「ほっ」と。キャンペーン

下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28
宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

『赤毛のアン』の講演や読書会ワークショップ、執筆依頼などは、下記のメールにてご連絡ください。







参加者常時募集中!

▷「大人のための子どもの本の読書会」墨田区のふたつの拠点を中心に、子どもの本のロングセラーを読むゆるやかなサードプレイス。幅広い年代が参加されています。


▷ つながる・祈る・分かち合う「pray&hopeプロジェクト」を主宰。月に一度、女性たちの集まりをもっています。
○詳細はここから




emoticon-0154-mail.gif
メールは以下のアドレスに★を@に変えてお送りください。

goodnews_cafe☆
yahoo.co.jp




牧師館の住人たち
(profile)


   わたし

 ゴエモン先生

   メル


墨田聖書教会Blog





文章・画像・イラストの無断転載は禁止です。引用の際には必ずご連絡ください。
外部リンク
検索
犬を見送る♯1 ボーダーコリーのメルが死んだ日
e0165236_17242687.jpg

6月25日12時45分、メルが死んだ。
病名がわかってから2週間弱、
闘病というにはあまりに短い時間だった。

1歳半で処分寸前のところを引き取り、
11年間を牧師館でともに暮らした。
私専用の裏口の土間がメルの居場所だった。
築70年は経とうとする古家だから、
壁のしっくいはところどころ剥げ落ち、
お世辞にもすてきだとは言えない場所なのだが、
犬というものは文句ひとつ言わない。
置きっ放しのガーデニングブーツをかじるでもなく、
ふだんは夫がこしらえたパイン材のすのこの上で、
おまんじゅうのごとくまんまるになって満足していた。
いつでもどんなときでも、
「おやつ」と「おさんぽ」のふた言を心待ちにして、
私たちふたりといっしょにいる時間を、
おやつ以上に愛している犬だった。

メルの犬人生は、12歳と半年だった。
ボーダーコリーの寿命は、
13歳から16歳くらいが平均だと聞いていたから、
納得のいく年数だったのがせめてもの慰めだ。
そうはいっても、
あまりにも急なことだったので、
病名を聞いてからは、悲しくて悲しくてしかたなかった。

最後、大きく2回、息を吸おうとしてかなわず、
ブルーアイ側の目だけを見開いて息を引き取った。
「ぼくの好きな方の目を見せてくれているのかな」と夫が言った。
顔をそっと上げてみると、ブラウンアイの方は眠ったように閉じていた。
完全に寝たきりになったのは死の前日だけで、
その前の日まではおやつも食べた。
しかも、1週間分のおやつを1日で食べるような勢いで。
「好きなものを好きなだけ食べさせてあげて、
思うぞんぶんかわいがってあげてください」
と獣医に言われていたので、
ふだんはおやつの量に厳格な私も、
甘々、めろめろな人格に変貌して、
2週間、メルの気がすむまでおやつをあげた。

メルが息を引き取ったとわかった瞬間、
夫と私は何度もメルを呼んだ。
メル、メル、戻ってきて。
ああ、もうだめだ。
そう悟ったときに出てきたことばは、
「ありがとう」、ただこればかりだった。
メル、ありがとう。
うちに来てくれてありがとう。
犬が与えてくれた豊かな時間が、
かたまりのように一気に私の心に流れてきて、
ありがとうということば以外、何も浮かばなかった。

メルの病名がわかったとき、
最初にメルの顔を見たときも同じような気持ちになった。
何を考えるでもなく、「ありがとう」ということばが出てきた。
不思議なくらい、何度でも、何度でも、
自分の口が言っているのだ。

そして、私は泣いた。
メルが死んで、私は「びょおびょお」泣いた。
どういうわけか「びょおびょお」という擬声語が、
遠い記憶の中から立ち上がって、私の頭に浮かんだのだ。
江國香織の『デューク』という作品にある表現で、
愛犬を亡くした21歳の主人公が、
幼い子どものように「びょおびょお」泣く。
これを読んだのはものすごく昔のことだから、
いったいどんな回路でつながったのか本人にもさっぱりなのだが、
電車の中で泣いている主人公のことまで思い出していた。
読んだ当時の私は、結婚もしていなかったし、
まして犬とは挨拶すらしたことがなかった。
犬という存在は、例えばグリーランドという土地と同じくらい、
遠くて未知で知らない相手だった。

メルはまず助からない。
こう知ってから、私はありのまま悲しもう、
泣きたければ泣こう、と決めていた。
気持ちを抑え込んだり、我慢するのはやめよう。
ほとんど決意に近い気持ちだった。
悲しいときにじゅうぶん悲しめば、
心は健全に回復するのだから。

夫はびょおびょおとは泣かなかった。
男の人は、ちょっと違うのかもしれない。
ちょっと違うけれど、私が初めて見る泣き方ではあった。
このうえなく優しさにあふれた涙で、
そんな夫の姿を見せてくれたメルに、
やっぱりありがとうと言いたくなった。

e0165236_17260850.jpg
メルの好きな場所は、夫の足の上。
e0165236_17263017.jpg
死の3日前。私にやたらとくっつきたがりました。
e0165236_17352117.jpg
よく笑う犬でした。人間もメルも大好きだった軽井沢で。

こころに届くことばたち。好評発売中のエッセイです。



[PR]
# by Annes_Tea | 2015-07-01 17:31 | ボーダーコリーのメル
バラは鉢植えにかぎる

e0165236_22203112.jpg
庭のミニバラを食卓に。


牧師と結婚するや、
教会暮らしと庭仕事はセットになって私の人生に入り込んできた。
それまで、庭を見るのも歩くのも好きだったが、
カレル・チャペックの『園芸家の12か月』の愛読者だった以外に、
庭の知識も経験もほとんどなかった。
にわかガーデナーはすぐに悟る。
古くて広い、というのは、
ひとりの手には余るものだと。

姿に惹かれて植物を選んでは、
失望と失敗を繰り返してきたような気がする。
その典型が、バラである。
育てやすいと教えてもらったツルバラは、
数年間、沈黙を続け、とうとう枯れてしまった。

ガーデニングと言えば聞こえはいいが、
その実は草むしりと落ち葉掃きとの戦いだ。
バラに手を出すと、さらに虫との戦いが加わる。
どうしたって、スプレー式の薬を使わないと、
虫食いだけらの葉っぱになる。
「やっぱり面白いのはバラ」と、
お花屋さんにすすめられてパラの苗を植えてはみた。
けれども、あえなく3年で断念することとなった。

以来、パラは外で見るものと決めている。

ところが、ここ3年ほど、
ミニバラの鉢植えをいただくことが続き、
もう一度バラと暮らすことになった。
きれいな色の薄紙でくるまれた鉢植えにはリボンがかけられ、
花束以上のボリュームがある。
「きれい、きれい」としばらく室内でちやほやされた後は、
葉っぱだらけの姿で庭に置かれる。

これが丈夫なのだ。
虫もあまりつかない、トゲもほとんどない。
春が2回ほどめぐってみると、
株はみるみる成長し、
とくに今年はたくさんの花をつけた。

贈り物の鉢植えは、さすがに質がよいのか、
それとも贈り主の思いがこもっているためか。
フェンス一面をバラの花で覆ってみたい夢はあるものの、
今のところ、パラは鉢植えにかぎると思っている。
e0165236_22185652.jpg
春に散歩した駒場公園。前田侯爵邸の門前のバラ。
それぞれにエレガントな名前が付いていましたが、
すっかり忘れてしまいました。
e0165236_22172785.jpg
英国式のお屋敷にはバラですね。
前田侯爵は英国生活が長く、家具まで英国製にこだわってます。
心によい風を通したいときに行く場所です。

アンが愛した聖書のことば

宮葉子 /いのちのことば社

null

いまなおアンが愛される理由を、読み解いたエッセイです。すべての大人女子に、あのころのときめきを。

こころのごはん~日々をささえる聖書のことば30~

宮葉子 /いのちのことば社

null

30の聖書のことばの本質を、やさしいことばでエッセイにしました。




[PR]
# by Annes_Tea | 2015-06-02 23:06 | 日々の庭と花
花の苗、何を選ぶ ?

    選ぶことが苦手だ。
    目移りしてしまうのである。
    あれもこれも試したい。
    欲張りなのか、優柔不断なのか。
    
    花を選ぶときに、こういう性格がじゃまをする。
    あれもいい、これもいい。
 
    その昔、結婚式のブーケを決めるときに、
    あまりに多くの希望を口にするので、
    「整理していきましょう」と、
    知人のフラワーアーティストが微笑んだ。

    季節が来るごとに花の苗を選ぶ。
    教会の花壇はボリュームが必要だ。
    迷っていると日が暮れる。
    いつのころからか、さほど迷わず選べるようになった。
    園芸店に入るや、プラスチックの大型トレーをひっつかみ、
    今の季節ならば、インパチェンスやペチュニアなんかを、
    確信を持って詰め込んでいく。
    小さなカタツムリがたくさん出る場所なので、
    本当はペチュニアなんかは向いていない。
    でも、あの色味の豊かさ、八重咲きのフリルの愛らしさを見れば、
    カタツムリなどなんのその。
    よし、薬で誘引して、早朝、箸でつまむぞと、
    覚悟を決めてレジに並ぶ。

    私が庭を育てているような気でいるけれど、
    本当は庭が私を育てているのかもしれない。
    決断力と潔さという実が、
    だんだん色づいてきたような。
e0165236_21593824.jpg
私が苗を選んでいる間に、夫は自分の好きなポピーの苗を買っていました。庭で楽しんだ後、最後は食卓に飾ってみました。
e0165236_21594644.jpg
今年は小手毬がたくさんの花をつけました。育てて3年目の春。
e0165236_22002147.jpg
クリスマスの前に、真っ赤なジュリアンとともに植えたパンジー。さすがにだらんとしてきたので、先週、インパチェンスと交代。長い間、ご苦労様でした。
e0165236_22000640.jpg
今年のペチュニアはオレンジがかったピンク。6月に結婚式があるので、今からピンクと白を使って、幸せ色の花壇に準備を始めています。気持ちの問題ですね。
e0165236_22001000.jpg
これまたピンクのバーベナ。
e0165236_22002902.jpg
ツルニチニチソウは花壇の縁取りに。
今年は淡いブルーの花をたくさんつけました。
e0165236_21595924.jpg
イースターには黄色をよく使います。
これはその名残り。今も元気に咲いています。
e0165236_21595672.jpg
ナスタチウム。食べられると言いますが、食べたことはありません。

キリスト教本屋大賞というものにノミネートされたそうです。書店員さんに感謝 !

アンが愛した聖書のことば

宮葉子 /いのちのことば社

null

いまなおアンが愛される理由を、読み解いたエッセイです。女の子だったすべての大人女子に、あのころのときめきを。

こころのごはん~日々をささえる聖書のことば30~

宮葉子 /いのちのことば社

null

30の聖書のことばの本質を、やさしいことばでエッセイにしました。




[PR]
# by Annes_Tea | 2015-05-17 18:28 | 日々の庭と花
午後のお茶の集い「赤毛のアンの聖書の世界」のお知らせ
今月は久しぶりにアンの講演会があります。
場所は茨城県取手市の取手聖書教会です。
年に一度、心づくしのお茶会とともに
地域に根付いているイベントのようです。
新しい出会いに期待して、
ゴールデンウイーク明けから、
少しずつアンに気持ちを向け直していこうと思っています。

関東の北の方のみなさま、ぜひ遊びにおいでください。

e0165236_21452279.jpg

じわじわと売れ続け、おかげさまで4刷!

アンが愛した聖書のことば

宮葉子 /いのちのことば社

null

いまなおアンが愛される理由を、読み解いたエッセイです。女の子だったすべての大人女子に、あのころのときめきを。

こころのごはん~日々をささえる聖書のことば30~

宮葉子 /いのちのことば社

null

30の聖書のことばの本質を、やさしいことばでエッセイにしました。




[PR]
# by Annes_Tea | 2015-05-04 21:46 | 赤毛のアン
和泉ちぬ「朗読とチェロで楽しむコンサート」

『アンが愛した聖書のことば』から、女優の和泉ちぬさんが朗読してくださいます。昨年、八王子キリスト教会での初コラボのときには、ゲストとしてお声かけていただきましたが、今回は私の本だけが登場。ほっ。舞台の上は、やはりプロのみなさんにお任せしたいものです。ステンドグラスの美しい教会です。下北沢さんぽとあわせて、ぜひ遊びにおでかけください。

e0165236_12004784.png
e0165236_12005931.png

じわじわと売れ続け、おかげさまで4刷!

アンが愛した聖書のことば

宮葉子 /いのちのことば社

null

いまなおアンが愛される理由を、読み解いたエッセイです。女の子だったすべての大人女子に、あのころのときめきを。

こころのごはん~日々をささえる聖書のことば30~

宮葉子 /いのちのことば社

null

30の聖書のことばの本質を、やさしいことばでエッセイにしました。




[PR]
# by Annes_Tea | 2015-04-22 12:05 | 赤毛のアン


ライフログ
カテゴリ
画像一覧
記事ランキング
タグ
最新の記事
以前の記事
人気ジャンル