下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

『赤毛のアン』の講演や読書会ワークショップ、執筆依頼などは、下記のメールにてご連絡ください。







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東京ホタル、満月の夜に
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大雨を懸念して、いつものデジイチではなく、
久しぶりにデジカメを持って行った。
ISOを最大にしたものの、やはりこれが限度?
東京ホタルの夜。帰りがけに桜橋から撮影した。
10万個のLEDをホタルに見立てて隅田川に放流するというコンセプトだ。
それはそれはみごとな光の風景だった。
のんびりと見物というよりも、
大規模な撮影会のようだった。
どの人の手にも、携帯、携帯、携帯、デジカメ。

きれいだけど、やっぱり気になる。
ホントに、10万個を残らず回収できるのかしらん?
言問小学校の生徒たちが回収すると伝え聞いている。
本当ならばかなりアナログだ。
桜橋から川面をのぞき込むと、
船から大勢でLEDをせっせと投げ入れているのが見えた。
ホタルよりも、
こういう人たちの方に気を取られて眺めてしまう。
表舞台よりも、
いつも気になるのは裏舞台の方なのは性分かな。

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これは吾妻橋寄りから見た風景。帰ってからFBを見ると、地元つながりの人たちがみな、同じような写真をアップしていて面白かった。

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フルムーンのせいか、スーパームーンのせいか、スカイツリーが点灯されたせいか、まちは不思議な高揚感。浅草から自転車で駆け抜けながら、昔昔見た『台風クラブ』という映画を思い出した。
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by Annes_Tea | 2012-05-07 22:16 | まちづくり
まち見世さんぽ「知られざる墨東キリシタン史」
これは浅草教会の120年史。プロテスタントの宣教の歴史が150年ですから、すごいこと。キリシタン史を追うと、日本人という民族の特徴がある意味よくわかります。浅草教会の最初の会堂は日露戦争時代、暴徒たちによって焼き討ちの憂き目に。
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墨東まち見世2011、まち見世さんぽのトリとなる
「知られざる墨東キリシタン史」がいよいよ日曜日の午後開かれます。
日曜日ですから、礼拝の後、大急ぎで支度をして案内人となる予定です。
天気がよければ、教会の方も参加したいな、と言ってくれました。
ただ、今のところ雨っぽいですよね。
その場合、翌週の土曜日に順延します。

ぜひこの機会に、墨東の端っこを歩きにおいでください。

日時:11月20日(日) 14:30〜16:30pm
集合は東武伊勢崎線鐘ケ淵駅西口改札集合
詳細は http://machimise.net/sanpo.html(要予約)
*雨天の場合11月26日(土)14:00〜16:00



このイベントを読売新聞の記者さんが見つけ出して下さり、
事前取材においで下さいました。
今朝の読売新聞の地域版に、
週末のイベントクローズアップとしてこのツアーが紹介されました。
我が家は朝日新聞なので、まだ見ていないのですけど。
知り合いから、ぼつぼつと、見たよ、という報告が。感謝。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

少しばかりツアーの内容のご紹介です。
(見どころ)


★鐘ケ淵のまちは明治から昭和にかけて、
カネボウ(鐘ケ淵紡績)のいわば城下町のように栄えました。
カネボウの広大な敷地内には鐘ケ淵教会が建てられ、
そこに幼児教育の専門家として派遣されてきたのが
キュックリヒさんという若い女性の宣教師でした。
今回のツアーは、その彼女の軌跡を辿りつつ、
途中、汐入も一望し、
玉ノ井(廃娼運動を推進したのが当時の教会でした)を通り、
墨田聖書教会をゴールとします。


★キュックリヒさんは赴任してすぐ関東大震災に遭い、
カネボウも 瓦礫と化しました。
彼女も帰国を考えましたが、
牧師たちの献身的な働きに感激し、
ともにいわゆる炊き出しに明け暮れたそうです。
また、まちの人たちがバラックの前に箱を置き、
その中で植物を育 てているのを見て、
日本人のしなやかでたくましい心に感動をして日本に踏みとどまる
決意をしたという話も残っています。
まさに路地園芸の歴史!


★戦後は、埼玉県加須市に移り、
戦災孤児の孤児院から出発し、
今では高齢者の施設までを含む大きな働きの実を結んでいます。
もちろん、それら社会福祉法人の施設の真ん前には、
美しい教会堂が。愛泉教会と言います。
72歳で加須の名誉市民となり、
市民葬までしてもらいました。
残念ながら、
20年以上も暮らした鐘ケ淵には目に見える形で の痕跡はありません。
数年前まであった宣教師館もカネボウの崩壊とともに取り壊されてしまいました。

伝えていくことの大切さを思います。
ライフワークとして取材を続けていこうかしら、
とあらためて思わされています。
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by Annes_Tea | 2011-11-18 21:11 | お知らせ(イベント他)
2011年11月3日(祝・木)妄想自転車部カフェ開きます
このタイトル、すごいでしょ?

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今年の秋も、墨東まち見世に参加します。
自転車まち走りとともに、一日だけのカフェを開催。
私は今回もカフェ隊長をつとめます。
自転車部のメンバーがいつの間にやら12人にもなっています。
ぜひ遊びにおいで下さい。
なにしろ、名作かき氷自転車に次ぐ、新作発表(プロトタイプ)ですから!
自転車でコーヒー豆を挽きますよ。うふふ。
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by Annes_Tea | 2011-10-29 02:47 | お知らせ(イベント他)
ヴォーリズ建築をめぐる旅 ♯7 (クラブハリエ日牟禮カフェ)
これで最終回です。
最後は美味しい写真をお裾分け。
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クラブハリエというのは地元で人気の洋菓子店です。平日にも関わらず、店内は観光客でごった返していました。前日までに予約をすると、ヴォーリズ建築の特別室を貸し切りで利用できます。夕食代わりと言い訳をしてこんなに贅沢をしてしまいました。和栗を使ったモンブランと焼きたてバウムクーヘンです。

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私が案内されたのは小さな図書室でした。図書室でお茶をしながら好きなだけ寛ぎ、写真を撮らせていただくことができました。それなのに今、その部屋の写真が見つからないので、とりあえず2階のお部屋をご紹介します。太陽の光がふんだんに差し込み、風の通る空間。やはりヴォーリズです。

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階段にもヴォーリズならではの工夫が。蹴上げが低く、踏面の広い設計。使う人の身になって、どのような年代でも安心して歩けるサイズです。最初の一段目の大きな丸いコーナーは、ほとんどの建物で見ることができました。

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カフェになる前は、個人のおうち。スパニッシュスタイルの和洋折衷式住宅だったようです。ヴォーリズ特別室は4つの趣の異なる部屋の一室をカフェとして予約できます。前日までがお約束ですので、旅に行かれる方におすすめします。この部屋を後にし、私は長浜へと移動しました。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

先週、近江兄弟社からいつものように「湖畔の声」という小冊子が届きました。
その巻頭の文章にはヴォーリズ語録からの小文が載っています。
少し引用をして紹介させていただきます。

「ヴォーリズ先生は、『日本には昔から良い字があります。
協力の協という字です。
三つの力の内、上の力は神の力、下の力は民衆の力。
然し、それでも力不足の時には真剣に神に祈りなさい。
と十字架がつけられている。』と話された。」(湖声社発行)



私も子どもたちを教えるとき、
協力という字の成り立ちを伝えるようにしています。
でも、十字架のことには気付きませんでした。なるほど。

ヴォーリズの住宅作りの中心にはいつも食卓があります。
暮らしの真ん中にあるのは、食を囲む団欒。
自宅のリビングにも大きな大きなテーブルがあり、
その脇には愛用の足踏みオルガンがありました。

音楽と食と語らい、そして何よりも祈り。

食卓の壁には自筆の書が掲げられていました。
それには「神の国」とあります。
大きく力強い字で。

神さまから目を離さず、
みことばからぶれない人生。
今回、建築を通して生き様に触れる中で、
そこがヴォーリズの最大の魅力だと感じました。
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by Annes_Tea | 2011-10-23 23:29 | まちを歩く
ヴォーリズ建築をめぐる旅 ♯6(池田町洋風住宅街)
このシリーズも、そろそろ終わりにしようかと思います。
現実世界では、10月22日(土)から墨東まち見世2011が始まります。
今年は11月20日(日)の午後、まち歩きの案内人をいたします。
ほかのまち歩きとは毛色の違った内容です。
「知られざる墨東キリシタン史を歩く」というタイトル。
日本の幼児教育に貢献したキュックリヒ女史の人生を軸に、
キリストの愛の軌跡をたどる2時間コースの内容です。
彼女はヴォーリズよりもう少し後に活躍しました。
まちのために愛の種を撒いた先達たちの働きを掘り起こすのが
ライフワークのひとつになりつつあります。
こちらで詳細をご覧下さい。(10)番目のツアーです。
ライター名(旧姓)ではなく、本名で出てます。

↓墨東まちみせさんぽ



池田町洋風住宅街の一角。
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看板まで立っているので、観光スポットとして歩いていいわけでしょうが、そこは個人の住宅ですから、遠慮しつつほんの少しだけ撮らせていただきました。細部にも興味深いところがたくさんありましたが、目で見て記憶するに留めました。私も教会暮らしゆえに、外に出ると会堂の写真を撮っている人に出くわすことがあります。撮られる側の気持ちを知る者としてのマナーですかね。

上の写真は、1921年完成の旧ミッションダブルハウスです。ダブルハウス、つまり二世帯住宅のこと。建築当時は、アメリカから呼び寄せたヴォーリズの両親と建築事務所の技師が入居したようです。ヴォーリズ建築の基本的な外観の特徴であるアメリカ伝統的なコロニアル洋式、赤レンガ、モルタル塗りスタッコ仕上げ。建物の周りに風通しを考えて樹木を植え、その木立がフロントガーデンから玄関への動線となっているのもヴォーリズ式です。

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やっぱり煙突。ヴォーリズ建築のデザインは基本的に洋風ですが、日本の気候風土に合わせた合理性と実用性をうまく融合させているのが特徴。

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例のホフマン窯で焼いた膨張レンガもふんだんに。

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今回、実際にヴォーリズ建築で暮らしておられる方を紹介していただきました。初対面にも関わらずおうちの中へ招き入れて下さり、応接間でずいぶんおしゃべりしました。食卓や階段などを見せて下さり、ここの写真は撮るといいよ、などと勧めて下さったり。なんとまあご親切な。写真をブログに公開するのは憚られますので私だけの楽しみにしておきます。でも、このドアノブの配慮、つまり中と外の違いにヴォーリズらしさが出ているので、特別にお裾分け。

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窓や灯りに、個性的なステンドグラスが配されていました。じつはこれ、心斎橋大丸百貨店の食堂にあるものと同じ。あそこはヴォーリズ設計事務所の作ですからね。

   
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by Annes_Tea | 2011-10-20 21:59 | まちを歩く
ヴォーリズ建築をめぐる旅 ♯5(ヴォーリズ記念病院)
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聖路加病院の日野原医師が100歳になられましたね。
牧師の息子さんとして、
幼いころから聖書に親しんでこられたことと思います。
先生の発言をうかがっていると、
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。
わざわいの日が来ないうちに、
また「何の喜びもない。」と言う年月が近づく前に。」
という聖書のことばを思い出します。
何を土台として生きてきたかという真価が問われるのは高齢になってからこそ。
この事実を、教会の働きの中でもよく見せていただいています。
聖書のことばからぶれずに、
感謝、感謝と言いながら生ききりたいですよね。
今回ヴォーリズの生きざまに触れてこんなことを考えました。
たくさんの人の生死を見てきた病院という建物には、
人生をあらためて考えさせる独特な空気があります。

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ヴォーリズ記念病院の中にある礼拝堂です。現在も使われています。基本的には、病院内は利用者以外は立ち入り禁止です。今回は、敷地内にあるツッカーハウスの保存再生運動の責任者との出会いがあり、建物の外側だけを一周させていただきました。

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ツッカーハウスです。結核の療養所として1918年に建てられました。当時の日本では、結核は不治の病いとして恐れられ、各地に療養所が建てられましたが、このように私立のものは珍しかったそうです。ツッカー女史の多額の寄付によって実現しました。現在は朽ちてしまい、これから保存再生が始まるとのこと。

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ツッカーハウス以外にも、旧五葉館という有名な建物がありますが、そこまで入ることは憚られたので写真はありません。5室の病棟が楓の葉のように五方向に突き出ていることから命名されました。ツッカーハウスともども、太陽の恵みを存分に受けられる造りになっています。窓のヴォーリズですからね。ここでは病気だけではなく、病人をも癒したと言われています。この違い、わかりますか?

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11月にある瓦掃除のボランティアにまた来て下さい、とお誘いを受けました。うーん、行きたいけれど、ちょっと遠い。
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by Annes_Tea | 2011-10-18 22:31 | まちを歩く
ヴォーリズ建築をめぐる旅 ♯4 (旧八幡郵便局、市立資料館)
夏の旅から時間が経ってしまいましたが、
せっかくブログにアップし始めたのでもうひとがんばりしてみます。

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これがホフマン窯の遺構。現在、日本には5基ほど残っているそうです。そのうち2基は重要文化財に指定されているので、歴史的に意味のあるものなのでしょうね。これはたまたま川下りをしている小舟を追って自転車を走らせていたら、突然、手つかずのような原っぱに出くわし、不思議な空気感に引き寄せられて進むと、そこに、でん、とそびえていました。すごみすら感じます。時代の厚みでしょうか。見学してみたいものですが、今のところ立ち入り禁止。

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旧八幡郵便局。写真が傾いていますね。トリミングしたのですが、うまくいかず失礼。八幡で最初の郵便局です。1921年にヴォーリズによって増築設計されました。朽ち果てて原型を失っていたところを「NPO法人ヴォーリズ建築保存再生運動・一粒の会」が再生に取り組み、現在も進行中。ヴォーリズ建築の価値が見直された保存運動活動出発の記念碑的な建物。

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スパニッシュスタイルの和洋折衷の寄棟屋根。ヴォーリズ初期の建築としても貴重なのだとか。
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あ、ヴォーリズだな、と思わせる窓。

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2階はまだまだ再生中。

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ここからは市立資料館です。1886年に八幡警察署として建設され、1953年にヴォーリズが改修設計をしました。全景はうまく撮れなかったのでありません。あしからず。パンケキーレンズだけで撮りましたので、望遠機能はないのです。でも、ヴォーリズ建築で気になるのはとくに細部。窓やドアノブ、煙突などなど。それにはこのレンズが似合うように思いました。警察署だった証しでしょうか。隣りには小さな交番がありました。パトカーわかりますか?


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この辺りの建物の2階からは、どこからも八幡山が見えます。迷子になっても山で方角を確かめられるので安心ですね。こういうところは、私が育った神戸のまちと感覚が似ています。

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by Annes_Tea | 2011-10-16 22:39 | まちを歩く
ヴォーリズ建築をめぐる旅 ♯3 (ハイド館、ヴォーリズ記念館)
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琵琶湖東岸にある滋賀県内最大の内湖が西の湖。ここはネイチャーツアーのメッカです。星降る夜も夢ではありません。この季節、夜は見たこともない数のツバメたちが帰ってきます。サイクリングロードもいいですよ。ここから市街地に向かって下ると、近江兄弟社学園があります。

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旅のプロローグで、塀にある十字架ののぞき窓を紹介した近江兄弟社学園です。赤レンガと門柱は、ヴォーリズ建築のシンボル。ホフマン窯で焼成されたレンガの中から、焼き過ぎで膨張した規格外のものを利用。賢くリサイクルはヴォーリズの知恵ですね。

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ハイド館の窓。国登録有形文化財。幼稚園教育の場として使われていました。以後、神戸女学館などたくさんのミッションスクールを設計したヴォーリズの原点とも言える教育の場でしょうか。今も教育施設として使われています。建物の中では、係の方が建物の概要を説明して下さいます。

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真ん中に展示されているのは、ヴォーリズが日本に船旅で来た時のトランクです。

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八幡山から眺めた市内。近江兄弟社学園の赤レンガ色の建物群が、そこだけ島のように浮かんで見えます。当時の人たちは、このモダンな建物を見て、何を感じたのでしょうね。



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ヴォーリズ記念館。幼稚園の職員寮として設計され、後にヴォーリズが奥さんの満喜子さんと天に召されるまで暮らしたおうちです。現在はヴォーリズ記念館として、予約をすると見学ができます。オフシーズンの平日にも関わらず、15人くらいの女性たちが訪れていました。

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ほら、ここにも例の煙突が。

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ヴォーリズ建築を撮ってみてわかったことがある。
きめきめの写真には、どうしたってならない。
例えばフランク・ロイドの建築などは、
素人のわたしが撮っても、それなりに雰囲気良くきまるのだが、
ヴォーリズの建物は同じようにはならない。
それは、人が暮らすための建物で、
しかも、今なお暮らしている建物が多いからではないかと思う。
人が暮らす場というのは、そんなきめきめでかっこうよくばかりはいかない。
生きていく、暮らしていく、というのは、
基本的にはかっこう悪いものだ。
飾らないありのままを包んでくれる包容力を感じる空間なのだ。
写真集で見て楽しむ建築ではない。
実際に訪れて、その中に佇んでみると、
ヴォーリズの視点の優しさ、
例えば階段の幅や丸み、洗面の高さなど、
その愛の広さ深さ高さ、そして茶目っ気がわかる。
古くても大切にされている建物は幸せだ。
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by Annes_Tea | 2011-10-14 20:54 | まちを歩く
ヴォーリズ建築をめぐる旅 ♯2 (近江八幡教会、アンドリュース記念館)
近江八幡教会は、旧市街のほぼ真ん中にあります。北にそびえる八幡山とともに、高い塔の天辺にある十字架が目印となってわたしを旅の間、導いてくれました。
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近江八幡市内には、24のヴォーリズ建築があるそうだ。
ただし、自転車でガイドして下さった方によると、
これもそうではないかと言われている建築を含めるともう少しあるのだとか。
それらはみな個人の住宅なので、
自転車でわざわざルートをとって通過して下さった。

というわけで、
いつの間にやら、近江八幡市内ヴォーリズ建築全制覇を遂げたらしい。
(などと心もとない書き方をしたのは、
まちの輪郭をとらえる前に、ひたすら先導して下さる自転車についていったもので。
後でうかがうと、その方は体育会系自転車部タイプのようでした。
わたしは家庭科系自転車部ですからね。必死でした。)

手元にある地図(NPO法人一粒の会発行)を頼りに、24の建築をご紹介。
ただし、個人の住宅も多いですし、立ち入り禁止の場所もありますので、
くれぐれも事前に調べて訪ねてみて下さい。

ヴォーリズ記念病院内(1〜3)
 1ツッカーハウス
 2旧五葉館
 3礼拝堂
 ・・・・・・・・・・・・・・・・
 4恒春園
 5滝川邸
 6クラブハリエ日牟禮カフェ(要予約)
 7近江兄弟社ハイド館
 8ヴォーリズ記念館(要予約)
 9旧八幡郵便局
 10旧岩瀬邸
 11アンドリュース記念館
 12旧近江八幡兄弟社地塩寮
 13八幡商業高校
 14市立資料館
 15旧ミッションダブルハウス
 16旧ウォーターハウス
 17吉田邸
 18石橋邸
 19内炭邸
 20前田邸
 21浪川邸
 22柿元邸
 23宮川邸
 24近江金田教会

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近江八幡教会は、3度の建て替えを行っているそうです。これはヴォーリズによるものではなく、ヴォーリズ建築事務所の設計によるもの。ですから時代的には新しいですね。夜の祈祷会に参加させていただきました。今回の旅の素敵な出会いの数々は、祈っていただいたおかげですね。

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会堂を見せていただきながら、牧師の奥さんと立ち話をあれこれ。さすがに写真には撮りませんでしたが、納骨堂が隣にあり、それがとても素敵。先に天へ行かれた方々の写真がずらりと並んでおり、いつでも先輩たちのことを思い出すことができるお部屋でした。牧師館はヴォーリズ建築ですよ。いいなあ。しかも、かつて近江兄弟社の社員寮だったところですから、部屋数がたくさんだとか。もしも暮らすチャンスがあるとすれば、ムーミンのおうちのようにゲストにどんどん泊まってもらいたいなぁ。

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アンドリュー記念館。教会のすぐ隣にあります。これはヴォーリズが1907年に日本で最初に設計をした建物です。YMCA会館として使われていたようです。今は、ときどきカルチャー教室的にも使われているそうです。(見学は外観のみ)

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シンボル的な煙突がヴォーリズ建築のひとつの特徴。たくさん見ているうちに、あ、ここにもまたあった、と嬉しくなるカタチ。
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太陽の光を取り込むことが十分に考慮された設計ももうひとつの特徴。いろんな形の窓がたくさん。昔の窓はかわいい。
(*このブログにおける「ヴォーリズ建築を歩く」シリーズの建築に関する説明は、NPO法人ヴォーリズ建築保存再生運動一粒の会が制作した「近江八幡のヴォーリズ建築」のマップを参照しています)
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by Annes_Tea | 2011-10-04 22:45 | まちを歩く
近江八幡、ヴォーリズ建築をめぐる旅 ♯1(プロローグ)
e0165236_22193289.jpg近江兄弟社学園の塀は、子どもたちの目線の高さに、十字架ののぞき窓がたくさん。こういう優しさがヴォーリズなんですね。



この夏、思い切って近江八幡を訪ねた。
3年前のヴォーリズ生誕100周年以来、
一度は訪れてみたいと思っていたまちだ。

ヴォーリズについては書きたいことがたくさんあるけれど、
ネット時間の短縮を志したばかりなので少しだけ。

数年前まで、ヴォーリズという人をまったく知らなかった。
初めてその人の名前を目にしたのは、
教会に毎月送られてくる『湖畔の声』という小冊子だった。
(日本で発行が続いているものとしては最古の雑誌だと聞いている)

どのようなつながりで送られてくるのか今となっては誰も知らないのだが、
とにかく毎月毎月、ヴォーリズの人となりや業績について書いてあるので、
わたしの中で、彼は親しい人となっていった。
明治時代、アメリカから日本宣教を志し、
紆余曲折を経て建築の仕事を始めた。
その建築の数たるや、相当なものなのだとか。
東京では明治学院のチャペルとか、山の上ホテルとか。
メンタームで知られる近江兄弟社の創設者でもあり、
日本に帰化もしている。
プロフィールのひとつひとつに物語を感じて、
いつかゆっくりその人について知りたいと思っていた。

ただ、近江八幡というまちがあまりに遠い響きで、
さあ、行くぞ、という気持ちになれずにいた。

ところが、
この夏、なぜかこの夏なのだわ、と強く思い立って重い腰を上げた。
まあ、だいたい、旅というのは、そういうたぐいのものかもしれない。
なぜかそのまちのことが気になって、えいやっという時が来るというか。
震災以来、東京をなかなか離れる気持ちになれずにいた、
というのも影響しているかもしれない。

実際には近江八幡はまったく遠くなく、
新幹線で米原まで行き、そこからJR琵琶湖線で20分ほど。
以前、同じグループの関西の教会と関東の教会の集まりを
近江八幡で開いたことがあると聞いている。
そのくらいの集まりは開けるくらいのまちである。
駅前には、大きなスーパーやビジネスホテルもある。

ただ、わたしが知りたい近江八幡はいわゆる旧市街というところ。
観光案内所に訊ねるとバスで10分程度とのこと。
うん、遠くない。

今回、少し風変わりなところに宿をとった。
100年を超す酒蔵を工房と民宿に改造し、
まちづくりの拠点として活動を行っている場所だ。
宿を切り盛りしているリーダーさんの都合で、
泊まれたり泊まれなかったり。

e0165236_2229148.jpg宿の食堂


そんな具合なので、
行く前からメールであれこれやりとりをした。
ヴォーリズ建築を見に行く目的というのを心にとめて下さっていたようで、
宿に着いてみると、
ヴォーリズ建築の保存活動やら何やらに携わっている方がわたしを待っていた。
ええ?!
これからヴォーリズ建築の住人さんの一人と会合があるから、
家の中も見せてもらえるかも、と言う。
ええ?!
さあさあ、今日のうちに自転車で回れるところを行きましょう、とも言う。
ええ?!

というわけで、
初対面のヴォーリズ通の方の後を追って、
近江八幡に到着したばかりのわたしは、
せっせと自転車で初めましてのまちを走ったのである。

だから旅は面白い。

(それにしても、近江八幡のホスピタリティはすごいです。
さすが近江商人発祥のまちです。
墨田区も観光都市を目指したいならば、
あのおもてなしのココロが必要ですぞ)

e0165236_22293951.jpg宿の台所。古い建物に入ると、友だちに会った気分。大鍋の上のカマが気になりますが、なんと食事作りの直前に、宿のリーダーさんが畑まで野菜を収穫に行くという新鮮さ。途中まで一緒に自転車で行きました。


明治、大正期の情熱溢れるキリスト者の話は興味深いです。
琵琶湖をガリラヤ湖に見立て、ガリラヤ丸という小型船に乗り、
着いた先々で自転車に乗って宣教していたというのですから。
元祖、自転車部でもありますね。
時間のあるときに、建築の写真をアップしてみます。
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by Annes_Tea | 2011-09-30 22:47 | まちを歩く


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