば、
「うんうん」
と言って納得する。

メルのお父さんは、本物の牧羊犬だが、
お母さんの方は、フリスビー競技で優勝したことがあると聞いている。
その血筋のよさは、メルの走りを見れば納得できる。
ところが、バイアイは競技用の犬としては価値がないとかで、
だからこそ、こうして今、わたしたちと暮らすことになったのだ。

確かにブルーアイは視力が弱いと感じることはある。
フリスビーで遊んでいると、
なんで? と思うようなところで見失う。
散歩の途中では、
ブラウンアイ側に猫がいると、すぐさま胸を上げて体をこわばらせるが、
ブルーアイ側だと、まるで気づかないで機嫌よく歩き続ける。
わたしも子どものころから、左右の視力にかなり差があったので、
メルのこんなところにも親しみを覚えてしまう。

でも、わたしが好きな目は、ブルーアイではなくて、
クマのぬいぐるみのようなブラウンアイの方だ。
夫は断然、ブルーアイがいいと言う。
その理由は、
「どこを見ているのか、はっきりわかるから」だそうだ。
わたしは反対に、ブルーアイとのアイコンタクトは苦手。
人の感性って、ほんとにさまざまだ。

最近撮ったメルの写真の整理をしていて、
自分の好みがあまりにもわかりやすくあらわれていることに、笑ってしまった。
メルを撮るとき、無意識のうちにブラウンアイ側ばかりを選んでいたのだ。
ちなみに、これまで撮った写真を見直してみると、同じような結果だった。
心理ゲームのように、ここから何かわかるのかな?

というわけで、今日はブラウンアイの写真を紹介します。
みなさんは、どちらが好きですか?


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by Annes_Tea | 2009-06-16 00:28 | ボーダーコリーのメル
梅仕事とガラスの器

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今年も梅シロップを作ろうと思って、出盛りの青梅を1㎏買った。
氷砂糖と青梅を交互に加えて、
ビンをごろごろと転がすだけの手軽さで、
ふくよかな香りのシロップができあがる。
いや、当初のもくろみでは、すでに一杯目を楽しんでいるはずだった。
それなのに、あら保存ビンがふさがっているじゃないの、
と言い訳をして、買った青梅をしばらくほったらかにしてしまった。
(ああ、鮮度が落ちる、鮮度が落ちる)
青梅たちは、毎夜、うったえていたのに。

そして、今日、ようやく梅仕事を終えた。
今年は、青梅のなり口を取った後、
冷凍庫で凍らしてからビンに加えた。
この方が、梅のシロップが早くひたひたになるらしい。
買ってきたときには確かに青梅だったのに、
そのうちのいくつかは待ちくたびれて、ほんのり紅をさした顔になっている。
その姿がかわいらしくて、
冷凍庫で凍らす前に、ガラスの器に盛ってみた。
あ、いい、と思うと写真を撮りたくなるなんて、
以前のわたしにはあまりなかったことだ。
これは一種のブログ病?

手作りのガラス雑器を見るのが好きだ。
ほんのときたまだけど、買うこともある。
ガラスは明治以来、東京下町の地場産業だから、
思いがけないところで、小さなガラス工房に出会う。
「見学可」なんて貼り紙を見かけると、
それこそ吸い寄せられるように中へ入ってしまう。
青梅を盛った器はガラス作家のアウトレット品だ。
少し前になるが、教会のバザーで品物集めに苦戦していたとき、
お花屋さんの紹介で、
ある工房の作家さんたちが自分たちのアウトレット品を出してくださったのだ。
アウトレットといってもどれも美しくて、わたし好み。
すべて買いしめたくなってしまったほどだ。
地元のバザーとしては品物がシャレ過ぎていたせいか、
1枚10円の量産の瀬戸物やら、お中元のバラ売りに押されて、
なかなか買ってくれる人がいなかった。
でも、面白いもので、
その翌月だったか、
NYから来たアメリカ人のクリスチャンアーティストたちが、
お土産にと言って、高いものから順に買ってくれた。
手作りの器というものは、
行くべき場所に、ちゃんと行くようになっているのだ。

写真に撮った器は、青菜の和え物などでも映えるけれど、
いちばん好きな使い方は、果物を盛ること。
それも、イチゴやアメリカンチェリーがよく似合う。
アメリカンチェリーは、梅仕事と季節が重なる。
アメリカンチェリーはわがやの大好物だから、
青梅の旬は、待ちに待った季節でもあるのだ。
例えばバナナやりんごを買うよりは、ちょっと高め。
そこで、主婦の決断力が試される。
もう少し安くなったらと思って待ち過ぎると、
店頭から姿を消しかねない。
まさに今年がそんな状況だった。
近くの八百屋の店先が、日本のサクランボに変わってしまったのを見て、
あわててスーパーで買い求めた。
ガラスの器にこんもりと盛り、二人でもぐもぐ。
なんだか、味が落ちているねぇ、なんて言いながら。

さて、梅。
こちらのお味は、あと4〜5日経ってからのお楽しみである。

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月夜野にあるガラス体験工房「月夜野びーどろパーク」で出会ったのは、
こんな楽しい作品でした。

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by Annes_Tea | 2009-06-14 00:33 | お茶と料理、ときどきカフェ
暴走ボーダーコリー

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コンセットハットの会堂は、両脇がすべて窓になっている。
季節がよくなると、ブロック壁を渡るネコやカラスと礼拝中にふと目が会う。
この日は、女の人だった。
どうやら奥にある、牧師館へ向かっているらしい。
その姿にただならぬものを感じて、
説教中の夫には申し訳ないとは思ったけれど、静かに後ろから抜け出した。

女性は同じくボーダーコリーを飼っているよしみで、
散歩中、ときどき挨拶を交わす人だった。
「ボーダーコリーがこの辺りで暴走しているらしいんです」
トウソウではなく、ボウソウ、と彼女は言った。
「うちのじゃないかって、電話がきたんです。
でも、うちのはちゃんと家にいるし、
もしかして、メルちゃんじゃないかと思って見に来てみたんです」
メルは外で飼っていないが、家族以外の人が玄関へ近付くと、
ウウッ、と低くかすかな声で2、3回うなる。
わたしたちの場合には、キュンキュンとせつない声を出す。
それで、メルがいるかどうかは玄関を開けなくてもすぐにわかる。
彼女も、早速、ウウッとやられたようだった。

荒川河川敷を散歩する顔見知りのボーダーは全部で6匹だ。
ボーダー気質からか、群れて一緒に遊ぼうとはあまりしない。
でも、飼い始めたころの苦労は、お互いにうっすらと知っている。
いわば同志である。
とくに男の子。まさかこんなに大変だとは思わなかった、とだれもが言う。
今度飼うならぜったいに女の子がいい、とも言う。
自分たちの飼い犬に、さんざん忍耐を試されて、
いまでは、ボーダーらしい賢さをそれぞれに見せるようになっている。

あの子かな、この子かな、
と思い浮かべてみたけれど、みんな飼い主との関係はすばらしくよく、
とてもボウソウするとは思えない。
そのとき、ふと思い出したのが、
河川敷に連れてくるのをやめてしまったというボーダーのことだ。
毎度トラブルを起こすので、
3年ほど前から家の周りの散歩に切り替えたとも聞いている。
でも、この話は、いつものように犬仲間たちからの口伝えなので、
真偽のほどはわからない。
それでも、ああ、あの犬かもしれないという気がしたのは、
昔、メルともけんかすれすれになったことがあるからだ。
そのときの飼い主の、しょげた表情は見ていて気の毒だった。

外は、晴れ。
犬でなくても、明るい場所へと出かけたくなるような季節だ。
新鮮な草が生い茂る中、一心に走り回る楽しさを、
そのボーダーが夢見たとしても不思議はない。
メルはわたしたちと暮らす1歳半まで
「走り回る」という経験をしたことがなかった。
そのせいだろうか、
初めて水元公園でへとへとになるまで走り回った日の夜、
メルは夢の中でも走っていた。
眠ったまま両脚で空を漕ぐ様は、まさに走る姿そのもの。
あまりにかわいくて、同時に、あまりに不憫で、
わたしたちの心をわしづかみにされた瞬間だった。

結局、ボウソウボーダーの正体も、
どうなったのかもまだわからないままである。
飼い主の元に戻ったのならいいのだけど。
それにしても、
通りを暴走するボーダーを、今でもちょっと見てみたい。

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ときどき、リフレッシュをかねて、
お休みの日には水元公園まで足を延ばします。
午後4時を過ぎるころには小型犬は帰り始め、
大きめの犬を連れた人たちがわらわらと訪れます。
この日は、30分の間に、5匹のボーダーに会いました。
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by Annes_Tea | 2009-06-09 01:43 | ボーダーコリーのメル
山谷のオジサンたちとおしゃべりする
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再び登場、猫のサムエルくん。山谷で暮らす宣教師のサンディさんの相棒です。



久しぶりに山谷へ行った。
いつものように自転車を走らせ、白髭橋を渡る。
隅田川を越えてしばらくすると、
まちの色はますます煮しめたようになり、
作業着姿のオジサンたちとすれ違うことが増える。
昔ながらの店先にはサンダルや軍手が下がり、
「寅さんルック一式あります」という貼り紙を見かける。
オジサンたちを相手にした店や旅館風の簡易宿に混じって、
ときどきパックバッカーを対象にした英語の看板の宿もある。
安宿を求めて歩く外国人ともすれ違うけれど、
やはり山谷で存在感を見せているのはオジサンたちである。

宣教師のサンディさんとの約束まで時間があったので、
いろは商店街の周りを一周してみることにした。
ほんの少し行くだけで、商店街の入口のすえた匂いは消え、
代わりにコーヒーのいい香りが漂ってくる。
あ、カフェ・バッハだ。
コーヒーといえばここ。言わずと知れた名店だ。
いつもながら、不思議な場所にあるものだと思う。
先月訪ねた「cafe BLESS me」も
ここのコーヒー塾の卒業生だと聞いている。
暗い店内をガラス越しに見ると、座っているのはやはりオジサンたち。
でも、白いワイシャツを着込んだ別の類のオジサンたちだ。

山谷地域がオジサンたちであふれていると言っても、
騒がしいのは商店街の入口だけで、
その周辺は、何ごともなく静かである。
学生服の女の子、ベビーカーを押している若い女性など、
どこにでもいる住人たちが、ごく当たり前に歩いている。
昔から住み分けになれたまちなのだろう。
見てみぬふりをしながらともに暮らすのは、
荒川河川敷のオジサンたちと住人との関係にも言えることだ。

サンディさんが働いている事務所の前に、毛布が敷いてあった。
商店街の真ん中に、である。
毛布には、さっきまで人が寝ていたことを思わせるふくらみがある。
その周りには飲みかけの缶コーヒーと杖。お酒じゃないだけいいのかな。
事務所の前でも堂々と寝ちゃうものかと妙に感心していると、
少し離れたところに立つ二人組のオジサンに気づいた。
「こんにちは」から始まって、話しかけてみる。
そのうちの一人は、この毛布の持ち主だとわかった。
この毛布はオジサンの住まいでもあるようだ。
野外生活者特有の固い肌をしているけれど、わりあいと身ぎれいだ。
簡易宿泊施設に滞在しているオジサンたちと何ら変わりない。

「ハケンギリ、知ってる?」とオジサンが尋ねてくる。
高齢のオジサンたちには、
幸いに週に1度は仕事が回ってくる仕組みなのだと教えてくれた。
「ハケンギリの方がたいへん」と言う。
そうか、オジサンたちには収入のあてはあるんだ。
話しているうちに、どんどん顔を寄せてくる。
もうほとんど、顔は真ん前。耳が遠いのだろうか。
でも、せっかく近づいてくれたので、
「お祈りさせていただけますか?」
とわたしは頼んでみる。
すると、一歩後ずさりして、照れくさそうに笑う。
「いやあ、ネクストね。ネクストにお祈りね」
そういえば、オジサンは、やけに英語を使おうとする。
なんだろ? と思っていたら、
ポケットからやおら英訳のついた新約聖書を出して見せてくれた。
「これもらったの。読んでるの。だからネクストね」と再びそう言う。
サンディさんたちの働きの一端を見せてもらったようで、
頭が下がる思いである。

山谷での支援に加わっているクリスチャンの中には日本人もいる。
でも、多いのは韓国をはじめとする外国から来た宣教師だ。
あれ、もしかして、わたしのことを日系人だと思ったのかな?
オジサンはおしゃべりが終わると、
「サンキュー、サンキュー」
と言って、離れていった。

カナダ人のRさんを南千住駅まで送るため、
自転車を押して、わたしたちは商店街を出ようとした。
交番のすぐ脇では、オジサンたちの大宴会が開かれている。
車座になって座り、飲んで歌って楽しそうだ。
へべれけになったオジサンが寄ってきた。
「はっはっは。みんなクレージー。だからここはクレージーストリートなのよ」
また英語だ。

山谷では、オジサンたちが不思議な英語を話している。

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寅さんルックで、こんな写真を撮ったことを思い出しました。益子に行くS Lの中で出会った寅さんです。人を励ますために、寅さんになって日本を回っているとかで、ちょっとした有名人だそうですよ。
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by Annes_Tea | 2009-06-05 23:24 | まちを歩く
「消しゴムねんど」でお気に入りの作り方
工作教室の報告をかねて、消しゴムねんどの使い方を紹介します。

e0165236_228179.jpg1 消しゴムねんどの素材を生産しているのは、地元企業の「ヒノデワシ」です。消しゴムの世界では老舗だけあって、さすがによく消えます。


e0165236_2283057.jpg2  よくねって、好きな形を作っていきます。足りない色は、ねんどをブレンドして調合。


e0165236_2284689.jpg3 作ったものを鍋で10分煮れば完成です。この鍋は、教会の物置で眠っているのを見つけました。煮えるのを待っている間、夫が紙芝居を聞かせました。お題は「本当に大切なものは?」

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4 冷めたらよく拭いて、完成です。中学生のHちゃんは、お友だちにプレゼントするのですって。喜んでくれたかな?

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by Annes_Tea | 2009-06-03 22:29 | 牧師館で暮らす


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