下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

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被災地に送る本を選ぶ
                          雨の日は退屈。
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まるで検閲のようなのだが、
被災地に送る本の中には、
どうだろうと思うものもあるので、
そういう時にはざっと目を通すようにしている。

たとえば、ダレンシャンのシリーズ。
友だちの命を救うためにヴァンバイアになってしまった主人公の奇妙な人生を描き、
小中学生に今も根強い人気がある。
ダレンシャンの悩み苦しみというのは、
子どもたちが共感するだろうとは思う。
それでも、人の血を吸う生き物の話だもの。
グロテスクな仕掛けがたくさんあって、
結局は、そのことばかりが印象に残る。
なんだかマンガの『犬夜叉』みたいだ。
よくできた物語なのはわかる。でも、でも。ううむ。
さんざん悩んだ末、
何も今、被災地に送らなくてもと判断した。

友だちの身代わりの話ならば、
『あらしのよるに』がいいかな。私の本棚から送り出そう。
本でも映画でも「身代わりの死」というモチーフは
昔から人の心にうったえてきた。
聖書を読んでみて、
なあんだ、すべての原点はここなのね、
と納得した覚えがある。

絵本はロングセラーを送って下さる方が多く、
懐かしい再会に感激したり、
読み継がれているわけに納得したり。
たった二箱を用意するだけなのだが、
こんな調子だから作業はゆっくりだ。

今回は、那須の拠点に送り、
そこから那須町や福島の避難所を中心に届けられると聞いている。
「子どもたちに笑顔を」というのが働きの合い言葉らしい。

避難所暮らしの大人たちからリクエストが多いはの
推理小説だと聞いている。
こちらは別の方のお役目だろうと
私は手を出さないでいる。

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こちらが小学生高学年から中学生向けの読み物の一部。ついつい読んでほしくて、『太陽の子』なぞを選んでしまいます。これを読まずして大人になるなんてモッタイナイ。ギター教室の中学生たちに愛読書を聞くと、スニーカー文庫だそうです。まあ、なんといっても『けいおん』には負けるそうですが。「翼を下さい」を練習してますよ。リズムが早くてびっくり。


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by Annes_Tea | 2011-06-16 23:51 | 向島こひつじ書房の本棚
読書会の本を選ぶ
隣家との垣根の代わりに植えたシルバープリペット。こんなに白い花をつけるとは知りませんでした。まるでユキヤナギのようです。ひと雨ごとに茶色く変色していくので、この後、どのように剪定すればよいのかあんじているところです。新しい植物と暮らすには、とりあえず四季を一巡してみなければ気心が知れませんね。人間と同じです。
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久しぶりに高校生を教えてみて、はたと気付いた。
そうだ、国語には古文があるんだ。
古文を読むのはなんとかなる。
でも、文法はすっかり記憶のかなた。
未然、連用、終止、連体、已然、命令、というあれ。
ええと、已然形って何だっけ?

というわけで、
今日は少し古文の勉強をしてみた。
差し当たって必要に迫られているのは更級日記だ。
大学時代に、更級日記のクラスを受講して、
これがとにかく面白かった。
面白かったのに、かんじんの講義内容をあまり覚えていない。
勉強というのは何だろう、
とつくづく思う。

でも、面白いという記憶があるから、
こうして今ごろテキストを開いてみても面白がって読めるのかもしれない。

平安女流日記文学、というジャンルをあれこれ思い出してみて、
これは今でいう「ブログ」に近いかも、と思う。
ただ、今とまるで違うのは、
書いたからといって、すぐに発表手段があるわけではないというところかな。
昔の人は、書くことにもっともっと憧れと敬意があったに違いない。
今は、ふとひと休みしながらこうして書ける。
なんとまあ、便利なこと。
それだけ「吟味する」という作業が甘いなあ、と少々反省。

長年、思いを温めてきた読書会が、
いよいよ7月に始まる。
「大人が読む子どもの本の読書会」という内容。
このタイトル、あまりに長いので、なんとかしないと。

先日、最初の本を決めるのに、
いっしょに活動をするこすみ図書さんとごはんを食べつつ相談をした。
岩波少年少女文庫のリストを見ていたら、
記憶が記憶を呼び覚まして、話が止まらなくなった。
私とこすみさんは世代がまったく違うのに、
不思議とあがってくるタイトルが同じ。
これはロングセラーの力かな?

ただし、私の言う岩波少年少女文庫は、
つるつるした表紙のない、まるでペーパーバックのようなザラ紙タイプ。
こすみさんは、つるつるした講談社の青い鳥文庫。
わたしは本のつるつるしたカバーが好きではなくて、
絵本などもすぐにとってしまうのは、
あのザラ紙世代だからかな。

記念すぺき第一回目はムーミンシリーズとなった。
最後まで迷ったのは「モモ」。
初回で「モモ」は重いような気がして、
いずれ、そのうちに。

ムーミンは島が舞台のためか、
洪水の話がよく出てくる。
洪水をどうやって仲間と乗り越えていくか。
新たな発見がありそうだ。

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満開のプリペットの花はこんな感じです。ビオラが終わったら、白花のランタナにしようかと思っています。

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by Annes_Tea | 2011-06-03 22:15 | 向島こひつじ書房の本棚
人生を再建しようとするときに読みたい本は
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イースターリリーを片付けた。

満開になるまで、結局、6日もかかった。
毎年、満開のいちばんよい姿を見られるのは、
片付け隊である私だけなのが残念。

イースターリリーの香りは控え目だ。
可憐、清楚、ということばが確かに似合う。
オリエンタルリリーの香りは濃密で、
ときには息苦しくなることさえある。
でも、あのむせ返るような香りに包まれると、
いかにも特別な日というハレの雰囲気になる。
大きくあでやかな花と存在感のある香りは
いかにもユリらしくて、わかりやすい。
だから、本家のイースターリリーよりも
人気なのは、なるほど、と思う。
テッポウユリの名前を持つイースターリリーは
花の開きぐあいがテッボウのごとく狭くて横を向いているために、
花粉をとる際には相当注意が必要だし。

さて、来年はどちらにしようかな?

白いユリを生けたり片付けたりする度に、
夏目漱石の『それから』を思い出す。
と言っても、
森田芳光監督の映画の方を。
漱石読みとしては、
代助が松田優作かあ、と驚いたし、
あの映画はちょっとと思うものの、
ユリの場面だけは忘れがたい。

「高等遊民」なんてことばに憧れたっけ。
映画はともかく、
今、この揺れる日本で、
漱石なんかを再読してみると気付くことが多いかもしれない。
(と思って、漱石の文庫本を本棚のいい場所に移動だけしてみた)

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被災地に本を送る働きに少しだけ関わっていて、
現地で望まれているのはどんな本だろうとよく考える。
被災した経験はないけれど、
一日で積み重ねてきたものを失うという意味では、
犯罪被害に遭うということは、
ある種、人生の震災のような出来事だった。
私はそこから立ち直ろうとする過程の中で、
夏目漱石やら佐藤春夫やら宮沢賢治やら、
学生時代にお世話になった作家たちを読みふけった時期がある。
たぶんあれは、
「学生時代」という安全な場所に
逃げ込みたかったのではないかな。

でも、それも時間がかなり経ってからで、
事件から1年くらいの間は、子どもの本しかほとんど読めなかった。
最初に開いたのは『アンの愛情』だったはずだ。
『赤毛のアン』ではなく第三巻のロマンスものを選んだのは、
やわらかく甘い夢物語が必要だったのだ。
現実の厳しさとやるせなさをどうしてよいかわからなくて。
『続・足ながおじさん』なんかも読んだ。
私は『足ながおじさん』ではなく、
子どものころから『続』の方が好き。
あとがきで、作家が短命だったことなんかを熟読して、
自分を慰めようともした。

水に撒かれたパン、をつかむ思いだった。

でも、今、その悩んで悩んでの日々を通して、
さまざまな本のことばとはまるで次元の違う、
聖書という確かなことばに出会えたのだとわかる。

生きたことばは、しぼんだ心を蘇らせる。
これはほんとうだな、と思う。
水にパンを撒いてくれた一人一人に感謝している。

6月ごろから、
子どもの本を大人たちで読む読書会を開く予定だ。
場所は向島の『こすみ図書』とこの牧師館。
最初の本は何にしよう?

福音館の『完訳ハイジ』か、
講談社から新しく出た文庫の『ムーミン』シリーズも気になる。

懐かしい友に早くまた会いたい。楽しみ。

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by Annes_Tea | 2011-05-04 00:10 | 向島こひつじ書房の本棚
本が人と人をつないだ3日間
ふるほん日和、終わりました。

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教会のイベントでは、
セットアップと片付けに明け暮れる身の上ですが、
今回は、お手伝いとしての身軽さゆえ、
楽しい、楽しい、と言っている間に終わっていました。

本を売ったり、値段をつけたり、おしゃべりしたりの3日間は
まるで学生時代の文化祭さながら。
昔から、本を媒介として人とつながることが好きなんです。
出版社に勤めていたころを懐かしく思い出しました。

教会でも図書係ですが、
今年は一箱絵本コーナーを作るぞ、と息巻いています。
売り子の合間に棚から絵本を見つけては、
けっこうな大人買いをしてしまいました。

神戸のひつじ書房にあるようなロングセラーの一箱を作ろうと思っています。

たくさんの出会いにありがとう!

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いつも自分たちのイベントでは、
写真を撮るひまがなくて後から残念に思うことが多いので、
今回は撮影隊をさせてもらいました。

参加した方もしていない方も、
ひととき、ふるほん日和気分を味わってくだされば。




素敵な絵本がたくさん集まりました。寄贈本には一人一人がメッセージカードを添えて下さいました。
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全国のフリーペーパーを展示して下さったのはあまやんさん。
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東京スカイツリーの刺繍入りブックカバーは甘夏書店さん。よく売れました。
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押上のヒーロー「アキラマン」も登場。太っ腹に募金をして下さいました。さすがヒーロー!
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2日目は鳩の街商店街にクラフト+古本市が立ち並んでにぎわいを増しました。よく晴れてバンザイ。
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こんなものとか、
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こんなものも売ってました。店主としばし、アルマイト談義。
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お買い上げいただいた本はここに。新聞紙を再利用したエコバック。作り方を知りたくて一部いただいてきました。夫に研究してもらう予定ですが。
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売り上げは赤十字を通して、被災地支援に充てられます。
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by Annes_Tea | 2011-04-04 22:46 | 向島こひつじ書房の本棚
子どもの本専門店「ひつじ書房」

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本物の「ひつじ書房」は神戸にある。
子ども時代、本との幸せな出会いの多くは、この場所で与えられた。村岡花子訳『赤毛のアン』シリーズを買い揃えたのもここである。
小さな店内は、棚の上から下まで子どもの本で埋め尽くされている。当時は上にいくほど高学年向けの本で、一冊ずつ背表紙を眺めては、早く読んでみたくてどきどきした。ついにケース入りの『アンネの日記』を手に入れたときの誇らしさといったら。真っ白な布張りの表紙に金文字でタイトルが書かれただけの装丁は、それまでのどの本よりもシンプルで、大人びて見えた。


ここ何年か、年に一度は神戸に行くことが続いた。「ひつじ」はJR摂津本山駅のホーム沿いにあるので、三宮に向かう車窓からも見える。
あ、あるある、と毎年確認だけはしているのに、ほんの少しだけ、心配な気持ちがいつもある。店主には失礼ながら、まだあるかしら、などと思ってしまうのだ。
ある時には、どれだったか「ひつじ書房」の看板のひと文字が欠けていた。翌年には、ちゃんと新しくつけ変わっていてほっとした。
大丈夫、「ひつじ」は元気、健在だ。


2年ほど前、尼崎にいる甥っ子に本を贈りたくて、実際に店まで足を運ぶことにした。行けるうちにもう一度「ひつじ」に行っておこうという気持ちもあった。二人いた客が帰り、女主人とわたしだけになると、本選びを助けてもらいたくて話しかけてみた。なんとはなしに話は子どもの本談義になったので、自分が子ども時代の常連だったことを明かした。
「そのころはわたしも若かったのでしょうね」
と白髪の混じる女主人は言った。子どものわたしは本ばかり見ていたせいか、店の奥のレジにどんな人が座っていたのか、まったく覚えていない。でも、きっと、この女性からわたしは何度も本を買ったのだろう。


どうしても聞きたかったのは、店名の由来である。
というのも、聖書を読む者にとって、「羊」というのはなじみが深く、日々、目にする文字だからだ。たとえば、子羊と言えば主イエス・キリストを指す言葉だし、わたしたちは羊にたとえられる。教会付属の幼稚園などによく「ひつじ」の文字がついているのもそのせいだ。
聖書だけはなく、飼い犬がボーダー・コリーというところにも、自分と羊とのつながり感じてしまう。ボーダーは本来羊飼いの働きをするワーキング・ドッグである。河川敷で鳩の群れを一羽たりとも逃さず追いつめていく様子を見ると、一度くらい本物の羊を追わせたいなぁ、と思ってしまう。
とにかく、「ひつじ書房」の「ひつじ」にはどんな意味があるのか、羊好きとしてはどうしても気になるところだ。


「子どもの本屋なので、子どもたちに親しまれている動物の名前をつけようと思った」のがきっかけなのだという。候補の動物を詳しく調べていくうちに、昔から羊という言葉には深い意味があることがわかったのだという。
羊は羊飼いがいないとうまく育たない。時には谷底に落ちてしまうようなこともある。そのあたりを、よきガイド者としての子どもの本屋の役割と重ね合わせて、いちばんしっくりくる動物だったのが羊だったそうだ。
「うさぎ書房」や「りす書房」ではなくて本当によかった。


新しいお客さんが入ってきたので、話もそこそこに終わってしまったが、「ひつじ」のなぞを解明できたので大満足だった。甥っ子へは、フクロウにまつわる冒険を描いた父と息子の物語を包んでもらった。レジのわきにあるコピーの束に目をとめると、
「わたしが長年、本について考えてきたことはここで全部言ってくれています」
と言うので、思わず買ってしまった。児童文学翻訳家の脇明子さんが「子どもの読書を考えなおそう」という趣旨で連載されていたものだった。
「ここにも大切なことが書かれていますよ」
と言って手渡してくれたのは、岩波書店の「図書」、特集は石井桃子さんだった。まだ石井さんが亡くなる前だった。


店主と言葉を交わした時間は、ほんのわずかだったけれど、石井桃子さんを通しても、わたしは「ひつじ」からのメッセージをこれまでもたくさん受け取ってきたのかもしれない。クマのプーさんもノンちゃんも、やっぱりみんなここで出会ったのだから。
自分だけの本棚を心の中に持っていると、それは思いがけない時に支えになってくれる。心の本棚のいちばん下に並んでいるのが、わたしの場合は「ひつじ」で買った本のように思う。

時代が変わっても、子どもたちが「ひつじ」で素敵な出会いを続けられるといいな。
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by Annes_Tea | 2008-11-25 19:57 | 向島こひつじ書房の本棚
もう一度、アン
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子どものころ、愛読書を聞かれると迷わず『赤毛のアン』と答えていた。
アンの世界に足を踏み入れたのは小学4年生だった。ラベンダーカラーのシリーズ本を、子供の本専門書店「ひつじ書房」で一冊ずつ買い揃えてもらった。
ひとり暮らしを始めるときも、この10巻だけは持って実家を出た。転居のたびにいつでも取り出しやすい場所に置く、いわばわたしの相棒である。遊びに来た人がアンシリーズを見て、こういうの好きなんだ、と意外そうに言われることもよくある。


アン好きの多くの人たちと同じく、わたしも村岡花子さんの訳にこだわる一人である。それまで読んできた児童文学とは、どこか文体の雰囲気が違っていた。実際には少し難しくて、意味のよくわからない言葉も多かった。それでも、「婦人外国伝道後援会」も「客用寝室」も「歓喜の白路」も、きらきらとした異国の言葉のように心に響いた。「○○だわ」というアンの言い回しは、いまもわたしの中に根づいている。
当時、手紙を書くのに夢中になっていたので、アンの得意な「熱烈」だとか「想像の余地」だとかいう言葉を使い、ときには何行かを引用して、大人たちを感心させては得意がっていた。


大人になってから、松本侑子さんの注釈付きの訳本を読んだ。
その中でアンの物語には、シェイクスピアなど文学からの引用が多く含まれていることを知った。中でも聖書からの引用が多いのは、モンゴメリーがクリスチャンの祖母に育てられ、自身も聖書に親しんだことと関係があるのだろう。
あ、つながった、と思ったのは、わたしもそのころ聖書を読み始めたばかりだったからだ。わたしが憧れて引用までしてきた文章は、もしかすると聖書のことばだったのかしれない。


これまで生きてきた中でぼんやりとしていた事柄が、何かでつながっていくのを見るのは楽しい。新しい意味、新しい物語がそこから始まっていくからだ。
アンが再び身近になったのは、何度も言うように、モンゴメリーと同じように牧師夫人になると決まったからだ。
それに加えて、今年はもうひとつつながったことがある。それは村岡花子さんの生涯を明かした『アンのゆりかご』という本に出会ったおかげだ。この本は、村岡さんのお孫さんである村岡理恵さんの筆による。
じつは、村岡花子さんは何かの講演会のおり、わたしの母の実家に一泊だけ滞在してくださったことがあると聞いていたので、一方的により親しい気持ちを抱いていた。
その彼女もクリスチャンであること、そして、アンを翻訳する仕事を、カナダ人宣教師から託された戦時下でのミッションとしてとらえていたことをこの本を通して初めて知った。


教会にはアン好きが多い。アンと同じように、教会が町の中心となって人々をつないでいく物語に、ローラ・インガルスの『大草原の小さな家』がある。
どちらかといえば、テレビの実写で何度も再放送されてきた大草原の方が、印象が強いようで、教会の人たちにはより人気がある。
先日、テレビシリーズをもう一度DVDで見直したという60代の男性が、嬉しそうに教えてくれた。たまたま見た回が、教会建築にまつわる話だったのだという。その人は、学生時代にアンも読んでいて、「道の曲がり角」の話で二人で盛り上がってしまった。出版社で働いていた時、アンだけはよくわからない、という男性編集者の声をよく聞いていたので、アン好きの男性が身近にいたことに嬉しくなった。


アンを読んだことある?
日ごろ接している小学生たちに聞いてみるのだが、100人いて1人がいいところだ。
ほとんどが知らないか、お母さんから聞いたことがあるような気がする、という答えがいいところ。時代がどんなに変わっても、できれば小学生の間に読む機会があれば幸せだと思っている。とくに4、5年生。いつもそれこそこの学年には「熱烈」にすすめる。
今年はそれで5人のファンを生み出すことができた。
子どもたちにも読み継がれていってほしいが、大人になった女性たちにも、もう一度アンを、とすすめてみようかなとも思っている。
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by Annes_Tea | 2008-11-24 22:02 | 赤毛のアン


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