下町すみだ牧師館暮らし文筆家、宮葉子のブログ             
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん


参加者常時募集中!
「大人のための子どもの本の読書会」
墨田区のふたつの拠点を中心に、子どもの本のロングセラーを読むゆるやかなサードプレイス。幅広い年代が参加されています。


つながる・祈る・分かち合う「pray&hopeプロジェクト」を主宰。月に一度、女性たちの集まりをもっています。
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カテゴリ:お茶と料理、ときどきカフェ( 40 )
黄色いゴーヤは犬のおやつ?


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セミが旅立つ前、庭に残していったもの。いくつあるかな?


早朝、セミの大合唱で目が覚めた。

昨夜のうちに地上へ顔を出したセミたちが
いっせいに歓びの声をあげたらしい。
暑さのあまりクーラーをつけると再び夢うつつ。
庭に出たころには
セミの声も姿も消えていた。

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サラダにしようと待ち構えていた黄色いゴーヤは、
あっけなくはじけ、赤い種はアリたちの餌食になっていた。
黄色いゴーヤは一晩ではじける。
薄切りにしてマヨネーズあえにする食べ方を教わったので
試してみたかったのにな。
あせって収穫した黄色いゴーヤの方は
はじけないまましぼんでしまった。
収穫のタイミングがなかなかつかめない。

アリが食べ飽きたら
はじけた黄色いゴーヤをツルから切って
そのまま天日干しにしておく。
これはメルのおやつ代わり。
この夏発見したメルの新しい好物である。
天然系のおやつ。安心、安心。

e0165236_1275158.jpg今朝、こんなお客さんも来ていました。


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by Annes_Tea | 2010-08-06 12:12 | お茶と料理、ときどきカフェ | Comments(0)
久しぶりの紅茶教室

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写真は蔵前にあるアノニマスタジオで開かれたお茶のワークショップの様子です。『風景のあとに』の著者、椿野恵理子さんのご実家で摘まれたお茶の葉を使って、実際にお茶作りを体験しました。



少し前の話になるが、
紅茶を習いたいと言って遠方から人が来た。
夫の友人からの紹介である。
電話でやりとりするぐらいならいいですよ、
と答えたつもりでいたのだが、
紅茶談義を電話で愉快にした1週間後、
やはりこちらまでいらっしゃると言う。
新幹線を使っての上京と聞いて丁重にお断りした。
わたしのウデにそんな価値があるとは思えない。
ところが、何かのついでがあるとおっしゃるので、
ならばと快くお迎えした。

紅茶の話は愉しい。
犬の飼い主との立ち話と同じで、
相手の名前も背景もいっさい必要がない。
たとえ初対面であっても、
軽々と境界線を飛び越えて親しく会話がはずむ。
夫を見ていると、
バイクや自転車や「リペア」に関する相手とはすぐに親しくなる。
私の紅茶と同じ。
その人だけの特別なキーワードは、
出会ったり、つながったりして、
暮らしを広げる力がある。

さて、紅茶教室。何をしようかな?
昔ならばあれもこれもと思うところだが心は決まっていた。
まずは代表的な産地の茶葉で紅茶をいれてともにいただくこと。
選んだのはダージリンとディンブラとウバ。
新鮮な茶葉でなくては意味がない。
信頼できる紅茶専門店と言えば、
わたしにとっては国立の葉々屋さん。
種類の多さよりも質、
目新しさよりも本当に必要なことだけを大切に。
こんなシンプルな姿勢が静かに伝わってくる。
値段も良心的。
メールで茶葉を取り寄せて、
ティーサーバーとカップをよく磨き、
ウバに合わせたくてチョコレートを、
ダージリンにはチーズの小さなお菓子を用意した。
余力があったので、
何にでもよく合ういつものバナナブレッドに
少しだけアーモンドプードルを加えて焼いた。
お菓子と合わせてこそ、紅茶のおいしさはよくわかる。

リプトン・ジャパンにいらした荒木安正さんから、
まずは自分の舌に基準の味を持つことが大切だと教わったことがある。
1か月間、毎日同じもの、
それもブレンド茶ではなく、産地茶を決めて飲むといい。
荒木さんはリプトンの青缶、
ヌワラエリヤを勧めてくれたけれど、
どうもあの青っぽさを毎日というのは気がすすまなかった。
わたしが見つけた自分の基準は、
葉々屋さんのディンブラということになっている。
その味にくらべて、
ああこうかな、こうだな、と舌が判断してくれる。

先だって、
父の日のためにコーヒー豆を選ぶことになり、
膨大な情報を前に途方に暮れた。
コーヒーの世界は、まったくの新参者。
好きなものがひとつ定まっていることは、
ささやかだけど幸せなことなんだな、とあらためて思う。

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昔々、狭山と静岡でも手揉みを体験したことがあります。久しぶりでしたが、すんなりと手が動いてびっくり。覚えていたようです。体験しておくことって貴重ですね。

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手揉みした茶葉を数日かけて乾燥します。

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「ふだんどのようなお茶を飲んでいますか?」と先生から自己紹介代わりに質問されました。煎茶作りの会だったせいか、ほうじ茶や番茶などが人気でした。あらためて自分が、紅茶もコーヒーもハーブティーも野草茶もと、あらゆるお茶に手を出していることに気付き、赤面。時間帯や気分に合わせていただくのが好きなんです。気が多すぎるかな?
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by Annes_Tea | 2010-06-27 21:20 | お茶と料理、ときどきカフェ | Comments(2)
父の日もコストコ


e0165236_22294916.jpg教会の台所仕事をしながら女性たちとシマリスの話になりました。前々からシマリスもウサギも飼ってみたいと思っているのですが、メルは嬉しくないでしょうね。(これは伊豆のウサギ牧場にいたかわいいの)



教会も父の日。
「ティーパーティ」ではしゃれ過ぎているので、
今年は「茶話会」と呼んでみた。
「愛さん会」までいくと、もう少し気合いが必要になる。
ただ単に、準備するわたしの個人的な気持ちの問題だけど。

父たちからリクエストをいただいて、テーマはパンである。
(手軽でいいよ、との気遣いでしょう。ありがとう)

先週、外仕事からの帰宅後、コストコに滑り込んだ。
向島から首都高に乗れば20分ほどで着く。
閉店まで残り1時間わずか。
普通のスーパーならば楽々済ませられるところだが、
そこはコストコ。
ただっ広いうえに、イートインでも食べたいと思うから集中力を要す。
ねらいを定めて見て回り、そのままレジに直行。
と思いきや、
夫が「ちょっと見てほしい」と言って家電コーナーに連れて行かれる。
そこにあったのはピザ専用のオーブン。
ああ。
ほしいよね、いいよね。
「でも、どこに置くの?」
というわたしのひと言でそれきりになった。
だってねぇ、本当にどこに置くのだろう。

夫は高校の生徒たちからコストコに連れていってほしい、
と言われているのだとか。
インターナショナルスクールなので生徒たちは、
「コストコ」ではなくて
「コスコ」と発音するらしい。

父の日もありがとうコスコ。
本物の父には、これから美味しいコーヒーを選ばなくては。
いつも遅れてごめんなさいね。
コーヒー豆は詳しくないので、まだ検討中なのでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以下、メモ代わりに。
☆父の日のメニューは?
ホットドッグとチーズケーキとコーヒーでシンプルに。
大皿に盛って、セルフサービスにしました。

1ディナーロール(コストコの定番)
2ソーセージ(丸大ハム。これもコストコ)
3キャベツのせん切り(巨大スライサーの出番)
4チーズケーキ(1200円ほど。1ホールで最大36人はいけます)
5ケチャップ(ハインツ)とチューブタイプのバター(楽ですから)
6コーヒー(これもコストコ。UCCのプレミアムだったか)


茶話会の前には、
岩渕まことさんの「God bless you」をみんなで熱唱。
賛美の贈り物がいちばんですね。
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by Annes_Tea | 2010-06-20 22:35 | お茶と料理、ときどきカフェ | Comments(4)
お味噌汁のようなコーヒー?


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10年ほど前に一度だけお会いしたことのある女性が
つい最近、事故で亡くなったと聞いた。
当時、初対面の私に、
「神さまを信じる気にはなれない」
と彼女は言った。
会話をした場面も、話の流れもよく覚えていないけれど、
教会に通い始めてまだ日の浅かった私は、
ああそうなのね、
と思ったことだけはなぜか心に残っている。
確か世代が近かったはずだ。
知り合いとも言えない遠い関係だから何もわからない。
この10年の間に、彼女はどんな人生を送っていたのだろう。

いのちと死の両方の傍らにいつもいる仕事なので、
だれかが苦しんだり、
悲しんだり、
またその中で希望を見い出したりする様を、
たえず身近に見聞きして暮らしている。
最近は親しい人たちに、
病いが見つかったり、
余命があと少しだとわかったり、
急遽、入院することが決まったり、
たて続けにざわざわとしている。
もう死のうかと思います、とか、
このまま目が覚めなければいいのに、とか。
そんなことばをときどき聞く機会がある。
昔ならばその度に慌てていただろうけれど、
今は少し違う。

祈れる。
この一事に、どれだけ日々励まされていることだろう。
もしも私の暮らしに祈りがなければ、
それだけ多くの人たちの苦しみを見聞きして、
いったいどうすればよいのか途方に暮れるに違いない。

今週から夜の祈り会に集まれない女性のために、
平日の午後に祈りと学びの会を始めた。
小さな小さな集まりだ。
月に一度であっても、
それが互いに暮らしの潤いになればと思っている。

祈り会の日は真夏のような一日だった。
そのせいだろうか?
礼拝とも祈とう会とも違う寛いだ雰囲気でみな明るい。
私の質問から、
会話はどんどん広がって、
ただのおしゃべりになるかと思いきや、
不思議とまた聖書の話に戻っていたり。
それぞれがこの会に期待することを分かち合っていくうちに、
「会の名前は何?」とだれかが言い出した。

エステル、ルツ、マルタ・・・
と聖書に登場する女性たちの名前が色々と出たが、
どれもしっくりこない。
「女ペテロの会」と私が冗談で言うと、
うーん、それがいちばん気分に近いかも、
などと同意が出そうになって焦る。
女ペテロはいくらなんでもねぇ。
というわけで、名前は次回までの宿題となった。

会の終わりに、
少しだけお茶の時間をとって、
まるっきりのおしゃべりをするようにした。
おやつは持ち回りで用意する。
一人200円まで。各自に一個。こんなルールでどう?
と言い出した手前、まずは私が用意した。
コンビニのデザートがこのところ優秀なので、
セブンイレブンのロールケーキにした。
スプーンですくって食べるあれ。
本当はローソンの方が好きなのだけど近場で済まさせてもらった。

いただくのは初めてとのことで、
思った以上に好評でほっとひと息。
コンビニでいいのなら準備するのも大変ではないわね、
とみなもほっとする。
長続きさせるには、負担にならないことは大切だから。

「神田でそれは結構なコーヒーをいただきました」
とYさんが言う。
門構えの立派なクラシカルなお店で、
店主は白いおひげの老紳士だったそうだ。
「一杯500円もするの。
でも、ときには生活に必要なぜいたくですね」
ひとりずまいのYさんは80歳になったばかりだ。
それでどんな味でした?
私が問うと、
「お味噌汁のようにおいしいコーヒーでした」
と答える。
湯気がふわっと立って、
入れたて出来たてのコクのある美味しさは
赤だしのお味噌汁を彷彿とさせたのだとか。
なるほど。
Yさんらしい比喩に思わずくすり。
年代がさまざまに集まったガールズ(?)トークは楽しい。

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by Annes_Tea | 2010-06-18 23:52 | お茶と料理、ときどきカフェ | Comments(0)
私的アフリカ月間
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家にあるアフリカのものと言えば、ルイボスティーだけでした。
那須SOZOのカフェで買ったタンブラーでいつも飲んでいます。
象のマーク、わかります? 
象と言えばアフリカということで。



ワールドカップとは何の関係もないが、
このところアフリカづいている。

先日、ドイツ出身の知人のおうちで
「タンザニアミートボール」なるものをいただいた。
山盛りになった小さなかたまりに、集まったみなが興味津々。
いっせいに指でつまんでポイとひと口。
カリカリと小気味よい歯ごたえに、
あれ、これ? と顔を見合わせる。
ふだんの食卓にはあまり出てこないけれど、よく知っている香りだ。
ええと、と言おうとした瞬間、
「カルダモン」とだれかが叫ぶ。
砕いたカルダモンがふんだんに混ぜ込まれていて、
なんとも新鮮な味わいだ。

イギリス人の若いデザイナーが、
「ドイツで食べたハンバーガーと同じ味がする」と言って不思議がる。
「だって私、ドイツ人だもの」と彼女。
ええと、ええと。
ドイツとタンザニアって、どうつながるのだっけ?
尋ねてみたかったけれど、
帰る時間が差し迫っていたうえに、
英語でやりとりするのが億劫で、
ダメな日本人だなぁと思いつつだんまり。
ドイツ式かアフリカ式かわからないけれど
彼女と思いっきりハグをして、バイバイ、と英語で別れを告げた。

さて、もうひとつのアフリカと言うと。
日曜日の午後、
訳あって、日本で暮らすエチオピア人クリスチャンたちの礼拝に参加させていただいた。
以前、友人に頼まれて、
ガーナの人たちの礼拝に参加したことがある。
その時は、民族楽器をどこどこ打ち鳴らし、
全員が輪になって踊り続けるという礼拝だった。
当時まだクリスチャン歴が浅かったこともあり、
いまひとつ入り込めず、
困った、困った、と思っていたことを覚えている。
しかも長かった。4時間はたっぷり。

エチオピアの方々とお会いしてみると、
物静かで少し照れたような笑顔を見せるところに
近しいものを感じてほっとする。
礼拝は現地のアムハラ語なのでひとことも理解できない。
でも、わたしと夫のために、
時々英語を交えてくださった。ありがとう。
聖書を一行ずつたどっていくメッセージだということもあり、
わからないのに、なぜかわかる。(ような気がした?)
ともかく、初めの愛に戻ること。
そして、完全な休息は神さまの愛にあること、
聞いたことを信仰と結びつけていくこと、などなど。
確か題名は「rest」だった。
お互いの違いではなく、
国籍は天にありと言うとおり、
お互いに同じだわ、と実感しきり。

礼拝後、今度は「ダボ」なるものを一切れいただいた。
見た目はパン。というか、カステラ風情。
「エチオピアの子どもはね、これと紅茶が朝ごはんなの」
といちばんフレンドリーな若い女性が説明してくれる。
日本の材料で作ると甘くなりがちで、少し味が違うらしい。
エチオピアってコーヒーの国だよね。
紅茶なのね、と尋ねると、
「子どもはコーヒーを飲まないでしょう」と笑われた。
あ、そうだよね。
エチオピアは紅茶の大産地ケニアの隣りだしね。
もう少しアフリカについて学ぶ必要がありそうだ。

ダボの焦げた部分を取るにようみなが勧める。
「でも、ここもおいしくて大丈夫」
とわたしが言うと、
いや、でも取った方がもっとおいしいから、
とまた勧められる。
優しい。
帰り際、
「God bless you」
と一人一人から祝福のことばをいただいた。
でも、ハグはなくて、今回は握手だけで、さようなら、と言って別れた。


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by Annes_Tea | 2010-06-12 00:00 | お茶と料理、ときどきカフェ | Comments(0)
自転車部カフェ報告

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EAT&ARTのタロウさんの作品、完成です。この中身を食べられるというのが、今回のカフェの目玉、自転車部カレーというつながりです。


自転車部カフェ、終わりました。

当日は、夕方から豪雨となり、
自転車どころか歩いて来るのも困難なほど。
別のアート会場からタクシーで乗り付けた方も多かったようです。
自転車でやってくるカフェとはならず、残念でした。
その昔、自転車部主催で行なった川辺のバーベキューも、
集中豪雨に見舞われて、文字通り遭難しかかったことを思い出しました。
自転車部は雨を呼ぶのですかね。

それでも、3年ぶりの自転車部カフェ開催は、
まさにサークル活動ののりでゆるく、楽しいひとときとなりました。
超多忙の中で部活動に加わり、カフェ準備までして下さった土谷部長に心から感謝 !
これから25日までkosuge1-16はいわき市のアートイベントに滞在するそうです。
こちらもみなさん応援下さい。
おしゃべりついでに、kosuge1-16のアートの根幹を尋ねたところ、
「もちつもたれつ」が一貫するテーマだそうです。
give and takeではなく、share each otherということだとか。
教会風に言うならば、互いに仕え合う?
彼らとの共同作業がいつも楽しい理由はこんなところにあるのかしらん。
とまあ、あらためてお二人を好きになりました。

自転車部カレーは、
シンポジウム参加者のおかげで途中から売れ行き好調、
パウンドケーキはみごと完売しました。
今年のカレーはじつにフルーティでした。
パイナップルやレーズンが入っていたのがわかりましたか?

今回、新しい部員が2人入部してくれました。
おひとりは自称「飛ばし屋」とのこと。その実力たるや楽しみです。
とはいえ、相変わらずの家庭科部系であることは変わりありません。
今後の活動として、
かき氷自転車に次ぐ新作自転車の構想を練る話や、
オリジナルTシャツの在庫がなくなってきたので、
自転車部手ぬぐいを作ってはどうかという話が出ました。
(手ぬぐいは、私の勝手な提案ですが・・・)
などとと書くと、よほど活動をしているように聞こえそうですが、
じつは結成6年、途中の休部3年と、ほとんど休眠状態。(自転車部ウェブサイトの最後の日付を見ると、いったいいつのこと?)
参加している人たちが、みなそれぞれの仕事で用いられ、忙しくなったのが原因です。
みなさんの成長と活躍は嬉しいこと。
休部というのは、じつは前向きなお休みだった次第です。
休部の間に、この教会もリフォームをすることができました。
集いやすくなったおかけで、
墨東まち見世のシンポジウム会場として提供させていただくことができました。
シンポジウムも、アットホームな雰囲気の中、
アーティストたちの本音をぽろぽろと聞けたのがよかったです。
向島とアートとまちづくり。90年代後半からその関係を徐々に結んできて、
アートが少し大人になったね、
という感想を地元の方たちが語っておられたのが印象に残りました。

進んでないように見えながら、じつは着実に進んでいる。
goodnewsいろいろ、そのことを実感した一日でした。

またいつの日か、自転車部カフェでお目にかかりましょう。
来て下さったみなさん、ありがとうございました!
これからしばらく、わたしはクリスマスの働きに集中します。
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by Annes_Tea | 2009-12-08 13:18 | お茶と料理、ときどきカフェ | Comments(0)
紅玉の季節の終わりに

カフェで、「紅玉のレアチーズケーキ」って何? と思ったら、
りんごを品よく煮たものが、下敷きになって出てきました。
紅玉とレアチーズケーキをつなぐ「の」に、まんまとやられました。
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あれもこれもと引き受けてしまって、自分で自分の首をしめている。
でも、クリスマスの季節とは、そういうものである。
そんな中で、ブログのことを考える。
どうしようかな、書こうかな、休もうかな。
ブログに書く作業は、
流れていく日々に、ほんのひととき足を止めるようなもの。
とっちらかった思いのかけらを、
角を揃えてとんとん、と四角くまとめる。
すると、不思議なように心が落ち着いてくる。
忙しいからこそ、とんとん、が必要なのだとも思う。

よその教会の前を通ると、
すっかりクリスマスの飾り付けになっている。
小さなわが教会はぼちぼち。
ツリーはみんなで飾るが、
それ以外は、わたしが家事や仕事の合間をぬって、
少しずつ飾り足していくという原始的な仕組みになっている。
昨日は、仕事の出先で見つけたホームセンターに飛び込むと、
寄せ植え用の苗を10個も買い、
バスと電車を乗り継いで帰ってきた。重かった。

そのホームセンターで物色していると、
店の奥からワン、と聞こえた。切羽詰まった声だ。
ペットコーナーに走る。
「1歳4か月、13万円」という札のかかったボーダーコリーが、
ケージの中でぐるぐる回って吠えていた。
バターになったトラだよ、これでは。
1歳をはるかに過ぎたボーダーが、
平日の夕方のホームセンターで売れるわけがない。
せつないなぁ。狭いなぁ。連れて行きたいなぁ。かわいそうだなぁ。
でも、実際には、ボーダーではなくて、
連れて帰ってきたのは、ガーデンシクラメンなのだけど。ごめんね。

夜、クリスマスの布を縫う。
去年使ったものをどこにしまったのか、どうしても思い出せないのだ。
あ、いやだ。
ミシンをかたかたした途端、思い出したのは別のこと。
冷蔵庫に紅玉が入ったままだ。
アップルパイを作ろうと思って買っておいたのだっけ。
中がすかすかになっちゃったかなぁ。
今週の生協のちらしから、紅玉が消えていた。
大好きな紅玉で、りんごのお菓子をいろいろ試したかったのに。
結局、作ったのは、
いちょう切りしたりんごを加えて混ぜただけのケーキを2回だけ。

季節は移る。出盛りだった紅玉も終わる。

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紅葉もそろそろ終わりですかね。
中禅寺湖の金谷ホテルの裏庭に、
メルとそおっと入り込んでみました。

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by Annes_Tea | 2009-11-26 19:57 | お茶と料理、ときどきカフェ | Comments(4)
エンゼル型でお菓子を焼く
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連休中、ギター教室の子どもたちが遊びに来るというので、
いつものようにバナナケーキを焼くことにした。
本当に、こればかりという感じなのだが、
お菓子作りに関して腰が重いわたしには、
家にある材料で作れるこのビギナーレシピがいちばんなのだ。

手持ちのお菓子の型は、
パウンド型、エンゼル型、スクエア型、底が抜ける丸型の4つだけ。
中でもいちばん活躍するのがエンゼル型である。
パウンドケーキだろうと、ムースやプリンだろうと、
ふだんはこのエンゼル型で済ませてしまう。

わたしが子どものころ、
母もまたこのエンゼル型をよく使っていた記憶がある。
ずいぶん前になるが、
大原照子さんの「1つのボウルでできるお菓子」という本を見つけたときに、
懐かしさもあいまって、
本と一緒にエンゼル型を衝動買いしてしまったのだ。
以来、わたしのお菓子作りは、
エンゼル型なくしては成り立たない。
大原さんよると、
エンゼル型は熱が平均して行きわたるところが最大の長所のようだ。

大原照子さんには、その昔、一度だけお会いしたことがある。
当時のわたしは駆け出しのライターで、
紅茶の記事ならなんでもやります、
と会う人ごとにさんざん言っていたころである。
念願かなって、初めての紅茶特集を任されたとき、
カラーページの撮影で、
紅茶のセッティングをしてくださったのが大原さんだった。
撮影はこの本と同じく、大御所の安東紀夫さん。
ベテランの編集者も同伴し、
新参者のわたしなど、いてもいなくても。
撮影も試食もつつがなく進んだ最後に、
編集者が気をきかせてくれて、
「紅茶が大好きで勉強もされているんですよ」
とわたしのことを紹介してくれた。
大原さんはそのとき初めてわたしを正面から見ると、
「あら、イギリスで勉強されたの?」と言う。
いいえ、とかなんとかモゴモゴ答えているわたしに、
「あら、それではだめね」
と言うと、話はそれきりになった。
そのときの気恥ずかしさは、今でも思い出すことができる。

その言い方に、気を悪くしたとかではない。
ああ、そうか、と妙に腑に落ちてしまったのだ。
紅茶を学びたければやっぱりイギリス暮らしなのね、と。
だからと言って、イギリスに留学しようという気はさらさらなかった。
むしろ、お茶好きとして日本で学べることといえば何だろうと真剣に考え出して、
その後すぐに、煎茶のお手前を習うことにしたのだ。
煎茶道に出会えたことは、
わたしの人生の中でも、幸福なことのひとつである。
だから、あのひとことは、新しい扉を開いてくれた贈り物だと言えるかな。

今も思い出す。
エンゼル型を見ると、
「あら、それではだめね」という凛とした声を。


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最近は、スクエア型をよく使うようになりました。スライスしたバナナを押し込んで焼けば、見た目もひと味違います。


1つのボウルでできるお菓子―型も1つで全部できます

大原 照子 / 文化出版局


じつは、この本のレシピそのものは、いまはそれほど使っていません。でも、パンをきらしてしまったというときには、この本のスコーンやソーダブレッドが活躍してくれます(くれぐれも温かいうちに食べてください)。紅玉を使ったりんごのケーキはどれもおすすめ。子どもたちに人気なのは、マーブルケーキ、チョコレートブラウニー。かぼちゃのムースもおいしいですよ。
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by Annes_Tea | 2009-09-26 22:54 | お茶と料理、ときどきカフェ | Comments(4)
続・教会カフェ

9月に入ってから、
「墨東まち見世」という100日間のアートイベントが始まった。
100日もの間、アーティストが地域に浸透しつつ、
制作過程を見せるという企画らしい。
土曜日の夕方、
キラキラ橘商店街の一角で行われた開会式をのぞきに行った。

この教会もかろうじて墨東に入っているので、
地域に根ざしたひとつの場として、空間を提供する予定である。
具体的にはまだこれから。
アートディレクターの方々と、
今週中には話をしましょうということになっている。
個人的には、子ども向けのプログラムを開きたい。
でも、カフェイベントがいいのかなぁ。
毎度おなじみのような気もするが、
教会とカフェは相性がよいのだ、きっと。
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商店街の空き店舗にアーティストが暮らして
コミュニティをつなぐという企画。
現在、滞在しているのは劇作家の岸井さん。
遊びに行くと、お茶でウエルカム! キラキラ名物のビッグかりんとうも。


母教会にいたころ、
「教会」は「病院」に近いイメージがあるよね、
と言われて、うん、確かにそうかもしれないと思っていた。
月曜日から土曜日まで社会の中でもみくちゃにされて、
日曜日にやっとの思いで教会にたどり着いては、
傷をいやして、魂のビタミンを補給する。
でも、自分が教会のバックヤードに関わるようになって、
病院? ううん,違うなぁ、と思い直した。
だいいち、日曜日ごとに病院へ通いたいと思う人がどれだけいるだろうか。
やっぱりカフェ、
ただ、理想としては、もっとダサイ感じがいいと思っている。
それは外見のことではなく、目に見えない部分での話だ。
自分の格好悪いところも見せられる場所。本当の意味で寛げる場所。
家庭のリビングだろう。
それも、大家族のお茶の間で、どんと構えたオカンがいるような場所。
いえ、別に牧師の奥さんがオカンということではなく、
たとえ、ですね。つまり。
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この夏行った倉敷教会には、本物のカフェがあった。
カフェというよりは、喫茶店という雰囲気で、
きめきめでないところが、オカンぽくてほっとする。
ロイヤルミルクティーをいただいている間、
夏の教会学校についての打ち合わせが漏れ聞こえてくるので、
つい耳をそばだててしまった。
議題は、紙コップ。
子どもたちに使い捨てのものを使わせるかどうか。
環境教育は大切だけど、
洗い物に時間をとられるよりも、
限られた時間を有効に使う方が大切なのでは、とか、
もしかして素材がケナフなら筋が通るかも、とか、云々。
聞いていると、いずこも同じなのね、と微笑んでしまった。
わたしたちの教会でも、
紙コップ問題が浮上してマイカップ持参となったが、
洗う人が自然と定まってしまい、それがストレスにもなったりする。
結局、マイカップ派は、今のところ4人だけだ。

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        登録有形文化財になっている倉敷教会の建物。


倉敷教会は100年もの歴史がある。
お茶を楽しんだ後、教会の女性が会堂を案内してくださった。
会堂に入って、あれ、と一瞬、デジャブを感じたのは、
会津若松で見た教会の内部とよく似ていたからだ。
西と東、場所は遠く離れていても、
それぞれに建築された時代を考えるとありえるか。
倉敷教会の設計は、お茶の水の文化学院を建築し、
自ら校長も務めた西村伊作。
ニシムライサク。聖書を読んでいればピンとくるだろう。
「イサク」という名前でわかるように、名付けた両親ともクリスチャンだ。

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クラシカルでモダン。御茶ノ水の文化学院に通じます。
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ぶどうのモチーフ。
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カフェの人にお願いをしたら、快くご案内くださいました。
観光地にある教会は、私たちのような見学者がいて大変かと思います。
そして、旅人への応対で、その教会の持つ文化がわかります。
 当然、断られることもありますが、そのことよりも、
どんな言葉を使うかが大切だと学ばされます。
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100年前の教会創設メンバーに、
倉敷の名士である大原孫三郎の名前を見つけた。
倉敷紡績、つまりクラボウの創設者だ。(いまやクラレ?)
倉敷に数日滞在しただけのよそ者であっても、
この孫三郎さんが、倉敷の町にどれだけ貢献し、
今なお愛されているのかを感じる場面に、何度も出会った。
器屋で店番をしていた大正生まれのおばあさんは、
孫三郎さんの素晴らしさについて、わたしたちに熱く熱く語ってくれた。
大原美術館を建て、世界中の一流の美術品を集めたことで、
戦中、倉敷は空襲を免れたという歴史がある。
「美観地区が今あるのも、みんな大原さんのおかげ」と言っていた。

わたしの暮らす鐘ケ淵のまちも、鐘ケ淵紡績、
つまりカネボウの城下町として栄えた時代があったはずなのに、
いまではカネボウは解体し、
そんな恩恵も人々の感謝も、まちにはみじんも残っていない。
「文化」だとか「まちへの貢献」というビジョンのあるなしで、
企業が結ぶ実はずいぶん違うものだ。

そして、孫三郎さんとともに、
倉敷を歩いているとよく目にする名前が、石井十次だ。
マツケン主演で、「石井のおとうさんありがとう」という映画が公開されて、
その業績が少しでも全国区で知られるようになったのは、うれしい。
石井十次は日本で最初の孤児院を開いた青年医師で、
真性の熱血クリスチャン。
大原孫三郎は、石井十次から精神的に多大な影響を受けたようだ。

残念ながら、教会創設に名前はあるものの、
孫三郎さんが信仰を最後まで持ち続けたかどうかは、
倉敷教会の人たちに聞いても、はっきりしなかった。
たまたま大原美術館で、彼の葬儀の映像を見たのだが、
教会で行われておらず、
戒名まで付けられていたところを見ると、違うだろうなぁ。
もし、石井十次がもう少し長生きしていれば、
何かが変わっていたのだろうか。

教会カフェの話が、
思わぬシリアスなところに行ってしまった。
終着点はどこかと言うと、
大原美術館の初期コレクション収集に尽力した画家の児島虎次郎だ。
虎次郎も、地元の人にとっては恩人になるようだ。
その虎次郎の妻は石井十次の娘である。
映画でその娘役を演じたのが、
10月に開くイベント「声なき者たちの声を聴く」で
朗読をしてくださる役者さんなのだ。
倉敷へ旅立つ前、その役者さんに、
映画のロケで行ったおすすめ場所を尋ねたところ、
大原美術館はもちろんのこと、
アイビースクエアと児島虎次郎美術館だと教えてくれた。
知らなかったら素通りしていたかもしれない。
うん、行けてよかった。

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倉敷紡績の工場をリノベーションしたアイビースクエア。
ここに泊まりました。
やはりレトロできめきめではないけれど、
余分なものは何もなく、清潔でホスピタリティがあってよかったですよ。
しかも大浴場。倉敷の旅にはおすすめします。


倉敷教会を設計した西村伊作の言葉を、文化学院のサイトで見つけたので紹介します。こんな校長先生だったら、心強いですよね。
引用はここから→http://bunka.gakuin.ac.jp/about/souritsu.html

「自分の娘、息子のように、みんなのために祈る。
 どうかこの人の一生がよいものとなるように、
 静かな心、自分を正しく、
 ゆがめられずに、真っ直ぐにいくようにと。
 途中で去った人にも、いまどこかで私のまいた種の芽がはえ、
 この学院が一生心に残るだろう。
 私は祈る、天の恵みが、みんなの上にあるように」
                創立者 西村伊作の言葉より



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by Annes_Tea | 2009-09-21 01:20 | お茶と料理、ときどきカフェ | Comments(1)
青菜に塩を使ってみる
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夏紅葉が好きです。植えてみたいとは思うのですが、和の風情が庭に似合うかどうか?



クラスで慣用句やことわざを教えるために、自分の知識を見直した。
これがけっこう、あやふやなのだ。

以前、まさに「顔から火が出る」体験をした。
クリスチャン向けの雑誌でエッセーを連載していたとき、
点字図書館で音訳をしていただいたことがある。
その中の記事のことで、ボランティアの方から編集部に問い合わせがきた。
「引導を渡す」と言うべきところが「印籠を渡す」になっているというのだ。
うわ、印籠では水戸黄門ではないか。
校正さんも見てくれたのに、どうして誰も間違いに気づかなかったのだろう。

子どもたちは、慣用句やことわざ、それに四字熟語も大好きだ。
わかんないなぁ、と言いながらも、クイズ感覚で問題を解いていく。
作った例文を見せてもらうと、
「あの人は腹を割ったような性格だ」
という珍答シリーズが生み出されている。
あのね、「腹」じゃなくて、「竹」だよね。
竹を割ったような人という表現は、基本的にはほめことばだ。
でも子どもたちに言わせると、
そう言われてもほめられた感じがしないらしい。
だから竹というのは縦に割ってみるね、とかなんとか、
説明しているうちにだんだんと心もとなくなっていく。

「青菜に塩」にいたっては、頭を抱えてしまった。
ほとんど全員が、
(失敗したり、怒られたりして青菜に塩)
という内容で例文を書いている。
たとえば、
「ガラスを割ってしかられたので、青菜に塩だ」
「テストの点が悪くて、青菜に塩だ」
うーん。これはどう考えても変だ。
でも、なぜおかしいのかということになると、
小学生にそのニュアンスをわかりやすく説明するのは難しい。
金田一先生、どうしましょう?

それで、他の国語の先生に聞いてみると、
「青菜に塩をかけて水気が抜けるのは時間がかかるから、
 少しずつしおしおになる状態に使うのではないかな」と言う。
脱水シートに魚をはさんだ時のように、
少しずつしおしおという状態を理解はできるけれど、
現実世界ではどんなことがあるのだろう。
まだ腑に落ちない。
調べ直してみると、
(元気だった人が、あることで急にしおれてしまうさま)
ということに落ち着いた。
しおれる前の状態に「元気」や「勢いがある」ところこそ、
ポイントなのかもしれない。
たとえば、
「株で儲けていた人が、金融破綻で大損をして青菜に塩だ」という具合に。
社会問題で言えば、
時代の寵児だった青年実業家が、
不正や賄賂で逮捕されて、一夜で凋落するさまか。
うん、これはわかりやすい。
では、子どもたちの世界では、どんなことかな?
リレーの選手に選ばれて準備万端、張り切っていたのに、
運動会の当日、なんと骨折してしまった、なんて状況はどうだろう。
ううむ。しっくりするような、しないような。

こうしてみると、小学生にとって「青菜に塩」という現実は、
まだまだ先の現実かもしれない。
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by Annes_Tea | 2009-07-08 23:40 | お茶と料理、ときどきカフェ | Comments(1)


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