下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

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建築の品格
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旧三笠ホテル。軽井沢の古い建物はいいですね。いちばん落ち着くのはショー宣教師の礼拝堂かな。


今週からエクステリアの工事が始まった。
前半、順調に晴天が続いたが
秋分の日は大雨となって、さすがに工事はお休み。
職人さんたちは連日遠く町田から通ってくださり
夕方をまわってもなお作業をしている。
祝日らしくこちらもあちらもお休みとなり
これは恵みの雨だったのかな。

外で働く若い職人さんたちの姿に励まされて
教会の物置きの片付けがはかどった。
物置といってもコンセットハットの後部を仕切って作った小部屋で
その昔は宣教師が暮らしていたと聞いている。
古い水道栓が壁からにょっきり生えているのはその名残りだろう。
病院払い下げのベッドが並べられていた時代には
宿舎として使われていたという話も残っている。
今では人が暮らしていた気配はまるでない。
結局は物置きとなってしまったせいか
この建物全体の中で、いちばん傷んだ場所となっている。
修繕を始めるときりがない。というわけで
昨年の会堂のリフォームの際に、ここだけは手をつけなかった。

ふだんはだれもが顧みないただの物置が
来月、花嫁さんの控え室として使われる。
この部屋にしてみれば青天の霹靂かな。
物を動かし、処分し、棚を新しくし、風を入れているうちに
少しは居心地が変わってくる。
古いは古いまま。
物はたくさん置かれたまま。
それでも
椅子でも置けば祈りの場所ぐらいにはなりそうだ。
結婚式の当日には
ラグを敷き、鏡を運び入れ、丸テーブルには花を活け、
使わなくなった黒板をパーテーションがわりにしよう。
チョークで「おめでとう」と書けばさまになるかな。

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建物には、人がいて初めて物語が生まれる。
人の出入りの途絶えた建物は
ただ朽ちて忘れられていくだけ。
建物に合わせて人が住まうのではなく
人の営みを支えてくれるような建物が好き。
そういう意味では、
この会堂も牧師館も合格とは言えない。
なにしろ戦後の貧しい時代の急場しのぎ
いわば「ありあわせの箱」だから。
たとえば牧師館のドアにはひさしがない。
雨の日、外に出たとたん、ひと呼吸置く間もなく雨に濡れる。
ひさしのありがたさを人生で味わうことになるとは。

限られた予算の中でのリフォームだから
隅々までとはいかないが
それでも、少しずつ、少しずつ
建物が人に寄り添うように変わってきた。
暮らしにくさ、集いにくさは随所に残るが
不思議な居心地のよさも同時に生まれている。

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ヴォーリズ建築が好きだ。
昨年、新橋で開催されたヴォーリズ建築の展示を見た。
彼の設計した階段が再現されていて見学者が歩ける仕掛けになっていた。
ほんのわずかな幅や長さの違いで
こんなにも歩きやすいのかと小さなため息。
ヴォーリズ建築を見て歩きたいというよりも
一度、その中で暮らしてみたいような気がする。

「建築物の品格は、人間の人格の如く、その外観よりもむしろ内容にある」
と、彼は言う。

ナカミ、ナカミ。
古くても小さくても胸を張っていけそうだ。

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こういうところを見ると、うちの教会と似ている、なんて。ずうずうしい? こちらさんは重要文化財ですから、月とスッポンですが。

     
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by Annes_Tea | 2010-09-25 09:43 | まちを歩く
来年の漢字はなあに?
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今年も家族に感謝。
というわけで、年末は家族との食事が続きました。
金婚式を迎えた仲良しの叔母とは従妹を誘って中華、
両親とはイタリアン、そして夫とは千駄木でイタリアン。
ああ、でもメインのついた高い方のランチはすでに終わっていて、
パスタランチになってしまいました。
お礼をかねて、お肉をごちそうするつもりで誘ったのですけど。
写真はその後、谷中散歩で立ち寄ったCOUZT CAFEです。
カフェ好きですが、撮影許可をとるのが億劫で、
めったに写真をとりません。
でも、今回は別のお客さんが撮影の可否をきいていたのに便乗しちゃいました。
自転車は古いプジョーとラーレーです。販売もしてるようでした。
今年もたくさんのカフェとも出会いました。




今年もお疲れさま。
そんな気分で、
気のおけない友人たちと知人のカフェに集まって、
2009年のあれやこれやを振り返った。
そこで話題になったのが、世相を表す「今年の漢字」である。
2000年からざっと並べてみるとこんな具合だ。
金、戦、帰、虎、災、愛、命、偽、変。
そして今年が「新」となる。
2年前が「偽」だったことを思えば、
かなり前向きかな?

役者のMちゃんは、
年初に自分だけの「今年の漢字」を決めるのだという。
2009年に志を抱いた漢字は、「進」。
うんうん、Mちゃんらしい。
今年は実際、いろんな役を演じていたものね。
役者として進む、人間として進む、
きっと信仰者としても一歩一歩進んでいるに違いない。

一方、わたしは?
すぐさま思い浮かんだのは、
「集」という文字だ。
どこでどう示されたのだっけ。
とにかく、今年はいろんな集いを開いてみようと思ったのは確かだ。
女性集会、声なき者たち、カフェにアートイベント、
子どもたちとの工作教室、
その他もろもろと小さな集いの多い年だった。
教会だけではなく、
個人的にも高校時代の友だちと成人式以来の集まりを開いたり、
年賀状だけの付き合いとなっていた友だちと
一緒に美術館に出かけたり。
再会の集いの年でもあった。

昨日は今年最後の祈り会だったので、
そこでも1年をふり返った。
Mさんは、友だちの間で「顔が変わった」
と評判になるほど明るくなったと言われたらしい。
うれしいなぁ、そういう話。
Yさんは、人のことばでぐしゃぐしゃ悩んでも、
以前のように穴の中に落ち込んでいくことはほとんどなくて、
あ、そうだ、祈ろう、祈ろう、
とイエスさまの方に心を向けられるようになってきたという。
ある日突然、がらりと変身するのがわたしたちの歩みではなく、
一歩、一歩。ふと気づくと、あれ、変わった? 
という具合だ。みんな、一歩、一歩、乗り越えてきたものね。

めずらしく祈り会にいらしたSさんが、
「年だから、と言うのは止めることにしました」
と決意表明。
それはいいですねぇ、と一同で共感する。
告白にはプラスでもマイナスでも力があるから、
年だ、と言った時点で年齢にも自分にも負けてしまうのだ。
否定的なことばをいっさい捨て去りなさい、と聖書にはある。
これは単純そうでいて、
じつはよく生きるための最高の極意である。
わたしたちの口から、
否定的なことばが消え去ったら、
世界はどんなに光で満ちるだろう。

今日は一日、やり残した掃除と洗濯と庭の掃除。
筑前煮を煮たり、明日の元旦礼拝の準備、
相変わらずのどたばたの最中、
ぴんぽん、と鳴って子どもたちが遊びに来た。
うそ、大晦日にも遊びに来るかね、
と一瞬、うろたえてしまった。
ゴエモン先生と遊べる?
うーん、今、ちょっと難しいかなぁ、とかなんとか。
元旦礼拝の後、お雑煮出すからおいで、と言ってドアを閉める。
ごめんね、明日来たら、遊んであげるから。
でも、きっといつも「今」どうかかわるかが重要なんだよね。
なんて、今年最後の反省である。

さて、2010年の私の漢字はというと、
すでにしばらく前から示され続けている文字がある。
それは「門」という漢字だ。
新しい門が開かれるのか、
それとも門をたたくのか、
新しい年が始まってみなければわからないが、
期待にあふれるイメージである。

みなさんの一年は、どのような漢字が当てはまりますか?
そして、2010年はどのような漢字にしてみたいですか?

新しい年もまた、ブログでお目にかかりましょう!


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近くまで行ったので、根津教会に立ち寄りました。登録文化財ということもあり、会堂内の大改造が行なわれて話題になりました。1月に大改造記念コンサートが開かれるそうなので、参加されれば内部が見られますよ。(と、勝手に宣伝)。
じつは、この改造を手がけたのは、わたしたちの教会のリノベーションでお世話になった冨士土地さんです。今年は教会のエクステリアをお願いする予定でしたが、根津教会の改造が手間取って、わたしたちの方は2010年に延期になったのでした。というわけで、新しい年には、教会にも現実の新しい門ができるかな?

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by Annes_Tea | 2009-12-31 18:58 | 牧師館で暮らす
続・教会カフェ

9月に入ってから、
「墨東まち見世」という100日間のアートイベントが始まった。
100日もの間、アーティストが地域に浸透しつつ、
制作過程を見せるという企画らしい。
土曜日の夕方、
キラキラ橘商店街の一角で行われた開会式をのぞきに行った。

この教会もかろうじて墨東に入っているので、
地域に根ざしたひとつの場として、空間を提供する予定である。
具体的にはまだこれから。
アートディレクターの方々と、
今週中には話をしましょうということになっている。
個人的には、子ども向けのプログラムを開きたい。
でも、カフェイベントがいいのかなぁ。
毎度おなじみのような気もするが、
教会とカフェは相性がよいのだ、きっと。
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商店街の空き店舗にアーティストが暮らして
コミュニティをつなぐという企画。
現在、滞在しているのは劇作家の岸井さん。
遊びに行くと、お茶でウエルカム! キラキラ名物のビッグかりんとうも。


母教会にいたころ、
「教会」は「病院」に近いイメージがあるよね、
と言われて、うん、確かにそうかもしれないと思っていた。
月曜日から土曜日まで社会の中でもみくちゃにされて、
日曜日にやっとの思いで教会にたどり着いては、
傷をいやして、魂のビタミンを補給する。
でも、自分が教会のバックヤードに関わるようになって、
病院? ううん,違うなぁ、と思い直した。
だいいち、日曜日ごとに病院へ通いたいと思う人がどれだけいるだろうか。
やっぱりカフェ、
ただ、理想としては、もっとダサイ感じがいいと思っている。
それは外見のことではなく、目に見えない部分での話だ。
自分の格好悪いところも見せられる場所。本当の意味で寛げる場所。
家庭のリビングだろう。
それも、大家族のお茶の間で、どんと構えたオカンがいるような場所。
いえ、別に牧師の奥さんがオカンということではなく、
たとえ、ですね。つまり。
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この夏行った倉敷教会には、本物のカフェがあった。
カフェというよりは、喫茶店という雰囲気で、
きめきめでないところが、オカンぽくてほっとする。
ロイヤルミルクティーをいただいている間、
夏の教会学校についての打ち合わせが漏れ聞こえてくるので、
つい耳をそばだててしまった。
議題は、紙コップ。
子どもたちに使い捨てのものを使わせるかどうか。
環境教育は大切だけど、
洗い物に時間をとられるよりも、
限られた時間を有効に使う方が大切なのでは、とか、
もしかして素材がケナフなら筋が通るかも、とか、云々。
聞いていると、いずこも同じなのね、と微笑んでしまった。
わたしたちの教会でも、
紙コップ問題が浮上してマイカップ持参となったが、
洗う人が自然と定まってしまい、それがストレスにもなったりする。
結局、マイカップ派は、今のところ4人だけだ。

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        登録有形文化財になっている倉敷教会の建物。


倉敷教会は100年もの歴史がある。
お茶を楽しんだ後、教会の女性が会堂を案内してくださった。
会堂に入って、あれ、と一瞬、デジャブを感じたのは、
会津若松で見た教会の内部とよく似ていたからだ。
西と東、場所は遠く離れていても、
それぞれに建築された時代を考えるとありえるか。
倉敷教会の設計は、お茶の水の文化学院を建築し、
自ら校長も務めた西村伊作。
ニシムライサク。聖書を読んでいればピンとくるだろう。
「イサク」という名前でわかるように、名付けた両親ともクリスチャンだ。

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クラシカルでモダン。御茶ノ水の文化学院に通じます。
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ぶどうのモチーフ。
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カフェの人にお願いをしたら、快くご案内くださいました。
観光地にある教会は、私たちのような見学者がいて大変かと思います。
そして、旅人への応対で、その教会の持つ文化がわかります。
 当然、断られることもありますが、そのことよりも、
どんな言葉を使うかが大切だと学ばされます。
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100年前の教会創設メンバーに、
倉敷の名士である大原孫三郎の名前を見つけた。
倉敷紡績、つまりクラボウの創設者だ。(いまやクラレ?)
倉敷に数日滞在しただけのよそ者であっても、
この孫三郎さんが、倉敷の町にどれだけ貢献し、
今なお愛されているのかを感じる場面に、何度も出会った。
器屋で店番をしていた大正生まれのおばあさんは、
孫三郎さんの素晴らしさについて、わたしたちに熱く熱く語ってくれた。
大原美術館を建て、世界中の一流の美術品を集めたことで、
戦中、倉敷は空襲を免れたという歴史がある。
「美観地区が今あるのも、みんな大原さんのおかげ」と言っていた。

わたしの暮らす鐘ケ淵のまちも、鐘ケ淵紡績、
つまりカネボウの城下町として栄えた時代があったはずなのに、
いまではカネボウは解体し、
そんな恩恵も人々の感謝も、まちにはみじんも残っていない。
「文化」だとか「まちへの貢献」というビジョンのあるなしで、
企業が結ぶ実はずいぶん違うものだ。

そして、孫三郎さんとともに、
倉敷を歩いているとよく目にする名前が、石井十次だ。
マツケン主演で、「石井のおとうさんありがとう」という映画が公開されて、
その業績が少しでも全国区で知られるようになったのは、うれしい。
石井十次は日本で最初の孤児院を開いた青年医師で、
真性の熱血クリスチャン。
大原孫三郎は、石井十次から精神的に多大な影響を受けたようだ。

残念ながら、教会創設に名前はあるものの、
孫三郎さんが信仰を最後まで持ち続けたかどうかは、
倉敷教会の人たちに聞いても、はっきりしなかった。
たまたま大原美術館で、彼の葬儀の映像を見たのだが、
教会で行われておらず、
戒名まで付けられていたところを見ると、違うだろうなぁ。
もし、石井十次がもう少し長生きしていれば、
何かが変わっていたのだろうか。

教会カフェの話が、
思わぬシリアスなところに行ってしまった。
終着点はどこかと言うと、
大原美術館の初期コレクション収集に尽力した画家の児島虎次郎だ。
虎次郎も、地元の人にとっては恩人になるようだ。
その虎次郎の妻は石井十次の娘である。
映画でその娘役を演じたのが、
10月に開くイベント「声なき者たちの声を聴く」で
朗読をしてくださる役者さんなのだ。
倉敷へ旅立つ前、その役者さんに、
映画のロケで行ったおすすめ場所を尋ねたところ、
大原美術館はもちろんのこと、
アイビースクエアと児島虎次郎美術館だと教えてくれた。
知らなかったら素通りしていたかもしれない。
うん、行けてよかった。

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倉敷紡績の工場をリノベーションしたアイビースクエア。
ここに泊まりました。
やはりレトロできめきめではないけれど、
余分なものは何もなく、清潔でホスピタリティがあってよかったですよ。
しかも大浴場。倉敷の旅にはおすすめします。


倉敷教会を設計した西村伊作の言葉を、文化学院のサイトで見つけたので紹介します。こんな校長先生だったら、心強いですよね。
引用はここから→http://bunka.gakuin.ac.jp/about/souritsu.html

「自分の娘、息子のように、みんなのために祈る。
 どうかこの人の一生がよいものとなるように、
 静かな心、自分を正しく、
 ゆがめられずに、真っ直ぐにいくようにと。
 途中で去った人にも、いまどこかで私のまいた種の芽がはえ、
 この学院が一生心に残るだろう。
 私は祈る、天の恵みが、みんなの上にあるように」
                創立者 西村伊作の言葉より



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by Annes_Tea | 2009-09-21 01:20 | お茶と料理、ときどきカフェ
秋、知ることから始まる

       今日は重めの話なので、
       この夏、旅先で出会った「光」を感じる写真を紹介してみます。

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Excite エキサイト : 社会ニュース

今週、初の性犯罪の裁判員判決が出た。
裁判員の一人が、実名で報道に応じている中で、
被害者の心の傷の深さと、犯人の更正を願う気持ちから、
思わず涙ぐむ様子が心に残った。

新聞を読んで、その裁判員の職業は牧師だと知った。
「聴く」という仕事のプロである牧師ですら、
事件の詳細を聞くことに辛さを感じているのだから、
まして、
人の苦しみに対峙することに不慣れな人にとっては、
事件の詳細を聞かなくてならないことには、
相当な覚悟と負担が必要だろう。

わたしも被害者支援の一端にかかわる者として、
性犯罪の被害の詳細を聞く機会がある。
一度聞かせてもらった話は、決して忘れることはできない。
性犯罪はその性質として、
一人の人間の人格を、一瞬にして、まるごと殺すような残酷なものだ。
人間がこれほどまでにひどいことができるものかと、
その恐ろしさに打ち震えることもある。

同じ被害者の立場として考えると、
性犯罪に裁判員制度を導入することは、まだ勇み足のように思う。
それでも、一般の人たちが、
一人の女性の苦しみと向き合うことの意味は大きい。
関わる人たちはきっと、
痛みや怒りといった感情に気持ちが揺さぶられ、
今まで関心のなかった問題に個人的に心を向けるようになるだろう。
もしかすると、それが、
小さな行動を踏み出すきっかけになるかもしれない。

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始まりは、知ることから。
そして、つながってゆくこと。
これは、いつも考えていることだ。
今、新しく知ろうとしているのは、児童労働や児童売春についてである。
昨年、pray&hopeプロジェクトという働きを発足したころから、
人身売買というキーワードが、すとん、と心に入ってきた。
気になってしかたないのだ。
ただ、問題があまりにも深刻であり、
なおかつ犯罪組織と関係することなので、
何からどう手をつけてよいものかわからないでいた。
でもね、とここでいつもの調子に戻るならば、
まずは知ることからだと思いを深め、
少しずつ、ネットで検索したり、
講演会などに出かけることを続けている。

先週は、児童労働の問題に取り組むNPO法人・ACE
が月に一度開催している「Cafe ACE」に参加した。
「友だちとカフェでおしゃべりするように、
児童労働について自分たちができることを気軽に語り合う」
という趣旨がよいなぁ、と思って、申し込みをしたのだ。
学生の集まりから始まったというこのグループは、
思った通りさわやかで、スタッフたちの笑顔が心地よく、
応援したくなる雰囲気を持っていた。
ふだんは、数名の参加だそうだが、
今回は、ガーナで進行中の子どもたちを学校に行かせるための
ブロジェクトの報告会を兼ねた内容のせいか、
30人ほどの大所帯の集まりだった。

思いを持って動いていると、必要な出会いは与えられる。
これが、神さまと歩む者の楽しさだ。
この10月には、
「声なき者達のための声」というキャンペーンを展開している
スージ・チルダーズさんが、
ハワイから来日して、講演会やワークショップを開いてくださることになっている。
スージさんは、写真家として世界中を回り、
声なき女性や子どもたちの話を聴き、
ポートレートを撮り、それを伝える働きを続けている。
一週間の滞在中、一日はこの教会に来てくださる。

というわけで、開催まで2か月をきった今、
やや焦りながら動いている最中だ。
夫にお願いをして、
チラシのレイアウトをしてもらったのだが、
その途中で、Susiさんの名前をカタカナにすると、
「スージー」なのか「スージ」なのかわからなくなって、
しばし、作業を中断してもらうはめに。
手元にある印刷物を見ると「スジ」なっている。
でも、Susiがスジ? なんだか心配だ。
協力してくれているカナダ人のランダさんに相談をしてみると、
「どれでもダイジョウブですよ」と言う。
そんなものなのかな。
結局、「スージ」に落ち着いて、
ようやく昨日、ちらしが出来上がったところ。よかった、よかった。

このブログでも、近々、お知らせをアップする予定なので、
みなさん、知ってください。聴いてください。
そして、秋、新しくつながっていきましょう。

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        中国銀行倉敷支店の建物です。大原美術館と同じ設計者によるもの。
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by Annes_Tea | 2009-09-05 16:40 | 牧師館で暮らす
ある日、家がなくなったら?


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ほぼ毎日、荒川土手までメルといっしょに行くので、ほぼ毎日、ホームレスの人たちと出会う。師走に入ってから、不況や解雇のニュースと連動するかのように、なんだか増えているのだ、河川敷のおうちが。ホームレスのおうち、と言うと、矛盾した表現だけど、やっぱりおうち、としか言いようがない。寒さが厳しくなったせいもあるのか、おうちの構造も、日増しに頑丈になっているような気がする。


教会暮らしなので、ホームレスの人たちとのお付き合いもたまぁにある。ブザーの音に出てみると、食べ物をください、と言って男の人が立っていることも珍しくない。わがやの方針として、お金は基本的に渡さない。となりが酒屋なので、その足でワンカップを買って飲んでしまうからだ。それに、渡したくても、わたしは現金をいつもあまり持っていない。ぜんぜん自慢にならないが、新聞の集金に来られると、すみませんまた明日来てください、と頭を下げてお引き取り願うことが多い。お金があると使ってしまうだめなところがあるので、とにかくリスクを避ける意味でも、現金をあまり持たないで行動する。翌日にはちゃんとお金を用意して新聞代を支払います、ちなみに。


河川敷のホームレスの人たちは、食事の配給には慣れている人が多く、バナナなんかを渡そうものなら、なんだ、バナナかよ、と言われてしまう。きっと温かいものがいいんだろうなぁ、とは思うのだけど、なぜだか彼らはわたしたちの食事が終わってすっからかんのころに来るのだ。浅草にほど近い教会の牧師夫人が、とにかくジャーに入っている白いご飯をぎゅう詰めにしてお腹をいっぱいにさせてあげるといいわよ、とアドバイスしてくれたが、そのおうちには育ち盛りの男の子が二人もいるので、ジャーのごはんが成立するのだ。わがやは二人だし、メタボ対策もあって余分に作らないようにしている。ごはんは解凍しなければならないし、すぐに渡せるのはパンかなぁ。パンにはバターの他にジャムをぬった方がうれしいのかしら。でも、もしもマーマレードジャムが嫌いだったどうしよう・・・。もちろん、わたしの逡巡など、彼らはひとつも知らない。というか、教会に頼みに来ることイコールわがや、とはだれも思わないのだろうから。


ところが、今年は少し様子が違った。初めて若い人が訪ねてきたのだ。解雇されて1週間、すまいを失い、とにかく河川敷で雨風をしのいで、就職活動をしているという。幸い、パンもバナナもハムもチーズも作りたてのポテトサラダもあったので、ピクニック風に包んで赤い紙袋に入れ、ついでにイケアのナプキンを添えて渡す。その日は金曜日だったので、あさって来ればもっと大勢の人たちが相談に乗ってくれるからぜひ、と伝えて。でも、やっぱり来なかった。いつもそうなのだ。


わたしたちと同じグループの教会では、「ドリームハウスミニストリー」と名付けて、ホームレスから信仰を持った人たちと共同生活をしている牧師夫妻がいる。すごいなぁ。本当にこういうことは特別な使命感がないとぜったいにできない(というか続かない)。定員は限られている上、結局、ある意味で屋外での自由な生活を忘れられなくて、自ら出ていってしまう人の方が多いらしい。でも、確実に、何人かはイエスさまといっしょに人生をやり直している。久しぶりに会う度に、顔つきが変わっているのだ。柔らかい、とでも言うのかな。屋外で亡くなるところを、屋内で、また人々に見送られて亡くなったというだけでも、人間らしい最期でよかったな、と思うケースもある。


宣教師のサンディーさんから最近聞いたのだが、おもにホームレスのために、3か月3000円で借りられるすまいの提供を、どこだか公の機関が始めたらしい。でも、どこだか、では役に立ちませんよね。これまでなかなか手が回らなかったのだけど、来年は、NPOや公の支援のこともよく調べて、今年来たような若い人が実際的な面でも立ち直れるように、連携できる情報ソースを持っておきたいと思っている。
精神的な支援の方は、来年も引き続き、みなさんのお手伝いをさせてくださいね。


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ちゃぶ台も出現? 最近、ものすごくバージョンアップしたおうちのひとつを撮影させてもらいました。ニューヨーク育ちの少年J君が、初めて日本のブルーシートハウスを見たとき、わぉ、日本のホームレスは、ホームがあるんだねぇ。なんてまぁ、アーティスティック! と言って驚いていました。
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by Annes_Tea | 2008-12-28 00:02 | 牧師館で暮らす
リノベーション日記 会津編


e0165236_23374313.jpge0165236_23372484.jpg若松栄町教会


大切に使われている古い建物に出会うと、親しい友に会ったような気持ちがする。たぶん、自分自身が古い建物と実際に日々つき合うようになって身についた新しい感受性なのだろう。

会津に野口英世が洗礼を受けた教会があるという。ガイドブックに書いてあったのは、明治期の木造西洋建築、一見の価値あり、ということだけ。でも、何かしらひかれるところがあって、旅のルートを変更して会津に寄ったことがある。

最初は外観だけ見学するつもりだったのだが、実際に建物を目の当たりにして、どうしても内部まで見たくてたまらなくなった。教会という場所に慣れているので、こういう時はずうずうしくなる。教会の門の脇に車を止めて、教会の番号にかけて事情を話すと、「今、開けましょう」と、こころよく牧師夫人が答えてくださった。

一面識もない私たちに、牧師夫人はとても親切に時間をさいて下さった。明治27年に建てられたこの教会は、雨漏りなどに悩まされ、新会堂建築が長年の悲願だったという。建てられた当時は、それこそ会津中の大工さんが見学に来て驚いたという逸話を持つモダンな建物だが、教会の人たちは、建物を保存するよりも、すっかり新しいものを建てたいという気持ちが強かったという。

この辺りの気持ちはよくわかる。教会という建物は、ふだん集っている私たちにとっては「ホーム」である。礼拝する場であるのは基本だが、空間としての用途はじつに多様なのだ。とくに小さい教会の場合、礼拝する場所が空間のすべてということが多いので、それはもう七変化してもらわなくてはならない。人生にかかわる事柄だけでも、つまりゆりかごから墓場まで、この場所ですべてが行なわれる。たとえば、児童祝福式、成人式、結婚式、披露宴、前夜式、告別式・・・。わたしたちの教会でも、お葬儀は多い。おばあちゃんの棺を守ると言って、孫たちが会堂に泊まり込んで、棺のそばで一夜を過ごしたこともある。
そのような人生儀礼だけでなく、もっと身近なこととしては、大勢の子どもたちと遊ぶ場所になったり(以前、椅子を片付けてミニ四駆大会をやっていたこともある)、カフェやコンサート、勉強会など、なんでもありなのだ。できることならば、もっと使いやすく、建物をまったく新しくしたいと多くの教会が思っている。

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会津は観光が主要事業なので、古い建物を再生して保存し、観光客も受け入れてほしいという要請が、まちづくりの関係者から投げかけられたという。これほど古く、手間のかかっている建物を再生するのは、新会堂を建てる以上に費用も技術も必要だ。さんざん教会内部で話し合い、助成金なども受けることができ、こうしてみごとに再生するにいたったという。

建物が再生されて、会津のまちの人たちもとても喜んでくださったという。今では、ゴスペル教室やクラシックなどのコンサートも盛んで、まちの公会堂のように親しく利用されているという。教会に若い人たちが出入りするようになり、高齢者が多かった教会の中も、生き生きとした雰囲気が生まれている。夏を前にして、観光客を招くための草むしりも、いまでは教会の行事のひとつのようだ。大草原の小さな家の教会ですね、まさに!

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↑4本のワイヤーで建物を支えている独特な手法です。

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↑このオルガンは、野口英世の時代からのもの。教会で開かれていた語学教室に通い始めたのが、そもそものきっかけだったという。教会にお目当ての女の子がいた、という説も。

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↑古い階段には共通したたたずまいがあるように思います。わがやの階段もこんな感じです。最初は、拭いても拭いても布が真っ黒になるので、ほとほと困りましたっけ。この階段を上がると、小さな部屋があります。なんと、会堂の上が納骨堂になっていました。教会の人たちは天国に送り出した人たちのことをいつでも思い出すことができて、とてもいい造りですね。


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↑教会を再生する時、いちばん話し合ったのが、床を土足にするかどうかだったそうです。この手の話はよく聞きます。土足の方が、訪れる人には楽ですが、掃除が大変なので迷うところですよね。私たちの教会でも、土足の意見が出たこともありますが、日曜日にこの「ホーム」に帰って来るのだから、家庭的な今の大きさのうちは、靴を脱ぐスタイルでいいじゃないの、という意見にまとまりました。

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↑会津には高山右近の影響で、キリシタン大名もいたようです。これはレオ氏郷南蛮館のステンドグラス。
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by Annes_Tea | 2008-12-05 23:51 | リノベーション日記
リノベーション日記 最終日編
夕方仕事から戻ると、
ちょうど親方たちが軽トラックに乗り込むところだった。
ようやく、本当にようやく、会堂のリフォーム作業が終わったのだ。
いちばんよく通ってきてくださった若い職人さんに、
思わず握手を求めてしまった。
「手、汚れてますよぉ」と言われたが、何のその。
ペンキの細かい仕上げに相当手間がかかったらしく
(なにしろ傷みがひどく、細々した部分が多いので)、
予定を4日間も返上して来てくださったのだから。
ありがとうございました!

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教会の庭になぜか漆の木があります。毎年紅葉するので、何かな? とは思っていましたが、その正体がわかったのは去年のことです。牧師館の前にある大きな椎の木を剪定してくださった、向島・鳩の街の植木屋さんが教えてくださいました。

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(2005年12月撮影)
ちょっと懐かしんで、3年前のクリスマスの様子を紹介します。この風情が好きだと言ってくれる人も案外たくさんいました。昨日の夜、会堂の扉を閉めようとした時、「まあ、きれいな教会ね」という言葉が聞こえたので、思わずびっくり。声の主は、通りがかりの年配のご夫婦でした。うちの教会に対して、「きれい」という形容詞を使われたのはなにしろ初めてのこと。嬉しくて、えへへ、とペコちゃん口になってしまいました。
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この写真も3年前のクリスマスです。この時は、ニューヨークからゴスペルシンガーのボビーさんたちがクリスマスライブに来てくださいました。その前年、アーティストの友人のホームパーティーで初めて会った時に、たまたま教会の写真を見せたところ、「おお、私は来年、この教会で歌いたいです」というようなことを英語で言われました。それから1年近く何の音沙汰もなかったのに、ちゃんとクリスマスには約束を果たしてくださいました。ニューヨーカーのクリスチャンアーティストたちは、なぜかこの教会が好きなんですよね。アメリカの大都市では1000人ぐらいの教会も珍しくないので、小さいけれどがんばってますというここの雰囲気に、心を動かされるのでしょうか。これからもみんなに親しまれる教会でありたいと願っています。

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by Annes_Tea | 2008-12-04 23:41 | リノベーション日記
リノベーション日記 ドア編


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↑以前のドアには、ガラス部分にカッティングシートが貼ってありました。最初はステンドグラスのようできれいだったのでしょうが、風雨にさらされて次第にもろもろに。ドア自体はいい味を出していたので、ガラスを交換して使い続けることにしました。屋根に合わせて、新しいドアもグリーンです。鮮やかな色に、通りがかる人もはっと驚いて見ているようでした。きれいですよね。

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↑before&afterです。いかがですか? かなり印象が変わりました。ドアのグリーンとショーウンドウのような窓がいい雰囲気を出しています。通りがかる人も、訪れる人も、明るくなったねぇ、と言ってくれます。教会のみんなも大喜び! 職人のみなさん、よいお仕事をしていただき、ありがとうございました。
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by Annes_Tea | 2008-11-30 21:28 | リノベーション日記
リノベーション日記 窓編

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これが65年間使ってきた窓です。年輪を感じますね。特殊な形なので、新しくするには、全部オーダーで作ってもらう必要があります。わたしたちの予算ではそれは難しいけれど、現状に手を加えるとなると、壊れる覚悟でお願いしなくてはならない。さあ、どうなることでしょう?!
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まず室内側の窓枠を、無事に塗りかえていただきました。きれいになりましたよね。少し下がった天井部分も、修理をしてこの通り。
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今回、いちばんこだわったのが、コンセットハットの骨組み部分です。あえて濃い色にすることで、ドーム型の空間を強調し、よいリズムになりました。成功です!
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これは会堂の講壇部分の壁です。ボルドーカラーのビロードで覆われていましたが、思いきって石工ボードに張り替えることにしました。真っ白になった壁面にプロジェクターを投影して使う予定です。これで、賛美の時、スクリーンを出し入れする手間がなくなりそうです。
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by Annes_Tea | 2008-11-30 21:21 | リノベーション日記
リノベーション日記 天井編
今回、改装のきっかけとなったのは、「天井をなんとか少しでもきれいにしたい」という願いに始まります。白いペンキを塗ってはどうだろうかと意見がまとまったので、見積もりを頼むことにしました。ところが、職人さんに実際に見ていただくと、「たとえ一時的にきれいになっても、材質や環境を考えると早いうちに剥げ、よけいにきたなくなってしまうかもしれないですね」というご意見をいただきました。そこからわたしたちの計画も大きく変わっていきました。いっそのこと、天井材を総取り替えして、他のところも手を入れようではないか! こうしてわたしたちの新しい出発が始まりました。
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当時、まだ子どもだった夫の記憶によると、昔はボール紙のようなものが天井に張られていただけだったそうです。ところどころ穴が開いていたらしく・・・。板を剥がしてみると、ログハウス風の天井が出現しました。65年前に作ったにしては、案外、傷みが少なくて驚きました。でも、さすがに場所によってはこんなにボロボロ。

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曲線のある場所に使われるシナ合板で天井を覆い、ゴム材でできた木製風のとめ具を使う予定でした。ところが、天井が予想以上に歪んでおり、うまくとまらないことが判明しました。そのため、まず下地を貼ってから、その上に合板を3ミリずつ隙間をあけて貼り合わせるという手法がとられました。
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ついに完成!! すっかり会堂内が明るくなりました。限りある予算でも、ライトだけは変えたいと思っていました。シェードのないタイプを選びましたので、以前よりもまんべんなく光が届きます。明かりの色は念願の電球色です。温かい雰囲気で居心地よく、ついつい長居?
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by Annes_Tea | 2008-11-28 12:29 | リノベーション日記


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