下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

『赤毛のアン』の講演や読書会ワークショップ、執筆依頼などは、下記のメールにてご連絡ください。







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tea or coffee?
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赤い自転車はNYで購入したクリスマスのオーナメント。ワイヤー細工のものは、自転車部のメンバーが数年前に作ってくれたもの。さすがアーティストさん。自転車部カフェのたびにテーブルにあしらって大活躍。


地元のアートイベントもあと少し。
残るはまち歩きの案内人だけだと思っていたら、
クロージングパーティで自転車部カフェを再び出店することになり、
またしても60人分のコーヒーメーカーが大活躍してくれそうな予感。

本当は、紅茶と煎茶の人なのに、
大勢においしくふるまうとなるとコーヒーにはかなわない。
汲みたて、沸かしたて、しっかり蒸らすのがゴールデンルールとくれば、
やはり紅茶は繊細すぎて一人で大勢をもてなすのはリスクが大きすぎる。
いや、コーヒーの人に言わせれば、
コーヒーこそデリケートだということにもなるのだろうけれど、
コーヒーには一家言ない、というのが私の強みかもしれない。
知らないからこそ、のん気にカフェごっこができる。
紅茶には思い入れが強過ぎるものね。

クリスマスシールを買いに行った浅草橋で、
日本紅茶協会の卒業生が開くお店を見つけた。
ハイティーセットに紅茶文化への心意気を感じる。
私も卒業生なんですよ、
と帰り際、店長に声をかけて少しだけおしゃべり。
そうそう、紅茶。私は紅茶だった。
最近、それを思い出す機会がよくある。
教会暮らしを始めてから、
集まりと言えばコーヒーになっている日常だが、
数人ならばやはり紅茶を入れたくなる。
12月の読書会は、
少しがんばって英国風ミニお茶会付きで開くことにした。
まあ、つまりスコーンを焼くとか、
こっくりしたミルクティーを出すとか、その程度。
課題の本が『くまのパディントン』なので英国風というわけだ。
でも、パディントンはスコーンではなく、
マーマレード付きのトーストなんだけど。
そこいらじゅうをベタベタさせるのが得意技だ。

今年のアドベントは12月4日から始まる。
前の週の日曜日、礼拝の後にみんなでツリーを飾る。
白いペンタスであふれる花壇も、
昨日、冬の花壇へと様変わりした。
深紅のフリルパンジーと、種類の違う白い花々の寄せ植えだ。
今度、白い花たちの名前を教えてもらわないと。
ペンタスもインパチェンスもまだまだ元気なので、
地植えにしてもらったり、
牧師館前のプランターに移動してもらったり。
お花屋さんの手際の良さとセンスの良さに、
毎度、驚かされる。

夕方、新しくなった花壇の上に男性がどっかり座っていた。
あらあらあらあら。
ここ下町では、こういうことは珍しくない。
案の定、かなり酔っている。
花壇の前の道路には、ワンカップが倒れている。
あーあ、道路にも飲ませちゃって。
おじさんと少しお話をして、
花壇から腰を上げてもらった。
おじさんは、「がんばれよ、教会」と言う。
はい、ありがとう、と答える。
寒くなると寂しくなるから、
早い時間から酔った人たちが増えてくる。
山谷の教会ではクリスマスの準備と同時に、
野外生活者60人を受け入れる準備が始まる。
3月までの共同生活だ。
先週、そのスタッフの一人と一緒に祈る機会があった。
それぞれの地で、
それぞれの働きに仕え、
それぞれの12月を迎える準備期間。
忙しくなる前に、まずは祈りから。

ぺちゃんこになった新しい花たちに
十字架に架かったイエスさまを思う。
でも、ちゃんと蘇るから大丈夫。

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浅草橋の紅茶屋さん。応援の意味を込めてリンクしておきます。
紅茶&デリ ハイティー
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by Annes_Tea | 2011-11-12 00:19 | お茶と料理、ときどきカフェ
久しぶりの紅茶教室

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写真は蔵前にあるアノニマスタジオで開かれたお茶のワークショップの様子です。『風景のあとに』の著者、椿野恵理子さんのご実家で摘まれたお茶の葉を使って、実際にお茶作りを体験しました。



少し前の話になるが、
紅茶を習いたいと言って遠方から人が来た。
夫の友人からの紹介である。
電話でやりとりするぐらいならいいですよ、
と答えたつもりでいたのだが、
紅茶談義を電話で愉快にした1週間後、
やはりこちらまでいらっしゃると言う。
新幹線を使っての上京と聞いて丁重にお断りした。
わたしのウデにそんな価値があるとは思えない。
ところが、何かのついでがあるとおっしゃるので、
ならばと快くお迎えした。

紅茶の話は愉しい。
犬の飼い主との立ち話と同じで、
相手の名前も背景もいっさい必要がない。
たとえ初対面であっても、
軽々と境界線を飛び越えて親しく会話がはずむ。
夫を見ていると、
バイクや自転車や「リペア」に関する相手とはすぐに親しくなる。
私の紅茶と同じ。
その人だけの特別なキーワードは、
出会ったり、つながったりして、
暮らしを広げる力がある。

さて、紅茶教室。何をしようかな?
昔ならばあれもこれもと思うところだが心は決まっていた。
まずは代表的な産地の茶葉で紅茶をいれてともにいただくこと。
選んだのはダージリンとディンブラとウバ。
新鮮な茶葉でなくては意味がない。
信頼できる紅茶専門店と言えば、
わたしにとっては国立の葉々屋さん。
種類の多さよりも質、
目新しさよりも本当に必要なことだけを大切に。
こんなシンプルな姿勢が静かに伝わってくる。
値段も良心的。
メールで茶葉を取り寄せて、
ティーサーバーとカップをよく磨き、
ウバに合わせたくてチョコレートを、
ダージリンにはチーズの小さなお菓子を用意した。
余力があったので、
何にでもよく合ういつものバナナブレッドに
少しだけアーモンドプードルを加えて焼いた。
お菓子と合わせてこそ、紅茶のおいしさはよくわかる。

リプトン・ジャパンにいらした荒木安正さんから、
まずは自分の舌に基準の味を持つことが大切だと教わったことがある。
1か月間、毎日同じもの、
それもブレンド茶ではなく、産地茶を決めて飲むといい。
荒木さんはリプトンの青缶、
ヌワラエリヤを勧めてくれたけれど、
どうもあの青っぽさを毎日というのは気がすすまなかった。
わたしが見つけた自分の基準は、
葉々屋さんのディンブラということになっている。
その味にくらべて、
ああこうかな、こうだな、と舌が判断してくれる。

先だって、
父の日のためにコーヒー豆を選ぶことになり、
膨大な情報を前に途方に暮れた。
コーヒーの世界は、まったくの新参者。
好きなものがひとつ定まっていることは、
ささやかだけど幸せなことなんだな、とあらためて思う。

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昔々、狭山と静岡でも手揉みを体験したことがあります。久しぶりでしたが、すんなりと手が動いてびっくり。覚えていたようです。体験しておくことって貴重ですね。

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手揉みした茶葉を数日かけて乾燥します。

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「ふだんどのようなお茶を飲んでいますか?」と先生から自己紹介代わりに質問されました。煎茶作りの会だったせいか、ほうじ茶や番茶などが人気でした。あらためて自分が、紅茶もコーヒーもハーブティーも野草茶もと、あらゆるお茶に手を出していることに気付き、赤面。時間帯や気分に合わせていただくのが好きなんです。気が多すぎるかな?
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by Annes_Tea | 2010-06-27 21:20 | お茶と料理、ときどきカフェ
父の日もコストコ


e0165236_22294916.jpg教会の台所仕事をしながら女性たちとシマリスの話になりました。前々からシマリスもウサギも飼ってみたいと思っているのですが、メルは嬉しくないでしょうね。(これは伊豆のウサギ牧場にいたかわいいの)



教会も父の日。
「ティーパーティ」ではしゃれ過ぎているので、
今年は「茶話会」と呼んでみた。
「愛さん会」までいくと、もう少し気合いが必要になる。
ただ単に、準備するわたしの個人的な気持ちの問題だけど。

父たちからリクエストをいただいて、テーマはパンである。
(手軽でいいよ、との気遣いでしょう。ありがとう)

先週、外仕事からの帰宅後、コストコに滑り込んだ。
向島から首都高に乗れば20分ほどで着く。
閉店まで残り1時間わずか。
普通のスーパーならば楽々済ませられるところだが、
そこはコストコ。
ただっ広いうえに、イートインでも食べたいと思うから集中力を要す。
ねらいを定めて見て回り、そのままレジに直行。
と思いきや、
夫が「ちょっと見てほしい」と言って家電コーナーに連れて行かれる。
そこにあったのはピザ専用のオーブン。
ああ。
ほしいよね、いいよね。
「でも、どこに置くの?」
というわたしのひと言でそれきりになった。
だってねぇ、本当にどこに置くのだろう。

夫は高校の生徒たちからコストコに連れていってほしい、
と言われているのだとか。
インターナショナルスクールなので生徒たちは、
「コストコ」ではなくて
「コスコ」と発音するらしい。

父の日もありがとうコスコ。
本物の父には、これから美味しいコーヒーを選ばなくては。
いつも遅れてごめんなさいね。
コーヒー豆は詳しくないので、まだ検討中なのでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以下、メモ代わりに。
☆父の日のメニューは?
ホットドッグとチーズケーキとコーヒーでシンプルに。
大皿に盛って、セルフサービスにしました。

1ディナーロール(コストコの定番)
2ソーセージ(丸大ハム。これもコストコ)
3キャベツのせん切り(巨大スライサーの出番)
4チーズケーキ(1200円ほど。1ホールで最大36人はいけます)
5ケチャップ(ハインツ)とチューブタイプのバター(楽ですから)
6コーヒー(これもコストコ。UCCのプレミアムだったか)


茶話会の前には、
岩渕まことさんの「God bless you」をみんなで熱唱。
賛美の贈り物がいちばんですね。
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by Annes_Tea | 2010-06-20 22:35 | お茶と料理、ときどきカフェ
お味噌汁のようなコーヒー?


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10年ほど前に一度だけお会いしたことのある女性が
つい最近、事故で亡くなったと聞いた。
当時、初対面の私に、
「神さまを信じる気にはなれない」
と彼女は言った。
会話をした場面も、話の流れもよく覚えていないけれど、
教会に通い始めてまだ日の浅かった私は、
ああそうなのね、
と思ったことだけはなぜか心に残っている。
確か世代が近かったはずだ。
知り合いとも言えない遠い関係だから何もわからない。
この10年の間に、彼女はどんな人生を送っていたのだろう。

いのちと死の両方の傍らにいつもいる仕事なので、
だれかが苦しんだり、
悲しんだり、
またその中で希望を見い出したりする様を、
たえず身近に見聞きして暮らしている。
最近は親しい人たちに、
病いが見つかったり、
余命があと少しだとわかったり、
急遽、入院することが決まったり、
たて続けにざわざわとしている。
もう死のうかと思います、とか、
このまま目が覚めなければいいのに、とか。
そんなことばをときどき聞く機会がある。
昔ならばその度に慌てていただろうけれど、
今は少し違う。

祈れる。
この一事に、どれだけ日々励まされていることだろう。
もしも私の暮らしに祈りがなければ、
それだけ多くの人たちの苦しみを見聞きして、
いったいどうすればよいのか途方に暮れるに違いない。

今週から夜の祈り会に集まれない女性のために、
平日の午後に祈りと学びの会を始めた。
小さな小さな集まりだ。
月に一度であっても、
それが互いに暮らしの潤いになればと思っている。

祈り会の日は真夏のような一日だった。
そのせいだろうか?
礼拝とも祈とう会とも違う寛いだ雰囲気でみな明るい。
私の質問から、
会話はどんどん広がって、
ただのおしゃべりになるかと思いきや、
不思議とまた聖書の話に戻っていたり。
それぞれがこの会に期待することを分かち合っていくうちに、
「会の名前は何?」とだれかが言い出した。

エステル、ルツ、マルタ・・・
と聖書に登場する女性たちの名前が色々と出たが、
どれもしっくりこない。
「女ペテロの会」と私が冗談で言うと、
うーん、それがいちばん気分に近いかも、
などと同意が出そうになって焦る。
女ペテロはいくらなんでもねぇ。
というわけで、名前は次回までの宿題となった。

会の終わりに、
少しだけお茶の時間をとって、
まるっきりのおしゃべりをするようにした。
おやつは持ち回りで用意する。
一人200円まで。各自に一個。こんなルールでどう?
と言い出した手前、まずは私が用意した。
コンビニのデザートがこのところ優秀なので、
セブンイレブンのロールケーキにした。
スプーンですくって食べるあれ。
本当はローソンの方が好きなのだけど近場で済まさせてもらった。

いただくのは初めてとのことで、
思った以上に好評でほっとひと息。
コンビニでいいのなら準備するのも大変ではないわね、
とみなもほっとする。
長続きさせるには、負担にならないことは大切だから。

「神田でそれは結構なコーヒーをいただきました」
とYさんが言う。
門構えの立派なクラシカルなお店で、
店主は白いおひげの老紳士だったそうだ。
「一杯500円もするの。
でも、ときには生活に必要なぜいたくですね」
ひとりずまいのYさんは80歳になったばかりだ。
それでどんな味でした?
私が問うと、
「お味噌汁のようにおいしいコーヒーでした」
と答える。
湯気がふわっと立って、
入れたて出来たてのコクのある美味しさは
赤だしのお味噌汁を彷彿とさせたのだとか。
なるほど。
Yさんらしい比喩に思わずくすり。
年代がさまざまに集まったガールズ(?)トークは楽しい。

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by Annes_Tea | 2010-06-18 23:52 | お茶と料理、ときどきカフェ
キリシタンのお茶会

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Have a tea?



ブログとメルの誕生日が11月の同じ週なので、
記念に何かを書こうと思っていたら、とっくに過ぎてしまった。

アドベントも3週目。忙しい。
クリスマスだけではなく、あらゆる仕事が寄せ鍋状態である。
ぐつぐつ煮えれば、いいダシか出るかな?
今ごろになって柿や漆の木がいっせいに葉を落とし、
これでまたひと仕事が増えてしまった。
先週は雨が多く、
落ち葉が泥に埋まって、竹ぼうきではとれない。
朝、見てみぬふりを選んで出かけてしまう。

「牧師館のお茶会」を開いてほぼ1年になる。
この1年間、本物の牧師館では、
お茶会の機会がいつになく多かったように思う。
お茶会と言っても、わたしの場合は紅茶である。
最近はコストコのアールグレイで失礼してしまうが
(濃い目に出してミルクをたっぷり入れると喜ばれる)、
先日、久しぶりに私が長年イチオシで応援している茶葉を
夫の知己へ贈るついでに取り寄せたので、
その週のゲストたちは少しだけ得をした、のかな?

一方で、ブログの方のお茶会は、
残念ながら顔と顔を合わせてとはいかない。
でも、コメントやメールを通して、
まさに今年は一期一会の交わりをいただいた。
新しい出会いに嬉しがったり、
賞味期限がきれそうになっていた友だちとも関係を結び直したり、
顔見知り程度の人と、心を寄せるきっかけになったり。
ブログさまさまである。

心を開いて、気持ちを確かめて、ことばを紡いでいく。
この作業は、お茶を点てることに通じるような気がする。
自分の渇きをいやすためだけではなくて、
相手ののども潤してもらいたくて。
おいしい、と言ってもらえれば最高だ。
ううん、お手前なんて大げさなものではない。
茶葉を使って紅茶を入れるぐらいの感じだ。
たとえ自分のためだけの一杯でも、
紅茶には沸かしたての熱湯を使い、ふたをして蒸らす時間をとる。
それくらいのこだわりは持ちたいと願いつつ、書く。

少し前の話になるが、先月、本物のお茶会に参加した。
こちらは紅茶ではなく、薄茶である。
お茶を点てて下さったのは、裏千家の教授でもあるのだが、
本職は牧師で、キリシタン大名・高山右近の研究もしておられる先生だ。
夫が所属している日本クリスチャンキャンプ協議会主催の今年のセミナーのテーマが
「おもてなしの心」とあれば、お茶会好きのわたしの心が動かないはずはない。
頼み込んで、みそっかすとして参加させてもらった。
お茶会といっても、そこはキャンプ場での話だから、
ドレスコードはジーンズ。テーブルでのお相伴である。
アイリス色のフリースを着ていたためだろうか。
お手前ではほのかな紅色の茶器を、先生からのご指名で手渡された。

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キャンプ場のひと部屋に、こんな茶花が生けられました。


千利休と茶道とキリシタンとのつながりの深さは、
いまではよく知られている。
なにしろ、利休の弟子たち7人(七哲)のうち5人は、
キリシタンである証拠が歴史にはっきりと残っている。
残りの二人も、織部焼きの古田織部と細川ガラシャ夫人の夫だから、
ほぼキリシタンであろうと言われている。
茶の湯の世界でも、これは周知の事実として正式に認められている話らしい。
三浦綾子さんの著『千利休とその妻たち』を
アメリカに移住する知人からいただいて、たまたま読んだばかりだった。
これを読むと、その辺りの概要をつかめて面白い。
今回のセミナーで新たに教えられたことも多かったので、
時間のあるときにでもブログに書いてみたいと思っている。

とりわけ個人的に大発見だったのは、
わたしが学んでいた煎茶道、織田流の祖・織田有楽は、
やはりキリシタンだったと確信を持てたことだ。
わたしが煎茶道に打ち込んでいたのは、教会に通う前のことである。
その後、聖書を読むようになって、
煎茶の教室で学んだ心得に、
聖書と通じるところがあるなぁ、と不思議に思っていたのだ。
織田有楽は織田信長の弟である。
有楽の茶は、抹茶は有楽流、煎茶は織田流として今にいたっている。
「有楽の茶は、客をもてなすをもって本義なす」
と江戸時代から評されてきた。
その有楽の心を受けて、織田流には三つの口伝がある。

その1 相手に窮屈な思いをさせないこと

その2 相手に恥をかかせないこと

その3 相手に満足感を与えること

この3つの教えを、ことあるごとに聞いてきた。
相手を自分よりも尊い者として敬う心は、聖書の心そのものである。
(わたしはいつもこの点、ヘマしてばかりですけれど・・・)。
週に一度、教会へ通う暮らしを始める前は、
週に一度、煎茶道に通う暮らしをしていた。
こんなことにも意味があったのかと思うと楽しい。

アンで始めたつもりの「牧師館のお茶会」だったが、
1年経ってみると、千利休や織田有楽に再会したという次第である。
何にせよ、お茶はいいものですね。

これからも、「牧師館のお茶会」にて、
お寛ぎいただければ、幸いです。

enjoy !

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ステンドグラスの向こうは、下町です。

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by Annes_Tea | 2009-12-15 23:50 | まちを歩く
「叫ぶ牧師夫人の会」
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イベントが終わったら、ゆっくりお茶します。
これは夏の終わりに行った倉敷のカフェ。



台風一過、快晴である。
まだ油断は禁物だけど、とにかく突風は過ぎ去った。
これ、先週の私の状態のこと。
まさに天気と同じように歩んだ一週間だった。

前回のブログを読んでくださった方々から、
温かい励ましをいただいた。
すごいなぁ、ブログって。
実際には一度も会ったことはないのに、
ことばを通して出会い、何かが通じ合うだけではなく、
コメントやメールといったツールを通して、
コミュニケーションまでとれるのだもの。

そして何よりも、
だれかがわたしたちのために祈ってくれているという、
その支えが嬉しかった。
ここ数日、
「遠くて参加できないけど、祈ってます」
ということばを、
それはそれはたくさんいただいた。

「大切なものは目に見えないんだよ」
ほんとだね、星の王子さま。
思い出してしまった、この台詞を。
少しだけチグハグになっていたスタッフの心が、
集まって祈り、
最初の思いに戻ることで再びひとつになった。

台風の前日、隣の区に住む牧師夫人と北千住で落ち合った。
彼女もチラシを配ってくれるというので、
受け渡しを兼ねて、1時間のお茶会の約束である。
わたしは仕事に行く直前で、
彼女は荒川河川敷で炊き出しを終えた帰りだった。
外は雨。レインコート姿で現われた彼女は、
大きな荷物を肩にかけ、まさに今、労働が終わった、
という雰囲気で小走りに店内へ入ってきた。

牧師である彼女のお父さんから始まった炊き出しの働きは、
週に一度、ほぼ休むことなく続けられ、今年で13年目になるという。
わたしも手伝わせてもらったことがある。
食事の準備は前日から始まり、
運搬、配給、
ホームレスの人たちのケア(医者のボランティア、美容師、精神的ケアなど多岐にわたる)、
そして、後片付け云々。
平均して300食、
炊き出しの拠点が激減している最近では、500人が集まる日もあるという。
これを毎週行なっているかと思うと、ただもう頭が下がるばかりだ。
食事をとったホームレスたちから向けられることばは
「なんだよ、また同じおかずか」なんていうのはよくあること。
(わたしも言われた)

感謝なんて期待できないし、もちろんしていない。
でも、河川敷で孤独死する直前に、
この炊き出しを通して教会に導かれ、
その後、
屋根のあるところで家族に看取られたというケースもあるのだ。
たとえそれが1000人に一人いるかいないかにしても、
すべての苦労が吹き飛ぶ嬉しさに違いない。

ひとりひとりに
その人ならではの使命というのがあるものだな、と思う。

話をお茶会に戻すと、
久しぶりに会う同労者同士のおしゃべりとあって、
しゃべる、しゃべる。
わたしが牧師のおかみさんになりたてのころ、
「叫ぶ牧師夫人の会」というのを結成したことがある。
一同に会して絶叫するとかいう恐ろしい集まりでなく、
ただ、そんな名前をつけて面白がっていただけである。
「叫ぶ牧師夫人の会」と口にするだけで、
なんだかおかしくなって、元気が出るのだった。

ありがとう。
イベントを企画するということは、
つまり、プロセスが大切ということ。
彼女との時間を通して、あらためて教えられてる。

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イベント当日まで、このお知らせを毎回、掲載させていただきます。
イベントの詳細の記事はここをクリックしてください。
→http://AnnesTea.exblog.jp/d2009-09-09
→http://www.v4vl-concert.com/ja/2009-09-08-01-4200.html

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お待ちしてます!

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by Annes_Tea | 2009-10-11 00:39 | 牧師館で暮らす
サウンドアートパーティ『etude for goodnews-cafe』開きます

海の日、かまぼこ兵舎の小さな空間を使って、「goodnews-cafe」を開きます。
これはわたしが煎茶道で学んだ「どこでもお手前を」という出前のココロで、
個人的に行なっているカフェ活動です。

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今回は、サウンドアーティストmamoruとのコラボです。
半年間のヨーロッパ滞在でレジデンスや個展を終えて帰国したmamoruが、
19日に恵比寿でイベントを行なうと聞きつけて、下町すみだにも寄り道を願った次第です。
当日は、滞在の様子の紹介や、最近取り組んでいる「etude」(*下記参照)
というシリーズのサウンドパフォーマンスをしてもらう予定です。

ひとつの空間の中で、人と音がつながり、そして人と人がつながる。
そんな新しい音を体験してみませんか?
ごくごく小さな集まりです。友だちの家へ遊びに行くような感覚でおいでください。
まだ数名、余裕がありますが、準備の関係上、前日までにご予約ください。

当日は自転車部プロデュースのあの「かき氷自転車」も出動します!


●日 時:2009年7月20日(月・海の日) 15:00〜(14:30開場)

●会 場:墨田聖書教会
    〒131-0031東京都墨田区墨田3-19-4
    www.jobsumida.com/(地図があります)

●入 場:1000円(カフェ代含む)

●内 容:サウンドアーティストmamoruのパフォーマンス、トーク、カフェ他  

◎お問い合わせ&ご予約:(前日までにご予約ください)
このブログの左側のバーから、氏名、人数、連絡先をご記入の上、メールを送ってください。

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mamoruの活動についてはココ↓
 http://www.afewnotes.com

etude って何 ? (by mamoru  http;//www.afewnotes.comより)
「捨てようと思って、くしゃっと縮めたサランラップが、元へ戻ろうとかすかな
音をたてているのを聞いた。もう10年近くも前のことだ。なんてことはない音
、でも気になって録音して、他の音に混ぜたりしていた。もともとそういう他愛
もない日用品が発する音を「使って」作品を作っていたのだけど、耳を傾けるう
ちに「そのこと自体」を作品にしたいと思い、etudeを書きはじめた。1年程前に
サランラップを小さなアクリルキューブにおしこみ、宝石箱に収めた。他にもヘ
ッドフォンのようにしてみたり、ガラス瓶に詰めたり、ライトボックスにおいて
みたり。これがetude no.12。

音を通して「日常」を読み替え、そのアイデアをいろいろな形にして伝える、ア
イデアを誰かとシェアすることで予想だにしない新しい価値の可能性、人との関
係が生まれる事もある、そんな練習曲、etude for everyday objects。 」

*「etude」:練習曲。音楽ではアイデアを体現する小品の意味もあり、ひとつの
ジャン ルとして成立し、重要な作品も多い。

         ↓
参考までに。mamoruの恵比寿でのイベントのリンク/関連作品画像などあり。
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by Annes_Tea | 2009-07-16 00:04 | お知らせ(イベント他)
『赤毛のアン レシピノート』に挑戦(ショートブレッドの巻)

赤毛のアン レシピ・ノート―L.M.モンゴメリの台所から

L.M. モンゴメリ / 東洋書林


先日、赤毛のアン講座に参加した。テーマは「赤毛のアンの料理」。
わたしの好きな『赤毛のアン レシピ・ノート~L.M.モンゴメリの台所から』
(東洋書林)の翻訳者、奥田実紀さんが先生である。
奥田さんはフリーライターとして、赤毛のアン関連の著書も多い。

昨年も一度だけ、やはり奥田さんの講座に参加させていただいた。
そのときは、テーマが「アンシリーズ」だった。
本当は料理の回に参加したかったのだけれど、
日程が合わずに残念、残念と思っていたところ、
今回も、奥田さんのブログで、なんと開講前日に講座を発見。
やたっ!  いつもながら慌ただしい申し込みだ。
とにかく参加することができた。ありがとうございます。

講座では、ひと通りアンに出てくる料理を確かめながら、
プリンスエドワード島(PEI)の食事情について、
現地の滞在体験から詳しく語ってくださった。
PEIの(というかカナダの)マクドナルドは肉も野菜も現地調達の恩恵で、
日本とは比較にならないほどおいしいという。
マックがおいしい?
結婚した当初からわがやでは、
マックに入るぐらいなら我慢しようという暗黙のルールがあるので、
マックがおいしいと聞いて過剰反応してしまった。
しかも、シーズンになると、地域限定メニューとして
ロブスターバーガーが登場するらしい。
食べてみたいではないですか、これ。

興味深かったのは、PEIのお茶の入れ方である。
鍋にティーバッグを放り込んだと思ったら、煎じ薬さながらぐつぐつ煮出す。
さらに強烈なのは、ミルク代わりに入れるのはなんと練乳(エバミルクだったかな?)。
あ、でもこれは美味しそうだわね、
と参加者一同、妙に納得してしまった。

イギリスへ紅茶をめぐる旅をしたときに痛感したのだけれど、
現地での紅茶の入れ方はじつにおおざっぱだ。
高級ホテルのアフタヌーンティはさておき、
ふだんの暮らしのお茶というものは、そういう性質のものだと思う。
日本紅茶協会で学んでいたときは、
ティースプーンの位置はソーサーの前か後ろか、
ティーサンドの薄さは何ミリがいいのか、
とまあ、重箱の隅を文字通りつつくような質問が相次いで、
わたしも一緒になって真剣にメモをとったことを覚えている。
あの紅茶に対する几帳面さは、日本の文化の一面かもしれない。
それは少しもむだにはなっておらず、
ああいう質問に必死になっていたころを経たから、
今は自信を持って、
ゆるい気持ちで日々お茶を入れる暮らしがあるのだろう。

講座の最後に、
『赤毛のアン レシピノート』でおすすめレシピを教えていただいた。
簡単でおいしいという点であがったのは、
スコッチ・ショートブレッドとフレイザー夫人のサンドウィチ。
というわけで、
ようやく休日の午後に作ってみました。

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本では25センチ角のブリキ型になっていましたが見当たらないので、オーブンの天板を利用して切り分けたものです。結果、くずれやすくぶかっこう。ガラスビンに詰めてごまかしてあります。お菓子、だめなんですよねぇ。



●作ってみた感想は?
『赤毛のアン レシピノート』は、料理上手なモンゴメリの実際のレシピ帳をもとに7つの食のシーン別にまとめた本です。1900年代当時のカナダの料理法のほかにも、教会生活の様子などが垣間見えて、牧師の奥さんという同労者として、たいへん興味深い内容です。


わたしは料理は好き。でも、特別自信があるわけではなく、ましてお菓子はだめだめというタイプです。お菓子を作るには、あまりに大ざっぱな性質のせいだと思います。

それはそうと、料理の腕はともかく、人のレシピを読むのは大好きです。レシピって、人柄がよく表れるのですよね。作りたくなるレシピ、気が合わないレシピ、いろいろあります。いいなぁ、と思うレシピの当人にお会いしてみると、やはり共感できる方が多い、というのが結論なんですけど。

モンゴメリに関して言えば、まだ語れるほどレシピとつき合っていません。でも、その生き方を読めば読むほど、共感できるところがほとんどないんですよね。だけどアンという作品は好き。これこそアン・シャーリーの不思議だと思っています。


今回のショートブレッドは、本の中では、「ふるさとのお気に入り」という分類に入っているレシピです。材料はバター、ライトブラウンシュガー、小麦粉、塩とこれだけ。ショートブレッドのよい点は、材料がごく簡単なところにあると思います。ただ、生地を打ちつけてこねるという作業が含まれており、これはふだんわたしが好んでいるレシピにはないものでした。

わたしが好きなレシピは、ただ材料を混ぜ合わせて、底が抜けるタルト型に詰め込むというだけのもの。生地を30分寝かすというレシピもよく見かけます。でも、こねるというのは・・・。実際にこねようとしてみると、生地がやわらかくてべたべたしてたいへんでした。この手間はなぜでしょうかね。日本のレシピでは、上新粉も加えて出来上がりの食感をよくするのを好むようなので、この違いですかね。

感想としては、1900年代のレシピよりも現代のものの方が簡単だなという当たり前のことでした。
ちなみに、一切れ食べた家族の感想は「ホットケーキの方がおいしいねぇ」でした。むむ。もろもろしたショートブレッドは、紅茶と一緒に味わって本当においしさがわかるのよ、と演説してみたりして。わたしは好きな味でした。なにしろバター1カップ分を使うのです。おいしくないはずがありませんよね。

またアン活動の中でほかのレシピも実験してみます。

アンが愛した聖書のことば

宮葉子/いのちのことば社

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私の新刊もアン活動のおともにぜひ。アンが100年以上経た今も愛される理由を読み解いてみました。


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by Annes_Tea | 2009-04-27 16:39 | 赤毛のアン
ティーポット考察


↓今回は600ccというやや小さめにして正解でした。場所をとらず、ふだん使いにおすすめです。中国茶にもいい大きさです。

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e0165236_20502816.jpgそろそろちゃんとしたティーポットを買わないといけない。そんなことを思っていたにも関わらず、結局、ガラス製のポットを買ってしまった。しゃれているとは言えないけれど、丈夫で扱いやすい。お湯の分量がひと目でわかる。なんと言っても嬉しいのは、熱湯を一気に注いだとき、茶葉が元気よく跳ね回る様子が見えるところだ。

20代で紅茶にはまっていたころは、紅茶を入れてもらえる? とひと声かけてもらえれば、どこへでも出かけて行った。紅茶の出前と称して、知り合いのホームコンサートでは、演奏後によくティーサービスをさせてもらった。そのあげく、チェンバロの演奏にあわせて、紅茶手前(?)の披露までした。
開演前、演奏家に念を押された。
「ここで紅茶を入れることは当たり前のことなんだという顔をしてステージに立ってほしい」
この考えがしごく気に入ったので、はいわかりました、とふたつ返事。客入りの時から、チェンバロの隣りを陣取ってすまして立ち、しゅんしゅんお湯を沸かしながら、当然でしょ、と本番では気取った顔をしてみせた。サントリーホールだとか、大きなところでよく演奏をしている人なのだけど、気さくで本当に面白い人だった。ああ、あのころの紅茶にかける情熱といったら。20代、だもの。

そんなわけで、ティーポットにもそれなりにこだわりがある。いや、あったのだ。でも、初めて自分のお金で買った丸型のブラウンバディの口が割れて以来、探そう探そうと思ったまま今にいたる。そうして、つなぎに買ったはずの質実剛健なガラス製のポットの時代が続いている。そういえば、昨年、日本橋三越で開催された赤毛のアン展で、モンゴメリが大切にしていた客用ティーポットというものを実物で見た。思った通り、上品で線が細い姿をしていた。招かれたお宅で、あんなポットでお茶を注いでもらえたならば、それはそれは優雅で嬉しいだろうな。でも、わたし自身が持つとしたら、ぽてっとした風合いがいいし、少なくとも花柄は避けたい。

結婚した時には1200ccのタイプを4個も持って牧師館にやって来たのだが、教会と兼用にしていたこともあって、半年くらい前についに最後の1個が割れて、不便な思いをしていた。今回は初めてハリオの製品にした。電子レンジ対応という売り文句にやられたわけだ。これまでは、なんとなくメリタびいきだった。中でもメリタのストレートポットシリーズがすっきりしていい。ドイツのメリタの創業話に物語性を感じて好きになった。主婦が夫のために考案したペーパードリップがそもそもの始まりだという。でも、紅茶ではなく、コーヒーの話なんですよね、これ。似たような名前の会社にカリタがある。こちらは日本の会社のようだ。カリタの製品も、合羽橋で安く買って使ったことがある。メリタもカリタもハリオも、ともに三文字だ。どこか似たような響き。マーケティング戦略でもあるのだろうか。

このポット、思った通り使いやすい。それに、茶葉のダンスがかわいいこと。くるくる、くるくる。やがて、すとん、と底に沈むのだ。それから数分待って、カップに注ぐ。ゆったりとした時間。そうえいば、ちょっと、最近、雑な感じで暮らしていたかもしれない。
紅茶に初心を教えられた午後のひと時でした。


e0165236_2040834.jpg←夫が中学時代から使っているコーヒーミルです。子どもたちはみな、この機械を回すのが大好き。
粉になったコーヒーに指をつっこんでいつまで触っています。コーヒーは夫の領域なので、わたしは感謝していただくだけ。

e0165236_2043290.jpg→季節限定のチョコレートラズベリーブリスを見つけました。チョコレートにbliss(至福)ですから、バレンタイン向けなのでしょうね。ミルクとも相性がいいですよ。でも、男の人は好きではないかも、この味。
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by Annes_Tea | 2009-02-05 20:58 | お茶と料理、ときどきカフェ
続・ある日、家がなくなったら?


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←寒くなってきましたね。朝、わがやの柱時計がよく止まります。手巻きの柱時計って、気温が10度を下回ると、動くのを止めてしまうことがあるのだとか。本当ですか? 機械とは会話をしないとね、と言いながら、忙しい朝の時間にせっせと夫がねじを巻いています。



e0165236_0293426.jpg年越し派遣村の働きが、少しずつでも進んでいるようですね。すごい、すごい。専門知識と志のある人たちが集まってひとつになる時、状況を動かす力が発揮されるものなんだな、とあらためて。ただ、“最後の一人まで”となると、本当に大変なことだと思う。今回の働きの中心をになう「自立生活サポートセンター・もやい」については、わたしも昨年ネットで調べたことがある。いよいよ相談に行こうかしらと思っていたところ、事態が急展開をして行かずに済んだ、という話を少し。長いのですが、おつきあいください。

ことの発端は、「どうしよう、家がなくなっちゃう」というSさんのひと言だった。いつものように朗らかな雰囲気で祈り会に来たSさんだったが、分かち合いをしている時に、こんな発言が飛び出したのだ。個人的なことなので、詳しくは話せないが、要点はこうだ。都営住宅の更新時期がきたので、いつものように手続きに行ったところ、窓口の人が書類をあれこれ見たあげく、ひと月以内に部屋を明け渡すようにと、突然、勧告されたという。えっ、そんなことあるの? ひとり身のSさんは、終の住処として15年ほど前から都営住宅で暮らし続けてきたのに。

今でも時々仕事をしている元気なSさんだが、さすがに80歳近いので、話の筋がこんがらがって、今ひとつ状況と問題点がつかめない。翌週、再び祈り会に来たSさんに状況を尋ねてみると、立ち退き期限が刻一刻と迫る中、どうしていいのかさっぱりわからずにいるだけのようだった。おせっかいを焼かせてもらっていい? Sさんとも話し合って、まずは都営住宅の仕組みからネットで勉強してみることにした。同時に、都営住宅に詳しい人を探す。このあたりは、だれかが困った時に奮起するクリスチャンの特性のうれしいところ。良きサマリヤ人ならぬ、良きおせっかい人がたくさんいるのですね。ほどなく専門知識を持つ人と連絡がとれ、おかげでSさんの状況がだんだんと見えてきた。

簡単に言うと、使用継承権にからんだことだった。名義変更をすれば住み続けられる可能性はありそうだったが、それにしても手続きやら書類やら、複雑過ぎてわたしの頭でもなかなか理解できない。まして、高齢のSさんが、窓口で通りいっぺんの説明を受けてもわかるはずがない。Sさんは経済的な理由から新聞をとっていないし、テレビもない。インターネットなんてもちろんない。派遣村に来た人たちは、新聞やネットで情報を知ったとインタビューで答えていた。でも、高齢者の場合、そういった現代のライフラインを持たないことも多いのだから、よくわからないまま突然家を失うこともありうるわけだ。

ある時から、都営住宅の使用継承の基準がとても厳しくなり、母子家庭などは窮地に立たされているらしい。ただし、特例があり、Sさんは高齢者ということで使用継承権を獲得できそうなこともわかってきた。どうする? とにかく二人で一緒に窓口に出かけることにした。それにしても、わたしたちの関係を聞かれたらどう答えようか。Sさんは「教会の牧師夫人です」と答えると言う。たぶんそれって何よ、と言われるのがおちだろう。本当のこと、つまりわたしたちは友だちなのだと言えばいいよね。

e0165236_0303450.jpgどう見てもでこぼこコンビの二人が都営住宅の窓口に行くと、怪訝そうな顔をされた。そうして、Sさんを見るや、「退去でしたよね。今日は手続きですよね」と言う。そうじゃなくて、住み続けたいので来ました、と私が言うと、相手はますますわたしを不審そうに見る。でも、関係までは聞かれずにすんだ。Sさんと立てた作戦はこうだ。ことばを控えること(うるさがられないように)。でも、住み続けたいということ、他にはどこにも行く場所がないということだけは、力強く、きちんと伝えること。もうひとつ、窓口の相手に対して、感謝を示すこと。最後の一つは、ヘンテコな作戦だけど、係の人に親身にかかわって助けてもらわなければ、わたしたちの半端な知識ではどうにもならないからだ。

最初、窓口の人たちとのやりとりは難航をきわめたのだが、とにかくこの作戦を忍耐強く続けていくうちに、なんと、風向きがあるところで変わり始めた。要するに住み続けたいわけですね、とか何とか言い出したのだ。なんで気が変わったのかな? そうして、結果を言うならば、大団円でめでたし、めでたし、である。結局、この日から2か月近くかかって、Sさんは使用継承を認められた。

でも、この日の窓口で思い知らされたのは、係の人たちは、住宅に困っている人のために存在しているわけではないということだった。こちらからしつこく尋ねなければ、住み続けるための方法を教えてもらえなかったし、たとえその方法を聞いても、高齢者には内容を理解することがとても難しい。わたしの隣で話を聞いていたSさんに後で聞くと、ちんぷんかんぷんで、さっぱりだったと言っていた。そうよねぇ。本当に難しい話だったよね。それに、「わたしたちは○○さんが住み続けられるように勧めているわけではありませんからね。ただ情報を伝えているだけです」なぁんて、念を押されたし。都営住宅って、いったいどんな志で存在しているんだろう。まあ、相手が何と言おうと、とにかくわたしたちの作戦を完遂すべく、最後は、しつこくしつこく係の人にお礼を言って、二人で手をとりあって喜んで見せた。もちろん本気で安心したのだけど、ちょっと大げさだったかな。

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今日、そのSさんと久しぶりに会った。本物の終の住処となって、今年は部屋の大掃除にはりきっている毎日なのだとか。幼稚園からもらったアップライトのピアノがあるというので、きれいに片付いたらピアノを弾きに行かせてね、とわたし。今年はSさんの家でお茶会ができそうだ。楽しみ。



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↑メルの第二のおうちは車の中。車の中にいると安心する様子です。わたしは中学時代、車の中だと暗記がはかどるので、期末試験前、車にこもったこともありました。変ですかね。
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by Annes_Tea | 2009-01-15 00:41 | 牧師館で暮らす


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