下町すみだ      築70年の牧師館暮らし。犬と庭と日々の糧。              
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん

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カテゴリ:お茶と料理、ときどきカフェ( 40 )
梅仕事とガラスの器

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今年も梅シロップを作ろうと思って、出盛りの青梅を1㎏買った。
氷砂糖と青梅を交互に加えて、
ビンをごろごろと転がすだけの手軽さで、
ふくよかな香りのシロップができあがる。
いや、当初のもくろみでは、すでに一杯目を楽しんでいるはずだった。
それなのに、あら保存ビンがふさがっているじゃないの、
と言い訳をして、買った青梅をしばらくほったらかにしてしまった。
(ああ、鮮度が落ちる、鮮度が落ちる)
青梅たちは、毎夜、うったえていたのに。

そして、今日、ようやく梅仕事を終えた。
今年は、青梅のなり口を取った後、
冷凍庫で凍らしてからビンに加えた。
この方が、梅のシロップが早くひたひたになるらしい。
買ってきたときには確かに青梅だったのに、
そのうちのいくつかは待ちくたびれて、ほんのり紅をさした顔になっている。
その姿がかわいらしくて、
冷凍庫で凍らす前に、ガラスの器に盛ってみた。
あ、いい、と思うと写真を撮りたくなるなんて、
以前のわたしにはあまりなかったことだ。
これは一種のブログ病?

手作りのガラス雑器を見るのが好きだ。
ほんのときたまだけど、買うこともある。
ガラスは明治以来、東京下町の地場産業だから、
思いがけないところで、小さなガラス工房に出会う。
「見学可」なんて貼り紙を見かけると、
それこそ吸い寄せられるように中へ入ってしまう。
青梅を盛った器はガラス作家のアウトレット品だ。
少し前になるが、教会のバザーで品物集めに苦戦していたとき、
お花屋さんの紹介で、
ある工房の作家さんたちが自分たちのアウトレット品を出してくださったのだ。
アウトレットといってもどれも美しくて、わたし好み。
すべて買いしめたくなってしまったほどだ。
地元のバザーとしては品物がシャレ過ぎていたせいか、
1枚10円の量産の瀬戸物やら、お中元のバラ売りに押されて、
なかなか買ってくれる人がいなかった。
でも、面白いもので、
その翌月だったか、
NYから来たアメリカ人のクリスチャンアーティストたちが、
お土産にと言って、高いものから順に買ってくれた。
手作りの器というものは、
行くべき場所に、ちゃんと行くようになっているのだ。

写真に撮った器は、青菜の和え物などでも映えるけれど、
いちばん好きな使い方は、果物を盛ること。
それも、イチゴやアメリカンチェリーがよく似合う。
アメリカンチェリーは、梅仕事と季節が重なる。
アメリカンチェリーはわがやの大好物だから、
青梅の旬は、待ちに待った季節でもあるのだ。
例えばバナナやりんごを買うよりは、ちょっと高め。
そこで、主婦の決断力が試される。
もう少し安くなったらと思って待ち過ぎると、
店頭から姿を消しかねない。
まさに今年がそんな状況だった。
近くの八百屋の店先が、日本のサクランボに変わってしまったのを見て、
あわててスーパーで買い求めた。
ガラスの器にこんもりと盛り、二人でもぐもぐ。
なんだか、味が落ちているねぇ、なんて言いながら。

さて、梅。
こちらのお味は、あと4〜5日経ってからのお楽しみである。

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月夜野にあるガラス体験工房「月夜野びーどろパーク」で出会ったのは、
こんな楽しい作品でした。

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by Annes_Tea | 2009-06-14 00:33 | お茶と料理、ときどきカフェ
油揚げとしょうがの混ぜごはん

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●作り方(10〜12人分)
めんつゆ80ccに、トースターで焼いて5ミリ角に切った油揚げとせん切りにしたしょうがを合わせる。たきたてのごはん5合に切るように混ぜ合わせる。


イースターのお祝い会で作った簡単混ぜごはんです。
別の教会の牧師の奥さんから耳で聞いたレシピなので、分量は適当です。
ちなみに、このブログのレシピは、
わたしのメモとして載せていますので、
5合などという中途半端な分量になっています。
結婚するときに、5合炊きの炊飯器を3ついただいたものですから、
いつも5合が教会レシピの基準なんです。
(わがやの炊飯器は10合炊きですが)。
1合で大きめおにぎり2つ分が目安。
ですから、3つあれば30〜35人分はなんとかまかなえます。
でも、非経済的かな?

この混ぜごはんは、要するに、
めんつゆに焼いた油揚げとしょうがを混ぜるだけのことです。
でも、幅広い年齢層に評判がいいんですよ。
子どものいる集まりのときには油揚げだけにして、
しょうがは薬味のように添えてはいかがでしょうか。

油揚げが冷蔵庫にあるときにでも、試してみてくださいね。
(あれ、なんで今日は「です・ます」調なんだろう? ?)

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by Annes_Tea | 2009-04-17 00:47 | お茶と料理、ときどきカフェ
お粥でハッピーバースデー
この季節だから、いちごを使ったデザートが気分。誕生日会にはこんなゼリーを作りました。いちご1パック、熱湯でもどした粉ゼラチン、砂糖を合わせてバーミックスで混ぜて冷やし固めるだけです。生クリームを添えて。
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夜は祈り会。でも、その前に、Yさんを牧師館にお招きして、お祝いをすることになった。
ちょうどYさんの誕生日と重なったのだ。
いくつになるのなんて野暮な詮索はなし。
しゃべりまくろう、食べまくろう、そうしてうれしがろうと思っていたのが、
食べるというところだけ怪しい雲行きになった。
2月に作った入れ歯が合わなくて、
今、ちょうど片側の奥歯がごっそりないのだという。

春らしく手鞠寿司にしたい。でも、刺身は飲み込むのがむずかしいかな。
自分が作りたいと思っていた料理をいったんしまい込んで、
食べられるものに頭を切り替える。
そうだ、お粥。思いついて尋ねると、
「あら、好き」
返ってきたのはすこぶるいい返事。決まりだ。
お粥に合うものを思い巡らしていくと、
拍子抜けするほど簡単な献立ばかりが浮かんでくる。
土鍋を使うから、器は土ものであったかい雰囲気にして、
キャンドルを灯せばお祝い膳になるかな。

牧師館には、不意にやってくるお客さんも多い。
でも、あらかじめ約束をして、
ほんの少し気合いを入れたごはんも、
ときどき、暮らしのスパイスみたいにわたしには必要だ。
料理というのはあまりにも日常的で、うっかりしているとだらけてくる。
おもてなしのごはんは、言ってみれば習い事の発表会のようなもので、
その前になると、いつになく本気になったり、集中したりする。
献立を考え、買い物に行き、下ごしらえをし、そうして作ること。
その一つ一つを見直すよい機会になる。
部屋だっていつも以上に念入りに掃除をするし。
宴の終わりを見回すと、
(料理って楽しい)
という気持ちが蘇っているのに気づく。

さて、誕生日会は?

食べた、しゃべった、うれしい、うれしい。
あんまりお腹も心も満たされて、
牧師の夫には申し訳ないけれど、
食事の後の祈り会では、二人とも少々ぼんやりしてしまったほどだ。
その祈り会には、教会のTさんがポピーを一輪持って登場した。
「あら、男の人からお花だなんて」
とYさんが恥ずかしがる。
教会は、そこに集う人たちのホーム。
だから、
一人暮らしのYさんの誕生日は、
わたしたちのお祝いでもある、とあらためて思う。

ただ、ひとつだけ、失敗したことがある。
白粥に趣向を凝らしたくて、
鶏胸肉と昆布でとったスープをかけたまではいいのだけれど、
そこに湯葉を乗せてみたら、あらら。噛みきれない。
仕方がないので、
Yさんが湯葉をお箸でだらんつかんだところを、
わたしがキッチンバサミで細長く切るという格好の悪さ。

まだまだ詰めが甘い主婦です。

●誕生日の献立(晩ごはん)
スープ粥(湯葉をのせて)
ピータン、塩昆布(トッピングに)
ゆで鶏の練りごま和え(スープに使った鶏)
菜の花のオイスター炒め
さつまいものパイナップルきんとん
中国茶
いちごのフレッシュゼリー

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by Annes_Tea | 2009-03-24 00:06 | お茶と料理、ときどきカフェ
持ち寄りに便利な「コストコのトマト缶ペンネサラダ」
(レシピは最後にあります)

最近コストコで買ってよかったもの


e0165236_0123223.jpg●カットトマト缶

e0165236_014526.jpg●バラエティベーグル
みなさんご存知、ですよね。半分に切って冷凍保存しておけば、使いがってがいいですよ。

e0165236_012552.jpg●リーフティ(アールグレイ)
アメリカ人牧師先生に教えてもらって初挑戦。大きめ茶葉でしっかり出ます。たっぷり250g入り。おすすめです。

e0165236_0142457.jpg●粉チーズ
ふだんは小さいサイズを使っていますが、ときには思いっきり使えるサイズもいいですね。玉ねぎをオリーブ油でよく炒めたものをパスタと合わせて塩、こしょう。盛りつけてから、たっぷりこれをふりかけてみてください。おいしっ!


    みなさんのおすすめは何ですか?



その日の集まりがポットラックだと知ったのは、電車に乗る30分前だった。
「あれ、言わなかったっけ?」
夫のことばはとりあえず聞かないふりをして、あわてて食糧棚をのぞきこむ。
主婦の沽券に関わる、とまでは言わないけれど、出来合いの総菜を買っていくのは気が進まない。
ランチでしょう。だからパン。パンに合うおかずは、
と連想ゲームをしながら目が合ったのはペンネだった。全粒粉タイプだから多少は絵になるかな。
ツナ缶とブラックオリーブもある。
ツナと言えば、トマト。
ところが、冷蔵庫で見つけたのは朝食の残りのプチトマトが数粒だけ。
うーん、足りない。と思いきや、あった、あった。トマト缶。
決まりだ。15分あればできるペンネサラダにしよう。

そりゃあ、生のトマトにはかなわない。
でもね、コストコで仕入れてきたこのトマト缶はなかなか優秀なのだ。
ラタトゥイユやパスタソースといった煮込みに使うのは当たり前として、
スパイスやオリーブ油なんかをちょちょっと混ぜて、加熱しないでそのままタコライスやオムレツのソースとしても使える。
今回のペンネサラダにも、生トマトの代わりをになってもらう重要な役回りだ。

着いてみるとすでに大勢が集まっていた。
歌ったり、演じたり、描いたり、というような人たちがほとんどで、
それで食べているプロもいるし、夢見ている途中という人もいる。
話を聞いていると、みな何かを表わすことに、日々忙しそうだ。
自分一人を生かしていくのに精一杯なのは、
持ち寄りで集まった食べ物たちの残りを見て、すぐにわかった。
袋菓子、たとえばポテトチップスだとかおせんべい。
そうして思った通りにパンとコンビニのおにぎり。
あらら。おかずがないのね。
主婦の手仕事の結集のようなパーティを見慣れているので、これはこれで新鮮だ。

わたしのペンネは、さらに遅れてきた人たちの胃袋の中へ、すぐさま消えていった。
「ふおお、これ、手作りだよぉ」だとか、
「わわ、おいしい」
とかいう言葉が聞こえてきて、一人でにやけてしまう。
家族以外の人から、
「おいしい」
と言われると、どうしてこんなにも励まされるのだろう。


持ち寄りに便利なペンネサラダ(1袋分)
●作り方
ペンネ1袋(250g)はゆでて水にとる。
オリーブ油大さじ3、ビネガー大さじ1、塩小さじ1/2とこしょう少々、イタリアンハーブミックスを混ぜ合わせ、ツナ1缶、玉ねぎとオリーブの薄切り、つぶしたカットトマト缶(入れ過ぎないように)、水気をよく切ったペンネとあえる。
*トマトの汁は翌朝のスープに入れたり、冷凍保存を。トマトはもちろん生でもどうぞ。


少しレシピを変えてクックパッドに掲載しました。印刷用にどうぞ。

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by Annes_Tea | 2009-03-22 00:28 | お茶と料理、ときどきカフェ
再び、食べることについて


e0165236_2117578.jpg←置き場に困っていたたくさんのプラスチックケースは、ねぎになって戻ってきました。
ありがとう、kosuge1-16 ! 金沢、がんばってね。

Kさんが教会の近くのグループホームに入所したと聞いて、訪ねてみることにした。Kさんは教会の人ではないが、同じクリスチャンとして何度か話をしたことがある。

昼下がり、この辺りにしては人出が多い。梅が見ごろを迎えたのだ。向島百花園へわらわらと歩いて行く女性三人連れの後をついて右へ曲がると、すぐにあった。建物は新しくて清潔だ。窓には「ボランティア募集」の貼り紙。わたしたちは無言のまま、エレベーターで上がる。

扉が開くと、もうそこが部屋だった。訪問者はまず、紙コップでうがいをし、石けんで手をよく洗ってから、目当ての人と話ができる。連れ立って来た教会の人たちと順番に、がらがらぺっ、と済ませる。

個室から出て来たKさんは、昨年見かけたときよりも元気そうだ。
「じつはね、栄養失調だったのよ」
ええっ? わたしたちはびっくりする。
一人の食事が多いKさんは、お腹も空かないので、玉子かけごはんとお味噌汁ですませることが多かったという。

ああ、とわたしは思う。そうなのだ。とくに単身の高齢者の場合は、作って食べて自分を生かしていくということが、面倒になってしまうのだ。わたしでさえ、もしも家族がいなければ、仕事にかまけて堕落した食卓になるだろうなぁ、と思うくらいだもの。

Kさんの例は珍しくない。
以前、単身の高齢女性を訪ねた時、鍋の中にある山盛りのトウモロコシを不思議に思って尋ねたことがある。料理もめんどう、食べるのもめんどう。だから、ゆでたトウモロコシで一日をすませてしまうことがあるのだと教えてくれた。おやおや、大丈夫かしら。彼女が何ごとにもおそろしく悲観的なのは、栄養不足のせいではないのかなぁ。うまいぐあいに、この時彼女が通っていた教会は、大きくて人材も設備も整っており、専属の台所奉仕者が何人もいたので、教会の食卓に加えてもらうことができた。そこでは、教会で暮らしている人をはじめ、毎日三食、色々な人が食べる時間を共有することになっていた。結婚する前、わたしもときどき、その食卓にお世話になったくちである。

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ヘルパーの女性が、飲み物を運んできてくれる。細長いキャスター付きの机が、すいすい床の上をすべって部屋に入ってくる。便利そうだ。教会でもこういうのを使うと楽かもしれない、と思う。
インスタントコーヒーには、砂糖もミルクも最初から全部入っている。いただきます。わたしたちが口をつけると、Kさんが言う。
「みんなで作って食べるの。だから楽しくてね」
ここでは、食事の買い出しから調理まで、入所者が協力し合って行なっているそうだ。

加湿器だとか、夜に光って時間が見える置き時計だとか、Kさんはひとしきり部屋の備品を見せてくれる。そうして、ふと思いついたように、
「ぜひ賛美歌を歌ってください」と言う。
ええ、ぜひそうしましょう。で、いちばん好きな曲は? 
「きよしこの夜」。
え、2月にクリスマス?  
「十代で勤めたでしょう。職場から自転車で帰る夜道が怖くて怖くてねぇ。「星は光り・・・」って歌詞を口ずさむと、勇気がわいてきて、励まされてね」

なるほど。では、クリスマスでいきましょう。
みんなで「きよしこの夜」を歌った。一番だけ、心を込めて歌った。
歌い終わると、Kさんは眼鏡の奥の目を細めて微笑んだ。
「来月の誕生日に、自分でケーキを作るの。ここの人たちにごちそうするの。先生たちもぜひ来てくださいね」と、誘ってくれる。
それならば、花を贈ろうかな。
好きな花は?
「シクラメン」
3月にシクラメンかぁ。

帰り際、Kさんは何度も念を押した。
「誕生日には、ぜひ来てくださいね」

3月には、Yさんとも80歳目前のお誕生日を一緒に祝うことになっている。わたしも3月生まれなのだ。シクラメンはともかく、イースターの前に、二人に贈るカードを用意しないと。

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by Annes_Tea | 2009-03-01 21:23 | お茶と料理、ときどきカフェ
カレーライスで「隣人祭り」


隣人祭り (ソトコト新書)

アタナーズ ペリファン / 木楽舎


「隣人祭り」のことが、ちょっと気になっている。フランスで生まれたムーブメントで、基本的には「地域の隣人たちが集まり、食事をしながら語り合う」イベントのようだ。隣りに住む人がだれかもわからない社会が当たり前になっていく中で、小さなこの集まりをきっかけとして、隣人同士のつながりが生まれ、それが暮らしの協力関係にまで少しずつ発展していく・・・。日本支部もすでに活動を始めている。

聖書にも「隣人」ということばはたくさん出てくる。ただし、「りんじん」ではなく、「となりびと」と読む。聖書の教えは「神を愛し」「隣人を愛しなさい」ということにつきる。いちばん身近な隣人である教会の人同士でも、日曜日の朝、ちょこっと一緒に過ごしたり、握手をするだけでは、愛するという関係にはなかなか発展していかない。なにしろ、もともとはまったくの他人同士なのだから。

関係を深めていくためには、もう少し相手を知るような時間を共有することが大切だ。とりわけ、祈り合うこと、そして、共に食すことが大きな助けになる。そうした関係を築く中で、具体的な場面で助け合うという気持ちも、心から生まれてくるものだ。「共食」というテーマこそ、長年興味を持ってきたライフワークなので、牧師の奥さんという役割もなるべくしてなったのかな、と今では思える。考えてみると、教会は隣人祭りが得意分野なのだ。日曜日ごとに、少なくとも季節行事ごとに、何かしら食べたり分かち合ったりして「隣人(となりびと)祭り」を開いているとも言えそうだから。

ところで、毎年、この時期になると、教会総会というものが行なわれる。一年間の活動を振り返り、新しい年度の活動や予算などを決めていく話し合いだ。これは裏表なく宗教法人としての責任を果たすために、どの教会でも行なわれる。事務的な話し合いという慣れないことを行なうので、参加するだけでもそれなりに大変だ。そうして、資料作りなどの準備をする人たちはもっと苦労が多い。そこで、わたしは? そうそう、隣人祭りならぬ愛餐ランチをちょこっと用意しようかなと思いつく。ヨウコさん、大変だったでしょう、と反対に気づかわせしまってはよくないので、簡単にカレーだけ。色々な世代が集まるときは気張らないのがいちばんだから、いわゆる普通のカレーライスがいい。話し合いの後はみんなで食事をする教会が多いと聞いて、それは素敵なアイデアだと思ったのだ。

前日、スーパーへ行くと、うまいぐあいに、肉のタイムサービスをしていたので、こればかりはケチらずにたっぷりと。でも、選んだのは豚小間切れ肉だ。カレー用の肉など、大量調理には高くてもったいない。日曜日の前の晩、玉ねぎとにんじんをじゃかじゃか切って、肉を炒めた鍋に投入するだけなので、じつに簡単だ。あとはじっくりじっくり、野菜がやらかくなるまで煮る。ただし、じゃがいもだけは、当日に加える。

おいしいカレーの作り手と言えば、わがやでは夫である。男の人は概して、スパイスや煮込み料理が上手だ。夫いわく、カレーのおいしさは、肉の下処理、つまり、塩、こしょうをして、にんにくで炒め、酒をじゃっと加えることでぐっとよくなるという。ちなみに今回は、グリコの「ZEPPINカレー」を使った。初めて聞く名前だったけど、デュクセルソースだとか、40種類のスパイスだとか、要するにキャッチコピーに乗らせれたわけである。そういえば、カレーにグリコキャラメルを入れるとおいしいっ、と料理の先生が力説していたっけ。

さて、お味は? 教会の味見番頭さんであるなおちゃんが、おいしいおいしいと言って三杯もおかわりしてくれた。うん、よかった。会堂をリフォームできてよかったねぇ、感謝だねぇ、と話し合いも和気あいあいに済み、食事での会話も自然にはずむ。中途視覚障がいのMさんは、体調管理のこともあって、ふだんの交わりでは何も口にしないのだが、この日は2杯も食べてくれた。嬉しいなぁ。やっぱり一緒に食べることはいいなぁ。つながる、一致する、前向きになる。

無事にムーミンママの働きを終えたので、夜は怠けることにした。残ったカレーに冷凍庫から探し当てたベビー帆立を加えて、シーフードカレーに変身。うまいぐあいに、二人分、きっちりお鍋に残っていた。みんなの心づかいかな?

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↑ふだん家庭で使っているのは今はこのカレー粉です。カレールウはほとんど使わず、常備してあるタイカレーペーストを使うことが多いのは、煮込む必要がないから?!

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by Annes_Tea | 2009-02-22 21:13 | お茶と料理、ときどきカフェ
ティーポット考察


↓今回は600ccというやや小さめにして正解でした。場所をとらず、ふだん使いにおすすめです。中国茶にもいい大きさです。

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e0165236_20502816.jpgそろそろちゃんとしたティーポットを買わないといけない。そんなことを思っていたにも関わらず、結局、ガラス製のポットを買ってしまった。しゃれているとは言えないけれど、丈夫で扱いやすい。お湯の分量がひと目でわかる。なんと言っても嬉しいのは、熱湯を一気に注いだとき、茶葉が元気よく跳ね回る様子が見えるところだ。

20代で紅茶にはまっていたころは、紅茶を入れてもらえる? とひと声かけてもらえれば、どこへでも出かけて行った。紅茶の出前と称して、知り合いのホームコンサートでは、演奏後によくティーサービスをさせてもらった。そのあげく、チェンバロの演奏にあわせて、紅茶手前(?)の披露までした。
開演前、演奏家に念を押された。
「ここで紅茶を入れることは当たり前のことなんだという顔をしてステージに立ってほしい」
この考えがしごく気に入ったので、はいわかりました、とふたつ返事。客入りの時から、チェンバロの隣りを陣取ってすまして立ち、しゅんしゅんお湯を沸かしながら、当然でしょ、と本番では気取った顔をしてみせた。サントリーホールだとか、大きなところでよく演奏をしている人なのだけど、気さくで本当に面白い人だった。ああ、あのころの紅茶にかける情熱といったら。20代、だもの。

そんなわけで、ティーポットにもそれなりにこだわりがある。いや、あったのだ。でも、初めて自分のお金で買った丸型のブラウンバディの口が割れて以来、探そう探そうと思ったまま今にいたる。そうして、つなぎに買ったはずの質実剛健なガラス製のポットの時代が続いている。そういえば、昨年、日本橋三越で開催された赤毛のアン展で、モンゴメリが大切にしていた客用ティーポットというものを実物で見た。思った通り、上品で線が細い姿をしていた。招かれたお宅で、あんなポットでお茶を注いでもらえたならば、それはそれは優雅で嬉しいだろうな。でも、わたし自身が持つとしたら、ぽてっとした風合いがいいし、少なくとも花柄は避けたい。

結婚した時には1200ccのタイプを4個も持って牧師館にやって来たのだが、教会と兼用にしていたこともあって、半年くらい前についに最後の1個が割れて、不便な思いをしていた。今回は初めてハリオの製品にした。電子レンジ対応という売り文句にやられたわけだ。これまでは、なんとなくメリタびいきだった。中でもメリタのストレートポットシリーズがすっきりしていい。ドイツのメリタの創業話に物語性を感じて好きになった。主婦が夫のために考案したペーパードリップがそもそもの始まりだという。でも、紅茶ではなく、コーヒーの話なんですよね、これ。似たような名前の会社にカリタがある。こちらは日本の会社のようだ。カリタの製品も、合羽橋で安く買って使ったことがある。メリタもカリタもハリオも、ともに三文字だ。どこか似たような響き。マーケティング戦略でもあるのだろうか。

このポット、思った通り使いやすい。それに、茶葉のダンスがかわいいこと。くるくる、くるくる。やがて、すとん、と底に沈むのだ。それから数分待って、カップに注ぐ。ゆったりとした時間。そうえいば、ちょっと、最近、雑な感じで暮らしていたかもしれない。
紅茶に初心を教えられた午後のひと時でした。


e0165236_2040834.jpg←夫が中学時代から使っているコーヒーミルです。子どもたちはみな、この機械を回すのが大好き。
粉になったコーヒーに指をつっこんでいつまで触っています。コーヒーは夫の領域なので、わたしは感謝していただくだけ。

e0165236_2043290.jpg→季節限定のチョコレートラズベリーブリスを見つけました。チョコレートにbliss(至福)ですから、バレンタイン向けなのでしょうね。ミルクとも相性がいいですよ。でも、男の人は好きではないかも、この味。
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by Annes_Tea | 2009-02-05 20:58 | お茶と料理、ときどきカフェ
何かちょっとしたもの


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↑新しくなった会堂を見るために、午後、若き牧師先生たちが3人で遊びに来てくれました。お茶受けに、すぐ近くの浪花家でたい焼きを調達。もちろんしっぽまであんこがぎゅうう。


e0165236_22302528.jpgブザーの音に出てみるとYさんだった。この前借りた1500円が気になるから返しに来たという。この寒いのに、わざわざ? 今年の借りは今年のうちに、ということらしい。

入ってお茶でもとすすめるのだが、恥ずかしがり屋の彼女は、なかなかうんと言ってくれない。でも、寒いところをわざわざ来てくれたんだからぁ、ともうひと押し。その時、夫がちょうどお茶の水から帰って来て、さらにもうひと押ししたら、じゃ、本当にお茶一杯だけ、と言って牧師館に上がってくれた。

お茶受けは、Yさんの手みやげの和三盆ということにして、ミルクティーを少し濃い目に入れる。キスチョコみたいにくるっとねじった和紙を開いて、小さな和三盆を口に入れる。それから紅茶を含むと、和三盆がほろほろっと溶けて、うまいぐあいに紅茶とほのかな甘みが口の中で混ざり合う。これ、いけるねぇ、とわたしたち。

Yさんは、「何かちょっとしたもの」を持ってきてくれる名人だ。80歳近いから量は必要ないので、質のよいおいしいものをちょっとずついただきたい、という人だ。日本橋高島屋に行くのが大好きらしく、ひとりずまいには多いからと言って、たとえば九条ねぎを2、3本だとか、京人参を一本(青々とした葉はごま油で炒めると美味しいわよ、とアドバイスつき)だとかを、お裾分けしてくれる。自作の大きな干物というのもあった。わたしが風邪をひいたときには、本物の吉野葛(いつも買い置きをして棚の奥にしまってあるらしい)を持ってきてくれたっけ。こんなふうに、わたしも気軽に「何かちょっとしたもの」を人に手渡してみたいと思うのだけれど、ついかしこまって考えてしまう性分なので、なかなか。

夫はこの町の生まれ育ちで、身内のほとんどが近所で暮らしている。わたしがこの町に移って来たとき、新しくわたしの姉や母になった人たちが、たとえば焼きたてのパンだとか、ちらしずしだとか、連日のように「何かちょっとしたもの」を持って来てくれた。いいなぁ、こういうの。慣れない下町暮らしを心配してくれる思いがわかってほろりとした。

いちばん驚いたのは、ある夏の日、玄関を開けると義理の兄のお嫁さんという人が、ソフトクリームを持って立っていたことだ。ヨウコさん、溶けちゃうから早く早く、と言って渡してくれた。わたしも真似してみたいけれど、きっと気取ってしまってうまくいかないだろうな。

Yさんはひとしきり話をして、ことば通りお茶を一杯のところで立ち上がった。ああ、さっぱりした。お茶をいただいてよかったわ、とかなんとか言って。わずか30分足らずのお茶会だったけど、わたしたち二人も同じようにさっぱりした気持ちになっていた。

来年は、どんな人たちと、どんなお茶をいただくのかな?



    なぜだか、昨日から「何かちょっとしたもの」をいただいています。
               その中身は?

        ・Yさんから和三盆
        ・クリスマス会のお礼と言ってN君ママから手作りクッキー
        ・アメリカ土産のワーシップの楽譜
         (アメージンググレースのアレンジがすてき!)
        ・義理の姉からアールグレイの紅茶
        ・若き牧師たち3人から黒まめおかき

     みなさん、ありがとう。こうして見てみると、お茶会できますね。


e0165236_22173245.jpge0165236_22174795.jpg←これはわたしの分のたい焼きです。足のはえた変な生き物? いえいえ、メルなんです。鳩の街にあるアート&カフェこぐまで使われているカップの作家さんに焼いていただいたものです。おやじ風のメル。

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↑本物のメルの目は、左右で色が違うので、最初のころは見つめられると不思議な気持ちがしました。
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by Annes_Tea | 2008-12-29 22:27 | お茶と料理、ときどきカフェ
お手製ぶどうジュース


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                ↑さて、これは何でしょう?


ある日、食卓の上に大きな広口ビンが、存在感たっぷりにのっていた。試しに持ってみると、重いのなんの。力をこめてふたを開ける。果実の甘酸っぱい香りが、鼻をついた。ぶどうだ。でも、いったいだれが、何のために?

夫が帰ってきてなぞが解けた。近くに住むOさんが持ってきてくれたという。Oさんは、数年前、韓国から来日し、家族で韓国料理店を営んでいる。ふだんは韓国人教会に通っているが、近所のよしみで、お店のおかずを持って訪ねてくれることがある。Oさんのサムゲタンは、やさしくて滋味に溢れ、寒い季節には恋しくなる味だ。

これもお店の特製なんとかドリンクかと思ったら、教会の聖餐式で使うぶどうジュースなのだという。韓国の教会では、ぶどうを砂糖につけて発酵させ、こんな風に保存ビンに入れて何年も使い続けるところが多いという。このぶどうジュースは3年もの。どうりで、一瞬、くらりとしたはずだ。ジュースというより、かぎりなくビネガーに近い香りだ。それにしても、いったいどこに置いたらいいのだろう。わがやのシンク下しか置き場所が見つからない。いやあ、嬉しいけれどかさばる・・・。

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今日は礼拝の後、月に一度の聖餐式だったので、Oさんのぶどうジュースの出番となった。多くのプロテスタントの教会では、礼拝の中で儀式的なことはしないが、唯一、聖餐式だけは、聖書に記述のある通りに行なわれる。ひとかけらのパンをいただくのは、キリストが十字架でさかれた肉体を思い、ぶどう酒(普通はジュースで代用)をいただくのは十字架でわたしたちのために流された血を思ってのこと。聖餐式は、洗礼を受けていれば基本的にはだれでも参加できる。以前、パリ郊外の日本人教会で、旅人に過ぎないわたしも快く参加させていただき、感激したことがあった。外国の教会で受ける聖餐式はより非日常的なせいか、へんに高揚してしまい、涙があふれてしかたなかった。

Oさんのジュースは、水とのブレンドが難しい。ぶどうの原液なので、そのままでは舌がどうにかなりそうなほど甘い。薄めすぎると不評だ。水を控え過ぎて失敗したこともある。ご両親の里帰りでうちの教会の聖餐式に出席した小学生が、「ママ、これってお酒?」とびっくりしたように隣の母親にささやいているのを聞いてしまった。

原液と水の割合を2対1くらいにすると落ち着いた味になることが、最近ようやくわかってきた。今日のお味は? うん、大丈夫。用意したジュースを、教会の若い女性が人数分だけ小さなガラスの杯に注ぎ分けてくれる。食パンの白い部分を使って真四角のかけらに切ってきてくれるのは、この働きを20年近くもしてくださっている別の女性だ。教会のバックヤードはいつも女性たちで支えられている。

Oさんのジュースが届くまでは、たいていトロピカーナの100パーセントジュースを使っていた。ジュースそのものに意味があるわけではないので、どこのどんなジュースでもかまわない。洗礼を受けて初めて聖餐式に参加した女性に感想をきくと、「おいしいものなんですね」と言う。その日にかぎって、ウェルチの100パーセントジュースだったのだ。わたしもウェルチが好きだ。これはメルの散歩の通り道にある自動販売機で売っている。ジュースを買い忘れた時、何度かこの販売機に助けられた。Oさんのおかげで、少なくとも1年くらいは、ジュースを買いにいかずにすみそうだ。よかった、よかった。



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                ↑ほんとに重いんです、これ。
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by Annes_Tea | 2008-12-07 23:18 | お茶と料理、ときどきカフェ
食卓のテーマ

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牧師館は別名「ホワイトハウス」である。
自分たちの手でリフォームすることになった時、年代物のモルタル壁はいかにもみじめな雰囲気だったので、白いペンキを塗りまくった。気になっていた天井のしみも、ローラーでぐりぐり厚化粧を施して、見た目年齢は大幅に若返った。
雨漏りのように見えるこのしみは、イスラエルのキブツで暮らしていた先々代の牧師が、聖餐式用にとワインを試作したさいに、醸造なかばで爆発しつた痕跡だ。


たしかに見違えるほどきれいにはなったのだが、塗りっぱなしの壁はどうにも寒々しい。気に入ったものを見つけては、少しずつ飾っていこうと考えていたら、
アートに関わっている友人から、作品を寄贈したいという話が転がり込んできた。
ただし、寄贈にはひとつだけ条件がある。
人の出入りのある場所に飾ること、これが作者の願いなのだという。


教会は、日曜日以外にも、何やかや人の集まる場所である。
確かに作者の条件にかなっている。でも、悲しいかな、かまぼこ兵舎の会堂は、窓ばかりで極端に壁が少ないのだ。掲示できる壁は貴重なスペースだから、当然埋まっている。わたしたちのすまいは教会とひと続きなので、
ここでどう? ずうずうしく申し出てみると、快い返事が返ってきた。


作者はロンドン在住の日本人アーティストで、和紙と他素材を組み合わせた作品で知られている。いただいた作品には、小さな和紙のスプーンが一本だけ、アルミ素材のハンドメイドの額の中に入っていた。
額を裏返すと、タイトルが「small things」とある。あら、うれし。わたしの食卓のテーマとつながっている。


結婚をするときに決めたのは、日々の小さなことを大切にしよう、とまぁそんなところだ。とりわけ「食べる」という営みをくらしの真ん中に置きたいな、とこれは独身時代が長かった私の長年の憧れでもあった。
「贅沢は必要ないけれど、食べることだけはケチらないでいこうね」と夫になる人が言った。
うん、気が合うな、そういうところ、と結婚前に感慨深く思ったことは覚えている。


ひとことで食べると言っても、たんに食事のことだけではなくて、わたしたちにとっては、聖書のことばを食べるのも日々の営みの中心だ。
だから、食卓のモットーになる一節を探していて、聖書から見つけたのはこれだ。


「一切れのかわいたパンがあって、

 平和であるのは、
 
 ごちそうと争いに満ちた家にまさる」 (箴言17章1節)

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さて、日々平和ですか?
と聞かれると、うーん、とことばを濁してしまう。
わたしの文句がつい出てしまうのは、夫が食事をするスピードの速さだ。もっとゆっくり食べてよ。さっき作ったと思ったら、もう食べ終わっているのはじつに悲しい。
ここのところだけはなかなか平和な会話とはいきにくい。


ところが、最近お医者さんから脱メタボには十分に噛んで食べること、と言われた夫は、少しペースを落とすようになった。
ゆっくり、ゆっくり、しっかり、しっかり。ペースが落ちると、会話も増える。それでもって、体重が減る。あ、なんだか最近とっても平和だ。
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by Annes_Tea | 2008-11-24 22:03 | お茶と料理、ときどきカフェ


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