下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

『赤毛のアン』の講演や読書会ワークショップ、執筆依頼などは、下記のメールにてご連絡ください。








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▷「大人のための子どもの本の読書会」墨田区のふたつの拠点を中心に、子どもの本のロングセラーを読むゆるやかなサードプレイス。幅広い年代が参加されています。


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バナナブレッドの日々
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このところ、バナナブレッドをよく作る。
夏にどうかなぁ、とも思うのだけど、
かんたん、おいしい、お安いとくれば、
人が集まる場には欠かせないのだ、これが。
海の日のグッドニュースカフェでも、バナナブレッドを焼いた。
夏らしく、ブルーと白のストライプのクロスにしたので、
あとは黄色がほしいと考えていたらバナナが浮かんだ。
でも、皮をむいたら白い姿、
それに粉と合わせて焼いてしまったら跡形もない。
だから、カボチャのムースも作った。
これでめでたくブルー×黄色(パンプキンカラー)のスタイリングの出来上がり。

今朝、またもやバナナブレッドを焼いたのは、
土曜日に教会のコンサートがあるからだ。
このバナナブレッドはお客さん用ではなくて、
出演者の岩渕まことさんご夫妻に差し入れのつもり。
出演前に口にするとは思えないけれど、
バナナブレッドがあれば、万が一、だれかがお腹を空かしていたとしても、
とにかくどうにかはなるはずだ。

ゴスペルシンガーの岩渕まことさんと夫とは、古い友だちだ。
正確に言えば、ギターの師匠になるらしい。
結婚をしたとき、夫の友だちがいっぺんに自分の知り合いにもなったので、
だれがだれで、どうつながっているのやら、
何が何だかさっぱりわからないほどだった。
クリスチャン3年生で牧師と結婚したわたしは、
それまで教会以外にクリスチャンの友人はあまりいなかった。
夫の人間関係に加えてもらいながら、
絆とでも言うのかな、
わたしが体験してきた友人関係とはまた別の、
目に見えない不思議な安心感がそこにはあった。
そしてもうひとつ、
新しい人間関係が広がる中で、
夫の友だちはいつから自分の友だちにもなるのかしら、などと考えた。
「友だち」というくくりはおかしいかもしれない。
ただ、どのくらい距離を縮めていいものか、
なんて最初のころは思ったりもしたのだ。

それぞれに時があって、話をして、
ああこういう温かい人たちと夫は友だちなんだな、とだんだん実感して、
やがて祈り合ったりもして、うれしくなるのだ。

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岩渕家とわがやをつなぐものは、いまや「犬」である。
お互いに(とくに男性群)、かなりの犬バカ(失礼)をやっているようだ。
岩渕家のブギーは、ボストンテリアとパグのミックスだったはず。
狭山にある通称ハイドパークで、メルと対面させたこともある。
オスとオス、しかもあまりのサイズ違い、
ちらりと互いを意識する程度で終わり、
仲良しになるまでにいはいたらなかった。

一方、人間と言えば、さんざん食べて、おしゃべりをしてリラックス。
食後に、広い公園の隅々までメルと散歩して戻ってみると、
男性たちがギターやらブルースハープやらサックスやら、
弾いて歌って、どんひゃらどんひゃらを繰り広げていた。
犬がいて、音楽があれば、
友だちづきあいはより楽しい。そんな一日でした。

*岩渕さんの最新エッセイ『気分は各駅停車』(いのちのことば社・フォレストブック)には、ブギーのことも少し出ています。文章もまた、いいんです。

○ etude for goodnews cafe
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音楽つながりの話で、海の日のサウンドパフォーマンスのシーンを少しだけ紹介します。当日はワークショップ形式で、参加者一同、新しい音を体験しました。目で見て触れるだけではなく、わたしたちも吹きました! 何だと思いますか? なんと、ストローなんです。mamoruのストロー歴は長く、今回オーストリアに招かれることになったのも、ストローの音を使ったインスタレーションがきっかけだったとか。おそるべし、ストローパワー。

ゆったりとした時間でした。耳を澄ませ、味わったり、転がしたり、つまんで投げ入れてみたり・・・パフォーマンスに一貫して流れているのは、「samll things」だったように感じました。
当たり前過ぎて目にとめられないようなもの、捨てられてしまうようなもの、暮らしの中で触れる声なきものたちの声を聴く、そんな体験でした。説明してしまうと、大切なものを失いそうなので、お話はここまで。




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by Annes_Tea | 2009-07-31 21:28 | お知らせ(イベント他)
花火見物、地元スタイル

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隅田川の花火を見た回数も、5本の指では足りなくなってきた。
下町育ちの夫は、見ても見なくてもという風だが、
わたしはせっかくなら見たいという気持ちの方がまだ強い。
ただ、混雑した浅草まで行こうとは思わなくなった。

自転車で見物に行くのが、わがやのスタイルだ。
たとえば、今戸。南千住はちょっとした穴場。向島もなかなかだ。
でも、今年はもっと手を抜いて、メルの散歩のついでに見物するつもりだった。

土曜日の夕方、会堂でピアノの練習をしていたら、
自転車に乗った人たちが教会の前を大勢通り過ぎていくのが見えた。
浴衣姿の人たちも、一人や二人ではない。
ああ、始まるのか。
どどーん。一発目の音がした。
メルの散歩に行く時間はもう過ぎている。
でも、今夜はあと少しだけ待つつもりだ。
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夜7時、待ちわびて気も狂わんばかりのメルにリードをつける。
水戸街道へ向かう人たちとは反対に、荒川土手へとルートをとる。
土手に着くと、先客が思い思いの場所にちらばっている。
ここからは、ビルとビルの谷間から見るしかない。
それでも土手のいちばん高いところならば、だいたいどこからでも大丈夫だ。

夫は土手の下まで降りて、メルと遊んでいると言う。
わたしひとり、ビュースポットを探す。
歩いていると、見慣れたボーダーさんを見つけた。
会えばおやつをあげる仲なので、
ボーダーさんが遠慮がちに近づいて、わたしの指先をじっと見つめる。
なあんだ、何にも持っていないのね。
と言わんばかりに、そのボーダーさんはすぐさま向きを変えて、
飼い主のところへ戻る。

ボーダーさんの飼い主も昔からの下町の人だから、
三、四発花火が打ち上げられると、
「もういいや、帰ろう」と言って立ち去った。
根っからの地元の人たちにとってみれば、
昔はどこからでもよく見えたのに、世知辛いなあ、ということかもしれない。
毎年、花火見物を売り文句にしたようなマンションが増え続けている。
さらに高く、もっと高く。
これはバベルの塔以来、人間の変わらない望みなのだ。
去年は家から見えたはずの花火が、
今年は見えないね、なんて話もよく聞く。
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30分は見ていただろうか。
気がつくと、夫とメルの姿がない。
携帯電話を忘れたので、真っ暗な土手の端から端まで歩いて探す。
あれかな、と思って、
メル、メル、メールー、と叫ぶと、
暗闇から、びゅんと元気なかたまりがすっ飛んで来た。

メルは花火を見ない。
メルが好きなのは、ボールとわたしたちだ。
ごめん、ごめん。しばし花火は忘れるから。
ボールを投げると、メルは大きくしっぽを揺らしてかぶりつく。
夜風が心地よい。
夏には夜の散歩もいいね、メル。

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by Annes_Tea | 2009-07-27 11:28 | まちを歩く
こんにちは、夏の風物


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今年も教会の庭にセミが出てきました。
これはガーデニング用の柱ですが、自転車のフレームなど、大好きです。


夜、銀座まで、友だちがプロデュースした舞台の初日に出かけた。
外に出ると地面がぬれている。
アスファルトのほてりが雨に冷まされて、夜気が心地よい。
浅草までは大丈夫だったのに、
銀座線に乗り換えて銀座に着いてみると、また雨だった。

舞台は大入り満員。座席は前から4番目だった。
知り合いにも何人か会えたのだけど身動きがとれず、とにかく遠くから手を振って挨拶した。
ビルの地下にある銀座みゆき館に入るのは始めて。
まるで映画会社の古い試写室にいるようだった。

終わってみると、雨は上がっていた。
ところが、家への最寄り駅に着くと、再び雨。
梅雨は明けたはず。でも、なんで?
雨、晴れ、雨、晴れ。
一日の中で天気はくるくる変わり、メルはしょんぼりしている。

気の毒なのは犬だけではなく、セミたちもだ。
待ちに待った脱皮の季節なのに、夜に雨が続いては、地面に出ようにも出られない。
毎夏、最初の脱皮を見かけると、
次から次へと面白いように抜け殻を発見することになる。
でも、今年はまだ二つだけだ。

数年前、セミの当たり年があった。
毎晩、薄緑色のセミたちがのらりのらりと地面を歩き回る。
この景色をひとり占めするのは惜しいと思って、
小さな子どものいる家族を何組か招き、
大人はカレーとウクレレ、子どもはセミを楽しむ夕べを開いた。
あの年以来、セミはほんの数匹だけ姿を見せて夏が終わる。

その話を近所の小学生にしてあげると、いいな、いいな、と口をそろえて言う。
また庭でセミパーティを開けるといいね。そしたら呼んであげるよ、とわたしは言う。

まずは、晴れてもらわないと。

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かき氷自転車は2、3日うちにいましたが、
今度は巣鴨の1週間限定カフェにお声がかかり、再び旅に出て行きました。
夏は大活躍なんです。



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by Annes_Tea | 2009-07-24 21:35 | 牧師館で暮らす
夏、空を見上げる


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携帯のカメラで慌てて撮影。二重の虹、わかりますか?



日曜日、虹を見た。それも二重になって空を彩っていた。
夏は、桜の季節とはまた違う理由で、空を見上げることが増える。
なんと言っても花火がある。
今週の土曜日は、いよいよ隅田川の花火だ。
荒川河川敷からも場所によっては見えるので、
ふだんよりも犬の散歩の時間を遅くして、遠くからお相伴にあずかる。
その前に、明日は皆既日食ですね。
さて、天気は?

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メルと友だち(女の子)のボーダーさんです。人間たちが連休ののんびりモードでおしゃべりしたり、虹を眺めている間、2匹とも草の上にじっと座っていました。この微妙な距離感を保つのがボーダー気質。

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三連休はよく晴れましたね。かき氷自転車にはうってつけでした。

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by Annes_Tea | 2009-07-21 21:46 | 牧師館で暮らす
草むしりの愉しみ

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              ↑庭に落ちていた小さな青い柿を、水盆風に飾ってみました。


先週からわがやはようやくサマータイムに入った。
と言っても、時計を1時間早めるとかそういう話ではなく、
メルの散歩のことである。
夏の日差しは、毛足の長いボーダーコリーには厳しい。
朝、出遅れると、河川敷に着いて、すぐUターンになりかねない。
走り足りないメルは、一日中、やるせない顔になる。
それで、梅雨が明けると、
いつもより1時間のアーリーバードとなって、メルの散歩に出る。

夏の朝は忙しい。
メルの散歩に始まって、
夫がメダカの点検(生きてる? 水はきれい?)をしている間、
わたしは庭に水をやる。
朝のシャワーを浴びて、むくげやいちじくや桑の木が、しっとりとうるおう。
乾いた地面に水がしみこんでいくうちに、
インパチェンスや千日紅がかぜん生き生きとする。
気温が上がってからの水やりは根を痛める原因になるので、
これも、時間との勝負だ。

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先週から、教会の庭は、草むしりの強化週間に入っている。
強い日差しは、雑草をぐんぐんとはびこらせ、
とうてい取りきれないと困っていたら、
若手のMさんが自転車に乗って手伝いに来てくれた。
その話を聞きつけて、今週はベテランのYさんまでもが、バスを乗り継いで来てくれた。
朝9時に集まると、挨拶もそこそこに、
持参した帽子と手袋を身につけて、それぞれが好きな場所を陣取る。

草むしりにも好みがある。
Mさんは庭の隅から根気よく抜いていく。
地面がすっかり茶色の土に変わらないといやなのだという。
Yさんは草花と会話をしているかと思うと、
ときおり、わたしたち人間にも話しかけてくる。口も手も忙しく、よく働く。
わたしは、とにかく目立つものを先に選んで抜くと、
掃いたり、袋に詰めたり、剪定したり、
いつものように、あれこれやと同時進行で動き回る。

「草むしりの醍醐味を知らないのは、損よねぇ」とYさんが言う。
雑草を根こそぎとる。土が見えてくる。
繰り返しているうちに、心がぽかんと空になる。
単純な作業なのに飽きない。
これって、土遊びをする子どもたちの心境に近いのかな。
時間はあっという間に過ぎて行き、
ふと立ち上がれば、庭はこざっぱりとしてかがやいている。
しばらくすれば、またぼうぼうに逆戻りするにせよ、
とにかく今はやりとげた達成感でいっぱいになる。

ドクダミを抜くかどうかで迷った。
でも、その下に生えているへびいちごを生かしたいので、
今回は全部抜くことにした。
教室で子どもたちと雑草について学んだことがある。
そのときは、どくだみを触る度にあの独特な香りが立つので、
子どもたちは、くさい、くさい、と大騒ぎをした。
「これ、洗って、きざんで、おしょうゆで和えて、ごはんにかけるとおいしいのよ」
とYさんが教えてくれる。知らなかった。

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予定を越えて、11時までねばってこの日は終わりにした。
日が頭の上にある。
会堂の天井についている扇風機を回して、
マンゴー味のアイスキャンディーを3人で食べた。
Mさんは帰り、Yさんは持参したお弁当を食べてから帰るという。
それで、牧師館へ麦茶を取りに行って戻ると、Yさんがいない。
窓から外を探してみる。あらら。桑の木の下だ。
ガーデンチェアに座って、ノースリーブ姿でバゲットをかじっている。
わたしもYさんに付き合うことにする。

日差しは強いのに、桑の下だけは、風が抜けて心地よい。
「こういう夏の日は、終戦の日を思い出す」
とYさんが言う。
Yさんから戦争の話を聞くのは始めてだ。
疎開はせず、終戦までの半年だけ、風船爆弾を作る軍事工場のラインにいたという。
わたしは麦茶を飲みながら、Yさんの昔話に聞き入る。
たぶんこれも、草むしりの醍醐味のひとつなのだ。

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by Annes_Tea | 2009-07-19 19:23 | 日々の庭と花
サウンドアートパーティ『etude for goodnews-cafe』開きます

海の日、かまぼこ兵舎の小さな空間を使って、「goodnews-cafe」を開きます。
これはわたしが煎茶道で学んだ「どこでもお手前を」という出前のココロで、
個人的に行なっているカフェ活動です。

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今回は、サウンドアーティストmamoruとのコラボです。
半年間のヨーロッパ滞在でレジデンスや個展を終えて帰国したmamoruが、
19日に恵比寿でイベントを行なうと聞きつけて、下町すみだにも寄り道を願った次第です。
当日は、滞在の様子の紹介や、最近取り組んでいる「etude」(*下記参照)
というシリーズのサウンドパフォーマンスをしてもらう予定です。

ひとつの空間の中で、人と音がつながり、そして人と人がつながる。
そんな新しい音を体験してみませんか?
ごくごく小さな集まりです。友だちの家へ遊びに行くような感覚でおいでください。
まだ数名、余裕がありますが、準備の関係上、前日までにご予約ください。

当日は自転車部プロデュースのあの「かき氷自転車」も出動します!


●日 時:2009年7月20日(月・海の日) 15:00〜(14:30開場)

●会 場:墨田聖書教会
    〒131-0031東京都墨田区墨田3-19-4
    www.jobsumida.com/(地図があります)

●入 場:1000円(カフェ代含む)

●内 容:サウンドアーティストmamoruのパフォーマンス、トーク、カフェ他  

◎お問い合わせ&ご予約:(前日までにご予約ください)
このブログの左側のバーから、氏名、人数、連絡先をご記入の上、メールを送ってください。

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mamoruの活動についてはココ↓
 http://www.afewnotes.com

etude って何 ? (by mamoru  http;//www.afewnotes.comより)
「捨てようと思って、くしゃっと縮めたサランラップが、元へ戻ろうとかすかな
音をたてているのを聞いた。もう10年近くも前のことだ。なんてことはない音
、でも気になって録音して、他の音に混ぜたりしていた。もともとそういう他愛
もない日用品が発する音を「使って」作品を作っていたのだけど、耳を傾けるう
ちに「そのこと自体」を作品にしたいと思い、etudeを書きはじめた。1年程前に
サランラップを小さなアクリルキューブにおしこみ、宝石箱に収めた。他にもヘ
ッドフォンのようにしてみたり、ガラス瓶に詰めたり、ライトボックスにおいて
みたり。これがetude no.12。

音を通して「日常」を読み替え、そのアイデアをいろいろな形にして伝える、ア
イデアを誰かとシェアすることで予想だにしない新しい価値の可能性、人との関
係が生まれる事もある、そんな練習曲、etude for everyday objects。 」

*「etude」:練習曲。音楽ではアイデアを体現する小品の意味もあり、ひとつの
ジャン ルとして成立し、重要な作品も多い。

         ↓
参考までに。mamoruの恵比寿でのイベントのリンク/関連作品画像などあり。
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by Annes_Tea | 2009-07-16 00:04 | お知らせ(イベント他)
江戸キリシタン殉教地を歩く

今年はプロテスタントの信仰が日本に伝えられて150年に当たる。
先週、全国の教会をあげて、宣教150周年の祝会が横浜で開かれた。わたしたち夫婦も、最終日の礼拝に出席することができた。礼拝後は遠方の牧師先生たちなど懐かしい顔に次々と再会し、ちょっとした同窓会気分だった。母教会のHさんは「あの課題どうなった? 今も祈ってるよ」と言う。Hさんは会社員時代、昼休みになると屋上へ行き、
数百人はいる教会員の名簿を手にとりなしの祈りを続けてきた強者である。やっぱり、覚えていてくれたんだぁ。まだ叶っていないと言うわたしに、「じゃあ、引き続き祈ってるね」と励ましてくれる。

キリストを愛するわたしたちをつなぐものは祈りである。そして、時代から時代へと信仰をつないできた力も、祈りにある。祈り継がれ、そして今、わたしがここにクリスチャンとして生きている。江戸キリシタンの殉教地をめぐるツアーに参加して、あらためてそのことを認識した。

今、「クリスチャン」と言えば、プロテスタントとカトリックいずれかの信仰を持つ人のことを意味する。一方、「キリシタン」というのは、室町末期、宣教師によって日本にもたらされたカトリックの信仰を持った人たちのことである。豊臣秀吉以来、キリシタンは禁教とされ、明治維新から6年も経った1873年にようやく切支丹禁令が解かれた。それ以来、プロテスタントの信仰を携えて数多くの宣教師たちが日本に渡って来た。よく知られているイエズス会のザビエルが鹿児島に上陸したのは、それよりもはるか昔、1549年である。キリシタンからクリスチャンへ。このつながりはひとつなのだ。

今回のツアーの目的も、祈りだった。残虐な血の流された地はわたしたちに向かって叫びをあげている。これは聖書に書かれていることばだ。そして、その地のために祈れ、とも書いてある。下町の牧師や宣教師を中心に集まり、キリシタン殉教史を研究している人をガイドに招いた。江戸には、鈴ケ森と小塚原の二つの処刑場があった。今の地名で言えば、田町と南千住、つまり江戸の北と南の入り口である。新しく江戸に入ってくる者に対して、処刑者の生首を晒すなどして警告の意味を与えたと言われている。「恐れ」によって人を縛るやり方は、日本の政治の歴史が持つひとつの側面だと思う。ツアーはこの二つの処刑場をつないで、東京を車で縦断するルートをとった。



*以下、個人でも周りやすいように、実際のツアーとは異なる順路で紹介します。

南千住小塚原→カトリック浅草教会→小伝馬町牢屋敷跡→キリシタン坂→キリシタン屋敷跡→カトリック高輪教会→札の辻(元和大殉教記念碑)

小塚原刑場
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鐘ケ淵の駅から続く道をわたしたちの教会のある側とは反対へ歩いていくと、墨堤通りに出ます。首都高速に続く坂を上って隅田川を渡り、足立区南千住に入ります。JRの貨物場くらいしかなかったこの土地は、数年前から始まった再開発によって、高層マンションの立ち並ぶ新しい住宅街に様変わりしました。その新しいまちを通り抜け、JR南千住駅をめざして進むと、日光街道に出ます。それまでとは打って変わった古色蒼然としたまちの匂いに、タイムスリップしたような錯覚にとらわれます。左に直進すれば、ほどなく山谷地区です。山谷通りは通称「コツ通り」と呼ばれています。処刑場のあった「小塚原(こつかっぱら)」を略したとも言われていますが、この辺りは少し掘るだけで処刑された人たちの骨が出てきたらしく、そのことにちなんだ名前でもあるようです。ここは、蘭学者・杉田玄白たちが、「ターヘル・アナトミア」を手に入れ、刑死者の解剖に立ち合って、その解剖図を確かめたという史実でも有名です。現在、刑場跡は延命寺内にあります。寺の入り口に近づいただけで、異様な空気が感じられました。首を切られて顔のない巨大な地蔵が、入ろうとする者を見下ろし、圧倒されます。わたしはときどき、地の叫びを強く感じることがあり、そのような場合には鳥肌が立ち、気持ちの悪さに襲われます。でも、その気持ちの悪さがなくなるまで、地のために祈り続けると、やがてその感覚は去っていきます。今回のツアーの中でも、とくに深く祈らされた場所でした。


南千住回向院
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小塚原のすぐ近くに、刑死者を弔うために建てられました。ここにはねずみ小僧の墓など、江戸の有名どころの墓があり、まち歩きのスポットになっているようです。


小伝馬町江戸牢屋敷
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地下鉄小伝馬町駅のすぐそばにあります。江戸時代には懲役刑はなかったので、ここは刑務所ではなく、未決囚や有罪判決を受けた者を、刑の執行まで拘禁する施設でした。敷地は広大で、現在の十思公園、大安楽寺を含む2700坪ほどもあったそうです。安政の大獄で収容された吉田松陰終焉の地として、今も碑が残されています。


鳥越の殉教記念碑(浅草カトリック教会)
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浅草・鳥越には、処刑場があり、後にそれが小塚原に移転されたようです。鳥越神社の辺りには、ソテロ神父が建てたハンセン病患者の施設がありました。病院内の礼拝堂を拠点に活動していましたが、1613年に信徒たちが捕らえられ、小伝馬町の牢に収容された後、処刑されました。これが「鳥越の殉教」と呼ばれるもので、現在は浅草カトリック教会の裏手に、記念碑がひっそりと立っています。


キリシタン坂と小石川キリシタン屋敷
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文京区春日から、「庚申坂」と呼ばれる石段を小日向に向かって下って行くと、地下鉄の小石川検車区車両場に当たります。その下を抜けると、再びなだらかな坂道になります。これはキリシタン坂と呼ばれ、7000坪ほどのキリシタン屋敷が広がっていました。

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現在の地名で言えば、茗荷谷にあたる場所です。呼び名からキリシタン大名の屋敷かと思ってしまいますが、ここは激しい拷問で信仰を捨てさせたキリシタン(ころび信者)を幽閉するための屋敷牢でした。一度はころんでも、再び密かに信仰を伝えようとするキリシタンたちの処置に困り、ひとつの敷地内にまとめて住まわせ、世間から隔離する策がとられました。現在は、なだらかな坂をはさんだ閑静な住宅街で、当時の記憶など何ひとつ感じさせません。それでも、迫害されたキリシタンの子孫が今なお暮らしている家や、殉教記念館を個人的に営んでいる方もおられるようです(非公開)。宣教師たちが多く幽閉されたために、鎖国中だった日本にとっては、ある種、長崎の出島のような異文化交流の場の役目を果たしたとも言われています。1725年、延焼によって屋敷は焼け、倉庫だけが残りました。


カトリック高輪教会
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1622年、長崎で宣教師などキリシタン55名が火刑および斬首されました。元号にちなんで「元和の大殉教」と呼ばれるこの事件に続いて、翌年には、三代将軍・徳川家光の命により、江戸でも50名のキリシタンが札の辻で処刑されました。この殉教地に近いカトリック高輪教会には、江戸大殉教の記念碑と、地下には大殉教に関する資料が展示されています。獄死なども含めると、江戸時代における殉教者は4〜5万人という説もあります。収蔵されている踏み絵は、踏まれ過ぎたのでしょうか、摩擦のために表面はつるつるでした。プロテスタントでは、キリストの像を作ったり拝んだりしないので、これを踏むことに何の意味もないと思いますし、また、実際、キリシタン発見にはあまり役立たなかったようです。それよりも、このような方法でキリシタンかどうかを見極めようとしたところに、日本人の精神性が表れていて興味深いと思います。


江戸の殉教の記念碑
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教会の中庭に立てられた記念碑です。大理石のモニュメントに入ってみると、まるで万華鏡の中のような不思議な世界が広がっていました。天井にちりばめられた十字架のスリットから差し込む光がステンレスの壁に反射をして、幻想的なダンスを繰り広げていました。


札の辻・元和大殉教跡地
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北の刑場・南千住から始まった今回の殉教地をめぐる旅は、南の刑場である札の辻で終わりです。わたしたちはルートを車で走りましたが、当時は、小伝馬町の牢屋から、札の辻まで自分たちの処刑のために、徒歩で行進させられました。江戸時代には、札の辻は、高札場だったことからその名がつけられ、全国各地に同じ地名があるようです。


元和キリシタン遺跡
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処刑が行なわれた札の辻は、現在、住友不動産三田ツインビルの敷地になっています。東海道の入り口であるこの場所に、街道に沿って火刑のための50本の柱が立てられたそうです。わたしたちが訪れた季節には、シバザクラが一面に咲いていました。都教育委員会が整地し、この記念碑を立てました。亡くなったキリシタンに対する鎮魂の意味を込めて、美しい広場にしてあるそうです。血の歴史の場所を、美しいもので覆って慰めたいという気持ちは理解できます。

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この広場のいちばん奥、ゆるやかな階段をのぼった高台に、碑が置かれています。さらにのぼっていくと、済海寺へとつながっています。長崎の殉教地をめぐる旅をしたときにも感じたことですが、キリシタンの殉教が起きた場所の多くは、現在、寺になっています。また、そのまちを囲むように小高い場所に寺を林立させているのも見られます。これは、キリシタンたちの信仰を封じ込めようとしているものかと思っていましたが、今回、案内役の方から、処刑されたキリシタンたちに祟られないようにするという意味が強いのだと教えていただきました。聖書には、「死者が相手を祟る」という発想はありません。まさに、「死者の祟り」という発想こそ、日本人に特有のものだと思います。よくないことが起きないように、供養をしたり、お祓いをしたり、供え物をしたりと、今でもさまざまな形で表れています。

キリストが十字架に架けられたとき、最後にこんなことばを残しました。
「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」(ルカの福音書23章34節)。相手を祟るのではなく、相手のしたことにかかわらず、赦すこと。この「赦し」こそ、キリストの愛の姿であり、わたしたちの内側が自由にされる祝福への鍵なのです。今回、キリシタンたちを迫害する側の人間の残酷さを知るほどに、この人たちのしたことを赦すのは、人間の力ではとても不可能であることを痛感しました。赦しの力は、ただ神の愛からあふれ流れ出るものであることを、それぞれの地を踏み、祈るたびに思い、感謝せずにはいられませんでした。

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by Annes_Tea | 2009-07-12 23:21 | お知らせ(イベント他)
青菜に塩を使ってみる
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夏紅葉が好きです。植えてみたいとは思うのですが、和の風情が庭に似合うかどうか?



クラスで慣用句やことわざを教えるために、自分の知識を見直した。
これがけっこう、あやふやなのだ。

以前、まさに「顔から火が出る」体験をした。
クリスチャン向けの雑誌でエッセーを連載していたとき、
点字図書館で音訳をしていただいたことがある。
その中の記事のことで、ボランティアの方から編集部に問い合わせがきた。
「引導を渡す」と言うべきところが「印籠を渡す」になっているというのだ。
うわ、印籠では水戸黄門ではないか。
校正さんも見てくれたのに、どうして誰も間違いに気づかなかったのだろう。

子どもたちは、慣用句やことわざ、それに四字熟語も大好きだ。
わかんないなぁ、と言いながらも、クイズ感覚で問題を解いていく。
作った例文を見せてもらうと、
「あの人は腹を割ったような性格だ」
という珍答シリーズが生み出されている。
あのね、「腹」じゃなくて、「竹」だよね。
竹を割ったような人という表現は、基本的にはほめことばだ。
でも子どもたちに言わせると、
そう言われてもほめられた感じがしないらしい。
だから竹というのは縦に割ってみるね、とかなんとか、
説明しているうちにだんだんと心もとなくなっていく。

「青菜に塩」にいたっては、頭を抱えてしまった。
ほとんど全員が、
(失敗したり、怒られたりして青菜に塩)
という内容で例文を書いている。
たとえば、
「ガラスを割ってしかられたので、青菜に塩だ」
「テストの点が悪くて、青菜に塩だ」
うーん。これはどう考えても変だ。
でも、なぜおかしいのかということになると、
小学生にそのニュアンスをわかりやすく説明するのは難しい。
金田一先生、どうしましょう?

それで、他の国語の先生に聞いてみると、
「青菜に塩をかけて水気が抜けるのは時間がかかるから、
 少しずつしおしおになる状態に使うのではないかな」と言う。
脱水シートに魚をはさんだ時のように、
少しずつしおしおという状態を理解はできるけれど、
現実世界ではどんなことがあるのだろう。
まだ腑に落ちない。
調べ直してみると、
(元気だった人が、あることで急にしおれてしまうさま)
ということに落ち着いた。
しおれる前の状態に「元気」や「勢いがある」ところこそ、
ポイントなのかもしれない。
たとえば、
「株で儲けていた人が、金融破綻で大損をして青菜に塩だ」という具合に。
社会問題で言えば、
時代の寵児だった青年実業家が、
不正や賄賂で逮捕されて、一夜で凋落するさまか。
うん、これはわかりやすい。
では、子どもたちの世界では、どんなことかな?
リレーの選手に選ばれて準備万端、張り切っていたのに、
運動会の当日、なんと骨折してしまった、なんて状況はどうだろう。
ううむ。しっくりするような、しないような。

こうしてみると、小学生にとって「青菜に塩」という現実は、
まだまだ先の現実かもしれない。
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by Annes_Tea | 2009-07-08 23:40 | お茶と料理、ときどきカフェ
まちの輪郭をたどって元気になる
           さて、メルが見ているものは?
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                   十姉妹でした。
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先日、鎌倉に行った。
陽光の明るさが下町とはちがう。
わたし好みの小高い山、坂と緑もあり、
なによりまちの人がまちに充足しているところに安心する。
玄関の寄せ植えひとつを見ても、
まちを慈しむ気持ちが伝わってくるのだ。

(あなたの住みたいまちは?)
女性雑誌の編集部にいたころ、こんなテーマで何度か企画を考えた。
当時働いていたのは、みなシングルの女性たちということもあり、
人気なのは、吉祥寺や下北沢、それに葉山だった。
葉山には、雑貨の撮影でお世話になることが多く、
何度か通ううちに、みながファンなっていった土地である。
海辺のまちが作り出すゆるい空気と青い空は、
サボテンまでも枯らしてしまうほど忙しいわたしたちには、
スローで、まぶしく感じられるまちだった。
でも、実際に長く暮らしているスタイリストさんは、
「自由と言えば聞こえはいいけど、
 いい年になっても、ちゃんと働かない人が多くて心配になっちゃう」
とそっと教えてくれた。

初めてのひとり暮らしには、
原宿にも渋谷にも歩いていける最高のロケーションを選んだ。
それまで東京の郊外にある実家で暮らしていたので、
とにかく便利で、
終電を気にしないで働けること(という生活だったのだ)を最優先に、
欲張りな条件もたくさんつけた。
坂も緑もあって(やっぱり)、
自転車で走るに楽しく、
深夜まで空いているカフェも、
しゃれた食材のあるスーパーも必要だわね。
まちの好みをきりなくあげた結果、
部屋は狭小のワンルームとなった。

代々木公園をジョギングして、
朝は焼きたてのパンを原宿まで自転車で買いに行く。
夢の生活プランは、いつかいつかと思っているうちに、
一度もジョギングをしないまま、次のまちへと移り住むことになった。
どうして?
都心で暮らす楽しさは、確かに存分に味わえた。
でも、ある日、近くのケーキ屋さんに入ったときに、突然、こう思ったのだ。
(ケーキの値段が高過ぎる)
今から思うと、これはたぶん、口実。
本当は、自分が生まれた中央線の、
あのピンからキリという香りにホームシックを覚えたのだ。
結局、中央線沿線の住人に戻ったわたしは、
結婚するまで阿佐ヶ谷で暮らした。
広い並木道や路地をそぞろ歩き、
まちの輪郭をたどっていくうちに、元気になれる。
わたしはそんなまちが好きなのだ。

初めての下町暮らしが始まり、
母といっしょにこのまちを歩いた時、こう言われた。
「あなたがいちばん苦手な感じのまちじゃない?」
さすが、母親だ。図星だった。
空が低い。風が流れていない。緑もない。
家と家とののりしろがない。
カフェもしゃれた雑貨屋や花屋もない。
耳を澄ませば聞こえるのは工場で働く工作機械の音。
ショッピングカートを押すのは年をとった女性たち。
何年も塗り替えられていないしもたやの壁や、
路地に置かれたプラスチックの植木鉢の数々。
まちを歩くと迷子になり、輪郭はいつまでたってもつかめない。
岩と岩との裂け目に入り込んだような閉塞感にめまいがする。
それで、最初はしくしくと泣いた。

そんなとき、東京郊外で暮らす大先輩の牧師夫人から、
自分も同じような思いを体験したのだと聞かせてもらった。
生まれも育ちもその場所だとしか思えないほど、
そのまちを愛し、そのまちに仕えてきた人が、
最初はわたしと同じだったなんてと驚いた。
別の牧師夫人からも、
自分ではけっして選ばないようなまちに住むことは、
わたしたちにはよくあることよ、と言われた。
だから、まちのために、そしてまちを愛するために、
わたしたちは祈らされるのだ、とも。

なるほど、なるほど。
大先輩たちのことばには、経験に基づいた真実がある。
今、何年かこのまちで暮らして思うことは、
結局、まちというものは、
そこにおける人との関わりによって
好きにもきらいにもなるということだ。
その最初の一歩は、あいさつよね、
と初心に戻るこのごろだ。

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               鎌倉の和の庭を背景にしたメルもおつなもの。
               この素敵なおうちの住人さんたちが、
               新しい国、新しいまちへと旅立つので、
               家族ぐるみで一日をいっしょに過ごしました。
               メルも鎌倉散策は気に入ったようでした。
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               縁側のあるリビングでおしゃべりしていると、
               あらあら、バッタの赤ちゃんが。
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by Annes_Tea | 2009-07-04 00:47 | まちを歩く


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