下町すみだ牧師館暮らし文筆家、宮葉子のブログ             
by Annes_Tea
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宮 葉子 yoko miya
文筆家+牧師の奥さん


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「大人のための子どもの本の読書会」
墨田区のふたつの拠点を中心に、子どもの本のロングセラーを読むゆるやかなサードプレイス。幅広い年代が参加されています。


つながる・祈る・分かち合う「pray&hopeプロジェクト」を主宰。月に一度、女性たちの集まりをもっています。
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『モモ』、時間泥棒に奪われた日曜日の朝
e0165236_2346503.jpg震災時の物不足のときに、とりあえずにと買った薄力粉と強力粉。そろそろ使わねばと思い立ち、ケンタ風のホットピスケットを焼きました。素朴な焼き上がり。


日曜日の朝、聖餐式のジュースが足りないことに気付き、
朝一番で近くのスーパーまで行った。
朝は礼拝があるので、これはめったにないこと。

すでに駐車場には自転車がびっしりと並んでいた。
え、こんな朝早くから?
理由は、日曜恒例朝市のためのようだ。
朝市といっても、産直野菜が来るわけではなく、
いわゆるタイムサービス。安売り。
たまごコーナーには列ができており(一人一個)、
黙々と忙しげにカートを押す人たちの顔は一様に必死。
文字通り殺気立った雰囲気なのだ。

なんと、なんと。
日曜日の朝のご近所は、こんなことになっていたのか。
レジにも列。
いちばん少ないところを選んで並んだ瞬間、
横から猛烈な勢いで女性が割り込んできた。
あまりのことに、
思わず「うわあ」と声を上げてしまったわたし。
女性はもちろん何食わぬ顔でわたしの前に並ぶ。
なんだか悲しくなって、
わたしは隣の列に並びかえた。
結局、わたしのレジの方が進みが早く、
その女性よりも先に会計を済ませることができた。
だからといって、嬉しい気持ちにはなれない。
別世界に来たようだった。

教会に戻ると、落ち着いた静けさに満ちていた。
どちらが現実なのか。

こんなことを強く感じたのは、
時間泥棒から奪われた時間を取り戻す女の子の話
『モモ』を読んだばかりだったからかもしれない。

都会には知らないうちに灰色の男が入り込み、
人々は自分の持ち時間を奪われ、
子どもまでもが日々忙しく過ごすようになっていく。
著者のエンデが書きたかったことを
これから読書会までにじっくり考えてみようと思っている。

この日は、入院されている方が一時帰宅中とかで、
礼拝の途中に現れるという嬉しいサプライズ。
聖餐式が終わると、
みな、その人が来られたことに喜びを感じているのがわかる。
ことばをかけたり、
肩をたたいたり、
何かを紙に書いて手渡す人もいる。
みな自分なりに優しさを表しているのを見ると、
あ、教会の交わりっていいな、とあらためて思う。
わたしにできることは?
車で送ってくださる方のご奉仕が終わるまで、
その方が入院しながら考えたあれこれの話をひたすら聞かせていただいた。
これもモモの影響か?

その方はまた病院に戻られたけれど、
帰り際、「本当に教会があってよかった」と言って笑った。

日曜日の朝、こんな光景もあるのだと、
まちの人たちに知ってもらいたいな。

モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 (岩波少年少女の本 37)

ミヒャエル・エンデ / 岩波書店


10月の読書会のお知らせはここ↓
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10月22日の「ふるほん日和」では、向島こひつじ書房の屋号でこすみ図書さんと一緒に紙芝居を読んだり、ブックツリーというプロジェクトもやりますよ。遊びにおいで下さい。スカイツリーのすぐそば。

そうそう。もうひとつ。
同じ日には、わたしも関わらせていただいている一箱本送り隊で塩竈にて被災地支援のブックイベントが開かれます。こちらはバスツアーも出ますのでご興味あればぜひ。わたしは残念ながら向島にいますので参加できません。
↓一箱本送り隊・塩竈ブックエイド

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by Annes_Tea | 2011-10-02 23:53 | 向島こひつじ書房の本棚 | Comments(9)
教会にしかできない支援
夏期講習で忙しかったので、朝の散歩は高校がお休みの夫に任せていたら、こんな顔。
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石巻に送る絵本がもう少し欲しかったので、
毎度のこと、ふるほん日和さんに助けてもらった。
昨日の朝、自転車で取りに行き、
倉庫で本を選んでいるうちに土砂降りとなった。
天気予報は終日曇りだったが、
最近の天気はくるくる変わるから予想外でも仕方ない。
あまりの強い降りは単なる気まぐれだろう。
そう思って1時間ほど待っていたが一向に止む気配がない。
というわけで、
人間だけ電車で帰って、
自転車と本はまた後日取りに行くことになった。
墨田区は縦のラインの交通が弱いから、
自転車ならば近いところも、
電車を使うとなると、かなりの遠回りになる。
最寄りの駅に行くと、
みな空を見上げて途方に暮れていた。

石巻の教会は、震災直後から、
教会関係のチームが続々と入っては支援に取り組み続けている。
まちの人たちにも「教会」の支援はおなじみとなっているらしい。
私はその様子を東京から見聞きするだけだが、
最近、心にストンと落ちたフレーズがあった。

「教会は教会にしかできない支援をして下さい」
と言われたという話である。
物はたくさんある。
食べ物も足りている。
ただ、ここにいる人たちは、心のバランスがよくないんだ、
という話が飛び出し、
上の台詞を被災地の方々から言われたという。

つまり、心。
いえきっと、もっと奥にあるもののことだ。

教会は究極の自助グループとも言えるかもしれない。
というのも、赤ちゃんから(いえ、お腹の中にいる時から?)、
天国に見送るまでの生涯、
あらゆるステージで助け合っていく。
ただし、中心になる仕事は、
聖書のことばによって、
人が新しく歩み出していくお手伝いをし続けることだ。

この「し続ける」がポイントだ。
初めは私たち教職者がおもに関わるけれど、
やがて教会の人たちが、
それぞれに持てる力を使って関わっていく。
ある人は祈りで。
ある人はおしゃべりで。
一緒に食事に行くことも、大切な力。
経済的な支援ができる人もいれば、
家探しから病院探し、
必要ならば役所と交渉する場合もある。
最近では、一人暮らしの方にクーラーを入れるための手助けをした。
とまあ、やり始めればきりがないが、
やっぱりぶれていけないのは、
最初に言ったように、
聖書のことばによって歩み続けることができるように
支えていく、ということ。
祈って。愛して。かかわる。

ただ、距離感や言い方によって、
人の気持ちはくるくる変わるし、
簡単に傷つくから、
これはもう、経験を通して、
失敗しては反省し、
学習能力を高めていく、ということしかない。

でも、さんざん失敗をして、
つくづくわかったことは、
ただ相手をありのままに受け入れるという「愛」だけが、
その人に変化をもたらしていく、ということ。
聖書的に言えば、
「ただ憐れみと恵みによる」。
なあんだ、聖書にちゃんと書いてあるじゃない、
ということになるわけだけど、
どうしても、
情で動いてしまったり、
よかれと思って余計なことをしたり、
というのは、相手に思い入れが強まるほど、
やってしまうのが痛い。

というような話を、
関西からきた宣教師の友だちとした。
昼下がりの秋葉原、
廃校になった小学校をアートで再生したアーツ千代田3331でおしゃべり。
これも私にとっては自助的友情だ。
関西から来るごとに、
私の話を聞いてくれ、最後にはどこであろうと祈ってくれる。
前回は代々木上原だった。
たいていはカフェ。
こんなふうに互いにかかわりあって、
知らないうちに元気をもらったり、元気を与えたり。
(話はそれるが、
途中、ドンキホーテの前で、記念撮影をしてあげた。
教会で大学生と関わっている彼女は、
話題作りのためにこういう小さなことを大切にする人だ。
それにしても、秋葉原は観光地なのを実感)

話は戻ると、
要するに、ただ愛と憐れみだけ。
この日の結論である。
彼女いわく、
「ヨウコさん、あとは包容力だね」。
やはり目指すはムーミンママかなぁ。

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近くの100円ローソンでは、パンの棚がムーミン祭り。これはアイス。思わず買って帰ったら、同じものが先に冷凍庫に入っていました。読書会以来のムーミンモードの私へのプレゼントでした。こういうのも日々のちょっとした思いやり? ありがと。

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by Annes_Tea | 2011-08-04 13:15 | 牧師館で暮らす | Comments(4)
キリスト者の自由
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CSのお礼にといただいた佐藤錦。
手をかけて作られたこれも作品ですね。
美しい。



暮らし回りを書いているこのブログには、
ちょっとめずらしいタイトルですかね。
最近、このテーマを考えさせられる場面が多いもので。

たとえば、
「お酒を飲める自由」ではなく、
「お酒を飲まなくてもいい自由」もある、
という発想の転換。
あるいは、
「やりたい放題にやる自由」と
「やることを選んでいく自由」との違いとか。
このあたりをつかめるまで、
信仰を持っても、案外、じたばたしてしまうことがある。
ねばならないという思い込みによって、
自分で自分の心を窮屈にしてしまったり。

思い浮かぶ聖書のことばは
「あなたがたは、私たちの中で制約を受けているのではなく、
自分の心で自分を窮屈にしているのです」


もっと安心していいんだよ、
と言ってあげたい人がたくさんいる。

最近読んだ本と、
考えていた「自由」についてリンクした。
作家の保坂和志さんのエッセイの中にある
「小説の自由」という小文だ。

言い得て妙、という感じを忘れたくなくて、
引用させてもらいます。
(この程度の長さなら引用許可ですよね?)


サッカーや将棋にかぎらず、すべて競技にはルール=拘束がある。
逆説的に響くかもしれないが、卓越した能力を発揮して、
自由自在に動き回れると見える人ほど、
体や思考を競技それぞれの拘束に順応させている。
つまり拘束の中にいる。
拘束に体や思考を順応させることをトレーニングといい、
端からはトレーニングは退屈で不自由きわまりないように映るのだが、
その「不自由」は自由を獲得するための道のりだ。

(省略)
大事なことはルール=拘束のある競技において、
自由とは不自由の対立概念ではなく、
不自由のずっと奥にある状態のことだと知ることだ。
競技者は拘束に対して主体的でなく他の誰よりも受け身になるから自由を実現できる。
創造性や想像力は何も拘束がないところから生まれるのではなく、
拘束によってもたらされる。

(『猫の散歩道』中央公論新社より)

スポーツでも絵画でも小説でも、
何かを作り上げていく、ということにおける
拘束と自由の関係って、
保坂さんの言っていることが通じると思う。
それは人生を作り上げるという過程においても同じかな。
私たちは神の作品、とあるものね。

聖書には、こんなことばもある。
「すべてのことは、してもよいのです。
しかし、すべてのことが有益とはかぎりません。
すべてのことは、してもよいのです。
しかし、すべてのことが徳を高めるとはかぎりません」


何でもしてもいいけれど、
それが自分を損なうリスクもあるよ。
あなたは尊い存在として作られたのだから、
あなたの行動、
あなたのことばで、
自分自身を汚してしまうのは残念なこと。
とまあ、平らに訳してみるとこんな感じ?
自己憐憫は自分を損なうだけだし、
嘆きや不満は、
聞いた人の心を傷めるだけではなく、
発する本人の心をもどんどん傷めるものね。

結局、私たちキリスト者が選びとるときの指針はここにある。
「こういうわけで、あなたがたは、
食べるにも、飲むにも、
何をするにも、
ただ神の栄光を現すためにしなさい」


この「しなさい」はねばならない、ではない。
やっぱり自由意志による決意と選択の問題だ。
この自由がわかると、本当にシンプルだ。
シンプルは身軽だし、嬉しい。
この嬉しさを言い換えれば
「栄えに満ちた喜び」。
これがキリスト者の自由の本質だろうと思う。

最後はやはりこのことばかな。
「キリストは、自由を得させるために、
私たちを解放してくださいました。
ですから、
あなたがたは、しっかり立って、
またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい」


牧師館のお茶会ならぬ話題でしたが、
たまにはまっすぐ聖書について語るのもよろしいかと。


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by Annes_Tea | 2011-07-04 10:13 | 牧師館で暮らす | Comments(4)
被災地に送る本を選ぶ
                          雨の日は退屈。
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まるで検閲のようなのだが、
被災地に送る本の中には、
どうだろうと思うものもあるので、
そういう時にはざっと目を通すようにしている。

たとえば、ダレンシャンのシリーズ。
友だちの命を救うためにヴァンバイアになってしまった主人公の奇妙な人生を描き、
小中学生に今も根強い人気がある。
ダレンシャンの悩み苦しみというのは、
子どもたちが共感するだろうとは思う。
それでも、人の血を吸う生き物の話だもの。
グロテスクな仕掛けがたくさんあって、
結局は、そのことばかりが印象に残る。
なんだかマンガの『犬夜叉』みたいだ。
よくできた物語なのはわかる。でも、でも。ううむ。
さんざん悩んだ末、
何も今、被災地に送らなくてもと判断した。

友だちの身代わりの話ならば、
『あらしのよるに』がいいかな。私の本棚から送り出そう。
本でも映画でも「身代わりの死」というモチーフは
昔から人の心にうったえてきた。
聖書を読んでみて、
なあんだ、すべての原点はここなのね、
と納得した覚えがある。

絵本はロングセラーを送って下さる方が多く、
懐かしい再会に感激したり、
読み継がれているわけに納得したり。
たった二箱を用意するだけなのだが、
こんな調子だから作業はゆっくりだ。

今回は、那須の拠点に送り、
そこから那須町や福島の避難所を中心に届けられると聞いている。
「子どもたちに笑顔を」というのが働きの合い言葉らしい。

避難所暮らしの大人たちからリクエストが多いはの
推理小説だと聞いている。
こちらは別の方のお役目だろうと
私は手を出さないでいる。

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こちらが小学生高学年から中学生向けの読み物の一部。ついつい読んでほしくて、『太陽の子』なぞを選んでしまいます。これを読まずして大人になるなんてモッタイナイ。ギター教室の中学生たちに愛読書を聞くと、スニーカー文庫だそうです。まあ、なんといっても『けいおん』には負けるそうですが。「翼を下さい」を練習してますよ。リズムが早くてびっくり。


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by Annes_Tea | 2011-06-16 23:51 | 向島こひつじ書房の本棚 | Comments(2)
最期にいい人生だったと言えればよし
鳩の街のこすみ図書から牧師館へ移住してきたソックモンキーたち。靴下一足で作れるそうです。ワークショップで作った作品たちは、絵本の一箱にしのばせて被災地に送り届けられたら、ということで待機中。マッチングを確認中です。しばらくはわがやでいっしょに暮らすことになるかな。見ているだけで、なごみますよ、これ。
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震災で人生観が変わった、
と礼拝の後、教会の方が言う。
人生観というか、日本が何か変わったのは確かだろうと思う。

その方は、持病のために体の自由のきかないことが多く、
あの日、揺れ動く部屋の中で、
ただひたすらじっと座っているだけだったという。
ああ、これで終わりかもしれないと腹をくくり、
身動きのとれないまま、自分の人生を振り返ってみたという。

その結論が、
いろいろあったけれど、
「とにかくイエスさまに出会えたのだからすべてよし」
と不思議なくらい安心して思ったという。

それを聞いて、ふわあ、かっこいいなぁ、と私。

思春期の迷いの多い時代、
母からよくこう言われた。
「最期のときに、ああ、いい人生だったと思えるように生きなさい」と。

それはそうだな、と思ったのだが、
その方向性も、その術も、
要するに何が「いい人生だった」と思える確固たるものなのかがわからず、
結局、迷い続ける日々だった。

母からその答えを聞いた覚えもないし、
考えれば考えるほど難しい問いだ。

でも、イエスさまに出会ってすべてよし、
というのは、今、ようやくわかってきたところだ。

今日、その方のお話を聞きながら、
毎朝聖書のことばを与えられているということは、
毎朝まっさらな希望が与えられていることなんだ、
とあらためて思った。

毎日が希望との出会いとなれば、
最期のときに、ああ、いい人生だった、と言えるに違いない。

日曜日には、ブログもこんな感じになります。

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そうだ、そうだ。わがやにムーミンのお皿があったんだ。思い出して、牧師の奥さんの友人からいただいたかわいいマフィンを乗せてみました。手作りですよ! アラビアの食器なので、こんな黒っぽい色づかいです。いつどこで買ったものか、思い出せないほど昔のもの。ムーミンがいない。昔はスナフキン派でした。今はちょっと違うなぁ。

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by Annes_Tea | 2011-06-05 23:59 | 牧師館で暮らす | Comments(3)
ほめ上手な人に育てられる
メルは一日に何十回も「good」と私に言われます。私も同じように夫に言われてみたいような気もします。いつでも機嫌のいい奥さんでいられそう。
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歯の定期検診に行った。
「よく磨けてますよ」
といつもの歯科衛生士さんが言う。
わ、嬉しい。
じつは今回ばかりはだめ出しかなぁ、
と覚悟していたのでほっとした。
「この調子で磨いていきましょうね」
とさらに明るい調子で言う。
よかった。

口の中のことは怠けるとすぐにばれてしまう。
身に覚えがあるだけに、
検診前は少しばかりどきどきする。

でも、彼女はいつもまずほめて、
それから注意事項を話す。
この箇所が磨きにくいですよね、
ここは力を入れないでいきましょうね、云々。
ほめられてからのアドバイスだから、
こちらも素直にはいはい、と聞ける耳になっている。
これがコツだな。
相手の心をまず柔らかくしておいて、
それから必要なことを端的に教える。

このまちに来て、
自分に合う歯科医に出会うまで時間がかかった。
夫に紹介してもらった歯科医は
腕はいいのだが、説明不足で私には合わなかった。
専門家としての腕は当然のこと、
ことばで納得がいくように応答してくれる人。
何事でもこれが私の条件なのだ。
どうしてなかなか。
病院、美容院、魚屋、肉屋とひとつずつ定まって、
歯科医はいちばん最後だったかな。

腕のいい歯科医とほめ上手の歯科衛生士さん。
最強のタッグチームに出会い、
ひとまずお口の中は安心である。

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by Annes_Tea | 2011-05-27 00:57 | 牧師館で暮らす | Comments(2)
被災地へ、一箱の思いをつなぐ
お休み中に、隅田川沿いの汐入公園までメルと散歩。これはきのこ? ワインのコルク? 
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じつは中に入れるのです。トイプードルを連れた人が入っていましたが、ボーダーはいいんでしょうか? 隅田川には、こういうアートが増えつつあります。これは川俣正さんの汐入タワー。
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休日を外して動くのが常なので、
毎年、ゴールデンウイークにはあまり遠出はしない。
それでも、今年は気持ちがいつもと違う。
当然と言えば当然だろうけれど。

昨年は何をしていのだったけ?
こういうときに、ブログは便利だ。
やっぱり、近場をうろうろ。
夫のハーレーに初乗りさせてもらっていた。
(と言ってももちろん後ろ)

大島、仙台とハーレー好きの牧師を渡り歩き、
ここ墨田にやってきたハーレーは、
結局、この下町が最後の場所となった。
修理をして乗るという醍醐味は、
妻にはどうにも理解できないことなのだが、
夫の楽しみにやいやい言うのは野暮というのだけは心得ている。
ついにバイク屋に引き取られ、
それでも足が必要だと、
今度は壊れていないハーレーがやってきた。
中古らしいのだが、私が見ても美しい。
近所のバイク好きな人が通りかかっては立ち話。
聖会に行っては、バイク好きの若者から声をかけられ。
とまあ、ハーレーはフェイスブックよりも友達が増えるツールのようだ。

お休みは、あれこれと友だちと会う機会となった。
お風呂の修理のついでに、
場所ふさぎとなっていた物を持っていっていただき、
少しばかり広く集いやすくなった牧師館で、
久しぶりのホームパーティ。
食べたいものをみなで勝手に作って食べてしゃべって、
という集まりは、ほんと、楽しい。
みんなが帰った後、「愉快、愉快」と夫がつぶやいていた。
大笑い、バカ話盛りだくさん、
でも、最後には祈って終われるところがよいな、と思う。

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サウンドアーティストの友だちが作ってくれたインドのにんじんデザート。心なしかリズミカル?


祈りと言えば、
子どもの日には、震災支援でつながりを持った教会に行き、
震災復興のための祈りと賛美の集いに参加した。
プログラムはなく、
導かれるままに祈りと賛美を4時間。
ほんと、4時間。
でも、ぜーんぜん疲れなくて、楽しい楽しい。
福島の震災復興の拠点となっている教会から、
若い先生たちがたくさん駆けつけて、
現地のリアルな話をしてくださった。
その後、イタリアンレストランでしょ、
というような教会のカフェテリアで食事とおしゃべり。
そして、昨年建ったというすばらしい会堂を案内していただいた。
東京で体育館のある教会を初めて見た。
母子室が琉球畳! よいなあ、好きなんだ、あれ。
アメリカのデモインにある私たちの仲間の教会を思い出した。
教会の体育館でウエルカムパーティをしていただいたのだっけ。

震災以来、
出会う人とすぐに打ち解けることが増えている。
あるいは本音。
いや、いつもわたしはことばがストレートすぎて、
もっと口を抑えなければ、というのが課題なんだけど、
今はこうもっといい意味で、本音と本音。

あるいは、最近、夫についていくと、
クリスチャンの同窓会のような場面に出くわす。
クリスチャンの長い夫なので、
知り合いとの歴史も長い。
わたしはそこに後から加えてもらったわけだけど、
そこでも独特な親しさで会話が深まるのは
以前にはなかったことのように思う。
今日も三郷のコストコで、
夫の古い古い友人に出くわしてびっくり。
わたしたちは日曜日の教会創立記念のお祝いの食糧を
買い出しに行ったのだった。

前にも書いたが、
会う人、会う人、被災地支援に行っているので、
行っていないことに罪責感を覚えつつあることに気付いた。
いや、そうではない、とわかっているのに。
祈り会の中で、
やはり同じような思いをクリスチャンたちが持っていることを知り、
必要のない罪責感を下ろすことができた。

今ここで、やるべきことをやる。
行くべき時には行くのだろうし。

ホームパーティに来てくれた友人が、
1週間ほど前、スタッフであるNGOの働きで被災地を訪問した。
わたしは近所のお母さんから、
被災地支援のために子ども服を預かっていたので、
彼女に託すことにした。
無事、子ども服の詰まった一箱は、
仙台の必要な場所に送り届けられた。
教会からどこかに送っていただけませんか?
と、ときどき近所の人に聞かれる。
教会を思い出してくれて、うれしいな、と思う。


一箱、一箱、と現地に送り届けてもらう。
小さな教会のわたしにできることはこんなこと。
それでも、
一箱に詰まった誰かの思いを、
確実に必要なところへ届けられる現場にいることに、
感謝だなあ、としみじみ。


文中に出てくる被災地支援訪問(福島、宮城)の様子はここで読めます。パイオリニストの清水節子さんは、墨田の震災支援の祈り会においで下さった方です。そこで出会った二人が、今回の働きへとつながりました。また、同じくそこで出会った牧師の奥さまが、素晴らしいお菓子を焼いてくださり、友だちたちが被災地に持って行ってくれました。つながる!
http://watoto.jp/wp/news/2011/05/03/fukushimaapril2011/
http://watoto.jp/wp/news/2011/05/03/miyagiapr0/"

こんな働きにもひょんなことから加わってます。
拠点は谷根千。なかなか都合が合わず行けていませんが。
本に関わるお仕事の方たちが中心なので、機動力あります。すごいです。
「一箱本送り隊」
http://honokuri.exblog.jp/


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by Annes_Tea | 2011-05-07 00:07 | 向島こひつじ書房の本棚 | Comments(0)
人生を再建しようとするときに読みたい本は
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イースターリリーを片付けた。

満開になるまで、結局、6日もかかった。
毎年、満開のいちばんよい姿を見られるのは、
片付け隊である私だけなのが残念。

イースターリリーの香りは控え目だ。
可憐、清楚、ということばが確かに似合う。
オリエンタルリリーの香りは濃密で、
ときには息苦しくなることさえある。
でも、あのむせ返るような香りに包まれると、
いかにも特別な日というハレの雰囲気になる。
大きくあでやかな花と存在感のある香りは
いかにもユリらしくて、わかりやすい。
だから、本家のイースターリリーよりも
人気なのは、なるほど、と思う。
テッポウユリの名前を持つイースターリリーは
花の開きぐあいがテッボウのごとく狭くて横を向いているために、
花粉をとる際には相当注意が必要だし。

さて、来年はどちらにしようかな?

白いユリを生けたり片付けたりする度に、
夏目漱石の『それから』を思い出す。
と言っても、
森田芳光監督の映画の方を。
漱石読みとしては、
代助が松田優作かあ、と驚いたし、
あの映画はちょっとと思うものの、
ユリの場面だけは忘れがたい。

「高等遊民」なんてことばに憧れたっけ。
映画はともかく、
今、この揺れる日本で、
漱石なんかを再読してみると気付くことが多いかもしれない。
(と思って、漱石の文庫本を本棚のいい場所に移動だけしてみた)

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被災地に本を送る働きに少しだけ関わっていて、
現地で望まれているのはどんな本だろうとよく考える。
被災した経験はないけれど、
一日で積み重ねてきたものを失うという意味では、
犯罪被害に遭うということは、
ある種、人生の震災のような出来事だった。
私はそこから立ち直ろうとする過程の中で、
夏目漱石やら佐藤春夫やら宮沢賢治やら、
学生時代にお世話になった作家たちを読みふけった時期がある。
たぶんあれは、
「学生時代」という安全な場所に
逃げ込みたかったのではないかな。

でも、それも時間がかなり経ってからで、
事件から1年くらいの間は、子どもの本しかほとんど読めなかった。
最初に開いたのは『アンの愛情』だったはずだ。
『赤毛のアン』ではなく第三巻のロマンスものを選んだのは、
やわらかく甘い夢物語が必要だったのだ。
現実の厳しさとやるせなさをどうしてよいかわからなくて。
『続・足ながおじさん』なんかも読んだ。
私は『足ながおじさん』ではなく、
子どものころから『続』の方が好き。
あとがきで、作家が短命だったことなんかを熟読して、
自分を慰めようともした。

水に撒かれたパン、をつかむ思いだった。

でも、今、その悩んで悩んでの日々を通して、
さまざまな本のことばとはまるで次元の違う、
聖書という確かなことばに出会えたのだとわかる。

生きたことばは、しぼんだ心を蘇らせる。
これはほんとうだな、と思う。
水にパンを撒いてくれた一人一人に感謝している。

6月ごろから、
子どもの本を大人たちで読む読書会を開く予定だ。
場所は向島の『こすみ図書』とこの牧師館。
最初の本は何にしよう?

福音館の『完訳ハイジ』か、
講談社から新しく出た文庫の『ムーミン』シリーズも気になる。

懐かしい友に早くまた会いたい。楽しみ。

東日本大震災緊急支援募金募集中。国際NGOワールド・ビジョン・ジャパン



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by Annes_Tea | 2011-05-04 00:10 | 向島こひつじ書房の本棚 | Comments(0)
絵本と自転車で震災復興支援
向島自転車部発・震災復興支援自転車の第一陣は、東北応援団LOVE EASTを通して、気仙沼パプテスト教会に行きました。運んで下さったのは田島建設さん。素晴らしい会社です。
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支援を長続きしていくには、得意分野を生かしていくのがいちばん無理がないと思います。私は絵本、夫は自転車で。向島自転車部のみんなは欲がなくて、その上パッションの人たちで、ほんと素敵です。
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ゴールデンウイークの初日、
自転車で錦糸町まで行った。
約束に遅れそうだったので、
自転車部の底力を発揮してくねくね道にもめげず、
飛ばす、飛ばす。
が、突然、人の多さに一歩も前に進めなくなった。
これはいったい何?
見上げて気付く。
東京スカイツリーなのね。
東北の観光地も、
これくらい人出があるとよいなと思う。
結局、約束に20分も遅刻したのでした。すんません。

3週間ぶりの錦糸町はふだん通りの雰囲気で、
そのあまりの普通さに少しくらくらする。
阪神大震災のとき、
神戸から大阪に行ったときの気持ちを思い出した。
大阪のまちはふだん通りの活気で、
そのあまりの普通さに、
気持ちがついていけずにやっぱりくらくらした。

どのまちに今、自分がいるのか、
あるいは、いるべきなのか。
日々、選択を迫られるな、と思う。

震災以来、会う人、会う人、
少なくとも二人に一人は被災地に行っている。
現地の支援の様子を日々リアルに聞く機会にも恵まれている。
東京に暮らしている人間だったら、
それが標準かな、
という感覚でいたのだけれど、
どうかな? 
と思ったのは、
全然違う集まりに行ったときのこと。
ヒサイチ? くらいに遠い出来事になっていて驚いた。

1年間の仕事を終えて、
東京から関西へ帰る友だちがいる。
この休みに、サヨナラ食事会をすることになった。
と言っても、気のおけない4、5人の集まりのつもり。
あてにしていた友だちが来られなくなり、
会いたい顔を思いめぐらした。
あの人とあの人。
久しぶりにメールをしてみると、
ひとりは石巻へ震災支援の演奏に行くと言う。
もうひとりも、
今日から5日までみっちり福島へボランティア。
二人ともそろって、
残念、また機会を作ろうね、
との返事。

どんな価値観の人たちといっしょにいるか。
これも心して選んでいかないと、と思う今、
みなそれぞれにパッションのある友が多くて、
ほんと、シアワセ。



気仙沼で瓦礫撤去作業をして来られた方から、報告の写真が届きました。浜は魚の腐った臭いと油の臭いが入り交じり、息もできないような状態だったそうです。
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石巻に演奏に行く友人はサックスプレーヤーのSteveさんです。いわきの避難所で演奏した様子を少し見られます。


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by Annes_Tea | 2011-04-29 22:49 | 向島こひつじ書房の本棚 | Comments(0)
イースターの季節
2月に植えたハウチワカエデはこの1週間でどんどん葉をつけ始めました。
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震災以来、毎日たくさんの人と会って、
毎日たくさんのところに顔を出しているような気がする。
だから、
書きたいことはいくらでもあるのだけど、
思いをじっくりことばにする時間が、今、とれないでいる。
気ぜわしくはないし、
地道に暮らしてはいるのに何だろうこれ?

1週間、風呂なし、お湯なし、ほぼ台所なしの生活を終えて、
牧師館のお風呂のリフォームが完成した。
最後には、食べることの気力を保つのがやっとだった。
ビニールに覆われた部屋で、
朝食は立って食べるようなありさま。
その奇妙な暮らしの残滓かな?

お風呂掃除が驚くほど楽になり、
文明とは便利なものよ、と思うのだけど、
不自由を続けてきたたくましさ、
というのは確かに身についているな、と思ったりもする。
だからといって、
不便なお風呂に戻りたいかと問われれば、
いいえ、と言うだろうし。

「今は、文明を根本的に見直す時期に来ているチャンスかもしれない」
と言ったのは、
昨日の集まりで話してくれた85歳の彫刻家だ。
9・11を体験したマコト・フジムラさんを講師に、
「アートが今できること」を考える集まりだった。
「自分には何もできない」
とわかるところからが出発、
というようなことを言っていたような気がする。
気がする、なんて曖昧だけど、
震災以来、たくさんの人とたくさんのことを分かち合い、
たくさんのことを学ぶ機会に恵まれ、
わたしの中で交通整理できていないせいだ。
教えてもらったのは言語学の「generative」という言葉。

ここ最近ですとん、と心に落ちたことばは、
教会教職者のための災害カウンセリングセミナーで、
アメリカ人カウセンラーが言ったことばだ。
「神さまがその人の心を開くためには辛い体験を用いることがある」
うんうん、わかる、と思ってメモしておいた。
辛い体験をどう受け止めるか。
そこが人生の分かれ道だと思う。
わたしはやっばり、
荒野に花が咲く、ということを心の底から信じているから、
そのカウンセラーの意見はよくわかる。

今週は受難週だ。
イースターはイエスさまの復活のお祝い。
これこそ、荒野に花が咲くための土台だな、と思う。
いつもの年ならば、
この季節にはイースターの準備で頭がいっぱいなのに、
今年はリースを出したところで止まっている。
でも、庭を見ると、
いたるところで花が咲き、木は芽吹き、
ああ、わたしが何か準備しなくとも、
自然はちゃんとお祝いに向かって、
着々と自らを整えているのだとわかって安心する。


とは言え,
そろそろイースターの愛餐会や子ども会の準備をしないと。


e0165236_952349.jpgジューンベリーは地植えにしました。花の後に葉が出てくるという順番です。
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by Annes_Tea | 2011-04-20 09:10 | イースター | Comments(2)


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