下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

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たまには隅田川に犬の散歩へ
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いつもと違うルートを選んで、“ゆる散歩”に繰り出した。
夫がいないと、家事が楽になる。
部屋は汚れないし、洗濯物も減る。
食事はありあわせの野菜で済ませてしまう。
浮いた時間を使って、メルと少しだけ遠出をするというのは、
留守番の愉しみでもあるのだ。

たとえば荒川ならば、北千住方面へさらに進む。
河川敷の幅が広がって見通しがよくなり、日差しも明るい。
反対に小菅方面へ向かうと、少々暗い感じはするものの、
ビオトープがあって、トンボたちに出会う。
隅田川沿いを浅草まで歩くルートも楽しい。
ただし、道幅が狭いので、ボーダコリーには危険がいっぱいだ。
いつも以上に気を張って歩かなくてはならない。
同じボーダー仲間のひとりが、
「ボーダーコリーをここで飼えるのは、荒川河川敷があってこそ」
と言っていたが、その気持ちはわかる。
荒川があって、本当によかった。
そうでなければ、今ごろボーダーに必要な運動量の多さに、
日々、悩まされていたことだろう。

ありがとう、荒川。
でも、今回はゆる散歩が目的なので、
あまりに日常的な荒川を離れて、隅田川を歩くことにした。
目指すのは、浅草とは反対方面にある都立汐入公園である。
できたばかりのころはよく利用したのだが、
マンション暮らしの小型犬たちが続々と増えるにつれて、
すっかり足が遠のいてしまった。
おまけに、走れそうな芝生広場には、子どもの遊具もある。
つまり、どらちを向いても、
ボーダーの本能を引き出してしまう条件がそろっている。
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それでも、場所さえ選べば、メルとの散歩は快適にできる。
川面にいちばん近いコースは、たいてい無人なのである。
たとえそこを歩いている人がいたとしても、
日中に見かけるのは野外生活者のオジサンたち。
川沿いに住むのはルール違反だけど、ある意味では先住の人たちとも言えるのかしら?
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この公園を隅々まで歩いてみると、
地面に高低をつけて、特に人が憩うスペースからは、
対岸にあるブルーシートのおうちが、うまく見えない作りになっているのがわかる。
そこにたたずめば、広がる緑と空に囲まれるのだ。
マンションの向きや作りについても、
ベランダから見える景色をうまく選んでいるようである。

汐入公園から始まる隅田川の向こうのまちは、この先も開発が続くようだ。
ここに来る度に、東京のまちづくりって何かな、なんて少しだけ考えされられる。
まあ、こんな風にまちを再認識することこそ、旅の醍醐味なわけで、
ゆる散歩の目的は果たせたのかな。

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まち歩きのツアーを行うときには、隅田川をはさんで、墨田区と足立区をつなぐこの橋から両岸の風景を見てもらうことにしています。ブルーシートのおうちが立ち並ぶ墨田区側と、新しいマンション群の立ち並ぶ足立区側の対照的な風景に、今という時代が表れているように思うからです。

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こちらは墨田区側の景色。
対岸に汐入公園ができて、ブルーシートのおうちは強制撤去が続いたそうです。以前は、ここにびっしりと並んでいましたが、今はこの通り。まちの美化のためには、よいことだと思います。ただし、ここより下流になっていくと、再びおうちは増えていきます。ただの空間移動ですね、これでは。最近の傾向としては、家はさらに大きく、きれいな四角形になっており、こうなると「ホーム」が「レス」という言い方は合いません。東京都がホームレス支援で力を入れているのは、都営住宅に月3000円ほどの家賃で住居させる、というものだそうです。でも、実際には入りたがらない人が多いのが実情なのだと、NPOの職員さんが教えてくれました。

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こちらは汐入公園側です。隅田川に沿ってビオトープが設けられています。メルは葦の中を何度ものぞき込んでいました。何かいるのかな?



 
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でも、対岸のきれいな景色が見えるのは、川向こうと言われるわたしたちのまち側からなんですよね。整備された足立区側から見えるのは、昔ながらのすみだ。(左) 綾瀬橋のところには、こんな造船所がまだ残っています。この辺りには、馬を飼っている人がいるという話も聞いたことがあります。


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by Annes_Tea | 2009-08-15 23:16 | まちを歩く
犬の影踏み
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朝、メルの散歩に30分出遅れて、
荒川土手に着いたときにはすでにかんかん照りだった。
久しぶりの快晴なのだ。
シーツも枕も何もかも洗濯してから出かけようとしたのが敗因だ。
最初はご機嫌だったメルは、
ボール遊びで大周りを数回しただけで、
ぽろん、とボールを放してしまった。暑くてやっていられないのだ。
広い河川敷には、犬も人もだれもいない。
酔狂だよね、こんな暑い時間に、イギリスの犬と散歩に来るなんて。
それでも、ボーダーコリーには運動が必要だと思うものだから、
そのまま帰る気にもなれない。
せめていつもの木まで歩いてUターンしようと思っていたら、
メルは途中で、勝手にコースを外れて、階段へと向かった。
はいはい、帰りたいのね。
今週はメルと二人暮らし。
メル散歩を夫から託されたのに、ほんと、申し訳ない。

帰り道は、アスファルトの照り返しが厳しくて、メルの肉球が心配になった。
最近、雨続きで、夏の本格的な暑さというものを忘れかけていたような気がする。
それとも、会堂のリフォームで新しくしたエアコンの性能があまりによくて、恵みボケしちゃったかなぁ。
そういえば、東京の夏は暑いのだっけ。
メルがいつになく、道路の際というか、
ほとんど人の家とも言えるようなところを選んで歩く。
何ごとかと思っていると、影踏みをしているのだった。
建物が作り出す日影に入ると、ほんの一瞬、ひんやりする。

気をつけて見てみると、下町の家屋はひさしの幅が狭い。
古い、昔ながらの木造家屋が、
おしるし程度の日影を、わたしたちに心ばかり提供してくれる。
簾をかけて中は見えないとはいえ、
玄関を開けっ放しにしている家が、
今の時代、東京という場所にいくらもあるのは、さすが下町だ。
開いた玄関からかすかにもれ聞こえる暮らしの音に、
気持ちだけはふと涼やかになる。

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by Annes_Tea | 2009-08-13 10:29 | ボーダーコリーのメル
オリーブの木が実をつけた
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オリーブの木が数年ぶりに実をつけた。
大きなテラコッタなので、動かしたくとも動かせず、
牧師館の窓の下に置きっぱなしの鉢植えだ。
窓の下には、大小2本のオリーブの木が並んでいる。
最初に買ったのは小さな方で、
花屋で苗木を見つけたときに、安い、ほしい、と大喜びして、ほとんど衝動的に買ってしまった。
実をつけるには、違った2種類の木が必要だと教えてもらい、
思いきって大きなオリーブの木を後から買い足した。
じつはこれ、わがやの記念樹である。
結婚1周年を迎えたときに、夫と二人で選んだのだ。

結婚して最初の1年は、
今思い出しても身震いするほどすさまじい日々だった。
なにしろ、当時の教会といえば、庭は荒れ放題、牧師館はほとんど物置と化し、
近隣の子どもたちから、「お化け屋敷」という不名誉なあだ名まで頂戴していた。
大げさではなく牧師館には、
わたし一人が入り込めるスペースもないような状態だったのだ。
結婚生活を始めるためには、とにかく脇目もふらずに片付け続けるしかなかった。

床の根太が腐り、これではあまりにも危険だとわかって、
結局はリフォームをすることになったものの、これも最初の話し合いのとろで何度も頓挫。
半年も通い婚を続けるわたしたちに、周りの人たちはさんざんやきもきしたらしい。
そんな新婚時代に身につけたのは、料理よりも掃除の腕である。
今思うと、きっと、記念樹でも買わずにはいられない心境だったのだ。

じつを言うと、この記念樹を枯らしてしまったことがある。
原因は水枯れか肥料不足かよくわからない。
ただ、手抜きをしていたのは確かだ。
教会の庭の手入れだけで手一杯で、
奥まった牧師館の庭は、通年、椎の木の枯れ葉と雑草で埋まっている。

記念樹、しかも聖書と深いつながりのあるオリーブの木が枯れるのは、
なんともいやな気分である。
ごめんね、オリーブくん。
とにかく、ふたまわり大きな鉢に、ふかふかの土を入れて植えかえ、
水やりを怠らずに世話を続けた。
3年ほど前、棒切れのようになっていた枝に、
小さな蕾が芽生え、少しずつ緑の葉をつけ始め、そうして息を吹き返した。

でも、オリーブの実を見つけたのは夫なのである。
毎朝水やりをしているのはわたしなのに、
ちゃんと見てなかったなぁ、とまたしても反省。
庭の草木にえこひいきはなしだよね。
ちゃんと会話しなくちゃ。

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こちらは今日のいただきもの。有機栽培のにんじんは、まるで果物のような甘さ !

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by Annes_Tea | 2009-08-12 00:02 | 日々の庭と花
「扉をたたく人」になってみる
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コンサートが終わってみると、看板に思わぬお客さんがいました。


土曜日のコンサートが終わり、
お客さん続きの7月から新しい月へと変わった。

8月はいつもと生活時間を少し変えて、
準備してきたインタビューや学びを集中して行う予定でいる。
でも、走り出すにしては、やや疲れぎみなのだ。
まずはからだもこころものびをしてからかなぁ。
そんなぐうたらした気持ちでいたら、
音楽療法士の先生と話す機会に恵まれた。
おしゃべりだけのつもりだったのに、
先生の仕事道具であるアフリカンなドラムに目がとまり、
「たたいてみたい」
というわたしのつぶやきまで聞き入れていただいた。
その場にいたもうひとりの女性を巻き込んでの、ドラムセッションである。
あぐらをかき、ドラムを抱えて膝に固定する。
抱えてみると、ほかの二人とはドラムの向きが逆になっている。
子どものころに直された左利きの構えだ。

パ、パ、パン。パ、パ、パン。
先生が軽快な3拍子をたたき、わたしたちも真似をする。
わたしは、左手でパ、パ、右手でパン。
みんなは、右手でパ、パ、左手でパン。
パ、パ、パン。パ、パ、パン。

ふだんドラムをたたくなんて、もちろんない。
たたくといえば、手だ。
教会で礼拝をするようになってから、
とにかく手拍子だけは日常的にたたいている。
そのせいだろうか。
それとも、日ごろ小学生との付き合いが多く、
オーバーアクションになれているせいだろうか。
たたくことには何の照れもなく、すぐにその気になってしまう。

先生の音に合わせたり、追いかけたり、逃げてみたり。
だんだん頭で拍子を考えるのやめていく。
自分以外の人がたたく音を聞いていると、
手が勝手に動いてくれる。
自分の音を聞くと、とたんに自分のリズムが崩れる。
なんでだろう?
クレッシェンドでさんざん高揚した後、
何の合図もないのに音は終息に向かい、
最後はドラムの表面を指先でなでるようにとんとんとん、
そして、ストン、と突然終わった。

これがいわゆるミュージックセラピーのひとつらしい。
ほんの数分のことだったけれど、
頭が冴えて、からだのこりもほぐれてような。
ストレスを発散したという感想ではなくて、
昼下がりのセミの合唱さながら、
その場に腰を据えてたたき、共鳴し合った気持ちよさだ。

そもそもドラムをたたくことになったのは、
先生が最近観た映画、『扉をたたく人』の話をしてくれたからだ。
妻を失い惰性の日々を送る大学教授が、
移民の青年とアフリカン・ドラムを通して交流を深め、
自らの心のトビラを開いていく、というような物語らしい。
たたいて、開く。この関係は、
聖書の中にもよく出てくるので、気になったのだ。

岩渕さんがコンサートの中で、こんな話をしてくれた。
昔から内省的で暗かったのだが、
ミュージシャンの小坂忠さん(今は牧師でもある)たちと音楽を通して交流を深めていく中で、
心のトビラが開かれたという。
あるコンサートで歌っていたときに、
うわ、神さまは生きておられるんだと、突然わかったのだ。
うれしくて、うれしくて、
思わず奥さんに電話をして、びっくりされたそうである。
そうして得たものは、
自分が地球の真ん中にしっかり立っているという確信だった。
由美子さんいわく、
「暗かった夫が、ふと笑顔を見せたり、目の奥がきらりと光っていたり、
 外から見てもその変化がわかった」のだとか。

なんだか、わかる。
わたしも聖書を読むようになってから、
自分がどこに向かって歩んでいるのかということを、
はっきりとつかむようになったひとりである。
久しぶりに行った吉祥寺の紅茶屋さんで、
「あれ、なにか感じが変わりましたね」
と言われてびっくりしたこともある。

岩渕さんは、クリスチャンになってからも大きなチャレンジに何度か遭っている。
7歳の娘さんを脳腫瘍で天国へと先に送り、数年前には由美子さんが大病をした。
当然、悩み苦しむのだけど、
その中で、不思議と新しい音楽が生まれてきたという。
『父の涙』は聴く人の心を動かす名曲だ。
父とは、十字架にひとり子イエスを架けた父、創造主なる神さま。
その父の涙である。
娘さんを天に送った体験を通してこの曲も生まれた。

たたくと開かれる。
これはまさに体験学習なのだ。
もっと正確に言えば、たたき続けるということかな。
いつものようにごねごね考えているうちに、すっかり元気がわいてきた。
さて、始めよう。

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セミの夕べが、続いてます。
毎夜、脱皮する場所を求めて、あちこちよじ登ってます。

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by Annes_Tea | 2009-08-05 23:20 | 牧師館で暮らす


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