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下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

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荒川ボーダー・コリー日和

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夫がメルと散歩をしていたら、前から来た女の子に、「それ、ドーモー犬ですか?」と聞かれたという。んん、ドーモー犬? 確かにときどき獰猛だけど。言いたかったのは盲導犬かな? わたしがメルを連れて歩いていると子どもたちからすれ違いざまによく言われるのは、「おっきーい」。見慣れてしまったので、それほど大きい犬だとは感じないのだが、チワワやダックスやトイプードルに比べればたしかに大きいか。

メルの里親になるとき、少しは夢を持っていた。セラピードッグとまでとはいかなくても、人からなでられるのが大好きな教会のマスコットドッグになってくれればいいな、と。でも、ボーダー・コリー、しかもオスなのだ。兄弟犬の中で、唯一引き取り手が見つからなかった気むずかし屋さんでもある。これが何を意味するのか、まったく無知だったというわけだ。

ボーダー・コリーは牧羊犬なので、テリトリー意識がとても強い。自分の領域を命がけで守るDNAは、実際に牧羊犬として働いていたお父さんからしっかり受け継がれているようだ。リードをして教会の敷地の外で会うぶんには、だれに対しても基本的にはおとなしいが、敷地内となると俄然、ボーダー魂が表れる。わたしたち家族以外はみんな部外者。命がけで追い払おうとする。

微妙なのは教会の人たちである。週に1、2度来るこの人たちは、果たして敵か味方か? メルも判断に迷うところらしい。ある人には対しては鼻でつっついて警告するし、ある人には平気でなでられている。大の犬好きの人がつっつかれたりもするので、その基準がよくわからない。

アンの作者・モンゴメリーは、ネコ派だったようだ。作品に出てくるのもネコが大半だが、犬も何度か登場している。印象的な話は二つある。『アンの愛の家庭』に登場する子イヌのジイプと、『アンの娘リラ』に登場するマンデーだ。どちらも主人に忠実な犬の物語である。マンデーの方は、忠犬ハチ公も顔負けで、戦争に行ったアンの長男であるジェムを、ひたすら駅で待ち続ける。一人と一匹の再会の場面は、こうくるなとわかっていてもじわっとしてしまう。

犬というものは、全然意地悪ではない。これはすごいことだ。飼い主のことが好きで好きでたまらない。へんな言い方だけど、こちらが申し訳なく思うほどだ。朝、寝室のある二階から、メルのいる玄関へ降りて来ると、熱狂的に迎えてくれる。毎朝、毎朝、これが繰り返される。この新鮮なパッション、結婚生活に見倣いたいことのひとつである。

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荒川砂漠? 日曜日にはサッカー少年で埋め尽くされます。
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荒川には屋形船の停泊場がいくつかあります。

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by Annes_Tea | 2009-02-18 00:30 | まちを歩く
ティーポット考察


↓今回は600ccというやや小さめにして正解でした。場所をとらず、ふだん使いにおすすめです。中国茶にもいい大きさです。

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e0165236_20502816.jpgそろそろちゃんとしたティーポットを買わないといけない。そんなことを思っていたにも関わらず、結局、ガラス製のポットを買ってしまった。しゃれているとは言えないけれど、丈夫で扱いやすい。お湯の分量がひと目でわかる。なんと言っても嬉しいのは、熱湯を一気に注いだとき、茶葉が元気よく跳ね回る様子が見えるところだ。

20代で紅茶にはまっていたころは、紅茶を入れてもらえる? とひと声かけてもらえれば、どこへでも出かけて行った。紅茶の出前と称して、知り合いのホームコンサートでは、演奏後によくティーサービスをさせてもらった。そのあげく、チェンバロの演奏にあわせて、紅茶手前(?)の披露までした。
開演前、演奏家に念を押された。
「ここで紅茶を入れることは当たり前のことなんだという顔をしてステージに立ってほしい」
この考えがしごく気に入ったので、はいわかりました、とふたつ返事。客入りの時から、チェンバロの隣りを陣取ってすまして立ち、しゅんしゅんお湯を沸かしながら、当然でしょ、と本番では気取った顔をしてみせた。サントリーホールだとか、大きなところでよく演奏をしている人なのだけど、気さくで本当に面白い人だった。ああ、あのころの紅茶にかける情熱といったら。20代、だもの。

そんなわけで、ティーポットにもそれなりにこだわりがある。いや、あったのだ。でも、初めて自分のお金で買った丸型のブラウンバディの口が割れて以来、探そう探そうと思ったまま今にいたる。そうして、つなぎに買ったはずの質実剛健なガラス製のポットの時代が続いている。そういえば、昨年、日本橋三越で開催された赤毛のアン展で、モンゴメリが大切にしていた客用ティーポットというものを実物で見た。思った通り、上品で線が細い姿をしていた。招かれたお宅で、あんなポットでお茶を注いでもらえたならば、それはそれは優雅で嬉しいだろうな。でも、わたし自身が持つとしたら、ぽてっとした風合いがいいし、少なくとも花柄は避けたい。

結婚した時には1200ccのタイプを4個も持って牧師館にやって来たのだが、教会と兼用にしていたこともあって、半年くらい前についに最後の1個が割れて、不便な思いをしていた。今回は初めてハリオの製品にした。電子レンジ対応という売り文句にやられたわけだ。これまでは、なんとなくメリタびいきだった。中でもメリタのストレートポットシリーズがすっきりしていい。ドイツのメリタの創業話に物語性を感じて好きになった。主婦が夫のために考案したペーパードリップがそもそもの始まりだという。でも、紅茶ではなく、コーヒーの話なんですよね、これ。似たような名前の会社にカリタがある。こちらは日本の会社のようだ。カリタの製品も、合羽橋で安く買って使ったことがある。メリタもカリタもハリオも、ともに三文字だ。どこか似たような響き。マーケティング戦略でもあるのだろうか。

このポット、思った通り使いやすい。それに、茶葉のダンスがかわいいこと。くるくる、くるくる。やがて、すとん、と底に沈むのだ。それから数分待って、カップに注ぐ。ゆったりとした時間。そうえいば、ちょっと、最近、雑な感じで暮らしていたかもしれない。
紅茶に初心を教えられた午後のひと時でした。


e0165236_2040834.jpg←夫が中学時代から使っているコーヒーミルです。子どもたちはみな、この機械を回すのが大好き。
粉になったコーヒーに指をつっこんでいつまで触っています。コーヒーは夫の領域なので、わたしは感謝していただくだけ。

e0165236_2043290.jpg→季節限定のチョコレートラズベリーブリスを見つけました。チョコレートにbliss(至福)ですから、バレンタイン向けなのでしょうね。ミルクとも相性がいいですよ。でも、男の人は好きではないかも、この味。
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by Annes_Tea | 2009-02-05 20:58 | お茶と料理、ときどきカフェ
牧師館とは?

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「牧師館」なとど言えば、たいそうな建物のように聞こえるが、実際にわたしたちが暮らしているのは、年期の入った木造モルタル家屋である。
この建物は、戦後の物のない時代、民家の廃材をリサイクルした物件なので、会堂よりもさらに年上だ。もしかすると80歳以上?
わたしが入居する前、床のリフォームの見積もりをしてもらう際、「一刻も早く建て替えることをおすすめします」と工務店の社長から真顔で言われた。


その社長を仰天させたのは、2階のベランダに後から建てられた鉄骨の建物だった。
鉄骨の重みが、古い木造家屋を上からたえず押しつぶしている状態だという。なんでまた、木造の上に鉄骨でできたものを建てたのだろう。当時を知っている人は教会に一人もいないので、このなぞは今もって不明である。
さすがに、すぐさま撤去することになった。


撤去して出現したのは、広いベランダだった。でも、木造家屋の耐久性を考えると、置けるのは物干し台がせいぜいらしい。
場所はあるのに使えないのは残念だが、洗濯物を干すときには広々としてストレスがないのはうれしい。屋根伝いにやって来る猫にも人気のスポットだ。昼下がり、ベランダの窓をざっと開けると、猫が四方八方に散っていく。


牧師館というのは、いわば社宅のようなものである。
牧師と結婚したので、教会に併設された牧師館に住むことになったわけなのだが、これはいわばオールドスタイルだ。最近では、教会とすまいは別々の場所という牧師家庭も増えているし、新会堂建築の際には工夫が凝らされて、牧師も公私のけじめがつけやすくなっているところも多い。


ただし、私たちのように小さな教会の場合は、会堂の管理も兼ねた牧師館暮らしだから、別々にしてはかえって面倒ではある。
一応、納得して暮らし始めたのだが、サラリーマン家庭で育ったわたしが、職住隣接の暮らしに慣れるまでにはずいぶん時間がかかった。

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赤毛のアンの作者・モンゴメリーも、牧師夫人としていくつかの牧師館で暮らしたようである。アンシリーズの多くは、カナダのオリンタリオ州リークスデールの牧師館で執筆されている。
英語で牧師館をmanseという。ローマ帝国時代、国教でもあったカトリックの聖職者が、教区に持っていた大きな不動産を意味していた。英語のmanseであるモンゴメリーの暮らした邸宅と、わたしが暮らしている現・牧師館とは、似ても似つかないものに違いない。それでも、同じ「牧師館」に暮らした女性として、不思議と同労の思いを抱いてしまう。


何かで読んだエピソードに、彼女は牧師館の調度や庭作りはに並々ならぬ情熱注いだとあった。いわば社宅、しかも、たえず誰が来るかわからないような半分パブリックな場所を、どうやったら自分のホームにできるのか。このあたりの彼女の気持ちはわかるような気がする。
モンゴメリーは晩年、念願のマイホームを手に入れて、「旅路の果て荘」という名までつけている。牧師である夫が、途中、学生時代に悩まされたうつを再発したために、作家人生以外ではかなり苦労したようなので、最後のマイホームにはずいぶん慰められたのかな、とこれまた勝手な想像だけど。


今、将来のすまいの展望を問われても何もない。でもきっと、気に入った雰囲気のところに暮らしているはずだという妙な確信だけはある。
あまりにも楽天的? でも、わたしの周りにはグットサンプルの牧師夫人がたくさんいるので、そのおかげだろう。マザー・テレサのごとく、神にも隣人にも仕えてきた先輩牧師夫人たちを見ると、わたしの知るかぎりではみな幸せな晩年を送っている。
お金はなくとも、なんとかなるさ。こんな発想は、牧師館で暮らすまで、わたしにはないものだった。
成長したのか、のんきになったのか?
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by Annes_Tea | 2008-11-24 21:59 | 牧師館で暮らす


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